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本流対策室/2 板
1322
:
SAKURA
:2012/06/04(月) 20:58:23 ID:V.pKl3yA
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
こんばんは… ロ−マ字の【SAKURA】で〜〜す。
>>1312
>>1313
拝読させて頂きまして…
今回の【現総裁先生の“長編詩”…】この事に関しまして、
先月は投稿者皆様方の“誤解?”・“早とちり?”と申しますか…?
あちら“サイド“の皆様…「学ぶ会」「ときみつる会」「靖国見真会」…による
この“長編詩”に対しての??「聖経??」扱いの様なる“投稿文”
多々なる「評論・批判…」
今回「現総裁先生…長編詩」に関して余りにも…“ア〜〜ダコ〜〜ダ”
言いすぎでは無かったのではないのですか??
■これに関しましては、【総裁雅宣先生…の主旨】を書きの様に述べられています。
■
>>1287
にその主旨の一部抜粋文章を…投稿させて頂いております…。
……云々…
私がこの詩を書きながら気づいたのは、現在「聖経」と呼ばれている長編詩の中には、
“生長の家の礼拝の本尊”とされている観世音菩薩について、あまり言及がないことだ。
「聖経」の中には『聖使命菩薩讃偈』というのはある。しかし、このお経は、
真理宣布の使命を感得した信徒が、自ら悟りに至る前に他者を救おうとの菩提心を
起こすことの功徳を説いたものである。これは法施の素晴らしさを説いてはいるが、
観世音菩薩とは何であり、その救いはなぜ来たり、救いの働きはどうであるかなどに
ついて、一切触れていない。
そこで本欄では過去10回にわたり、これらのことを論文形式で書き継いできた。
内容的にこれで十分とは決して言えないが、この分野における読者の理解の助けには
なったろうと思う。
しかし、これまでの説明には専門的で難しい部分も少なくなく、読者によっては
「苦手だ」と感じた人もいるに違いない。そこで、これまでの論文方式とは異なる
詩の形式を使って−−言い換えると、左脳的な言語ではなく右脳的な表現を使って、
観世音菩薩について説くものがあってもいいと考えるに至った。それを読むことで、
観世音菩薩の何であるかを論理的にではなく、直感的に感得してくださる読者も
いるのではないかと期待している。今後数回にわたり、
「大自然讃歌」に続く長編詩として本欄で発表させていただこうと思う。
この長編詩「観世音菩薩讃歌」も、前回のものと同様に
「聖経に取って代わるもの」を意図していない。諸処に聖経から引用しながら、
聖経では触れられていない方面への補強を試みている
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜☆
<つづく> No.1
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