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本流対策室/2 板

645初心者:2012/04/11(水) 22:24:07 ID:CHQEsNKk
金木犀様が引用されました体現談はたしかに貴重な体験でありますが、同時並行的に起きるありとあらゆる出来事のなかで、病気の治癒といった体験の起きる確率がもっとも高かったがゆえに、紹介されましたような奇跡的治癒がこの世に現象化したということがいえるのではないでしょうか。

具体的にいえば、ひとりの人物が、奇跡的に病気が治癒した人生と、あいもかわらず病気が治癒しない人生と、あるいはほかのいつくもの人生を同時並行的に生きている可能性があるということでありますが、これらの人生のなかで、なんらかの理由によって病気が治癒する人生をその人はこの世で生きる確率が高かったために、そのような人生がこの世的な現象としてあらわれてきたということであります。

ここで問題とすべきは、なぜ奇跡的治癒の確率がもっとも高かったのか、ということだけではありません。問題にすべきことはほかにもあります。それは、病気が奇跡的に治癒したにしても、それは単に、病気の奇跡的治癒がこの世に現象化したというだけであって、この世に現象化されていないところでは、あいもかわらず病気が治癒しない人生を、あるいはそれとはまったく無関係の人生を、その人は生きている可能性があるということなのであります。

真理とは、はたして何なのでありましょう。奇跡の起きることが真理と何か関係しているのでありましょうか。いくらかは関係しているともおもえますが、しかしそれがすべてではないようにもおもわれます。

わたくしにとっての真理とは、現象化したひとつの出来事の背後にひそむ、ありとあらゆる出来事を合計した「全体」であります。この世的に現象化した、病気が奇跡的に治癒した出来事だけでなく、この世的には現象化したとはいえない、ほかのすべての出来事、それはつまり病気が治癒しなかった出来事さえもひっくるめた「全体」こそが、わたくしにとっての真理となるのであります。

少なくともわたくしには、たとえそれが奇跡的な出来事であったとしても、それの起きる確率が高かったがゆえに現象化された出来事だけをもって真理と見なそうという考えはありません。可能なあらゆる出来事を合計した「全体」以外に真理はないものと考えます。

「全体」として何が起きているのか、これを問題にしたいと考えております。カミナリはたしかにひとつのコースだけをたどってとがった金属製の物体に落ちたかのように見えておりますが、同時にそれ以外の無数のコースをたどっているともいえます。ただひとつのコースをたどり、この世に現象化したカミナリだけがカミナリのすべてではないと考えます。首尾よく現象化して金属製の物体に落雷できたカミナリと、ありとあらゆるコースをたどり、この世的には現象化したとはいえないほかのすべてのカミナリを合計したものが、カミナリの「全体」であり真の姿であるということを、わたくしはここで述べたいのであります。

これと同様に、ひとつの場所で奇跡が起きたとしても、「全体」からすれば、それは、同時並行的に起きている数多くの出来事のほんのひとつの出来事であるようにおもわれます。奇跡的体験もそうでない体験も、全部トータルで合算して何が起きているのか、真理を問うのであれば、問題とすべきはこのことであると考えます。

ひと言だけ結論めいたことをいわせていただければ、実相というものがあるとすれば、それは多世界ともいえる空間で同時並行的に生起する、奇跡的体験もそうでない体験もすべてひっくるめた、想像を絶する世界であるに違いないということであります(わたくしが主張する「ピンポーン」現象がこれとはいくらか対立する考え方である可能性は認めます)。

問題となっております「脳内の現象」につきましては、またいずれ書かせていただければと考えております。あいもかわらず理解しがたい文面になりましたことをお詫びいたします。


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