[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
3901-
4001-
4101-
4201-
4301-
4401-
4501-
4601-
4701-
4801-
4901-
5001-
5101-
5201-
5301-
5401-
5501-
5601-
5701-
5801-
5901-
6001-
6101-
6201-
6301-
6401-
6501-
6601-
6701-
6801-
6901-
7001-
7101-
7201-
7301-
7401-
7501-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
Airline & Airport(航空会社・航空路線・空港)スレ
7416
:
OS5
:2023/07/31(月) 17:53:29
https://news.yahoo.co.jp/articles/f04e3a3e38d8e0a32f0121cf4d8cb1acfd7abe4b
開港20周年「地方空港の優等生」と呼ばれた能登空港がアフターコロナで苦境に…関西圏の路線開拓が打開の鍵か【石川発】
7/31(月) 17:02配信
FNNプライムオンライン
FNNプライムオンライン
石川県輪島市にある能登空港(愛称:のと里山空港)は2023年7月7日に開港から丸20年を迎えた。地方空港の優等生とも言われた空港は今や、コロナ禍を経て岐路に立っている。20年の歩みを振り返ったうえで、今後の空港のあり方を考える。
能登待望の空港がオープン
能登空港の歴史を考えるうえで欠かせない人物に話を聞いた。20年前、奥能登に空港を誘致しようと県のトップとして奔走した谷本正憲前石川県知事だ。
「開港記念の7月7日は土砂降りの雨。桂文珍さんが0番機で到着した。能登は首都圏からすると遠隔の地だったんですよね。能登半島には空港が不可欠だったんじゃないかと私は思いますがね」と開港当時を振り返る。
全国初の搭乗率保障制度で活路開く
過疎と高齢化が進む能登地域の活性化に向けた起爆剤として総事業費239億円をかけて建設された能登空港。今、能登と首都圏を結ぶ定期便は1日2往復あるが、実現には大きな壁があった。「2便目の就航は当時、全日空が頑として首を縦に振ってくれなかった。能登空港の場合は満席になっても135人。札幌や福岡だと500人が乗ってくれる」と谷本前知事。そこで打ち出したのが全国初の搭乗率保障制度だ。年間の目標搭乗率を設定し、上回れば航空会社が地元に販売協力金を支払う。逆に目標に届かなければ、県と地元自治体が航空会社に損失を穴埋めする制度だ。
「目標搭乗率を下回ったら税金で補填するというのはやっぱりリスクです。だけどあの時はそういう提案をしなければ2便目の就航はあり得なかった」と谷本前知事は強調する。この制度によって悲願の2往復を獲得した能登空港。東日本大震災やコロナ禍などの特別な年を除くと、過去20年目標搭乗率を下回ったことはない。逆に全日空からはこれまで1億9000万円余りの協力金が支払われた。このため能登空港は「地方空港の優等生」と高く評価されてきたのだ。
空港の利用客に話を聞いてみると「金沢に電車で行くより楽」「寝ていたらすぐ着いた」などと好意的な意見が多かった。地方空港の優等生との評価を支えた原動力は何なのか。搭乗率という数字の裏には地元住民や自治体の熱心な取り組みがあった。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板