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民主党スレ・2

6871チバQ:2020/09/07(月) 02:05:33
 一方で辛辣(しんらつ)な声もある。

 ある立憲民主党関係者は、国民民主党などとの合流新党結成が同党の分裂を伴う形に終わった責任は、枝野にあると訴える。

 「合流協議で頑固さを発揮したのはいただけない。譲るべきところは譲り、合流離脱を防ぐべきだった。『結局はバラバラだ』『昔の民主党みたい』というイメージを国民に与えてしまったのは大失敗だ」

 結党直後の29年10月の衆院選での躍進も、枝野の考えに変化をもたらしたようだ。枝野は選挙後の同月27日の講演で、結党表明からわずか20日後の衆院選で野党第一党の座を得た背景を次のように説明している。

 「ようするに『野党再編』はきらいなんですね、国民は。一つの党になって自民党に対抗するんだというのは、(永田町の)内側にいるともっともらしい話ですが、国民は全然ピンときていなかった」

 希望の党への合流に象徴される「野党再編」に背を向けたからこそ党への期待感は高まった、というわけだ。枝野はこうも語った。

 「野党再編を考えた瞬間に失速する。再編とは距離を置く」

 衆院選直後、かつての民進党は、立憲民主党、希望の党、そして参院議員を中心とする民進党という3党に分裂していた。再合流を目指す動きも起きたが、枝野は頑として受け入れなかった。民進党幹部が提唱した3党による統一会派結成構想を「永田町の内側を向いた数合わせには加わらない」と断じたこともある。

 ところが、その枝野が今は、立憲民主党の解散を伴う他党との合流を容認している。路線はどこで変わったのか。転機となったのは昨年7月の参院選だった。(敬称略)

 平成29年10月の結党当初から立憲民主党を率いる枝野幸男代表が4日、国民民主党などと結成する合流新党の代表選への出馬を表明した。組織ナンバー2の役職を多く務めてきた枝野氏が初めて経験した「リーダーとしての3年間」を総括する。


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