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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1864役行者:2011/10/24(月) 12:10:09 ID:coOrJPtg
>>1862
>>1863

しん  ふぼ  さま


>自分が肉欲によって生を受けた存在であると思っている限り、父母はただの『肉』
の繋がりに過ぎませぬ。自分が神の生命の神聖受胎であると知ったときに、父母
が吾らの神聖受胎に機会を与えて下さったところの幾ら感謝しても感謝し切れな
い大恩(たいおん)ある方だと判るのでございます。<


>衆と父母とを対立させているのが間違いです。世界は道場にして、
衆の中に父母もあり、而も衆の中で吾々を神聖受胎したまひて、永遠に観世音菩
薩の顕(あらは)れとして吾々を導き給うところの衆の中の最大なる者が父母で
ございます。<

>『父母はしばらく生死(しょうじ)のなかの親なり、この衆はながく
佛道のともにてあるべし』などと言ふ道元は、父!母!が!佛!道!そ!の!も!
の!で!あ!り!(白丸圏点にて強調)、衆が佛道の単なる朋(とも)である事
を悟らなかったのであります。<

>袖(そで)振り合ふも多少の縁でございます。優(ま)して家族となるのは
深い因縁でございます。因縁を尊び、因縁に深く感謝致さねばなりませぬ。<

 深く、心に染みいりました。反復して、読ませて頂きます。合掌!


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