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「本流対策室/4」
1187
:
復興G
:2012/11/28(水) 12:57:36 ID:vWpLkCzM
>>1179
:goro様。
コメント、誠にありがとうございます。
>>一つだけ申し上げたいことがあります。
生長の家の現在の状態について復興G様は「業」であると言われています。
ハッキリ申し上げて目に見えない世界の事については反論のしようがありません。
宇治における疑経読誦の際の自然現象の問題も同じように反論のしようがありません。
反論できないと同じく「そうである」との証明も出来ません。因果律・心の法則を振り回すことの危うさを感じます。もし80年の業の結果であるとするならば、その時点で「思考停止」に陥ります。
青年会の百万運動の暴走も現在の状態に至る「業」であるとするならば、暴走に至る原因もまた何らかの「業」でなければなりません。過去・現在の生長の家信徒の「業」の連鎖という認識でいいのでしょうか?
正道に戻す為の生長の家信徒の信仰の有るべき姿(道)をわかりやすく御説明下さるようにお願い致します。<<
上記ご投稿は、誠に時宜を得た提題であると、感謝します。
さて、「業(ごう)」というのは波動の蓄積であり、生命が活動した跡でありますね。一般に「業」といえば、悪業のイメージが強いようです(「業が深い」という時がそれですね)が、生命は波動であり、生きることは業を積むことであって、決して悪いことではありません。万物は宇宙の業によって生じたとも言えます。(『生命の實相』の中に、そのように書かれていたところがあったと思います)
業は、大別して善業と悪業とに分けられます。
善業は、「善徳」と同義であると考えてよろしいのではないでしょうか。
『如意自在の生活365章』の58〜61頁には、次のように記されています。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
その人の経済状態と運命
その人の経済状態もその人の“心の影”である。ゆたかなる心をもてば、そして、ゆたかに種を蒔く心をもてば、収穫する量も多いのである。人に恵み、公けに寄進し、与えること多き人にも、ときとして損をすることもある。それは個人の業の結果ではなく、彼が属する「国の業」を国家の一員として国民が一緒に、国家の背負っている業果を倶(とも)にするのである。それはたとえば戦争による有形無形の損害のごときものがこれに属する。
しかし、潜在せる業が形にあらわれたときは、業が排泄されて消えつつあるのであるから、過去の業が消えたあとには、その人が他に恵み、公けに寄進し、善き事に蒔いた種が、一層ハッキリ形.にあらわれて経済的にも報いられることになるのである。すべて現象界の出来事は、一進一退の中に伸展してゆくのであって、善き業をつんでいる人にもときとして“退”はあるけれども、総合的結果としては、善業あるものは栄え、悪業あるものは衰頽するのである。
根本的なる善業とは?
善き業にもいろいろある。他に金銭を恵むのも善き業であり、真理を伝えるのも善き業である。もっと根本的な善業は、神の善意を信ずることである。神を、神罰の本源や、災禍の本源であるかのごとく信ずるならば、それは根本的な悪業を積むことになるのである。神は健康の本源であり、力の本源であり、美の本源であり、富の本源であり、繁栄の本源であるのである。その本源を正しく認めて、その本源と融合して、神の“み心”とともに生活するように心懸けるのが、本当の根本的な善業である。単に金銭を人に与えることは必ずしも善業にはならないことがある。誰に、何を、何の目的で与えるかが問題である。
<つづく>
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