観光支援事業「Go To トラベル」の運用見直しを巡り、政府の場当たり的な対応があらわになってきた。札幌、大阪両市を目的地とした旅行を一時停止することは決めたが、感染者数最多の東京は継続する方針。札幌、大阪を出発地とした旅行は、停止の対象としない方針にも疑問の声が上がる。混乱の背景には、政府が制度設計を怠っていた問題があるが、菅義偉首相が説明する気配はない。
新型コロナウイルスの感染拡大で、旅行業界への逆風が再び強まり始めた。札幌市と大阪市が政府の観光支援策「Go To トラベル」の割引対象からの一時除外が決まった。東京都など感染状況が予断を許さない地域は他にもあり、対象が広がる恐れもある。旅行業界は回復途上にあった国内観光需要の腰折れに懸念を強めている。
「Go To イート」の見直しについても新型コロナウイルスの感染拡大で苦戦が続いた外食業界からは困惑の声が出ている。この制度に参加する回転ずしチェーン「くら寿司」では、10月の既存店売上高が前年より3割近く増えた。イートで付与されるポイントの利用を控えるよう求められることに、広報担当者は「感染予防対策をしながら、国や自治体の要請に従っていく」と話す。
業界団体の日本フードサービス協会(東京)が25日発表した10月の外食産業売上高(新店含む全店ベース)は、前年同月比5.7%減だった。政府の飲食店支援策「Go To イート」の効果などで9月(14.0%減)に比べ減少幅は縮小した。ただ、広報担当者は「感染の再拡大が消費者心理に影を落としている」と先行きを不安視している。
東京都も、止まらぬ感染拡大で飲食店に時短営業を要請した。中央区月島のもんじゃ焼き店「こぼれや」も客離れを痛感。店舗営業部長の佐藤博之さん(33)は「Go To イートも思った以上に早く終わり、午後10時閉店は正直厳しい」と話す。個室を増やした新店舗の開業を来月に控えるといい、「鉄板は高温だし、換気は強力だ」と安全性を強調。「コロナ前の契約で撤退できなかった。苦しいがやるしかない」と不安を押し殺した。
Go Toに振り回されたホテル業界の苦悩
宿泊キャンペーンの成果や現場の混乱など、Go Toトラベルの評価を総括するのはコロナが終息してからになるだろう。“経済活動との両立”という名の下に大々的にキャンペーンは進められてきたが、次々と改変したり、新たに設けられるルールに振り回されたりしているのは、キャンペーン利用者だけでなく宿泊施設も同じである。特に現場の苦労は計り知れない。
11月下旬、東京都内で複数の飲食店を経営するあるオーナーは力なくそう答えた。このオーナーが運営する店では、東京のコロナ感染者が500人を超えるようになった11月中旬以降、予約のキャンセルが続出。来店客数も直前の約半数程度に落ち込んだ。
少しでも売り上げを補おうと活用した「Go To Eat(イート)」のポイント事業はトラブル続きだったという。「急にオンライン予約が増えたので従業員を手配したり、会計も複雑になり対応に追われたりした。利益にならずとも事態が少しでもよくなるならと頑張ってきた。だが、オンライン予約のポイント事業は予定期間がまだあるのに(予算が上限に達したことで)突然終了。もちろん予約はパタッと止まった。コロナ感染者の拡大で客数が激減し、手配した人手は急に不要になり、仕方なく前日にシフトを減らす連絡に追われた」(前出の経営者)。
■「必死の準備」も報われず
購入金額の25%分を上乗せした「プレミアム付食事券」を販売する「Go To Eat キャンペーン Tokyo」は11月20日から始まったばかりだが、コロナ感染者の拡大を受けてわずか一週間で食事券販売が停止となった(停止期間は11月27日〜12月17日まで)。
コロナ感染者の拡大を受けて、東京都以外でも食事券の販売停止を決めているところが複数出てきている。神奈川県や埼玉県、茨城県など、販売停止の期限が「未定」という地域も複数ある。年末の書き入れ時に向けて行った準備が報われなかった飲食店は少なくないだろう。
「Go To イート Tokyoのために必死に準備した。それも結局、利用されない。なぜ、飲食店ばかりこんなに振り回されなければならないのか。そして、この現状を世間の人はほぼ知らない。それが一番悔しい。いまだ多くの人が『Go Toイートで飲食店が救われている』と思っているのだから」(前出の経営者)。
Go To トラベルをめぐる3都市への対応
観光支援事業「Go To トラベル」をめぐる二つの方針に、旅行会社や利用者が対応を迫られている。政府は大阪、札幌両市を目的地とする旅行をGo Toの対象外とした一方、両市を出発地とする利用は自粛要請にとどめたためだ。利用者のキャンセル料は発生しないが、出発・到着によって申請期限が異なるなど微妙な違いも存在しており、「判断を利用者に任せるのは心苦しい」など困惑の声が相次いだ。
GoToイートの初日、食事券を使ってランチを楽しむ女性客が見られた=10月23日、福井県福井市
