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マスコミ

723名無しさん:2009/10/10(土) 14:14:38
>>722

●本質は記者会見の開放にある
 
ぼく自身はAP通信の記者として日本に赴任した1989年以来、記者クラブと足かけ20年も戦ってきているので、記者クラブ問題について喋り出したら、止まるところを知らない。しかし、スペースの問題もあるので、最後に今回の記者クラブ問題の議論で、一つだけ抜け落ちている点を指摘しておきたい。
 
それは、そもそも記者クラブ問題というネーミングに、落とし穴があるということだ。記者クラブが一部の主要メディアの特権であり、それがメディアへの新規事業者の参入障壁を著しく高くしていることは言うまでもない。しかし、記者クラブ問題におけるメディアの立場が、あくまで副次的な受益者に過ぎないことは、肝に銘じておく必要がある。要するに記者クラブメディアは、制度のお零れをちょうだいしているに過ぎないということだ。
 
記者クラブ問題の本質は、政府の情報公開だ。そして、それは政府の記者会見の開放問題に置き換えることができる。もともと記者クラブなる制度が形成された経緯も、政府がなかなか情報を公開しようとしないため、メディアが記者クラブという形で徒党を組んで、力を合わせて政府に記者会見を要求したことにあった。要するに労働組合よろしく、団体交渉である。少々余談にはなるが、かつては弱者の味方だったはずの労組が、今や既得権益の巣窟になっていることとのパラレルは興味深いではないか。
 
記者クラブが伝統的に記者会見の主催が自分たちであることにこだわる理由は、元はといえばこの記者クラブの起源にさかのぼる。
 もしぼくが権力者で、権力の濫用によっておいしい思いをしているとすれば、本当はできるだけ情報など公開したくないはずだ。しかし、民主主義とか言って、憲法だの情報公開法だの何だので、ある程度の情報は公開しなければならなくなったら、どうするか。そこで出てくるのが、有史以来世界中の統治権力の常套手段とも呼ぶべきdevide and rule、つまり分断統治だ。要するに、特定のメディアを囲い込み、そこに特権的なアクセスを許し、それを優遇する一方で、優遇しないメディアとの間で差別化を図る。権力にとっては不都合な存在になりかねないメディアをそうして分断するわけだ。そうすれば、優遇されたメディアは、一見特権を享受しているように見えて、実は下手をすれば特権を失う脆弱な地位に置かれることになり、権力の監視能力は著しくは低下する。また、特権を得て身近に置かれることになったメディアと統治権力の間には、本来権力をチェックすることが第一義的な責務であるはずのジャーナリズムにとっては、ありとあらゆる好ましくない性質が生じる。それは、癒着であり、友好関係であり、馴れ合い、談合、同胞意識、運命共同体意識、選民意識、依存、受け身の姿勢、取材をしない体質などだ。しかも、特権を得たメディアはメディア企業としては明らかに業界内で優越的な地位を享受できるため、企業としては大きく発展することになる。他方、特権から排除された雑誌やネットメディアやフリーランスを含む独立系のメディアは、ゲリラだの在野精神だのと強がってみても、記者クラブが壁となって政治、経済、社会のあらゆる分野の情報源への直接のアクセスが制限されてしまうため、結局のところ報道メディアとしても企業としても、新聞やテレビと比べれば、二流三流の地位に甘んじることになる。これもまた権力側からすれば好都合となる。


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