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国際政治・世界事情

2025チバQ:2011/02/05(土) 10:29:34
http://mainichi.jp/select/world/news/20110202ddm003030052000c.html
クローズアップ2011:エジプトデモ 「革命」への熱狂 女性も声上げ
 ムバラク体制を揺るがす震源地、カイロ中心部のタハリール(解放)広場は1日、その名前が示すように「革命」への熱狂に包まれていた。野党勢力が呼びかける「100万人行進」への参加者であふれかえったが、戦車で広場を取り囲む国軍兵士らは31日の「不干渉」宣言通り、事態の成り行きを見守るだけだ。人々は「今こそ自らの命運を自らの手に」とムバラク政権の打倒を訴えた。【カイロ樋口直樹】

 戦車の脇から広場に入った記者を取り囲んだのは、兵士ではなく、「組織委員会」の名札を付けた大勢の若者だった。「身分証を見せて」「抗議は平和的に」とくぎを刺して身体検査を行う。続々と押し寄せるデモ参加者もすべて身分証明書を掲げて広場に入ってきた。体制側につけ込むすきを与えないための野党勢力側の知恵だ。上空には監視用の軍ヘリが低空で飛び回るが、広場に悲壮感はない。

 「カム、カム、カム……」

 小太鼓を打ち鳴らし、手をたたきながら若者たちがデモ参加を呼びかける。「お前(ムバラク大統領)が去るまで我々は去らない」

 広場には大小無数のプラカードや横断幕が翻りシュプレヒコールが響く。若者だけでなく、民族衣装姿のお年寄りから女性や子供まで幅広い層が思いの丈を声に出す。

 北部マンスーラから車で3時間かけて駆けつけたシェリーフさん(18)は「エジプトのために死にたい」と書いたプラカードを掲げた。2年前、警察から窃盗の疑いをかけられ、手ひどい扱いを受けた。今も頭や首に傷痕が残る。政府には怒りと絶望感を募らせていたという。「今こそ自由で民主的な国をつくるチャンスなんだ」と声をからす。

 ごみを詰め込んだポンコツ車には「NDP(国民民主党)本部」との看板が掛けられていた。ムバラク体制を支えてきた巨大与党の本部を揶揄(やゆ)したものだ。道行く人々がツバを吐き、足で蹴った。

 北部のデルタ地帯から初めてデモに参加した会計士、アハマドさん(50)は「ムバラクが出ていくまで私たちの生活は良くならない」と訴えた。

 同広場には大勢のイスラム聖職者の姿もあった。イスラム教スンニ派最高権威機関アズハルの学生、ムハンマドさん(25)は「イスラムはすべての人々の政治参加を説いている。エジプトには自由で民主的な政治体制が必要」と静かに語った。

 「ムバラクをつるせ」。誰かが叫ぶ。すると「ムバラクは兄弟だ。引退させればそれでいい」と応酬する。政権交代のあり方やムバラク氏の処遇などをめぐっては多様な意見があった。拡大する抗議デモや民衆に好意的な軍部、欧米からの民主化圧力にさらされた政権は「野党勢力との対話」を余儀なくされている。だが、デモ参加者は「ムバラク打倒」の一点で結集しながらも、それぞれが抱くエジプトの将来像は一様ではない。

 午後4時半ごろから多くのデモ参加者が広場を離れ始めた。人々の表情に表現の自由を得た満足感とともに、疲労の色も浮かぶ。「平和的なデモの答えはどう出るのか」。多くの参加者の胸にはこんな思いが浮かんだに違いない。


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