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プロ野球スレ
2499
:
とはずがたり
:2015/01/08(木) 13:50:17
>>2498-2499
しかも、これがきっかけになって、一茂に批判的な報道がどんどん出始める。まず、「週刊文春」(09年7月2日号/文藝春秋)が「長嶋茂雄と一茂 少誌だけが知る『骨肉のバトル』」と題し、一茂が「長嶋茂雄」の商標登録の更新を行い、その商標権を獲得、これに対してミスターは「少年野球教室のことで協力してほしいからサインをしてほしい」といわれてサインをした「騙しうちにあった」として無効を主張していると報道。
「フラッシュ」(09年7月21日号/光文社)もこの商標権問題を取り上げ、ミスターが一茂に激怒し、「裁判をやる覚悟はできている。法律に判断してもらうしかない。不退転の決意でやる。息子といえども不正は許さない」と宣言したとの情報を伝えた。
実際、ミスター側と一茂サイドは双方弁護士をたてて交渉をしていたものの、決裂。一時は訴訟になることが確実という情勢だったという。
そこで、慌てた一茂がすがったのが、"芸能界のドン"バーニングプロの周防郁夫社長と幻冬舎の見城徹社長という2人の大物業界人だった。周防社長はもともと故・亜希子夫人と親しく、一茂が引退した後の面倒を見た経緯がある。またその周防社長の右腕といわれる見城社長は、今、一茂の最大のブレーンだ。
実際、7月に入って、周防社長と見城社長が仲立ちをするかたちで、ミスターと一茂の"和解の昼食会"が開かれ、その写真が一茂に近い「フライデー」(09年7月31日号)にすっぱ抜かれた。この席で一茂は自分の事務所・ナガシマ企画が得た「長嶋茂雄」の商標権をはじめすべての権利をオフィスエヌ、つまりミスターと三奈に返すことを約束したという。
ところが、その後も双方の確執は解消したわけではなかった。「週刊文春」(09年8月13日・20日合併号)には昼食会後、一茂が約束を反古にしたことが報じられている。記事のなかでは、事情を知る関係者がこのように語っている。
「(一茂は)その後、『"和解の昼食会"で権利をすべて返すとは言っていない』と周囲に主張しはじめた。さらにミスター側が七月二四日までに調印して戻すように求めていた和解書も期限までに届けられることはありませんでした」
さらに、8月1日には、一茂が自作の和解書を手にミスターの元を訪れ、権利の棲み分けを明示した文面とともに『以後、この件に関しては訴訟を起こさない』という一文を提示。ミスターのサインを求めた。これに三奈は激怒したという。
それから5年──。ミスターと一茂の確執はいまだ続いていると伝えられていたが、奇しくも正月早々の感動ドキュメントで、その根深さが証明されてしまったというわけだ。
「権利問題に付いては、結局、ミスターは一茂側の和解案を受け入れてしまったようですが、絶縁状態はずっと続いているようですね。三奈だけでなく、長女、次男も反一茂で、一切連絡を断っているようですから、三奈が主導した今回のドキュメンタリーに出演させるはずがありません」(テレビ関係者)
戦後最大のスーパースター・長嶋茂雄に降り掛かった一家ドロ沼の利権争奪戦。ただ、これはたんに息子・一茂夫妻の欲深さだけが招いた騒動ではないだろう。根底にはミスターが家庭をほとんど顧みず、そのかわりにさんざん自分の威光を使って子どもを甘やかしてきたこと、そして莫大な利権を築いてしまったことがある。そういう意味では、長嶋茂雄という戦後最大のスーパースターゆえに起きた一家の崩壊、といってもいいかもしれない。
(林グンマ)
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