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聖典引用 板

3074a hope:2014/10/20(月) 15:36:45 ID:cEpBaIdo
>>3073つづき)

それで「生長の家の大神は如何なるお考えがあって谷口雅春先生をお下しになったか」と、ここに書いてありますが、
これはわたしの弟子である本部の人たちが集まって編纂したので「先生」とありますが、
私は決して「先生」とは言っていないので、「私はラッパである」と常に言っているのであります。

聖書のマタイ伝二十四章に「これらの日の患難(なやみ)ののち直ちに日は暗く、
月は光を発(はな)たず、星は空より隕(お)ち、天の万象ふるい動かん。
そのとき人の子の兆(しるし)、天に現れん。
……また彼は使いたちを大いなるラッパの声とともに遣わさん。
使いたちは天の此の極(はて)より彼の極(はて)まで、四方より選民を集めん」とあります。

このラッパの役が私であり、このラッパの声を斯うして聴いて集まって来られた方々は天の使いたちであります。
従って皆さんはこのラッパの声をきいて集まって来て、天の果てから地の果てまで
散在する選ばれた人たちを集める役割を神様から頂いている人たちでありまして
決して一身一家のみの幸福を満足せしめるために此の生長の家に触れられたのではないのであります。

世界が此のように急速に航空機や電波受信機が発達してせまくならない前だったら、地球は広いから、
色々の宗派が群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)していてもあまり互に障りにならなかったけれども、
此のように地球が狭くなって来たら、どうしても万教帰一のこの「生長の家のような、
総(あら)ゆるものを生かすところの完璧な宗教が要るようになったのであります。

「完璧」の「壁」というのは、瑕(きず)のない立派な珠(たま)のことであります。
瑕のない立派な珠(たま)の様な総(あら)ゆる人類を生かし調和せしめる、
そういう教えを私と云うラッパを通して神が説かしめられたのは、深い意義のある事なのであります。
只(ただ)単に今迄の宗教のように、自分だけが浄土に生まれるとか現世利益を受けるとか云うことだけでよかったならば、
何も新たに「生長の家」が出て来る必要はないのですけれども、
こう云う万教帰一の宗教が出て来たのには特別の神様の思召しがあり、
そこに集まってこられた人々には特別の使命があり、深い因縁があるのである。
(つづく)


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