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2021/5/2 私的言語は可能か?

20横山信幸:2021/07/13(火) 23:28:58
久保さん、
「夕日」や「雀の声」が感覚ではなくて知覚だというのは、なるほどその通りだと思いました。まるで納得し同意します。

しかしそれでも、感覚を身体態勢としてとらえようとするのは、その「夕日」を「夕日というもの」ではなくて形式化されないある経験そのものの感覚としてとらえることは現実的には不可能なことなので、それを身体態勢という一つの形式に当てはめて概念化する作業だ、という意味合いがあるように思われるのですが、どうでしょうか。

もし僕が言うように「感覚は身体態勢」説が一つの形式化作業なのであれば、それはいろいろな世界把握のやり方のなかの一つでしかないのではないか、という疑念が湧いてきます。そこで僕が思うのは、例えば〈「身体態勢」の代わりに、ある主体の「物語」をもってそれが感覚だとする〉というようなやり方も可能なのではないか、「身体態勢」では「かまど」の感覚を認められなかったが、「物語」ならば「かまど」のような身体態勢が不十分な主体においても、そこに感覚があることを認められるように思われるような気がします。


その辺りに、(まだちょっとした思いつきでしかないのですが)深く掘り進める価値のある問いがあるような気がしてるのです


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