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本のブログ(2013年から新規)

1korou:2012/12/31(月) 18:30:01
前の「本」スレッドが
書き込み数1000に近づいて、書き込み不可になる見込みなので
2013年から新規スレッドとします。
(前スレッドの検索が直接使えないのは痛いですが仕方ない)

241korou:2015/12/17(木) 13:13:22
嶌信彦「日本兵捕虜はシルクロードにオペラハウスを建てた」(角川書店)を読了。

思わず何だろうと思わせる題名に惹かれて読み始めたが
最初の80ページまでは、今一つ著者の視点が明確でなく
一体どういう意図で書かれた本なのか分からないもどかしさがあった。

第三章から、次第に記述が具体的になっていき
それにつれて、ノンフィクションとはいえ
登場してくる人物それぞれに感情移入が深くなっていったので
途中からはしっくりと面白く読めた。

シベリア抑留についてのもう一つの物語、という位置づけになるだろう。
それにしても、リーダーの永田さんという人は
24歳にしてこれほどの思慮と胆力があるとは
本当に恐れ入るばかりである。
昔の日本人には
このような人材が普通に存在していたのだろう。
特別なエリートでもないのに
ここまでの行動、思考ができるとは驚きだ、

シベリア抑留と、(逆説的ではあるが)近年の日本人の劣化について
改めて考えさせられた本である。
歴史好き、ノンフィクション愛好家には絶好の一冊。

242korou:2015/12/30(水) 12:08:04
水木しげる「劇画 近藤勇」(ちくま文庫)を読了。

水木さんが最近亡くなり、かつて愛読した「劇画ヒットラー」を取り寄せ
久しぶりに読んだ。
初めて読んだヒットラーの生涯だっただけに
初読の印象は未だに残っていて
だから、内容は全部覚えているはずと思ったのだが
意外にも忘れていることが多かった。

ということで、予想外にためになったので
続けて「劇画 近藤勇」も読んでみた(こちらは初読)。
550ページはあろうかという長編漫画で
さすがに日本近代の話だけあって、エピソードが細かい。
加えて、どの人物も妖怪チックな面相で
終いには誰が誰だか分からなくなるのが難点だが
やはり名作漫画ならではの説得力に満ちていて
こと新選組の人間関係がどうだったのかということに関していえば
これほど明快で分かりやすい本はないと言える。

ただし、時々、初心者向けの説明が抜けていたり
話の続き方が唐突だったりする部分があるので
歴史マニアでないと、本当の意味では
彼らの行動の歴史的意義は理解しにくい面もあると思われた。
とはいえ、歴史漫画としては傑作の部類に属することは間違いない。

水木さんの住まいの近くに近藤勇の育った場所があったということから
できた作品のようだ。
とりあえず、これで、今年最後の読書記録になりそう。
来年も良い本に出会えますように。

243korou:2016/01/01(金) 15:25:38
古川智映子「小説 土佐堀川 広岡浅子の生涯」(潮文庫)を読了。

今現在NHKで放映中の朝ドラの主人公でもある広岡浅子の伝記小説である。
同じく朝ドラのヒロインだった村岡花子の伝記を読んだときに
この広岡浅子は、途方もない女傑として登場していて
そのときに、いつかしっかりとした伝記でその生涯を確かめたいと思っていたのだが
すぐに朝ドラの主人公になり、関連本も出版されてきたので
そのなかで一番確かそうなこの本を読み始めたという次第。

放送に便乗したノベライズかもと思っていたが
読み始めて、意外としっかりとした叙述だったので安心。
読み終えてみて、あとがきなどを参照すると
これは今から30年近く前に出版された小説だったと知り、納得した。

広岡浅子の生涯については
この小説を一読すれば相当詳しく分かるようになっている。
ただし、この小説は
その生き方に強い関心を抱き、どこかで共鳴する女性の作家によって書かれているので
ギリギリのところで客観性を失っている部分もある。
そこさえ気を付ければ、なかなかよくできた伝記であり、史実に忠実な物語と評価可能だ。

