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2021/5/2 私的言語は可能か?
29
:
久保共生
:2021/07/14(水) 22:25:48
>>20
>しかしそれでも、感覚を身体態勢としてとらえようとするのは、その「夕日」を「夕日というもの」ではなくて形式化されないある経験そのものの感覚としてとらえることは現実的には不可能なことなので、それを身体態勢という一つの形式に当てはめて概念化する作業だ、という意味合いがあるように思われるのですが、どうでしょうか。
感覚概念の形成については「身体態勢という一つの形式に当てはめて概念化する作業」と言ってよいと思います。
>「感覚は身体態勢」説が一つの形式化作業なのであれば、それはいろいろな世界把握のやり方のなかの一つでしかないのではないか、という疑念が湧いてきます。
僕も勿論、身体の態勢の把握以外にも世界把握の様式はあると考えています。
それこそ今回批判した真理条件的な世界把握だって存在すると思っています。(感覚の意味を理解するのに真理条件的な意味観を持ち出すのは不適切というだけです。)
>例えば〈「身体態勢」の代わりに、ある主体の「物語」をもってそれが感覚だとする〉というようなやり方も可能なのではないか
横山さんの考えはあまり分かりませんが、個人的に「物語」というワードはとても興味深いです。
僕は「感情」とは何かを考えていたりするのですが、今のところ僕の見方では、感情とは身体の態勢の把握を含んだ物語なのではないかと考えています。
ただこれについては、僕もまだほとんど考えが纏まっていません。
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