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スーフィズムに関するHP

3834OS5:2023/12/11(月) 16:53:45
https://news.yahoo.co.jp/articles/45fecde56c431c1ab730fed9d780a17f1f5e5264
急進右派の大統領が就任したアルゼンチン バラマキの歴史と決別できるか
12/11(月) 16:27配信

産経新聞
【ニューヨーク=平田雄介】10日就任した南米アルゼンチンの急進右派、ミレイ大統領の最大の課題は、経済状況の改善だ。国民の4割超が貧困層という低迷の原因は、長期にわたり断続的に続いた左派ポピュリズム(大衆迎合主義)政権での「成長なき分配」と呼ばれるバラマキ施策とされる。ミレイ氏が「痛みを伴う改革」を断行できるのか、その手腕が注目されている。

ミレイ氏は国会前での就任演説で「100年の失敗は1日で取り戻せない。困難な道だが、今日から再建を始めよう」と呼びかけた。

1世紀前のアルゼンチンは「先進国」の一つ。1906年に完成した荘厳な外観の国会はかつての栄華を象徴する建築で、ミレイ氏が復活にかける思いを国民に伝える良い場所だった。

20世紀初頭のアルゼンチンの繁栄を支えたのは食料輸出だった。ラプラタ川流域に広がる大平原パンパは農牧業に適し、小麦や牛肉が主力商品。首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれた世界都市で、イタリアから豊かなアルゼンチンに出稼ぎに行った母を探す少年の物語「母をたずねて三千里」の舞台となった。

転機は世界恐慌だった。この時期に進んだ「工業化の波」に乗り遅れた。しかし、豊かさに慣れた国民は高額な年金を求め続け、景気の後退と物価上昇(インフレ)が同時に進んでいった。

46年に「南米左派ポピュリストの元祖」とされるペロン大統領が就任。外国資本を排除し、産業の国有化を進め、労働組合を支持層に取り込むために賃上げを実施した。これが今日に至るバラマキ施策の起源とされ、低成長とインフレは慢性化した。

ミレイ氏以前にも経済改革の試みはあり、89年に就任したメネム大統領は通貨ペソと米ドルの固定相場制を導入、一時的にインフレを収束させた。しかし、政権交代で、固定相場制も終了。2001年には債務危機に陥った。15年に就任したマクリ大統領が目指した「痛みを伴う」経済改革も挫折した。労組などの激しい反対に遭ったという。

ミレイ氏が掲げる行財政改革案は「荒療治」だ。公金支出の大幅削減や年金制度改革に加え、赤字国営企業の民営化など「労組の牙城」に切り込むからだ。

国民の既存政党への不満を吸収して当選したミレイ氏には「右派のポピュリスト」との見方もある。ミレイ氏が「支持者の離反を恐れ、改革を断念する可能性」も指摘されている。


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