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法学論集
1192
:
とはずがたり
:2008/06/22(日) 23:53:21
>>1191-1192
父親は8日夕、勤務先の労働金庫に「家庭の事情で1週間の休暇をとりたい」と連絡を入れ、「どうやら、(犯人が)息子らしいので」と説明したという。母親は昨年夏、近所への挨拶もなく、いつのまにか自宅からいなくなっていた。家族はすでに崩壊していた。
青森市郊外の自宅は事件当日からカーテンが閉められたまま。かつて母親が丹精に花を育てた庭は、殺風景に荒れていた。加藤容疑者の一家は、どう崩壊に向かったのか。
加藤容疑者は幼いころ、そろばん教室や水泳教室に通い、両親のしつけの厳しさは近所でも有名だった。幼い加藤容疑者は厳冬下に薄着で長時間、外へ放り出されることもあった。ブルブル震えて黙って立つ様子を見かねた近所の老人が「もう許してあげて」と口を出すと、母親は「お兄ちゃんもいけないことをしたんだから、しようがない」と拒否したという。近所の主婦は「お父さんが厳しいならお母さんが守ってあげればいいのに、そこまでしなくてもというくらい2人で怒っていた。逃げ場がなくて子供が気の毒と思ったこともある」と話した。
それでも小学校時代の加藤容疑者は「足が速くてクラスの人気者だった」(同級生)。中学ではソフトテニス部に所属し、当時の教師は「成績優秀で、リーダーシップがあり責任感の強い子だった。スポーツでも勉強でもいろんなことを先頭に立ってやっていた。明るくて元気がよくて誰もが認めるがんばり屋だった」と当時の様子を話す。
高校進学後、印象はガラリと変わった。再会した友人は「髪がボサボサで、内向的になっていた」と驚いた。高校当時の副主任(59)は「おとなしく、特別に問題を起こすでもなく記憶にない生徒だった」と話すが、このころ家庭内暴力も始まっていた。中学までは常にトップクラスだった成績も、県内屈指の進学校では平均以下からさらに下がっていった。
卒業後は岐阜の中日本自動車短大へ進学。この年は学年360人中、4人の東大進学を含むほとんどが4年生大学へ進学する中、短大へ進学したのは2人だけだった。加藤容疑者を園児のころから知る主婦が高校卒業後の進路について尋ねると、母親は「悪いけど進学か就職かも聞かないで」と答えたという。
高校卒業前、加藤容疑者は教員に「やっぱり前から考えていた中学校の先生になりたい」と打ち明けていた。中日本自動車短大に進学後も担任の教師に、中学教諭になる目標を語り、卒業時の進路調査には「弘前大学進学希望」と報告していた。
その夢がかなうことはなかった。両親は離別。加藤容疑者は事件前、会社の同僚に「親が借金を重ねるから青森から飛んだ。ろくでもねえオヤジだ」と悪態をついている。自身が書き込んだ携帯サイトには、成績優秀だった小中学校時代を振り返り、「親に『いい子』を演じさせられていた」とある。こんな書き込みもあった。
「高校出てから8年、負けっぱなしの人生」
加藤容疑者は警視庁の調べに、「事実は隠さずに話します」と素直に応じているが、生い立ちや家族の話になると涙ぐむこともあるという。
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