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Tohazugatali Medical Review

76とはずがたり:2005/05/26(木) 10:35:11
むうぅ。。

2005年05月26日(木)
本当の両親どこに 福岡の男性、46歳で別人と判明
http://news.goo.ne.jp/news/asahi/shakai/20050526/K2005052503950.html

 あなたは両親と血のつながりがない――。そんな事実を昨春、46歳になって突きつけられた男性がいる。「産院でほかの新生児と取り違えられたに違いない」。親捜しに手を尽くし、「元気で生きているだろうか」と思いを募らせている。

 男性は1958年4月、東京都立墨田産院で生まれた。いまは福岡市で暮らす。

 8年前、血液型の検査で父がO、母がB、自分がAという実の親子では通常あり得ない組み合わせと分かった。

 昨春、九州大学医学研究院の池田典昭教授(法医学)を紹介され、DNA鑑定を依頼した。「ずっともやもやした気持ちを抱えていた。真実を知りたかった」。その結果、両親と血のつながりがないことが確定した。

 男性が持っていたへその緒は鑑定の結果、本人のものだった。へその緒がとれたのは出生4日目ごろ。男性は「それまでの間に取り違えられたのでは」と考えている。

 男性は墨田産院で出産した妊婦の氏名や住所を都に尋ねた。答えは「当時の診療記録はすべて廃棄された」。産院自体も88年に廃止されていた。

 「実の親が見つかるきっかけになれば」。男性は昨年10月、都に損害賠償を求めて東京地裁に訴訟を起こした。同地裁の判決が今月27日に言い渡される。

 裁判で都は「取り違えは想像にすぎない」と反論。新生児の足の裏に母親の名を書くなど対策はとっていたと思われる――などと主張している。

 だが、日本を「世界一の取り違え多発国」と表現した学者もいる。故赤石英・東北大教授だ。

 73年の論文で、57〜71年に全国で計32件の取り違えが発覚した状況を報告した。終戦直後は自宅出産がほとんどだったが、提訴した男性が生まれた58年をはさみ、病院など施設での出産の比率が55年の18%から60年の50%へと急増。70年には96%になった。赤石教授は「施設での出産の急増と助産婦、看護婦の数とのアンバランスが取り違えの大きな誘因だろう」と指摘している。

 裁判の傍ら、男性は産院の地元・墨田区に「だれが出生届を出したか知りたい」と当時の受付簿の開示を求めた。しかし、「個人情報だ」と拒まれた。

 「それならば」と今春から区の住民基本台帳をめくり、自分と同じ誕生日の人を捜している。取り違えられた相手を見つけるためだ。電話番号がわからなければ直接訪ねる。5人ほど当たったが成果は出ていない。

 「もし区内に住んでいなかったら、一体どう捜せばいいのか」。徒労感もにじむ。

 「健康でいてくれたら」。男性は離ればなれになった実の親への断ちがたい思いを語る。その一方で「育ての親」である両親についても「親であることに変わりはない。これから、もっと大切にしたい」と話した。


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