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自民党スレ

2487チバQ:2017/08/20(日) 09:52:00
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170820-00000004-san-l15
長島忠美議員死去 自民県連、補選候補者選びはお別れ会後に
8/20(日) 7:55配信 産経新聞
 脳卒中で15日に入院後、回復に向けて治療中とされていた長島忠美衆院議員=新潟5区=が18日夜、66歳で急逝し、長島氏が県連会長を務める自民党をはじめ県内の政界・行政関係者に驚きが走った。平成16年10月に中越地震に襲われた際、旧山古志村(現長岡市)の村長として復旧・復興に手腕を発揮しただけに「これからもっと活躍してくれると思っていた」と、同地域の住民らの間にも悲しみと喪失感が広がった。

 「中越地震の際の全村避難指示は普通の人間では考えられない。決断の早さと実行力があったからこそ国会議員になれた。惜しい人を亡くし、大きな損失だ」

 養鯉(ようり)業を営む同地域の五十嵐貞雄さん(81)は19日、当時村長だった長島氏が中越地震の発生から2日後に全村民に出した避難指示の判断をたたえ、悼んだ。

 19日午後、自民党県連の事務所(新潟市中央区)に帆苅謙治筆頭副会長や柄沢正三幹事長ら県連3役が集まり、緊急会合を開いた。10月22日の投開票が見込まれる5区の補選をめぐり、9月上旬に予定されるお別れの会の後、地元の意向を尊重した上で候補者選びに入ることを確認した。

 柄沢幹事長は「わが国で災害対応の一番のエキスパート。大黒柱を失い、大変なショックだ」と記者団に述べ、衝撃の大きさを口にした。補選の候補者としては、長島氏の遺志を「反映できる人」を条件に挙げた。帆苅氏も「絶対に負けられない選挙」と、自民党の支持率が低下する中での必勝を誓った。

 党県連会長ポストは当面は空席とし、帆苅氏が会長職を代行する方向だ。

                    ◇

 ■評伝

 現場主義を貫いた政治家だった。「常に口にしていた言葉だった」。自民党県連の柄沢正三幹事長は、こう振り返る。中越地震での経験がその信念を強固にしたのは間違いない。東日本大震災の際も自らトラックのハンドルを握った。「救援物資を積んで被災地に向かう姿を見た。現場の声を国政に届ける政治家だった」(塚田一郎参院議員)

 同党県連の桜井甚一政調会長は、中越地震での長島氏の統率力、決断力を踏まえて「希有(けう)な成り立ちの国会議員」と評した。「県にとっても災害ニッポンにとっても、大事な人を失った」

 長島氏は「いつもニコニコしていて酒を飲めば互いに胸襟を開ける」(帆苅謙治筆頭副会長)といった懐の広さで、周囲の人を引きつけた。一方で「移動時の車の中でしか吸えない」と、こぼすほど大のたばこ好き。中越地震では山古志が復興するまで禁酒を続けながらも「マイルドセブン」だけは手放さなかった。

 昨年の参院選、知事選で党が推した候補が敗れ、党の県連会長を急遽(きゅうきょ)引き受けた経緯がある。当選回数が少ない県選出の同党国会議員が多い中で、次期衆院選に向けたトップとしての重責が体調に影響したのだろうか。昨年12月には後援会事務所が全焼する不運に見舞われ、ノルマの厳しい党員獲得にも苦労した。周りを立てる優しい人柄ゆえに、さまざまな我慢を重ねていたのではないか。(市川雄二)


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