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本流対策室/2 板

1501仏法僧:2012/06/21(木) 07:04:12 ID:uuNh/pjs
>>1467 :SAKURA:2012/06/18(月) 21:25:28 ID:V.pKl3yA

>>─────────────────────────────
■■語源とその世界観
英語で法則のことを「law」と言うが、これはlay(置く、整える)の過
去分詞だ、という。
神によって置かれたもの、整えられたこと、ということである。ドイツ
語だとさらに分かりやすくて、「Gesetz」と言い、setzen(英語で言うと
ころのset セット)されたもの、と表現する。つまり、神によってセッ
トされたものが法則、と見なされているのである。

このような表現が生まれる背景となっている世界観についてさらに説明
すると、スコラ哲学の時代においては一般に、「神は二つの書物をお書
きになった」、「神は聖書という書物と、自然という書物をお書きになっ
た」と考えられていた。
>>─────────────────────────────

何処から抜粋されたのかは知りませんが、SAKURAさんはいいことをい
ってくれました。

>>「神は二つの書物をお書きになった」、「神は聖書という書物と、自然
>>という書物をお書きになった」と考えられていた。

これは明らかに大間違いです。
『神は聖書という書物はお書きになったが、自然という書物はお書きに
なってはいないのです。』神がお書きになったのは『実相世界』という
自然世界の原型だったのです。その実相世界を人間の迷い(罪)によっ
て変形されて造られものが自然世界という幻の世界なのです。

『実相世界』と『自然世界』を混同したため、雅宣総裁の書かれた『観
世音菩薩讃歌』『大自然讃歌』が大きく間違ってしまったのです。
砂糖に塩を混ぜたようなものです。


『甘露の法雨』『天使の言葉』など生長の家の神が書かれた聖典は訳し
て解りやすく説明するのはよいが、何を加えても、何を削除してもいけ
ないのです。本当の意味が失われるからです。


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