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自民党スレ
8510
:
OS5
:2023/02/20(月) 07:48:22
https://news.yahoo.co.jp/articles/c76851925d3f57b2c53f6d039f90d4bc5e62af25
野中広務を「猛毒」で潰せ!小泉純一郎が「農協のフィクサー」を衆議院議員に仕立てあげた過程が凄まじすぎた《日本人が知らない戦後史の闇》
2/20(月) 7:12配信
12
コメント12件
現代ビジネス
GettyImages
「農協の独裁者」と呼ばれる男がいる。その名は中川泰宏。
中川が1995年から会長を務める「JAバンク京都信連」(京都府信用農業協同組合連合会)の貯金残高は、1兆2567億円に達する。副会長を務めるJA共済連(全国共済農業協同組合連合会)の保有契約高は、なんと227兆円だ。JA共済連で保険商品を売り歩く農協の職員数は、18万6000人にのぼる。
【写真】岸田文雄と写真におさまり、山口組五代目とも盟友だった「同和のドン」
京都の農協で27年以上にわたってトップに君臨しながら、中川泰宏は農協の労働組合潰しや悪質な地上げに手を染めてきた。2005年には「小泉チルドレン」として政界に進出し、野中広務と骨肉の争いを繰り広げる。
「週刊ダイヤモンド」記者として取材してきた千本木啓文氏が「農協の独裁者」中川泰宏の実像に迫る。新刊『農協のフィクサー』から集中連載で読みどころを抜粋、ご紹介しよう。(以下、文中敬称略)。
郵政民営化選挙の「刺客」に指名される
「農協のフィクサー」中川泰宏は、どうにかして国会議員として中央政界に進出したかった。だが中川が京都農協のドンであることが、政界進出を阻む。チャンスが訪れるたび、同じ京都を地盤とする野中広務から激しい妨害を受けたのだ。
ところが小泉純一郎の登場によって潮目が変わる。「郵政民営化」一点張りで勝負をかけた2005年9月の衆議院総選挙で、「小泉チルドレン」「自民党守旧派への刺客」に指名されたのだ。
〈〇三年、野中は政界を引退した。野中自身は国会議事堂に雷が落ちたのを天啓のように感じたことが引退のきっかけであると語っているが、実際は政敵である小泉純一郎との戦いで刀折れ矢尽きたからに他ならなかった。
野中は同年九月、小泉の首相続投を阻止しようと政治生命を懸けて自民党総裁選に臨んだ。しかし、仲間であるはずの平成研究会の有力者(当時の参議院幹事長の青木幹雄や同派閥会長代理だった村岡兼造)が次々と小泉陣営に取り込まれていくのを見て、自らの政治力が衰えていることを認めざるを得なかった。
「早過ぎる」と惜しむ声が多かった野中の政界引退に、中川の存在が影響していたとみる京都の政治関係者は少なくない。野中は、金庫番として頼ってきた秘書が電子機器メーカーなどから約五〇〇〇万円の提供を受けていた問題が浮上するなど弱みを抱えていた。このような野中の泣きどころを探し出し、地元・京都での影響力をそぐのが中川の役割だった。中川は、小泉一派が仕込んだ「毒針」だったのだ。〉(『農協のフィクサー』211〜212ページ)
「猛毒が要る」「誰ですか?」「中川だ」
中川泰宏氏
野中広務は、小泉純一郎の「郵政民営化旋風」を阻もうとしていた張本人だ。自らの権力基盤を盤石に固めるため、小泉は野中広務一派を潰す「刺客」を送りこみ、野中の後釜にとどめを刺しておきたかった。
野中広務潰しの計略を練ったのは、小泉純一郎秘書官として長年にわたってブレーンを務めてきたスキンヘッドの男・飯島勲だ。
〈郵政民営化法案に反対した造反議員に対して送り込まれた刺客としては堀江貴文(当時はライブドア社長)や小池百合子といった著名人が注目されたが、政治的に最も重要なのは、「郵政族のドン」だった野中の本丸、京都四区の刺客だった。
小泉の側近で刺客の選定を任されていた首相秘書官、飯島勲は田中に勝てる候補者探しに腐心していた。京都四区では現役を退いたとはいえ野中の人気がいまだ高く、手足となって動く地方議員たちも多い。土地にゆかりのない落下傘候補では太刀打ちできないことは目に見えていた。
そうした状況で、中川に白羽の矢が立てられるまでの経緯は、大下英治が著した『野中広務 権力闘争全史』に詳しい。中川は大下の取材を受け、同書が発行されると親しい支援者らに献本までしているので、同書は中川の立場から見た郵政選挙の「正史」だといえる。
同書によると、自民党は財務省のキャリア官僚を京都四区の公認候補にすることを決定していた。ところが、ある“著名な人物”が飯島にかけた一本の電話で、公認候補の決定がひっくり返ることになる。
その人物は、「毒(野中一派)を制すには毒が必要だ。毒に餡蜜(あんみつ)(財務官僚)は似合わない」と語ったという。
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