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Airline & Airport(航空会社・航空路線・空港)スレ

2535チバQ:2010/10/31(日) 16:28:22
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010103190071613.html
羽田国際化、本格テイクオフ 米へ定期便出発
2010年10月31日 07時16分

羽田空港の復活国際線定期便の一番機となるサンフランシスコ便を見送る日本航空のスタッフら=30日午後11時43分(坂本亜由理撮影)


 羽田空港の国際線定期便が三十一日、就航を再開した。日本航空、全日本空輸の第一便はいずれもほぼ満席となったほか、後続の便も同様の人気。都心部に近い羽田の強みを早くも見せつける形となった。

 三十一日午前零時四分、再開後の一番機として離陸したのは日航サンフランシスコ便。全日空ロサンゼルス便も三分後に離陸した。ともに零時ごろ離陸のダイヤを組んでいた両社は一番機を目指して競い合い、日航は本社から約五十人を投入し搭乗客を案内。全日空より先に出発が決まると出発ゲートの職員から歓声と拍手が起きた。経営再建中の日航だが、社員らは「ここからスタートという気持ちが強くなった」と感激していた。

 ほぼ満席という好調な滑り出しに、日航の広報担当者は「一日の予約もほぼ満席。羽田の利便性が評価されているようだ」と話す。全日空の広報担当者も「新規路線の八割が一カ月先まで埋まっている。ビジネス客の利用も増えそう」と手応えを感じていた。

 利用者からも歓迎の声が多く聞かれた。松山市のスポーツセンター経営吉田喜一さん(63)は妻(61)とサンフランシスコ便に乗り継ぐため松山空港から到着。これまで羽田から成田までバスや電車で移動したりしていたが、今回は帰国したら再び羽田からバンコクに向かう。「羽田の使い勝手を確かめたい」と関心は高いようだ。

 友人とロサンゼルス便を利用する東京都葛飾区の主婦(63)は、家族の夕食を用意してから羽田に来た。ツアー観光からの帰国便の羽田着は午前五時すぎ。「もったいない。主婦は時間があるのでもっとロスに滞在したい」と苦笑いしていた。

 日航サンフランシスコ便は五十六年前、日本の航空会社として戦後初めて就航した国際線で、羽田では三十二年ぶりの復活。三十日深夜の式典では当時の制服姿の客室乗務員らがテープカットした。

 羽田では来年二月までにパリ、ニューヨーク、シンガポールなど欧米や東南アジアの十七都市と結ぶ。冬期(三月末まで)は一日百便前後が発着する。

 羽田は、一九七八年開港の成田に欧米やアジアの定期便がほぼ移り、二〇〇二年に国際定期便はなくなったが、〇三年から定期チャーター便が近隣アジアに就航していた。

■オープンスカイ時代に

 羽田空港の国際線定期便再開で、成田を含む首都圏の空港は新時代に入った。両空港の発着枠は段階的に年間計約七十万回に拡大。両空港も対象にしたオープンスカイ(航空自由化)が日米間で始まることで、路線や運賃での利便性向上が見込まれる。

 航空会社と空港の話し合いで、路線の開設や増便などを決められるオープンスカイ協定は、日米が二十五日に署名。日米航空連合の加盟社で運賃の調整や多様なダイヤ設定が可能になり、格安航空会社(LCC)も参入しやすくなった。馬淵澄夫国土交通相は「今後は東アジア、東南アジア諸国連合(ASEAN)を最優先にオープンスカイを図り、わが国の成長に寄与したい」と意気込む。

 航空業界に詳しい慶応大の中条潮教授は「羽田、成田の発着枠が広がり、ようやく首都圏の航空需要に対応可能になった。オープンスカイは評価できるが、国際競争力を高めるには羽田の昼間の国際線発着枠(現在三万回、二〇一三年度に六万回)をさらに増やすべきだ」としている。

(東京新聞)


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