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【議論】武士道

61メモ:2006/04/16(日) 18:52:18
授業情報
開講年度 2006年度
科目名 武道論

学期曜日時限
担当教員 志々田 文明
開講箇所 人間科学部 配当年次 1年以上
科目区分 T-IX 身体と表現 単位数 2
使用教室 01:100−S101 キャンパス 所沢
備考
科目キー 1900004945

シラバス情報
最終更新日時:2006/03/09 20:06

講義概要  武道はスポーツとどこがどのように異なるのか。日本文化としての武道とは何か。異文化の人々と接する機会が日常化した今日、こうした問題の理解が基礎的教養として求められています。この授業では、武士が台頭し鎌倉幕府を創立する頃の武士の行動様式を規制する気質(エートス)について学習します。次に、今日の武道教育(剣道、柔道、弓道、合気道など)の中心を貫く二つの精神性?芸道的精神性と武士道的精神性?を思想史的に考えます。芸道的精神性については、宮本武蔵の『五輪書』の技法論・心法論、人生論などを題材に考え、武士道的精神性については、葉隠的武士道論と儒教的士道論の系譜を概観します。最後に福沢諭吉の武士論と強い主体形成の問題、日本人として強くなるとはどういうことなのか、という問題を考えます。

シラバス  以下の内容を順不同で講義します。 ・日本文化としての武道とは何か:武道とスポーツの異同 ・武士のエートス ・武道における二つの精神性 ・芸道的精神性 ・武士道論 ・士道論 ・福沢諭吉の武士論 ・近代の武道論:嘉納治五郎と柔道論 ・山岡鉄舟と剣道論 ・弓道論:阿波研造と稲垣源四郎 ・富木謙治の武道論 ・国際化と武道の変容

教科書  特になし
参考文献  富木謙治『武道論』、相良亮『武士の思想』、福沢諭吉『文明論之概略』、オイゲン・ヘリゲル『日本の弓術』。
評価方法  試験、リポート、授業への取り組み態度により総合的に評価します。
備考  志々田研究室ホームページ:http://www.f.waseda.jp/shishida/index.html

62兵法の教え:2006/04/19(水) 04:16:13
◇兵法書の成立

「武士道」という言葉は、江戸時代になってできたものですが、
武士に特有な生活樣式や倫理は、古くからありました。

それは、武士が発生した平安時代から武士の政権が出来た鎌倉時代に
至る過程で、「弓矢取る身の習い」や「兵(つはもの)の道」などという
言葉で表現されました。

江戸時代に入ると、そのような武士特有の倫理が、「武士道」という言葉で
表されるようになります。しかし、「武士道」という言葉がそれほど
一般的でなかったことは、第一章で述べた通りです。

江戸時代の初期、武士が身につけるべき技能を解説した書物として、
兵法書(ひょうほうしょ)が現れます。
「兵法(ひょうほう)」とは、現在で言えば劍を中心とした
武術のことです。

二代将軍秀忠、三代将軍家光の兵法指南となった柳生宗矩は、
『兵法家伝書』という書物を著します。完成したのは寛永九年(1632)
9月、宗矩62歳のことでした。


欄外

兵法 柳生宗矩の兵法家伝書には、「弓矢、太刀、長刀、是を兵とふ」
と書かれている。兵法とは、このような武器の使い方という意味。

63兵法の教え:2006/04/19(水) 04:34:21
この『兵法家伝書』は、「進履橋(しんりきょう)」
「殺人刀(せつにんとう)」「活人剣(かつにんけん)」の三部から
なります。

「進履橋」は、上泉伊勢守信綱が宗矩の父、宗厳に直伝した
新陰流の極意を書いたものです。この中で最も印象に残る言葉は、

 太刀さきの勝負は心にあり。心から手足をもはらかしたる物也。

です。つまり、太刀というものの本当の勝負は、技術よりも心に
あるというのです。心が手足を動かしているのであり、ひいては
兵法の勝敗を決めるのも心にあるというのです。

そして、序、破、急のそれぞれについて九通り、合計二十七通りの
斬り合いがあるます。
ただしそれは、師弟が立ち會って身につけるものだとして、
詳しくは解説されていません。



『兵法家伝書』の構成

進履橋  兵法家伝書の入門編
     張良は石公に履を拾って履かせたことが契機となって
     漢の高祖を助け、天下を平定した。その故事にちなんで
     名づけた。この卷を橋として兵法の道を渡るという意味。

殺人刀  兵法家伝書の上卷
     「気」と「志」、「表裏(はかりごと)」、打たれまいとせず、
     「打たれて打つ」技法など、剣術の様々な心構えを解説する。

活人剣   兵法家伝書の下卷
      相手に斬られない場所に身を置くという「水月」の技法、
      相手の刀を取る「無刀」の技法などを解説する。

64兵法の教え:2006/04/19(水) 04:54:45
「殺人剣」の理念

宗矩は、弓矢・太刀・長刀などの「兵(ひょう)」を良くないもの
と捉えています。天道は万物を生かすものであるのに、
「兵」は人を殺すものだからです。しかし、やむを得ず「兵」を
用いることはあります。一人を殺して万人を生かすためです。

