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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える

1982初心者:2012/07/05(木) 12:44:51 ID:TfQ0e6RA
トキ様
>>1976

たしかに興味深い投稿ですね。投稿者は、「個はなくて全体のみがある」といって
おられるようですね。これはパルメニデスの思想でもあり、ミンデルも同様です。
ミンデルは、「運動とはつねに全体の運動である」ということを、たしかどこかで
述べていました。

ご存じかとはおもいますが、「アキレスとカメ」などで知られるゼノンのパラドックス
は、パルメニデスの「運動はつねに全体の運動である」とする主張を側面から支援
するために、弟子のゼノンが考え出したものですね。

ゼノンが、いくつかのパラドックスをひらめくにいったのは、ホメロスの『イーリアス』
や『オデュッセイア』がその下地にあったからこそだ、と看破したのがジャン・クロー
ド・ミルネールであったとジジェクが述べていますが、このあたりの話に分け入って
しまうと、おそらく収拾がつかなくなるものと考えますので、いまは控えることに
いたします。

「エネルギーが物資界に限定された存在」というのも、たしかに正しいことをいって
おられるように感じます。この世の現象は、「最小作用の法則」にしたがっておき
ます。「最小作用の法則」とは、いくつもの用意されている「現象のサンプル」の
なかで、最小のエネルギーで現象化できるものが、現実世界の出来事として
あらわれてくるということですね。

この世のエネルギーには限界がありますので、どうしても節約する必要がある
ということなのでしょう。ただ、「最小作用の法則」と、ホログラム映像を実現する
アルゴリズムのあいだにどのような関係があるのかといえば、いまのところ
それはなんとも申し上げることができません。

ところでゼノンのパラドックスですが、あれは本当に「個の運動はあり得ない」と
いうことを証明しているといえるのでしょうか。なんとなく詭弁めいていて、よく
はわかりませんですね。


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