コンビニのファミリーマートで販売されている国の飲食業界支援策「Go To イート」の「福井県プレミアム食事券」と、他県の食事券とを間違えて使用するケースが福井県内外で発生している。食事券は発行都道府県でのみ有効で、県キャンペーン実行委員会は「誤って受け取っても精算はできない」と登録飲食店に注意を促している。
成長戦略会議で発言する菅義偉首相(右端)=2020年12月1日午後5時43分、首相官邸、恵原弘太郎撮影
政府の観光支援策「Go To トラベル」が、来年6月ごろまで延長される見通しになった。1月末をメドとされている終了時期を5カ月程度延ばすのは、東京五輪・パラリンピックの開幕や夏の観光シーズンで観光需要が持ち直すまで、下支えが必要と政府がみていることがある。
名物のぼたん鍋を個室で楽しめる同店は冬が最も活気づき、例年12月は連日満室となる。外食を促す「Go To イート」の食事券利用が京都で始まった10月下旬以降に来店客も持ち直したが、直近の感染者急増で落ち込んだ。「十分換気した個室で定員も大幅に減らしているが、料理屋も居酒屋も『飲食店』としてひとくくりにされる。安心して利用してもらえるように対策を続けるしかない」と新造さんは考える。
観光支援の「Go To トラベル」で週末を中心に客室の稼働が急回復したホテルの予約動向からも、人々が自粛に傾く兆候がみられる。京都市内の大手ホテルの担当者は「11月の3連休後に宿泊予約のキャンセルが増えた。週末はすぐ別の予約が入る状況だが、11月時点と比べると勢いが落ちた」と打ち明ける。おごと温泉の「琵琶湖グランドホテル京近江」(大津市)は、12月の宿泊予約キャンセルが約2800人発生。11月は平日でも満室の日があったが、金子博美社長は「もともと大阪からの利用が多いので非常に厳しい。今後どこまで影響が続くのか」と心配する。
政府の観光支援事業「Go To トラベル」の利用者の方が、利用しなかった人よりも多く新型コロナ感染を疑わせる症状を経験したとの調査結果を東大などの研究チームが7日、公表した。PCR検査による確定診断とは異なるが、嗅覚・味覚の異常などを訴えた人の割合は統計学上、2倍もの差があり、利用者ほど感染リスクが高いと結論付けた。
政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が11日の会合で議論する提言案がわかった。感染状況が4段階のうち2番目に深刻な「ステージ3」相当と分科会がみている地域の感染状況の推移を(1)減少(2)高止まり(3)拡大継続に分類し、段階に応じて自粛要請などのレベルを変えるよう政府や都道府県知事に求める。(2)と(3)の地域では、観光支援策「Go To トラベル」の一時停止を検討するよう改めて盛り込む。
菅義偉首相
14日、政府は観光支援事業「Go To トラベル」の全国一時停止に追い込まれた。社会経済活動の回復を重視する菅義偉首相が「政治生命を懸ける」と固執し継続を目指したものの、新型コロナウイルスの止まらない感染拡大と内閣支持率の大幅な続落でついに外堀を埋められた。ただ、感染の大波がこれで収束に向かう保証はない。「遅すぎた」「後手後手」との批判から首相が逃れるのは難しそうだ。
観光やビジネス客が戻りつつあった、11月下旬の福岡空港
年末年始の書き入れ時を前に突然発表された観光支援策「Go To トラベル」の全国一時停止。九州の旅行、運輸業界からは「キャンセルが続出する」「倒産が増える」と悲痛な声が上がった。先行きが見通せない新型コロナウイルス禍。菅義偉首相の方針転換には理解を示す声もある一方、後手に回った判断に不満も漏れた。
政府の観光支援事業「Go To トラベル」が28日〜来年1月11日まで全国で一時停止されることになり、茨城県内の宿泊事業者や旅行業関係者らは厳しい現状に悲痛な声を上げた。宿泊客の多くはGoTo事業を利用していることもあって、「書き入れ時」に当たる年末年始の経済的なブレーキは事業者に大きな打撃を与えそうだ。
「Go To トラベル」の一時停止で予約客からの問い合わせに追われる職員ら=15日、那覇市古波蔵の中央ツーリスト本店
菅義偉首相が観光支援事業「GoToトラベル」を28日から来年1月11日まで、全国で停止すると発表したことを受け、発表から一夜明けた15日、県内の宿泊施設には予約のキャンセルや問い合わせが相次ぎ、従業員らが電話対応などに追われた。この日だけで100件以上のキャンセルが出たリゾートホテルもあった。政府の突然の停止決定による混乱に、県内観光業界には先行きを案じる声が広がっている。
菅義偉首相
菅義偉首相が観光支援事業「Go To トラベル」の「全国一斉停止」を表明したことを受け、与党内から「ぶれすぎだ」と急な政策転換に批判の声が上がる。内閣支持率の急落に背中を押されるように「急転直下」(政権幹部)の方針転換だった。政権発足から16日で3カ月。首相はトップダウンで政策を前に進める一方、軌道修正を促す腹心不在を不安視する向きもある。