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重工業・造船・航空機スレッド

134千葉9区:2009/02/25(水) 21:20:30
http://mainichi.jp/select/biz/news/20090224ddm012040004000c.html
大空のDNA:MRJの挑戦/2 飛行機開発成功の条件

 <飛べ!ニッポン 1939〜2009>

 ◇努力と運が必要 技術の蓄積生かし
 宮川淳一・三菱航空機常務(54)の朝は早い。午前5時40分に起床し朝食後、7時からテニスかランニングを30分間こなし、8時から始業。三菱リージョナルジェット(MRJ)開発を指揮するプロジェクトマネジャーとしての1日が始まる。

 浪人生の時、小型機から我が街を見下ろして「飛行機を作りたい」と決意した。東大工学部航空学科から三菱重工業に入社し、最初の仕事は開発中のビジネスジェット機「MU−300」。翼に氷が付着するのを防ぐ装置の設計を任された。

 だがMU−300は米国の安全審査の厳格化や不況による予約キャンセルなど不運が続き、事業的には失敗した。悔しい記憶は今でも残る。「飛行機が成功するには努力も必要だが、運もいる」。30年を経て、今度は責任ある立場で再び民間機に挑んでいる。

 飛行機の要は翼とエンジンだ。MRJでは金属よりも軽くて丈夫な炭素繊維複合材を使った翼と、内部にギアを組み込んだ次世代型エンジンを同クラス機で初めて採用し、燃費効率を20%以上向上させる。複合材は三菱重工が20年来磨いてきた先端素材だ。

 1939年に世界一周飛行を成し遂げた「ニッポン号」をはじめ、戦前から脈々と続く空の歴史があってこその技術力。宮川常務は「我々は先輩の蓄積の上に乗っかっている」と語る。

 エンジンの選定は専門家を交えたチームで議論を重ね、世界の3大メーカーに足を運んだ。採用したのは米プラット・アンド・ホイットニー(P&W)社のPW1000G。ニッポン号に搭載された三菱重工の金星3型が範としたのもP&W社のエンジンだった。

 戦闘機など防衛畑が長かった宮川常務にとって、多くの人を毎日輸送する旅客機の自社開発は初めての世界。航空会社に勤める友人に「旅客機は機体とカスタマーサポートとが半々で成り立つ製品だ」と言われ、旅客機の難しさを知ると同時に、やりがいを感じた。

 今、世界は不況の暗雲に覆われているが、笑顔を絶やさない。「すごくラッキーですよ。買い控えでお客さんの需要はたまっていくし、円高で海外調達する装備品は2割引き。優秀な人材もたくさん採用できる」。風を味方に高く上昇したいと願う。【真野森作】=つづく


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