悪を殺そうとするとき、兵法を知らなければ、かえって殺されてし
まいます。だから、兵法が必要なのです。

「殺人刀」そいいう前提で、刀の使い方や軍勢の動かし方の
心構えを述べています。

将軍家の兵法指南だけあって、一対一の對決は、勝つのも
負けるのも一人ずつなので、「いとちひさき(大変小さい)兵法」
といい、一人が勝って、天下を取り、負けて天下を失うような
戦いを「大なる兵法」としています。

しかし、宗矩の考え方ではどちらの兵法にしても、心構えが最も
重視されています。

これは、将軍家光に教えるものだったからでしょう。
家光のような立場の人には、あまり技術的なことを教えて剣の道
に入りこむよりも、剣の道を通して政治の心構えを身につけるのが
必要だと考えたからです。

だから宗矩は、次ぎのようにもいいます。

 治まれる時、乱を忘れざる、是兵法也。

宗矩にとって、諸国が治まっているときにも乱を忘れないという
政治の心構えは、「兵法」なのでした。従って、どこの國にどの
大名を置くかといったことも、領主や代官の不正を糺すことも、
すべて「ひょうほう」の中に含まれます。

宗矩によれば、「兵法」は人を斬るものと思うのは間違いで、
人を斬るのではなく、悪を殺して万人を生かすものなのです。

「兵法」の心構えの中心は、次のようなものです。

 打にうたれよ。うたれて勝つ心持ちの事。

人を斬るのは簡単ですが、人に斬られないことは難しいことです。

相手は、こちらを斬ろうと思ってかかってきます。そのとき、
間合いを測っていれば、相手の刀は当たりません。

当たらない太刀は「死に太刀」となります。そして、相手の刀が
「死に太刀」となったときに、ことらから越して打って勝てという
ものです。

そして、自分が打ってからは相手の反撃を許さず、二重にも3重にも
なお、四重にも五重にも打てといいます。そこで躊躇すると、
二の太刀で相手に斬られるからです。

これば宗矩の極意でした。

65兵法の教え:2006/04/19(水) 05:08:12
「活人剣」の理念

「活人剣」にも「殺人刀」に続けて兵法の極意を伝えています。
重視するのは、「水月」です。これは立会いの場における座取り、
即ち身を置く位置のことです。

「水月」とは、水に映った月の影のことです。それに斬りかかっても
決して月は斬れません。そのような場に身を置くことを「水月」
というのです。

また、「是極(ぜこごく)一刀」を重視します。

「是極」というのは究極というような意味で、究極の一刀というのは
刀を振るうことではなく、相手の動きを見極めることだというのです。

敵の機を見るのが第一刀と心得、その機を見て打ちかける太刀を
第二刀と心がけるようにせよ、と述べています。

66兵法の教え:2006/04/19(水) 05:15:28
そして、そのような極意を述べた後に、「無刀の巻」で、
自分が刀を持たないときでも相手に勝つ方法を述べています。

相手の刀を奪って打ちこむのは、宗矩の父宗厳の師である
上泉伊勢守が得意としたものです。「無刀」は、人の刀を取ること
が目的ではありません。

もし敵が刀を取られまいとするときには、敵はそれで頭が一杯に
なりますから、こちらに斬りかかることはできません。その場合は
こちらの勝ちです。

敵がこちらを何とか斬ろうとしたとき、無刀の極意が必要となります。

67兵法の教え:2006/04/19(水) 05:20:26
間合いがあれば敵の刀は当たりませんから斬られる心配はありま
せんが、相手の刀は取れません。相手の刀を恐れず、相手の刀が
自分に当たる位置で取らなければなりません。

すなわち、「斬られて取る」心構えが必要なのです。

無刀は、新陰流の極意でした。したがって、身構えや場の位、
敵との遠近、身のこなしなど、学ぶことはたくさんあります。

これらは「無刀の巻」で解説さてますが、その実際の技法は、
やはり、師弟の立会いの中で学ばれることになります。

68兵法の教え:2006/04/19(水) 05:28:49
◇柳生新陰流の影響

宗矩は、大坂夏の陣で木村重成の兵に襲われたとき、殺人刀を
振るって敵七人を斬り、武名を高めます。それにより諸大名や
その子弟、家臣など、宗矩に入門する者は次第に増えていきました。

そのような中で、宗矩は父宗厳や父の師上泉伊勢守の伝えた技法を
体系化します。

しかし、そのような技法が『兵法家伝書』になっていく過程で、
能の伝書や禅の思想などが加味されます。

宗矩は、家光が帰依した沢庵和尚とも親交を持っています。
また、能は江戸時代初期の大名、旗本の教養として必須のもので、
多くの大名はその所作を学びました。

69兵法の教え:2006/04/19(水) 05:34:55
こうして『兵法家伝書』は、單なる剣術の技術書ではなく、
深い教養に裏付けられた思索の書となったのです。

