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「本流対策室/4」
1218
:
復興G
:2012/11/29(木) 21:27:57 ID:vWpLkCzM
>>1215
:goro様
お返事、遅くなりました。
>>雅宣総裁の御指導内容について、その事が生長の家の80年に渡る様々な要因による「業」で有るとのお考えについて、完全に否定する勇気はありませんが、復興Gさまは何故に「業」であるとのお考えでありましょうか?
「業」の顕れが、何故に雅宣総裁の思想信条が雅春尊師の真逆を行かれるような事になるのでしょうか?
それをどのように「証明」することが出来るのか御教示下さいますようお願い致します。
志恩さまは以下のようにお考えです。
今の雅宣さんの暴走は、百万運動という激しい運動の反動によるものだとか、80年の業だとかも、思っておりませず、、これは雅宣さん独特のご性格と雅宣さん独特の思考回路によるものだと思っております。<<
現象界に現れているすべてのことは、宇宙の過去の業の結果でありますね。
なにも、雅宣総裁の御指導内容だけが業の結果であるわけではありません。
goro様は、「業」とは何であるとお考えなのでしょうか。
>>1187
で書きましたように、
>>「業(ごう)」というのは波動の蓄積であり、生命が活動した跡でありますね。一般に「業」といえば、悪業のイメージが強いようです(「業が深い」という時がそれですね)が、生命は波動であり、生きることは業を積むことであって、決して悪いことではありません。万物は宇宙の業によって生じたとも言えます。(『生命の實相』の中に、そのように書かれていたところがあったと思います)
業は、大別して善業と悪業とに分けられます。
善業は、「善徳」と同義であると考えてよろしいのではないでしょうか。……<<
ということであります。goro様は、業と言えば悪業というイメージでおっしゃっているのかなあと感じられますが、すべての現象は結果であり、結果には原因がある。原因は目に見えない心の世界にある、ということですね。
もちろん業は中間因であって、本来ない。根本因は神の心であって、悪業も悪果も影に過ぎず、実在ではないのであります。私たちは中間因である業に引っかかることなく、根本因である神一元の世界を観て行かなければなりません。過去の業に引っかかっていいてはいけません。
志恩様がおっしゃるように、(雅宣さんの行動は)雅宣さん独特のご性格と雅宣さん独特の思考回路によるもの、ということも当然言えるでしょう。しかし、そのような雅宣総裁が出て来られたことも、偶然ではなく、意味があるのだと思われます。
「神は、神の愛は近視眼的愛ではなくて遙かに前途を見越して、有終の美を飾る如き結果をわれらに与えたまうのであるから、現在の状態がたとい如何なる状態であっても私たちは神に対する信頼を失うということは絶対にないのである。」
と、『真理の吟唱』の「人生の苦難を克服する祈り」にあるとおりだと思われます。
私はそのように思っているのでして、過去が悪かったからだとか、そんなことを思って言っているわけではありません。
よろしいでしょうか。
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