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近畿 地方議会・首長,政治・選挙スレ

2318チバQ:2012/04/08(日) 16:45:37
>>2250
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120408/waf12040812000003-n1.htm
NPOが答えた「バスがドミニカに行かなかった理由」
2012.4.8 12:00 (1/5ページ)

ドミニカ共和国に無償譲渡したはずが、仙台空港で被災地支援に活躍していた元・大阪市バス=昨年8月、宮城県名取市(大塚聡彦撮影)
 大阪市交通局が平成20年、ドミニカ共和国に無償譲渡したはずの市バス5台のうち2台が、東日本大震災後に仙台空港の旅客輸送バスに転用されていた。交通局の発表から約1カ月。追跡調査で、5台全てが海を渡らず国内にあることも判明した。中米にあるはずのバスが、なぜ被災地に行っていたのか。同局は「確認が甘かったのか」と悔いるが、途中の流通経緯には依然謎も残っている。(河居貴司)

 

1枚の写真


 「このバスが、なぜ仙台空港に…」。交通局が気づくきっかけになったのは、昨年8月の産経新聞(大阪本社版)に載った1枚の写真だった。記事では、被災地で“第2の人生”を送る市バスの雄姿をとらえていた。

 震災発生以降、大阪市はバスを次々と現地に投入し、支援活動に充ててきた。津波で多くの車両がなくなった被災地では、人や物資の輸送に役立つバスは大いに重宝したという。

 仙台市にも路線バス用に2台が譲渡された。しかし、記事に載ったバスが稼働していたのは仙台空港。交通局にとって“身に覚えのない”提供車両だった。

 交通局では使用しなくなったバスを転売することもあるが、その際には車体のカラーリングを塗り直すことを条件としている。もとのカラーリングのまま走行しているバスは基本的には存在しないはずだが、仙台空港のバスは大阪市バスそのものだった。

 担当者は写真を引き伸ばし、車体番号を解析。そこで、4年前にドミニカ共和国に行ったはずのバスだったことが判明した。仙台空港に行った経緯は全くなかった

 

政治家秘書が仲介


 関係者によると、ドミニカ共和国へのバスの譲渡話は、大阪府内選出のある国会議員の秘書から持ち込まれた。

 平成20年1月、秘書から「駐日ドミニカ大使からの依頼で、バスや救急車を送ってほしいという話がある」と問い合わせがあった。同年4月には、大阪市浪速区のNPO法人のメンバーが交通局を訪れ、バス5台の提供を要望。交通局側も了承し、5月21日に廃車になった5台が引き渡された。

 交通局は法人側に対し、同国への引き渡しが終わったら完了報告をするように求めていた。しかし、その後法人側から音沙汰はなく、交通局から報告を催促することもなかった。

 交通局は、法人側の求めに応じた理由を「以前にも支援の実績があったことが大きかった」説明する。

 市は14年2月にもドミニカ共和国にバス20台を譲渡し、このときは局職員が船出を確認、実際に同国に渡り、現地の新聞でも報道された。譲渡を仲介したのが、この法人と、大阪府選出の国会議員が名誉顧問を務めていた日本と同国の友好協会だった。

 「もう少し確認を取ればよかったとか、完了報告をきちっと受けるべきだったということもあるかもしれないが、一度実績があった団体ということで、信じ切っていた」。交通局幹部は振り返る。


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