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国際政治・世界事情

3469チバQ:2011/11/28(月) 12:41:18
http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/11/28/20111128ddm012030065000c.html
アルゼンチン:軍政下の左翼狩り 「奪われた赤ん坊」出自判明で苦悩

ブエノスアイレスの記念公園にある壁に、軍政下で行方不明になった人の名前や当時の年齢、妊娠の有無が刻まれている=10月26日 南米アルゼンチンの軍政(1976〜83年)下、軍が反体制派とみなした市民を拉致する出来事があった。その数は推定3万人。多くが殺害されたとみられる。母親と一緒に拉致された乳児や収容所で産まれた赤ん坊は軍人家庭に引き取られ、出自を知らされないまま成長した。近年、近隣住民の通報などで捜査が始まり、DNA鑑定で「奪われた赤ん坊」と判明する事例が増えている。【ブエノスアイレス國枝すみれ】

 ◇「親の敵」に育てられ30年
 ブエノスアイレスに暮らすコンピュータープログラマーのペドロ・ナダルさん(36)は、29歳まで警察官の息子ルイス・フェリアンとして生きてきた。匿名通報がきっかけで04年6月、裁判所に呼ばれてDNA鑑定を受けた。まもなく判事に「あなたの本当の名前はペドロ・ナダルです。父親は生きています」と告げられた。驚くと同時にずっと抱えていた疑念が解けたと感じたという。

 実父は75年、左派「労働者革命党」党員として軍に逮捕された。実母と生後9カ月のペドロさんは翌年に拉致される。路上に放置された1歳年上の兄だけが、祖母に保護され無事だった。


ペドロ・ナダルさん 釈放された実父はペドロさんを捜し続けた。人権団体の協力で「それらしき人物」の特定に結びついた。鑑定結果が判明する1カ月前、実父は待ちきれず、郵便配達人を装ってペドロさんの勤務先の会社を訪れ、一目みて息子と確信したという。1歳違いの兄とそっくりだったのだ。

 軍事政権はイデオロギーの違う左派の親を殺して乳児を奪い、右派の家庭で育てる「思想矯正」を試みた。拉致した女性が妊婦の場合、出産までは殺害しなかった。5000人を収容した海軍工兵学校には妊婦部屋が二つあり、妊娠7カ月を過ぎると集められ、出産した。全国で約500人の赤ん坊が、子供を望む軍人や警察官に引き取られた。

 ペドロさんは出自を知った2カ月後、離婚後に1人で息子ペドロさんを育てた養母を訪ねた。「事実を知った」と告げると、養母は小さな袋をくれた。拉致された時に着ていたベビー服、小さなブラシと枕が入っていた。

 養母は09年に73歳で亡くなった。がんで死の床にある彼女の看病はいとこに任せていた。感情のわだかまりがあったからだ。最後に訪ねたのは息を引き取る15日前。養母は幼少期のペドロさんの写真を納めた箱を差し出した。「そのとき初めて『あなたを許します』と言った」と、ペドロさんは振り返る。


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