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スーフィズムに関するHP
687
:
とはずがたり
:2015/02/11(水) 17:48:20
>>685-685
求めているのは政策変更ではなくカネ
そして、イスラム国は、彼らの最大の目的である身代金が支払われなかった人質については、他の利用法を考える。身代金が支払われない英米の人質は、米英に対する政治的な脅迫の材料に使い、その生命を断つ。
イスラム国は両国以外にも、少なくとも2人のロシア人人質を殺害している。おそらく身代金要求に応じなかったものと思われるが、うち1人はスパイと断定して、少年に殺害させている。
イスラム国は最初の脅迫動画において、イスラム国と敵対する陣営に巨額の援助を決めた日本政府を「十字軍に加わった」と非難しているが、要求していることはカネだ。日本政府に政策変更を求めているわけではない。もちろん日本政府の政策を非難していることから、そこに強い敵意は認められるものの、彼らの要求はあくまで身代金である。
イスラム国の誘拐ビジネスの過去事例から言っても、ここで期限までに身代金支払いの意思を日本政府が表明し、実際に支払われれば、人質は解放された可能性が極めて高い。
最初に巨額を提示するアラブ世界のバザール的商談
この脅迫について、身代金があまりに高額だったことで、最初から身代金を受け取れるとは思っていなかったのではないかとの推測がある。最初から殺害するつもりで、非現実的な金額を持ち出したのではないかとの推測である。
その可能性ももちろんある。しかし、そうでない可能性もある。もちろん2億ドルという金額が、これまでの身代金相場から言っても破格であるのは事実だが、単に日本政府の周辺国援助の金額を見て、吹っかけてきただけだったのではないか。
これは、誘拐ビジネスにおいては、むしろ一般的なやり口でもある。初めに巨額を提示し、その後、現実的な金額に交渉するというプロセスは、決して珍しいことではない。これまでの他国の人質解放交渉の内幕は一切秘匿されているため、イスラム国のやり口は分からないが、特にアラブ世界においてはこうしたバザール的商談はむしろ一般的なマインドと言える。
なお、最初の脅迫動画の出たタイミングに関して、「安倍首相がエジプトでイスラム国を刺激するようなことを言ったのが原因だ」との推測がある。イスラム国が日本政府の周辺国援助を口実にしていたことから、そのニュースがこの公開脅迫に結びついたことはおそらく事実だろう。2億ドルという身代金の法外な金額も、このニュースを見て思いついたのもおそらく間違いない。
しかし、では仮に安倍首相があくまで「人道的援助」とだけ話していれば、人質は身代金なしでも解放されたか? あるいは日本政府がそもそも援助など行わなければ人質は解放されたか? と考えると、イスラム国に限って、その可能性はないと判断するしかない。彼らはその前から、身代金の要求を行っていたからである。
そこで日本政府が判断すべきは、まずは人質の生命を最優先と考えて身代金支払いに応じるか、あるいはテロに屈しないことを優先して身代金の支払いに応じないか、という非情な二者択一の選択だけだったことになる。
また、水面下での交渉のうちなら救出の可能性があったとの推測も説得力はない。イスラム国が求めていたのは身代金であり、水面下であろうと公開であろうと、彼らは身代金を入手できるか否かが判断の材料である。
目的は「身代金」「仲間の奪還」の2点
イスラム国側が唯一、要求を変えたのは、最初の期限が過ぎても日本が身代金支払いに応じなかったことを受け、予告どおりに2人の人質のうちの湯川氏を殺害した後、後藤氏を使ってヨルダンの死刑囚との交換という新たな要求を持ち出してきたことだけである。
期限切れとなった時点で彼らは、2人ともの殺害を行わず、後藤氏をヨルダンの死刑囚との交換という奇妙な要求に変えてきた。
この要求には不可解な点もあるが、それでもイスラム国はそれ以降、この要求を一貫して変えず、ヨルダン側が折れなかったことで期限切れとなり、予告どおりに後藤氏を無残にも殺害した。
今回の一連の事件でイスラム国が要求したことは、最初は「身代金」であり、次が「仲間の奪還」だった。要求が変わったのはその1回であり、それ以外は一切妥協することがなかった。彼らの目的はその2点だったと考えても、特に矛盾点はない。
次回は、この死刑囚奪還という要求について、彼らにはそれ以外の隠された狙いがあったのか否か? また、なぜその過程で交渉が進展していたかのような情報が飛び交うことになったのか? その経緯を振り返って、考えてみたい。(つづく)
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