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生長の家 「今の教え」と「本流復活」を考える

1927さくら:2012/07/03(火) 23:58:41 ID:ucWvIjl6
>>1924
初心者さま

そうですか。

>>1900のヘーゲルですが、
…真理を求める志を持つとするならば、
ヘーゲルの、純粋思考を求める姿勢というだけは、理解は出来ます。
これは、哲学思想的真理もそうですし、自然科学や物理学などの真理探求においても、当然、たいせつな姿勢でありますね。

また、感性に頼ると思われがちな芸術の分野においても、実はこの姿勢はもっともまずは基本となるものと、わたしは思ってます。

ヘーゲルがいう純粋思考というものは、これが決して個人にとどまる思考ではなく、宇宙の思考と繋がるということですね。

現実の中で、私たちが「保身」に興味の大半が奪われてしまう、というのは…確かによく、わかります。

純粋思考を求めるには、強靭な(狂人な…?)意思が必要でしょうし、
宇宙的起源への回帰願望は、ふつうの常識的生活を壊しかねないこともあるかもしれません。



宇宙的な思考を体現化したものに、「宇宙即我」が極意と云われる、合気道があります。

しかし、合気道において、宇宙を体現化するのは、「合気道の型は、神代からのみそぎの技を集めたものである」とあるらしく…とにかく、身体を通して現れるある「型」です。

これもまた、身体性には、宇宙を体現するにふさわしい秘技があるということを示しているとおもいます。

この型により宇宙と一体となったとき、「向き合う者がすべて敵ではなくなる」ということが
「現実化」として起こってくるということです。
そして、これは、宇宙の「最小作用の法則」として、現れるわけですよね。
よりすくない動きで、現象的には相手を倒して行く事ができるなど。

それは、宇宙の法則に則って「現実化」するという、ことであって、
「人間の判断による善悪」にかかることさえ、超越していることと言えるかもしれません。

これこそ、あるべきものがただ現れる、ということなのかもしれませんね。


神道などの形は、宗教でも、教えを語るより、宇宙を身体性で表すことを重視するもののようです。


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