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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える  2

1863ふぼ:2011/10/23(日) 20:42:27 ID:/fXPqxA6
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    父母の恩のこと

道元禅師の『衆(しゆ)の恩は父母にもすぐるべし』とか、佛教で使われ、一燈園(いっとうえん)で常套語になっていまする『棄恩入無為(きおんにゅうむい)』の言葉、イエスの『汝の敵は汝の内にあり、父母妻子兄弟を棄つるものならずば意(こころ)に協(かな)はず』などの語(ことば)は今までの多くの人々をして父母よりも『道(みち)』を大切にさせました。それは『父母』は相対の世界に立つ存在であり、『道」 は絶対の世界に立つ存在であると観る立場にあるからであります。併し(しかし)かく父母を相対界の存在として観る心、其の心が既に相対に堕(だ)しているのでございます。父母は實(じつ)に相対にあらずして絶対であります。父母のうちに衆あり、父母のうちに人類あり、父母のうちに神あり、父母のうちに佛(ほとけ)あり、父母のうちに道(みち)あり、父母を真に愛せずして、父母の恩を捨てていづこにか佛道あらんや。『父母はしばらく生死(しょうじ)のなかの親なり、この衆はながく佛道のともにてあるべし』などと言ふ道元は、父!母!が!佛!道!そ!の!も!の!で!あ!り!(白丸圏点にて強調)、衆が佛道の単なる朋(とも)である事を悟らなかったのであります。道元も知っていた筈(はず)であるように三界唯心(さんがいゆいしん)でございますから『父母はしばらく生死(しょうじ)のなかの親なり』と道元が観じていた限りに於いて、彼にとっては『父母はしばらく生死(しょうじ)のなかの親』だったのでありませう。『父母の中に佛道あり』と観る人には、父母は孝道を成(じょう)ずること、その儘(まま)が佛道を成(じょう)ずることになるのでございます。印度(インド)の佛教が日本の国体破壊、家庭破壊に働かうとしているのを道元もこの点では見逃したことを残念に思ふのでございます。

 小さき兄弟に行ふ愛行(あいぎょう)----それは如何に小さくとも尊いものでございます。『汝(なんじ)の兄弟のうち最大なる者は汝の父母なり』と七つの燈台の点燈者は仰せられました。先ず親孝行せよ。孝行のよろこびは尽きぬ喜びでございます。受ける悦びは尽きる悦びでございます。更に毎日一回は人に親切をせよ----とはあなたが幸福になる秘訣でございます。ああ此の喜びを知ったならば、他の喜びは太陽の前の星のやうなものでございます。『毎日一回は必ず人に親切をせよ』と申しましても、必ずしも他人をのみ選んで親切をせよと云(い)ふことではございません。自分の家族に親切を尽くすことが第一でございます。自分の家族に親切を尽くしましても、大抵の場合に於いて家族は『有り難うございます』と感謝してくれませぬのに、他人に親切を尽くしました場合には、ほんの些細(ささい)なことでも感謝され勝(が)ちでございます、此処(ここ)に他人への愛行(あいぎょう)の誘惑があり、家庭での愛行の忘却があるのでございます。これは全く悲しきことでございます。家族はもっと家族の親切に対して感謝するやうにならねばなりませぬ。『当たり前』だと思ふのが可(い)けないのでございます。袖(そで)振り合ふも多少の縁でございます。優(ま)して家族となるのは深い因縁でございます。因縁を尊び、因縁に深く感謝致さねばなりませぬ。


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