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労働運動
2042
:
チバQ
:2020/01/30(木) 10:58:01
■語学力がアダになる
まず、ブラック企業によって困難な状況に追い込まれてしまう事例を紹介したが、中には特別な能力で転職したり、ブラック企業と闘ったことが、人生の新たな契機になったりした人もいる。
鈴木(仮名)さんは東京外国語大学卒業後、番組制作会社のアシスタントディレクター(AD)として就職を決めた。ドキュメンタリーなどを制作する会社なら、自分の語学能力を生かした面白い仕事ができると期待していたのだ。しかし、待っていたのは長時間労働やパワーハラスメント、暴力が横行する過酷な労働現場だった。語学能力は、海外とのやりとりなど余計な仕事を任される口実となった。「他の人の1.5倍は働かされ、語学ができる自分を恨んだ」と振り返る。休日はただベッドで眠るだけだった。
鈴木さん(仮名)
鈴木さん(仮名)
仕事上のミスをきっかけに「お前は無能なADだ」「役に立たないカスだ」などの暴言を伴う暴力を受け続けた結果、「自分はなんて無価値な人間なんだと絶望し、生きていても仕方がないのではないか」と考えるようになった。
入社して間もない頃は、大人が大人を本気で殴っていることに衝撃を受けたというが、「自分が暴力の対象にならないよう仕事をこなすのに精一杯で、同期や後輩にふるわれる暴力にもだんだんと無関心になってしまった」と語る。
最終的に、鈴木さんは会社から逃げ出すように退職し、そのまま半年間の引きこもり状態に追いやられた。「1年半で辞めてしまった自分が情けない」という思いから、家族にすら相談することができず、身動きがとれずにいた。
これだけ働いて、給与は額面で月給24万円(うち固定残業手当5万9千円)だった。
写真:アフロ
写真:アフロ
■ブラック企業から大学院進学へ
鈴木さんはついに転職を決意し、ハローワークへ向かった。ハローワークで今の仕事について「残業代の未払いがあるのでは」といわれたことをきっかけに、ネットで労働問題の情報を調べるようになった。
手はじめに労働基準監督署に相談に行ったが、まったく相手にされなかった。さらに情報を集める中で、筆者の記事(過酷化する映像業界 違法なサービス残業を蔓延させる「構図」)を読み、「まったく自分と同じ問題だ!」と驚いたという。
そこで、記事に紹介されていた「ブラック企業ユニオン」に相談することを決めた。これが彼の人生の転機となる。
同ユニオンへの相談を通じて、鈴木さんの認識は変わった。
「長時間労働で休みも取れず、寝不足で疲労が溜まっており、さらにパワハラもあるような環境では、ミスが生じるのは当然。むしろ、そのような環境をつくり出している企業の側に問題があると考えられるようになったんです」。
そして鈴木さんはユニオンに加入し、団体交渉をすることになった。最初は違法行為を指摘すれば、会社はそれを認めて謝罪するだろうと考えていたが、会社は違法行為を認めず、鈴木さんの目の前で労働時間の証拠を隠滅した。
「闘わないと未払い残業代すら支払われないのか……」。
企業側の心無い対応に思わずため息が漏れた。しかし、そこから権利を取り戻すための闘いが始まった。同じ職場で被害を受けたADたちに声をかけ、仲間を募った。違法行為を訴える街頭での行動も行なった。気がつけば、団体交渉の場で、社長に対しても臆せず堂々と発言するようになっていた。
街頭行動の様子
街頭行動の様子
この結果、会社は未払い残業代やパワハラの事実を認め、鈴木さんに対して鈴木さんの納得がいくだけの賠償金を支払うことで合意した。それだけではなく、全社員に対する未払い賃金の支払いなど、鈴木さんの起こした行動は職場環境を大きく改善させた。
会社の改善が見えてきた頃、ハローワークの職員からは「まだ若いから早く動けばチャンスはある」と転職を急かされた。
しかし、ユニオン活動を通じて、鈴木さんの考えにも、ある変化が起きていた。
「転職してもうまくいくとは限らない。自分がたまたま不幸な目にあったのではなく、日本社会全体に蔓延する問題なんだと思うようになりました」。
そんな中、ユニオンなどの活動を通じて外国人労働者の問題を目の当たりにする。ブラック企業では長時間労働の要因となった語学能力を生かし、鈴木さんも相談に乗る側に回るようになっていた。
「あるとき、強制帰国を迫られたフィリピン人の相談者が、目に涙を浮かべ『同じような被害を受けている外国人のためにも、私は正義のために闘いたい』と話をしてくれて……。その姿がずっと脳裏に焼き付いているんです」。
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