新年そうそう、まずは満足できる読書でスタートできたのはラッキー。

244korou:2016/01/08(金) 12:35:42
宮下奈都「羊と鋼の森」(文藝春秋)を読了。

直木賞候補作として評価も高いので読んでみた。
繊細な感性を持つ主人公が成長していく過程を
丁寧に描いていくところは
「スコーレNo.4」を読んだときと同じ印象だが
残念ながら、今回はスコーレのときほどの感銘を受けなかった。
何よりも、主人公が若い男性であるというのが
文章にいくらかの違和感を与えていると思う。
そして、音楽というとらえどころのない題材が常にあって
音楽をめぐる考察に断然たる確信がないようにとれる部分も多く
その分だけ、作品世界へ没入するのが難しくなっている。

ただし、全体として、
清々しいジュブナイル小説にはなっているので
決して失敗作というレベルではない。
男性のジュブナイルとして、そして音楽についてさほどこだわりがなければ
読後の感動も十分得られる佳作である。
直木賞が取れるかどうかは定かでないが
読んで時間のムダだった、ということはないはずである。

245korou:2016/01/16(土) 17:53:13
神永学「怪盗探偵山猫」(角川文庫)を読了。

TVドラマ化を機に職場で購入。
さっそく読み始めてみると、意外と読みやすいので
神永学はそうだったなと思いだしながら、最後まで読み進めることができた。

もっとも、人物描写、造型は、テキトーである。
山田悠介を少しだけリアルにしただけ、という言い方もできそうだ。
これを警察小説と語ったら物笑いになりそうである。

そういうイージーさ、適当さが致命的でないのは
主要人物である怪盗山猫と、その相棒?になってしまった勝村だけは
そこそこ納得可能な程度に人物造型ができているからである。
そして、読者を飽きさせない程度に進行するストーリーテラーぶりは
神永氏ならではのものだろう。

時間潰し、読書意欲回復などには有効。
ミステリー、文学の味わいなどとは無縁という小説。

246korou:2016/01/18(月) 11:11:50
後藤基夫・内田健三・石川真澄「戦後保守政治の軌跡 下」(岩波同時代ライブラリー)を読了。

上巻に続いての読書。至福の時というべきか。
ただし、扱っている時期が対談時に接近しているせいもあって
まだ完全に過去の出来事としてとらえきれないわけで
その分だけ、生々しい批評は避けられている。
その反面
田中角栄待望論については、
この時代にもあったわけだが(生々しいわけだが)
そのあたりは、後藤・内田両氏のようなベテラン評論家は
否定的なニュアンスで語っているのが興味深い。
両氏は、田中を
古い自民党体質の継承者としてとらえているからで
その点、石川氏のように転換期という見方をしていないのが面白い。
そして、1980年代前半に見られた右方向への転換については
危うい傾向として懸念を表明している。
この時代の右旋回程度で懸念していたら
2016年の今のような、完全に右傾化している政界をみたとき
後藤・内田両氏は何とコメントするのだろうか。
まさに想定外の展開ではないかと推測する。

巻末に、その後の1994年までの政界の動きが
石川氏によってコンパクトにまとめられていて
それもなかなか参考になって面白い。
いずれにせよ、個人的趣味の本とはいえ
楽しい読書だった。

247korou:2016/01/20(水) 20:26:29
雨宮処凛「14歳からの戦争のリアル」(河出書房新社)を読了。

平易な活字組で読みやすく、かつ内容も結構衝撃的だったから
予定外に一気に読んだ。
雨宮さんの独特な政治スタンスを懸念したのだが
読んでみると全然そういう「偏向」は感じなかった。
誠実にインタビュアーとしての仕事をこなし
ただ、インタビューの相手が
ある意味、共通の立場をもっていて
それが最近の敬軽薄なネット右翼にはうざったく映るのだろう。

