したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える/4

1303SAKURA:2013/05/06(月) 21:57:59 ID:yTatjic2
トキ様 へ 観覧者の皆様 へ
こんばんは……   ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す.
>>1301>>1302 投稿の続きです…。

■  D・カーネギー †  ■□■□ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ □

■PART――人を動かす三原則

1 † 盗人にも五分の理を認める   その②
■こういう考え方をする犯罪者は、決して珍しくない。
「おれは働き盛りの大半を、世のため人のためにつくしてきた。ところが、どうだ――おれの得た
ものは、冷たい世間の非難と、お尋ね物の烙印だけだ」

と、嘆いたのは、かって全米をふるえあがらせた暗黒街の王者アル・カポネである。カポネほど
の極悪人でも、自分では、罪人だと思っていなかった。それどころか、自分は慈善者だと大まじめ
で考えていた――世間は、彼の善行を誤解しているのだというのである。

 ニュ−ヨ−クでも第一級の悪人ダッチ・シュルツにしてもそうだ。ギャング仲間の出入りで命を
おとす前のことだが、ある新聞記者会見の席で、シュルツは、自分のことを社会の恩人だと称して
いた。実際、自分ではそう信じていたのである。

 この問題について、わたしは、シンシン刑務所長から、興味のある話を聞かされた。およそ受刑
者で自分自身のことを悪人だと考えている者は、ほとんどいないそうだ。自分は一般の善良な市民
と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。なぜ金庫破りをし
なければならなかったか、あるいは、ピストルの引き金を引かねばならなかったか、そのわけを実に
うまく説明しる。犯罪者は、たいてい、自分の悪事にもっともらしい理屈をつけて、それを正当化
し、刑務所に入れられているのは実に不当だと思いこんでいるものなのである。

 右に挙げた極悪人たちでさえも、自分が正しいと思い込んでいるとすれば、彼らほどの悪人でな
い一般の人間は、自分のことを、いったいどう思っているのだろうか。

「三十年前に、わたしは人をしかりつけるのは愚の骨頂だと悟った。自分のことさえ、自分で思う
ようにはならない。神様が万人に平等な知能を与えたまわなかったことにまで腹を立てたりする余
裕はとてもない」

 いったのは、アメリカの偉大な実業家ジョン・ワナメ−カ−である。
 
 ワナメ−カ−は年若くしてこの悟りに達していいたのだが、わたしは、残念ながら、四十近くにな
ってやっと、“人間はたとえ自分がどんなに間違っていても決して自分が悪いとは思いたがらないも
のだということが、わかりかけてきた。“

 他人のあら探しは、なんの役にも立たない。相手は、すぐさま防御体制をしいて、なんとか自分
を正当化しようとするだろう。それに、自尊心を傷つけられた相手は、結局、反抗心をおこすこと
になり、まことに危険である。

 世界的に有名な心理学者B・F・スキナ−は、動物の訓練では、善いことをしたときに褒美をや
った場合と、間違ったときに罰をあたえた場合とをくらべると、前の場合のほうがはるかによく物
事を覚え、訓練の効果が上がることを実証した。また、その後の研究から、同じことが人間にも当
てはまることが明らかにされている。批判するだけでは永続的な効果は期待できず、むしろ相手の
怒りを買うのがおちである。

 いま一人、偉大な心理学者ハンス・セリエはこういう。
「われわれは他人から賞讃を強く望んでいる。そして、それと同じ強さで他人からの非難を恐れる」
批判が呼びおこす恐りは、従業員や家族・友人の意欲をそそぐだけで、批判の対象とした状態は少
しも改善されない。

                                   つづく


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板