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近畿 地方議会・首長,政治・選挙スレ
7264
:
チバQ
:2022/03/29(火) 19:28:57
https://news.goo.ne.jp/article/kobe/nation/kobe-20220329016.html
繰り返される歴史、明石市副市長の離反劇 「独断的」市政運営、12年前には議会で公然と反旗
2022/03/29 18:00神戸新聞
繰り返される歴史、明石市副市長の離反劇 「独断的」市政運営、12年前には議会で公然と反旗
副市長2人の退任を発表する泉房穂市長=明石市役所
(神戸新聞)
充実した子育て支援策や全国初の人権擁護施策などを相次いで打ち出して注目を集め、人口増が続いている兵庫県明石市で、市組織の統括役や議会、外部との調整を担ってきた副市長の和田満氏、宮脇俊夫氏が同時退任することになった。異例の事態の背景には泉房穂市長への不信感があるとみられ、2人が任期を残して同時に市政を去る行動は、市長への明確な意思表示にも映る。だが、明石市では12年前にも当時の副市長2人ら市幹部が市長から離反し、市長に3選への立候補を断念させた歴史がある。その後、市役所のあるじとなったのが泉市長だった。
2010年11月、市議会定例会を前に、明石市の副市長2人と部長級以上の幹部の大半が、当時2期目の終盤を迎えていた北口寛人市長(現・兵庫県議)に反旗を翻すことで足並みをそろえた。
北口市長は03年の就任早々、民間出身の経歴を生かした組織活性化や市職員の意識改革に取り組む一方、明石歩道橋事故や砂浜陥没事故の遺族らと対話を重ね、市民の支持を集めた。07年の市長選では戦後最多得票で再選を決めた。
だが、市役所内部では「市長のトップダウンが過ぎる」との声が強まっていた。職員は意見や提案を徹底的に否定され、市長の独断的ともとれる発言や行動に翻弄されていたという。一方、市職員の疲弊に、北口市長は「厳しい時代には厳しさをもって変革を求める」と取り合わず、対立が増していった。
2期目半ばには、幹部が市役所内のあちこちで露骨に市長への不満を口にする風潮が広がっていた。北口市長が3選への意欲を見せ始めると、幹部らは危機感を募らせ、ついに3選阻止の行動に出ることを決めたのだった。
当時の副市長らは一部市議と連携し、市議会の審議で北口市長の問題とされる行動や判断、指示について、市議からの質問に答弁する形で暴露した。北口市長が否定すると、幹部がそれを否定し、市長は窮地に陥った。当時政策部長だった和田氏も一連の動きに参加していた。
それまで、「明石市役所は江戸時代に親藩(松平家)だった明石藩以来の伝統から『お上』を立てる風土があり、職員は上司に従順」とも言われたが、その評判を覆す事件となった。
10年12月、自身への問責決議案が市議会で可決され、北口市長は次期市長選に立候補しない意向を表明した。
北口市長の立候補断念後、当時の副市長2人は11年4月の次期市長選に元兵庫県幹部を擁立した。当時国政与党だった民主党と、自民党から推薦を得る盤石の態勢だったが、これに挑んだのが、元衆院議員で弁護士の泉氏だった。勢いのある選挙戦を展開し、予想を覆して69票差の接戦を制した。
県幹部を擁立した副市長2人は北口市長の任期満了とともに同時退任し、市役所を去った。代わって市役所に乗り込んだ泉市長は、副市長不在のまま任期をスタートさせた。
泉市長は就任から間もなく、独断的な市政運営や発言問題などが表面化して市議会と対立し、市政は混乱した。そうした中で、泉市長は和田氏を理事に昇格させ、翌12年7月、2人の副市長のうち1人に選任した。
いったんは固辞したという和田氏だが、泉市政を「将来を見据えた施策の方向性は間違っていない」として、火中の栗を拾う形で話を受けたという。その後、和田副市長らの「内助の功」か、泉市政は態勢を立て直し、批判は評価に変わっていった。
泉市長は15年に再選され、19年2月には市幹部への暴言問題の責任を取って辞職したが、出直し市長選に立候補し、返り咲きを狙った北口氏に圧勝した。中核市昇格、人口30万人達成、都市ランキング上位獲得などで泉市長の評判は高まり、和田副市長は支え続けた。
だが、昨年夏ごろから泉市長は市議会と対立を深めるようになった。市民に5千円券を配布する新型コロナウイルス緊急対策を巡っては、約1億5千万円の配送費を問題視する議会に対し、議決を経ずに予算を執行する専決処分を断行した。
その後の市議会では旧優生保護法の被害者支援条例案の否決、住民投票条例案の否決、決算の不認定などが続き、議員提出で可決された工場緑地面積率引き下げ条例は公布せずに再議を求め、市が条例案を出し直して否決された。
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