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人権・差別・同和問題

258名無しさん:2016/09/04(日) 13:56:40
>>257

バリバラが笑いを強調することの是非
バリバラ最大の功績は、障害者の性と恋愛を取り上げたことだという。
「これは絶対に他ではやらない。障害者のセックスを正面から取り上げたのは大きかった。私も出演して、合コンをやった話や、自分の失恋、性の話にも触れました」

障害を持つ友人からは「よく言った」と賞賛されたが、健常者の男性からは「そこまで赤裸々に話すのは……」とネガティブな反応があった。

こうした反応も含めて、番組を見た人たちの意識に訴えたのは大きいと思う。問題は、番組の売りでもある「笑い」だ。

「これは番組の責任だけではないのですが、『笑い』が強調されすぎると、障害を笑えるようになるのがゴールだという印象になってしまう。実際は、そこをゴールだと思っていない人もたくさんいますから」

「感動か笑い」ではなく、障害者も個人として取り上げる
「結局、『感動か笑いか』という議論では、捉えられない問題があるんですよ。みんな個人として、普通に生きていて、障害が大変な場面もあれば、そうじゃない時もある。置かれた状況は違うはずなのに、まとめて『障害者』全体として語られる。本当の問題はそこにあると思っています」

「もっと個人として見てほしいと私は思っています。私の体験として語ったことが、なぜか『障害者』が語ったことになっているときがある。でも、それはおかしいですよね。私が語れることは、私と周囲で見聞きしたところまでです。全障害者を代表しては語っていないのに……」

個人の声が、全体を代弁するかのように取り上げられるとき、そこには必ず、すくい取れない声が出てくる。

健常者だらけのメディア
そして、森田さんは、メディアの本当の問題を指摘する。

「問題は、障害者を見えなくすることだと思っています」

「例えば、映画やドラマの中で、身体障害者が取り上げられるときは、主役が多いですよね。でも、リアルな学園ドラマや、街を映すときはどうですか?学校にいたはずの障害者、街を歩いているはずの障害者はそこには写ることはほぼない。障害者がいない、健常者だけの『きれいな世界』がそこにあるだけです」

「ある映画のエキストラの募集要項の中に、補助器具や介助者が必要な人はNGだとありました。彼らの意識の中に障害者を排除しようという思いはないでしょう。でも、これを読んだとき『あぁ私は参加できないんだ』と思いました。実際に、エキストラで障害者の姿はほとんどみませんよね」

「こうやって、リアルな世界の中にいるはずの障害者は、メディアからは消えていくのではないですか。私には、日常的に映らないことのほうが大きな問題に思えます」

取り上げ方よりも、メディア上から消えていくという問題があるではないか。森田さんは声を強める。

「障害者を社会からいないことにしちゃいけないし、見えないことにしちゃダメなんですよ」


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