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Airline & Airport(航空会社・航空路線・空港)スレ

5547チバQ:2015/10/14(水) 21:11:57
 もっともすべての空港が、こうした積極的な姿勢を貫けるわけではない。たとえば2013年12月20日にスカイマークが「米子-成田」線など3路線10便を就航した鳥取の米子空港では、2014年4月1日には「米子-羽田」線など3路線が就航したが、その年の10月25日には、「米子-成田」便から撤退。そして今年8月、搭乗率に伸び悩んだ米子空港からの全路線撤退を余儀なくされた。2013年の米子乗り入れから。わずか1年8か月のことだった。

 スカイマークは、ほかにもLCCにおける価格競争や円安の進行による燃料費の高騰、またエアバスA380の発注キャンセルによる違約金問題などによって経営破たんに陥った。民事再生手続き中のスカイマークに対し、ANAホールディングスとアメリカのデルタ航空が支援を名乗りでていたが、今年8月5日に東京地裁で行われた債権者集会で、ANAホールディングスの支援が正式に決まった。スカイマークは5年以内再上場をめざし、今月29日には新経営体制を発足させた。ANAホールディングスと共同運航契約を結び、来年の冬ダイヤのころから実施する予定だ。しかし、多額の損失を抱えた多くの債権者との交渉はこれからも続く。経営再建に向けて課題は山積みだ。

 空港の活性化のためにLCCを誘致しても、なぜこのように撤退という結果になってしまうのか。航空評論家の秀島一生氏は「航空業界の名ばかりの規制緩和が原因」だと指摘する。

「日本航空は国際線と国内の幹線、全日空は国内の幹線と地方路線、そしてJAS(元東亜国内航空、1971年〜2004年まで存在した)は地方路線と、国が国内の航空会社の住み分けを決め、それぞれの縄張りを荒らさないという協定をつくりました」

 この参入規制の緩和が始まったのが1986年。以来、同一路線において複数の航空会社が運航する基準が大幅に緩和されるなかで、1998年にスカイマークやエアドゥ、2002年にはスカイネットアジア航空などの新規航空会社が次々に参入した。

「今まで幹線の権限を持っていたのは、日本航空や全日空。そこへ申請すればできたばかりの新しい航空会社が参入してもいいよという形で、あたかも自由競争のようにしたわけです」

 規制緩和を決めた当初は、運賃の値下げやサービスの多様性が生まれることで、航空業界を活性化させたいという政府のねらいがあったが、規模の大きさによる違いは当然発生する。2015年4月の時点で日本航空の運航路線数は国際線52、国内線117あるのに対し、スカイマークは国内線21便のみ。規模が小さい分、コストカットで合理化を図ることになる。

 たとえば冬に羽田-新千歳間を飛ぶ場合、新千歳では常に雪を振り落とす機器(機体除雪車)が必要だが、LCCは自前で持つ余裕がないため、日本航空や全日空が所持している機器を、彼らが使うのを待って使わせてもらうことになる。当然込み合っているときには機器がなかなか回ってこないので時間通りに離陸できずに遅延となる。

 また整備に不備があった場合、大手航空会社なら代わりの飛行機を出すことが可能だが、LCCにはその余裕がない。故障があれば、そのまま欠航リスクにつながる。搭乗する際も、大手航空会社の駐機場はボーディングブリッジが使える便利なところにあるが、あとから参入したLCCの駐機場はバスで行かなければならないような遠いところにある。たとえLCCのほうが安いとわかっていても、乗客は高くても便利で安全な航空会社を利用することになり、自由競争といっても、力のあるほうが有利になってしまうのだ。

 結果、新幹線など便利な公共交通を持たない地方の空港が利便性を求めてLCCを誘致しても、経営不振に陥ったLCCは地方の不採算路線から撤退してしまう。

 規制緩和によって自由化されたとはいえ、就航→即撤退を繰り返していては利用者の利便性は向上せず、航空業界の多様性も生まれない。東京オリンピック・パラリンピック開催を目の前にして、いまだ日本における航空業界のグランドデザインは描かれていないのである。

<取材・文/河本美和子>


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