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自民党スレ

46チバQ:2013/10/27(日) 23:28:35
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/131026/stt13102608030001-n1.htm
【ニッポンの分岐点】
派閥(4)首相との対立構図に
2013.10.26 08:00 (1/4ページ)[安倍首相]

第2次安倍内閣が発足し、記者会見する安倍晋三首相。「脱派閥」を貫こうとしている =平成24年12月、首相官邸
 ■新たな存在意義を模索へ

 民主党が掲げた「政権交代」という、たった4文字が威力を発揮した平成21年8月30日の衆院選。野党に転落した自民党内では、党改革を求める声が強まる。矛先は「古い自民党」の象徴である派閥に向かった。

 ■党内で派閥批判噴出

 自民党の獲得議席が300から119に激減し、昭和30(1955)年の結党以来初めて衆院第一党から転落したことで、首相、麻生太郎は即座に退陣を表明した。

 「速やかに総裁選を行い政権奪還に向けて党を再生しなければならない」

 衆院選から一夜明けた31日、麻生は記者会見でこう訴えた。だが、総裁選を遅らせても選挙戦を総括すべきだとの声が大勢を占めた。

 麻生は元金融担当相の山本有二を座長に当選7回以下の議員による「党再生会議」を設置し、敗因分析を始めさせる。9月9日の初会合では早速、派閥がやり玉に挙げられた。

 「派閥の長老が何にでも口出しするのがよくない」「派閥に頼っているようではだめだ」

 派閥の利益を代弁するような意見を口にする出席者には、「派閥離脱届を出して参加しろ」とのやじが情け容赦なく飛んだ。

 総裁選告示を翌日に控えた17日に同会議がまとめた提言は、衆院選の敗因に「党の古い体質への拒否感」を挙げ、「中選挙区制の残滓(ざんし)たる派閥の解消を進め、派閥の党運営への影響力を一切排除する」と掲げた。

 これに対し、古賀派会長の元幹事長、古賀誠は「派閥解消なんて考えない」と提言に反発。18日に告示された総裁選には、同派から元財務相の谷垣禎一を擁立した。若手の西村康稔、河野太郎も出馬したが、他派の支援も取り付けた谷垣が圧勝した。派閥の影響力は残った。

 ■「派閥解消論」の長い歴史

 自民党で派閥解消が叫ばれたのはこれが初めてではない。30年代後半にはすでに派閥に不信の目が向けられ、解消論が唱えられていた。

 というのも石橋湛山、岸信介、池田勇人らが派閥を形成し、熾烈(しれつ)な総裁選を繰り広げ、億単位のカネが飛び交ったとされるからだ。

 35年に首相に就任した池田は37年10月、「政治とカネ」に対する世間の批判をかわすため、後に首相を務める三木武夫を党組織調査会の会長に指名し、組織運営の在り方について研究を命じる。小派閥の三木・松村派領袖(りょうしゅう)だった三木は、好機とばかりに大派閥の弱体化をもくろんだ。

 約1年でまとめられた最終答申で、三木は、「現在の派閥集団はその名称、その活動のいかんにかかわらず、すべてこれを解消して出直すことが自民党の信頼を回復する」「一切の派閥の無条件解消が、すべてに先行する党の近代化の条件であり、万難を排して実現せねばならぬ」と結論づけた。

 大派閥の池田派を率いる池田は、この答申を黙殺した。自民党が単独で政権を維持した55年体制のもとでは、ポストやカネの配分、選挙支援という役割を担った派閥が解消されるはずもなかった。

 小選挙区比例代表並立制や政党交付金の導入、2度の野党転落でその機能は大幅に弱まったが、昨年12月の衆院選で自民党が大勝し、政権に復帰すると、派閥は眠りから目を覚ましたようにうごめき始める。


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