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女子会 板
1956
:
SAKURA
:2012/10/21(日) 22:28:27 ID:jH5uEFzM
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
こんばんは…・・・ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。
>>1951
>>1952
>>1954
>>1955
>>投稿の続きです・…。
■第1章 『ロックの女王MIKAの話し』…
――――― 結婚、 そしてサディスティック・ミカ・バンドの誕生 ――――――
前回のつづき投稿ですが、やはりこれはビックリの内容もありましょうが、ト−マスの
母親のことが微笑ましい感じですが、さきで色々ミカさんのイメ−ジが見えてきますが
前半のミカさんは???と思われますでしょうが???とても“しっかりした感じ”で
“意志の強い面”も見えてきますし〜〜〜当時の先輩たちの個性も見えてきますが〜〜〜
では続きをどぅ〜〜〜ぞ〜〜⋆☆〜
――――― * ――――――
さて、カナダの教会で結婚式を挙げてから、丸1年が過ぎた‘71年の11月に『サディステ
ィックス・ミカ・バンド』は誕生した。当初のメンバーは加藤さんと私と、つのだひろさん
の3人、つのださんは以前からよく家に遊びにきていた、とても気の合う仲良しだった。
翌‘72年には『サイクリング・ブギ』でレコードデビュー。詞を書いてくださったつのだ
さんは、レコーディングの終了後に自分のバンド『スペース・バンド』結成のために抜けて
いった。その後、『ガロ』のバック・バンドをしていた高橋幸宏さんがドラムで入り、幸
宏さんに誘われてベ−スの小原礼さんも参加、さらに高橋正義さんも参加して、ミカ・バ
ンドの形態は整っていった。こうしてみると、当時私はなんとそうそうたるミュージシャ
ンのなかにいたことだろう。幸宏さんはミカ・バンド解散後に細野晴臣さん、坂本龍一さ
んと『YMO』として国際的に活躍するようになったし、とにかく派手で、彼がいるとギ
タ−ばかり目立つステージになっちゃう高中さんは、現在にいたるまで日本のトップ・ギ
タリストとして他の追随をゆるさない。
(つづく)
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