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女子会 板
1954
:
SAKURA
:2012/10/18(木) 23:39:47 ID:gXyivFRg
トキ様 へ
観覧者の皆様 へ
こんばんは…・・・ロ−マ字(大文字)の【SAKURA】で〜〜〜す。
>>1951
>>1952
>>投稿の続きです・…。
当に!今からは新しい【 生長の家…の夜明け〜☆】に、なろうかと思いますかしら〜〜ン!
❤〜Sadistic Mica Band - Live DVD (2007) (黒船)
http://www.youtube.com/watch?v=cSJAynYaLqQ&feature=related
■第1章 『ロックの女王MIKAの話し』…
――――― 結婚、 そしてサディスティック・ミカ・バンドの誕生 ――――――
加藤さんとおつき合いを始めて間もなくのころ、彼のひきいるフォ−ク・クルセダ−ズ
が歌う『帰って来たヨッパライ』が大ヒットする。加藤さんは東京で暮らすようになるの
だが、加藤さんは殺人的なスケジュールをぬって、すこしでも時間ができると、京都の私
の家へきてくれた。加藤さんが私にプロポーズしてくれたのは、そんなある日のことだった。
まだ大学生だった私は、結婚なんて考えていなかったので、いささかうろたえた。父
も、結婚だけが女性にとってのゴールではない。社会的に自立できることが望ましい。と
いう考えの持ち主だった。そんな父の影響を受けた私だから、結婚はどうしたって重要な
サブジェクトではなかったわけ。しかし、母や妹、さらには加藤さんのご家族の強力な後
おしもあって、「じゃあ、外国で結婚式をするならいいわ!!」とOKしたのだった。
これを聞きつけた北山さんが、「アメリカ横断結婚ツアー」をプロデュースしてくれ、
総勢20名のにぎやかな旅となった。参加メンバーは、北山さんはもちろんのこと、杉田二
郎さん、『ロック・キャンディーズ』というバンドをやっていた谷村新司さん、そのバン
ドでベースを弾いていた池田裕さんなど。当時の日本のフォ−クミユ―ジックシーンを一
望できるような豪華さだった。
いまにして思えば、加藤さんと私は「お友だち夫婦」のハシリともいうべき結婚生活だ
った。ミカ、ドノバンと呼びあい、お料理上手の加藤さんはいつでもおいしい食事を作っ
てくれた。日本では、そんな夫婦はまだまだ少なかったと思う。それに、生活全般にわた
って加藤さんの影響を受け、センスを磨かれた事は数えきれない。
ファッションもそのひとつ。あのころ、私の着るものは派手なものが多かったが、実は
これは加藤さんが買っていた。次から次へと、という感じで、私にはフツーの格好をして
ほしくない、ミカにしか着られないものを着てほしい、と考えていたらしい。
つづく
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