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近現代史綜合スレ
1230
:
名無しさん
:2021/03/23(火) 17:46:19
>>1229
出世断り地味な仕事に精励
破格の出世を2度断っている。
最初は専売局長官として塩田整理という厄介な仕事に取り組んでいるとき。初代満鉄総裁の後藤新平が、堂々たる見識を持ちながら誠実な態度で地味な仕事に黙々と取り組む浜口にほれ込み、満鉄理事に来てほしいと口説いた。
国策会社、南満州鉄道の理事といえば、中央官庁の次官以上といわれ、報酬もはるかに多かった。華やかさに欠け、中小の製塩業者からの恨みを買う損な役回りから逃げ出すには、渡りに船という以上だったろう。
浜口は惜しげもなく断った。「今の仕事を途中で投げ出すわけにはいきません」というのが理由だった。
後藤の誘いはこれで終わらない。第2次桂太郎内閣の逓信大臣に就任すると、今度はその次官の椅子を用意した。浜口はまたも「塩田整理がまだ終わっていませんから」とにべもなかった。
こうなるともはや頑迷という方が適当だろうが、後藤もしぶとい。桂の3回目の組閣で逓信大臣に再度就任したのを機に3たび浜口を口説く。
延々と続いた塩田整理も終了していたため、浜口も今度は断る理由がみつからず、ついに逓信次官のポストを受けざるをえなかった。
内閣が短命であることを承知で、後藤の恩義に応えるためにあえて引き受けた(川田稔『浜口雄幸 たとえ身命を失うとも』など)あたり、いかにも浜口らしい。
大風呂敷というあだ名を奉られた後藤と、正反対のタイプの浜口の心の触れ合いも興味深い。
近年、政界の有力者とのコネクションを求め、その力を利用してのし上がろうという目前が利く官僚が少なくないことを考えると、浜口の行動は愚直とでも評すべきか。
現代史研究家の間でも浜口の点は高い。波多野勝は「金権腐敗で名を高めた首相は数多いが、公明正大、謹厳実直という視点で国民の付託を受けた首相は浜口ただ一人と言い切っても過言ではない」(『浜口雄幸 政党政治の試験時代』)と激賞する。
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