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国際政治・世界事情

5942チバQ:2013/03/18(月) 19:36:42
http://mainichi.jp/select/news/20130318k0000m030109000c.html
イラク戦争10年:宗派対立、和解の動き
毎日新聞 2013年03月18日 02時30分(最終更新 03月18日 02時33分)


集会で宗派対立の解消を訴えるシーア派指導者のアハマド・クバンチ師。立ち見が出るほど盛況だった=2013年3月15日、秋山信一撮影
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バグダッドの中心街にある書店の店主モハマド・ダハシュさん(右)。通りにはにぎわいが戻ってきた=2013年3月15日、秋山信一撮影
拡大写真 イラクへの米軍侵攻から10年を経て暴力の影は一時期より薄まったが、多数派のシーア、少数派スンニの両派は衝突を続ける。その裏に政治的動機や周辺諸国の思惑があると市民は感じている。対立に人々が疲れを感じる中、和解を訴える宗教指導者も少なくない。【バグダッド小倉孝保、秋山信一】

 ◇争いより尊厳と自由が大事
 首都から米兵の姿は消え、我が物顔で走り回った米軍車両もない。中心部で15日、開かれた金曜青空書籍市。本を求める人で大混雑だ。04年ごろから続発した対米爆弾テロで一時は人が消えたが、96年から店を開くモハマド・ダハシュさん(47)は「治安改善で人出はフセイン政権時代(79〜03年)に戻った」と喜ぶ。

 政権崩壊後の騒乱は当初、反米武装攻撃が主だった。06年2月に中部サマラでイスラム教シーア派聖廟(せいびょう)が爆破され宗派対立が激化。09年以降も毎年、5000人前後の民間人が犠牲になっている。

 スンニ派住民の多いバグダッド西部ヤムルーク地区。16日昼、市民約20人がスンニ派イスラム指導者、メヘディ・スマイダエ師を囲んでいた。生活の不安や政府への要望を訴えている。スマイダエ師は強硬反米イスラム指導者だった。テロを指示したとして04年に逮捕され5年間拘束。釈放後シリアに逃れ、11年の米軍撤退後に戻った。

 今は、シーア派との和解を主張する。シーア派聖職者と協力しテロ容疑で逮捕された市民の釈放も求める。「転向」でスンニ過激派から狙われたこともある。それでも、「長年、私たちは共に暮らしてきた。和解は実現できる」と前向きだ。

 スマイダエ師は宗派対立を「米軍が残した混乱」と見る。スンニ派と敵対し、シーア派政治家を重用したためだという。さらに、「イランやトルコが、自国の利益を拡大するためイラクの宗派対立を利用している」と指摘する。

 一方、イスラム社会がより寛容になることで宗派の溝が埋まると訴えているのが、シーア派聖職者のアハマド・クバンチ師だ。バグダッドの文化センターで15日開かれた講演には、共産党支持者やキリスト教徒など、イスラム宗派対立に疲れた市民が詰めかけた。

 「女性がヘジャブ(頭髪を隠すスカーフ)をしないのも自由、酒場を開くのも自由。イスラムが関与すべきではない」と語ると聴衆から拍手が起こった。

 長女と講演を聴きに来た40代の銀行員、レイラ・ムフムードさんは「宗派より、人間の尊厳や自由が大事なはず」と語る。エンジニアだった父親はフセイン政権時代に連行され、理由も明らかにされずに処刑された。旧政権崩壊で「自由になれる」と期待したが、今は「宗教を言い訳にした対立が、市民の自由や尊厳を踏みにじっている」。匿名を条件に取材に応じた大学教授の男性(44)は「市民は過激な宗教思想に嫌気が差している」と話す。男性は「イラクが立ち直るには宗派対立を克服し、国民国家として団結しなければ」と語気を強めた。

 16日、バグダッドのフィルドス広場を歩いた。米軍がフセイン大統領像を引き倒し、政権崩壊を印象付けた場所だ。旧政権崩壊直後、若者たちが建てた自由を象徴する像も政府が撤去し、石の台座が寂しく残る。荒れた広場は、この国が直面する再建の困難さを象徴するかのようだった。


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