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プロ野球スレ

2516チバQ:2016/01/25(月) 23:30:45
http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20160125-OHT1T50091.html
【あの時・幻の新球団ライブドア】(3)「三木谷さん、一緒にやりませんか」
2016年1月25日15時4分 スポーツ報知
04年9月26日付スポーツ報知
04年9月26日付スポーツ報知

 新規参入をめぐる、楽天とライブドアの仁義なき戦い。ともに六本木ヒルズにオフィスを構えていた両者の抗争を、メディアは追った。過熱したのは三木谷、堀江の両社長が対照的なキャラを見せる中で、真剣勝負を繰り広げたことも大きい。

 当時、担当記者の間ではこんなうわさが流れていた。「ライブドアが楽天より上の階なのは、ホリエモンの『負けたくない』というライバル心の表れらしいよ」

 今、堀江は一笑に付す。「全く関係ない。空いているフロアに入るしかないから。そんなこと、全然」

 ガチ対決の間、2人の対面はたった1度しかない。9月25日、NHK仙台放送局での「堀江待ち伏せ事件」が、それだ。同局は緊急特番を企画。ところが三木谷が共演を拒否し、NHKは収録時間をずらすなどの配慮をした。そこで30分前に収録を終えた堀江が、三木谷を待ち伏せしたのだ。

 翌日付のスポーツ報知は、1面でこう報じている。

 堀江奇襲 楽天社長待ち伏せ「仙台撤退」を要求 トップ会談は3分で物別れ

 3分間の立ち話で一体、何が話し合われたのか。真相は、当時の報道とは少し違うという。12年の時が過ぎ、ライブドアベースボール取締役だった中野正幾が新証言をしてくれた。

 中野「堀江さんが一言だけ、三木谷さんに言ったんです。『僕らもう、グジャグジャになっているじゃないですか。僕らがやりたいのって、球界を維持すること、大きくするのが目的だから、一緒にやりませんか。IT球団みたいにして』って。それで三木谷さんが『ごめんね。それは受け入れられない』と。堀江さんは是が非でもライブドアが球界を、ということではなく、12球団みんなで球界を大きくするために、妥協案はないか提案していました」

 2日後の27日。宮城県はホームページ上で浅野史郎知事宛てに、計783通のメールが寄せられたと発表した。ライブドア支持は85%で、楽天支持は2%だった。

 中野「これを言ったら、怒られるかな…。そのニュースをNHKで見ていたら、堀江さんは目に涙を浮かべて泣いていましたよ」

 中野と同じ26歳の取締役だった熊谷史人はこう語る。

 熊谷「仙台の街を歩いているとみんな『ライブドア、頑張れよ』って握手してくる。『どうせ楽天が勝つだろう』と報道されていたけど、地元の人たちは愛してくれた。感動しましたよ」

 楽天は球界や地元財界の支持を得て、堅実に足場を固めていった。敗色濃厚。それでも堀江らは突き進んだ。10月26日、球団名が決まった。「不死鳥」の意味を持つ「仙台ライブドアフェニックス」。そこには彼らの決意も込められていた。困難の中、何度でも立ち上がれ―。(加藤弘士)=敬称略、肩書は当時=

 ◆ネット投票で決定 球団名はネット上で公募。10候補の最終投票を経て1位の「フェニックス」に決まった。2位は「イーグルス」、3位は「ドリームス」だった。当初は途中経過も公表していたが、堀江社長の名をもじった「仙台ホーリーエンジェルス」や「ホリえもん ふる太と鉄人兵団」なども登場。「楽天」「浦和レッズ」などもランクインしたため、途中経過は取り消された。


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