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Airline & Airport(航空会社・航空路線・空港)スレ
4267
:
チバQ
:2013/03/21(木) 19:59:15
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/fukushima/news/20130320-OYT8T00946.htm
福島空港20年 利用減で苦境
福島空港は20日、開港20周年を迎えた。遠方の都市や海外との交流、物流で県内経済を支えてきたが、近年は利用客の減少に歯止めがかからない。一方、東日本大震災では防災拠点としての存在感を示した。空港を管理する県には、新たな魅力作りや活用が求められる。
空港が立地する玉川村ではこの日、「福島空港の今後の可能性を考える」と題した記念フォーラムが開かれた。講演した加藤一誠・日大教授(交通経済学)は「そもそも利益目的で設置されたものではない。赤字かどうかで計れるものではない」と強調した。
加藤教授は一例として、震災時の活用を挙げた。津波で使えなくなった仙台空港に代わり、被害が少なかった福島空港は臨時便や救援物資の受け入れに大きな役割を果たした。加藤教授は、県が引き続き空港を管理したうえで、「民間的な発想で経営するべきだ」と訴えた。
福島空港は1993年、札幌、名古屋、大阪の3路線でスタートした。その後、福岡や函館、沖縄便などが加わり、99年に上海、ソウルの国際便が就航。99年度は国内7路線、海外2路線となり、利用者数も75万7625人とピークを迎えた。
しかし、他の地方空港と同様、航空各社の不採算路線の見直しや機材小型化の影響で、利用客は年々減少。2009年には日本航空が全面撤退し、一気に20万人台に激減した。震災で運休した上海、ソウル便は再開のめどが立っておらず、現在、定期運航しているのは札幌、大阪の2路線のみ。11年度の利用客数は20万9695人とピーク時の3分の1以下で、貨物取扱量も97年度の5374トンから177トンまで落ち込んだ。
県は11年12月、「福島空港に関する有識者会議」(座長=田村亨・北大教授)を設置。同会議は昨年12月、路線の維持・拡充や防災拠点としての役割、空港や周辺地域の付加価値を高める必要があるとした提言書をまとめた。佐藤知事は20日の記念式典で、「新たな魅力作りに努め、空の玄関としての使命を果たす」と決意を述べた。
◎◎福島空港の歩み◎◎
1993年3月20日 開港。札幌、名古屋(〜2007年11月)、大阪の3路線が就航
5月 福岡便(〜06年3月)就航
94年6月 函館便(〜01年11月)就航
9月 沖縄便(〜09年1月)就航
95年7月 帯広便(〜00年9月)就航
99年6月 上海便とソウル便の国際定期路線就航。震災の影響で、両便とも現在運休中
2000年7月 2500メートル滑走路が全面供用され、初めてジャンボ機が離着陸
09年1月 日本航空が全面撤退
11年3月11日 東日本大震災発生。24時間運用し、救援物資の輸送や旅客臨時便などを運航
11月13日 ボーイング787復興応援フライト
12年2月19日 利用者1000万人達成
9月10日 震災後初の上海チャーター便
12月21日 震災後初のソウルチャーター便
13年3月20日 開港20周年
(2013年3月21日 読売新聞)
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