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【資料】神秘主義の系譜【探索】
184
:
名無しさん
:2013/07/22(月) 22:43:25
>>183
【天皇制国家論争】
天皇制国家論争とは,昭和初年にマルクス主義者の間で行われた近代天皇制国家の本質をめぐる論争のことをいう。共産党系マルクス主義者(講座派)は,天皇主権下の専制的国家機構を支える経済的基盤を地主的土地所有に見いだし,それが半封建的性格をもつことから,それに支えられた天皇制国家を絶対主義的国家と規定した。これはコミンテルンの〈32年テーゼ〉の正しさを論証しようとしたものであった。これに対し,非共産党系マルクス主義者(労農派)は,明治維新以来国家が資本主義を育成し,廃藩置県,地租改正により封建的領有制を廃止,後には独占資本主義国にまで発展したこと,地主的土地所有下の高率小作料は小作農民の耕地獲得競争によってもたらされたものであることなどから,天皇制国家を封建的遺制をもったブルジョア国家と規定した。この論争はそれぞれの革命戦略の正しさを論証する布石として行われた(講座派は当面の革命は社会主義革命に急速に転化するブルジョア民主主義革命とする二段階革命説を,労農派は直ちに社会主義革命を遂行するという一段階革命説をとっていた)。そのため党派的争いが介入し,両者とも譲らなかった。そのうえ,天皇制国家そのものを直接論ずることは権力の弾圧を受ける危険性があったので,もっぱら経済的基盤とくに土地所有の性格規定をめぐって争われたため,国家論固有の領域での理論的深化は少なかった。
近年では,これらに加えて,維新政権=後進国型軍事独裁政権説,帝国憲法体制=ドイツ型立憲君主制説,大正期以降ボナパルティズムへの傾斜を示したとする説などが出されているが決着をみていない。この中で,絶対主義的国家説が比較的有力であるが,ヨーロッパ絶対主義においては絶対王権がローマ教皇に対する世俗的権力であったこと,絶対君主の親政が行われたこと,また社会的諸権力,すなわち貴族権力やギルドなどの社団と呼ばれる半自律的権力を完全に否定しきれなかったことなどの特徴をもち,日本の天皇制とは異質の側面を有していたことも明らかにされており,なお検討されなければならない課題を残している。⇒天皇 鈴木 正幸
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