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2004年米国大統領選スレ
6054
:
名無しさん
:2020/10/28(水) 21:29:04
https://news.goo.ne.jp/article/mainichi/world/mainichi-20201027k0000m030119000c.html
<米国の選択>1992年 「第三の候補」〜決戦の歴史⑤
2020/10/28 12:00毎日新聞
共和、民主両党の候補者によるマッチレースとなることが多い米大統領選だが、1992年はひと味違う選挙戦となった。共和党のジョージ・ブッシュ大統領(父)に民主党のアーカンソー州知事、ビル・クリントン氏が挑んだ選挙で、実業家のロス・ペロー氏が旋風を巻き起こした。
ペロー氏は、自身が設立したIT企業を自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)に売却した利益などで推定35億ドル(当時のレートで約4200億円)の資産を築いた大富豪だった。92年2月にCNNテレビのトーク番組で「全米50州で候補者名簿に載ったら大統領選に出馬する」と宣言。既存政党への不信感などを背景に、6月の世論調査ではブッシュ、クリントン両氏を抑えて支持率トップに立ち、各州で立候補資格を満たす数の署名を集めた。
しかし、徐々に2大政党の候補が盛り返すと、ペロー氏の選挙参謀が辞任するなど陣営内の足並みの乱れが表面化して、支持率も急落。7月にはいったん出馬辞退を表明した。最終盤の10月に選挙戦に戻り、全体の18・91%に当たる約1974万票を獲得し、ユタ州では得票数が2位となった。
選挙人は一人も取れなかったペロー氏だが、結果としてブッシュ氏から保守票を奪い、クリントン氏の初当選を側面支援する結果になった。ペロー氏は96年の大統領選に再挑戦したが、2度目は約808万票しか獲得できなかった。2000年以降も「第三の候補」が話題になる年もあるが、2大政党以外からペロー氏の得票数に迫る候補は現れていない。【秋山信一】
◇
11月3日に投票日が迫った米大統領選。ドナルド・トランプ氏の続投か、ジョー・バイデン氏への政権交代か。米国政治の分かれ道を前に過去の大統領選の「決戦の歴史」を振り返る。
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