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金融機関観察スレッド

629とはずがたり:2005/01/29(土) 13:11:21
>>628-629
【一勧の改革を行った「四人組」】
企画部副部長・後藤高志→みずほコーポレート銀行副頭取→西武鉄道グループ社長へ
同部次長・藤原立嗣→2003年5月1日付で、株式会社オリエントコーポレーションの顧問に就任予定です。
広報部長・八星篤→2002年9月30日付でみずほ銀行執行役員退任
同部次長・小畠晴喜→日本振興銀行株社外取締役:江上剛(えがみ・ごう)小説家
★元・みずほ銀行の築地支店長・本名は小畠晴喜・著書に『非情銀行』(新潮社)、『起死回生』(新潮社)
http://www.mizuhocbk.co.jp/company/release/20030430.html
http://www.mizuhobank.co.jp/company/release/2002/news020930.html
http://www.shinkobank.co.jp/company/outline.html
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Cassiopeia/2469/

西武鉄道グループ再建 断てるか堤家の呪縛
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050129-00000002-san-bus_al

 西武鉄道グループに、“改革派”と呼ばれたひとりの銀行マンが社長として乗り込む。主取引銀行、みずほコーポレート銀行の後藤高志副頭取(55)。旧第一勧業銀行が総会屋利益供与事件を起こしたとき、内部改革に立ち上がった「四人組」の一人として知られる。再び、創業一族、堤家の“呪縛(じゅばく)”を断ち切り、再生に導くことができるだろうか。
     ◇
 ■改革の命運握る“闘将”後藤氏
 「下の話をよく聞き、上に対してぶれない。フェアな人」
 これが変わらぬ後藤氏の行内評である。
 平成九年、第一勧銀の企画部副部長として後藤氏は利益供与事件の発覚と東京地検特捜部の強制捜査という銀行存亡の危機に遭遇し、改革の先頭に立った。
 「この改革が失敗したら銀行をやめよう」。後藤氏ら若手四人は、こう誓い合った。
 未明まで銀行本部で議論し、近くのホテルに泊まり込む日々。旧経営陣の解任、相談役制度の廃止、旧第一と旧勧業出身者の間のたすきがけ人事の撤廃と総務部の廃止…。硬直化した巨大銀行の息を吹き返す改革はすべて後藤氏らが主導した。
 行内業務監査統括室の室長に自ら就いて、闇社会との決別も断行。サラリーマンでありながら、日本の企業社会としては異例とも言える捨て身の覚悟で経営トップに直訴して、改革を成し遂げていく。そのミドルの姿は、高杉良氏の小説「呪縛」のモデルにもなった。
 その後、後藤氏は審査第四部長に抜擢(ばってき)された。旧富士、旧日本興業銀行との三行統合を控え、セゾングループなどバブル期の過剰投資で不良債権化した大口融資先の処理を手がけた。十二年二月には経営難に陥ったスーパー長崎屋の経営陣と粘り強く交渉して、支援打ち切りと会社更生法申請に導いた。
 好きな言葉は「男気」。自ら渦中に飛び込むのが習性となったようだが、今回の転出に「銀行員としては、もう後はない。貧乏くじを引かされた」(みずほグループ幹部)という声も漏れてくる。
 「相手のトップと徹底的に話し合う。企業再生は経営者と銀行との信頼関係に基づく話し合いが大事だ」
 かつて、長崎屋再建当時をこう振り返ったことがある後藤氏。しかし、相手はコクド株の大半を握る堤義明氏である。いかに渡り合い、呪縛を断ち切るのか。西武再生の成否のカギを握っているのは間違いない。(渡辺浩生)
     ◇
 《再建案の骨子》
 一、コクドから創業家関連の一部事業・資産を分離し、残りの大部分の事業・資産を西武鉄道に統合。プリンスホテルも吸収し一体再生を図る
 一、千五百億−二千億円の資本増強を行う
 一、国内のホテルやゴルフ場など百六十七カ所のうち収益性の悪い約四十施設は撤退を含め抜本的に見直す
 一、西武建設や近江鉄道は新会社が資本支援を検討。西武運輸は収益改善策を検討する
 一、プロ野球球団の西武ライオンズは今シーズン末以降、売却を含め具体策を検討する
(産経新聞) - 1月29日2時46分更新


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