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スーフィズムに関するHP

1362とはずがたり:2016/01/10(日) 14:56:48
 ところが、声明の中には、今回、国際的に大きな反響を呼んだシーア派宗教者ニムル師の死刑理由にあたる部分は見当たらない。ニムル師は2011年に「アラブの春」に呼応してシーア派のデモを支持し、2012年に逮捕され、14年に死刑判決を受けた。当時のニムル師の死刑理由には「支配者への不服従」「宗派抗争の扇動」「デモへの参加を主導」などが挙がっていたという。

 死刑が執行された中で、ニムル師は時期的にも、関係した事件も異なり、他のスンニ派の死刑囚の中では全く異質である。もし、内務省が、ニムル師の処刑が国際的に大きな反響を呼ぶことを予想しているならば、声明の中で何かの予防線を張っておいたはずであるが、それはない。サウジ内務省が今回の集団処刑でニムル師の処刑を本筋とはみなしていなかったと、私が考える理由である。内務省はニムル師をシーア派として処刑したのではなく、ザハラーニ師と同様に「暴力を扇動し、混乱を引き起こす」人物(=宗教者)として同類に置いたと理解すべきだろう。

過去の清算ではなく、新たな治安の危機への対応
 今年の年頭に10年前のテロに関わったアルカイダの死刑囚を集団処刑したことは、単に過去の清算ではなく、2015年にISによるテロが頻発したことと無関係ではないはずだ。内務省は治安の新しい危機に対応するために、歴史的ともいえる集団処刑を決断したのである。新しい危機とは何かを解くカギは、内務省がジハード(聖戦)を呼びかけたザハラーニ師と共に、「アラブの春」を称揚したニムル師を処刑したことにあるのではないかと考える。

 つまり、内務省は、ザハラーニ師が唱えた「サウジ体制を拒否し、暴力に訴えるアルカイダのテロ」を抑え込むだけでなく、ニムル師が唱えた「アラブ春の若者たちのデモに象徴されるような集団活動」を抑え込むことを意識したという読みである。普通の市民にサウジ王国を批判するような考え方や情報が発信されることに厳罰を下したのである。

 今回の集団処刑についての内務省の記者会見で、マンスール・トルキ報道担当が、特に若者たちに向けて「テロ組織はサウジの治安と安定を乱すために、あなたたち(若者)を道具として使う」と警告したとサウジのメディアが伝えている。

 その言葉の意図を深読みすれば、サウジが直面しているのは、かつてのアルカイダのような社会から孤立したテロ集団ではなく、人口の半数以上を占める若者たちに広まっている運動だということになる。サウジで2015年に噴き出し、サウジが現在直面しているISの脅威は、かつてのアルカイダ的なテロではなく、「アラブの春」で噴き出した若者の反乱という側面を持っているのではないかと、私は考えている。

若者たちに広がる失業や格差への不満
 アルカイダは「組織」であったが、ISは若者に広がる「運動」としてサウジ体制を危うくしているということではないか。イラクとシリアにまたがるIS支配地にアラブ世界や欧米から3万人以上の若者が参戦しているという現象も、ISが「運動」と考えれば納得がいく。サウジに出てきたIS組織が、「シーア派敵視」と「サウド王家批判」の2つのベクトルを持つことには、イラクやシリアでシーア派の軍事的な攻勢によって殺されるスンニ派民衆を救援するという意味があり、またサウド王制の下で失業や格差が広がる若者たちの不満とつながっている。

 サウジの年齢中央値は「アラブの春」の直前の2010年で26歳だった。20代、30代の若者が人口の半分以上を占めることを意味し、若者の就職や結婚が大きな問題となっている。政府が用意できる公務員や銀行など優良企業に就職できるのは全体で見れば限られ、かつてはアジアからきた外国人労働者が従事していたレストランの従業員などのサービス業にもサウジ人の若者がつくようになっている。その一方で、大きな格差が表面化している。


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