宗矩は将軍家兵法指南であり、自身も大名に取り立てられ
大目付も務めますから、諸大名に大きな影響力を持っていました。

『兵法家伝書』は、佐賀藩の支藩である小城藩主鍋島元茂や
熊本藩主細川忠利にも与えられました。これらの大名は、
宗矩と親交を結び、また剣術を好んだ大名ですので、彼らや
その家臣にも影響があったとみていいでしょう。

70nanashibanana:2007/09/01(土) 10:09:58
日本近世思想概論
江戸思想入門―儒教と国学を中心に―
矢崎 浩之

 この授業では、江戸時代の儒教と国学の展開を、
代表的な人物数人を取り上げて考えていきたいと思います。
江戸時代は非常に豊かな思想分化を育んだ時代で、
なかでも長きにわたり、さまざまな分野にまたがって影響を残したのが、
儒教と国学でした。中国の哲学と日本の古典研究、
外見的には対照的な相いれないものと見做されがちですが。
この二つの学問は非常に近しい関係でもありました。
 江戸の思想をどのように論ずるにせよ、
この二つの学問は決して避けてとおることはできません。
よって、本講義では、この二つの学問の展開のなかで、
見過ごすことのできない人物を中心に解説していくことで、
儒教と国学の基礎的な知識を獲得していきたいと思います。
扱う人物については、儒教では林羅山、山崎闇斎、中江藤樹、
熊沢蕃山、伊藤仁斎、荻生徂徠らを、
国学では、本居宣長と平田篤胤らを予定しています。
 時間的な制約もあり、なかなか江戸時代全体にわたって
詳細に語ることはできませんので、
どうしてもかなり取り上げる人数を絞り、
しかもその特徴的な思想だけを天描していく形にならざるをえません。
そこで毎回の講義では、参考文献を多めにあげて、
点と点の間を埋められるように工夫していきたいと思います。

71AKBメンバーの丸刈り謝罪は「武士道」の精神?:2013/02/12(火) 00:26:58
2013.02.05 Tue posted at 16:00 JST

(CNN) アイドルグループ「AKB48」のメンバー、峯岸みなみさん(20)が男性との交際を報道され、丸刈りになって涙ながらに謝罪する姿は、体面を失って名誉を回復しようとする武士のようにも見えた。その理由は、AKB48の軍隊のような組織にあるのかもしれない。

AKB48はチームA、K、B、研究生の主要4チームから構成され、いくつもの姉妹グループも持ち、厳格な秩序と行動規範が定められている。海外進出の意欲も旺盛で、シンガポールに拠点を設けるほか、インドネシアと台湾、中国に姉妹グループが存在する。

峯岸さんは1日、「恋愛禁止」のご法度を破ったことを涙ながらに告白した。これは組織の体面が傷ついたことを意味する。

頭を丸刈りにする行為は、日本では悔い改めの儀式とみなされる。峯岸さんは動画投稿サイト「ユーチューブ」に投稿した映像で「とても軽率で、自覚のない行動」だったと振り返り、この動画は300万回以上も再生された。きっかけは、峯岸さんがダンス・ボーカルユニットの男性メンバー宅に泊まったと週刊文春に報じられたことだった。

AKB48のブログによると、峯岸さんは「研究生」に降格された。日本の芸能メディアはスキャンダル報道でもちきりになった。ある業界関係者は「完璧な話題だ。紙面を埋めるためのネタを尽きることなく提供してくれる」と解説する。

72AKBメンバーの丸刈り謝罪は「武士道」の精神?:2013/02/12(火) 00:27:39
AKB48は10代の若者を対象にしていると思われがちだが、観客はサラリーマンで構成されることも多い。総合プロデューサーの秋元康さんには、若い女性の性を売り物にしているとの批判もある。ビデオクリップなどの映像ではメンバーたちが露出度の高いミニスカート姿で登場し、食べ物を口移ししたり、一緒に入浴する場面もある。

秋元さんはCNNの取材に対し、これは芸術かわいせつかの問題と同じであり、どう見るかは個人の判断に委ねるべきだと語った。

AKBの曲『制服が邪魔をする』で秋元さんが作詞した「制服を脱ぎ捨てて もっと 不埒(ふらち)な遊びをしたいの 何をされてもいいわ 大人の愉(たの)しみ  知りたい」という一節に対しては批判もある。秋元さんは、メンバーは自分の体験を語っているのではなく「演じているのだ」と語る。

『軽蔑していた愛情』という曲では、中学生がなぜ自殺をするのか取り上げたと語る秋元さん。作詞家として少女たちが直面している問題を取り上げなければ、そうした問題への対応もできないと反論する。

制服を脱いで悪いことをしたいと思っている子どもたちは存在しており、自分が描写しているのはそうした現実だと秋元さんは言う。「想像したり、新聞記事やテレビのニュースなどを見て、いじめや自殺など、この世代が抱える問題に目を向けている」と語った。


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