それにしても、よい人選だ。
信頼できる人が、誠実なインタビュアーに
かけがえのない内容の話をしている様は
それだけで素晴らしい。
この本で、どれだけ貴重な事実を知ったか計り知れない。
ふらふらしている場合ではないと思ったのと同時に
正しい思想の位置を知って、あらためて自分の位置も動かせないようにも思った。
それは、無意識ではなく、意識した上でさらにということなので
それはそれで仕方ないだろう。
いまさら政治的に正しく行動できる能力はないのだから。

というわけで、これからも正しく動ける余地のある
若い人にぜひ読んでよしい本の一つ。

248korou:2016/01/26(火) 11:14:03
中田永一「私は存在が空気」(祥伝社)を読了。

中田永一=乙一というのは知っていたものの
すでに乙一の作風は捨ててしまい、その結果としてのペンネーム中田永一なのか
とずっと思っていた。
今回の作品は、紛れもなく乙一そのもので
まさか中田永一名義でそういうものが読めるとは
思ってもみなかった。

ただし、読者としての自分が変化したのか、
乙一としてのスタンスが保てなくなってしまったのか、
いずれの理由か分からないが
以前ほど無条件で楽しめなかったのも事実だ。
現実にほどよく追加される非現実のバランスが
あまりにも簡単に、ある意味、作者にだけ
都合よく提示されているように思える。
そこさえ切り抜ければ
あとはさすがの展開が待っているのだが
物語の入口の作りが雑に見えるので
どうしてもその後の展開に没頭できない読者としての自分が居る。

何だろう、これは。
時間があれば、かつての乙一作品を読んで確認したいくらいだ。
というわけで、読後の感想は
保留したい。
悪くはない、ことだけは確かなのだが・・・非現実を認めない立場の人を除いては。

249korou:2016/02/03(水) 13:22:05
佐渡島傭平「ぼくらの仮説が世界をつくる」(ダイヤモンド社)を読了。

読み始めてすぐに、これは優れた本だと気付いた。
多少警戒して、キモのように思えた第3章から読み始めたが
結果的にその必要はなかった。
読み進めても、その印象が変わることはなかった。
最後まで、金言の連続で、大いに脳細胞を刺激する本だった。

全般として、著者があまりに優れた人物であるために(そうでないと起業などできない)
単なる能無しサラリーマンである自分にはあてはまらないことも多いが
それでも参考になる考え方は随所に発見できた。
何度も繰り返し読んだほうがいいだろうなあと思うのだが
あと数年で社会人を実質卒業する自分が
そこまでして自己変革努力をするだろうかと疑念を持ち
そこまでに至らない。
もう少し若い時にこのような本に出会えば
きっと購入して手元に置いていただろうと思った。
そこまで思わせる本は久々だった。

学生のときでもいいけれど
社会人になりたてで、まだ人生が固まっていない若い人には
断然オススメである。
早くも、今年読んだ本のなかでNo.1だ、という感じがする。

250korou:2016/02/03(水) 19:01:54
本多圭「ジャニーズ帝国崩壊」(鹿砦社)を読了。

一度10年前くらいに読んでいたのだが
今回のジャニーズ騒動で再読したくなり
先週読み終えて、今感想を書いている。

一度読んでいるとはいえ
内容をかなり忘れているのに気付いた。
当時より一層J-POP全般に関心が高まっていることもあって
興味深く読めた。
中森明菜のくだりは、記憶違いで
別にメリー喜多川が親代わりになっているわけでもなく
流れで面倒をみたという程度なのだろう。
キムタクの独立騒ぎは
かつて読んだときと印象が違っていて
今回は、あの騒動直後に読んだので
なかなか興味深かった。
という具合に、再読の意味は十分あったのである。

今はこういう硬派なライターとか雑誌(噂の真相とか)などが皆無だ。
ジャニーズは好きなようにマスコミを操っているが
残念ながらネットの世界は不得手のようで
それが今回の混乱の一因ともなった。
ネット以前の暴露本として、そういう意味でも貴重な本だと思う。
意外とまともな芸能本で、決して根拠なしのいい加減な本ではないのである。
その意味で、これは古本屋等で見かけたら「買い」だろう(自分も古本屋で買った)

251korou:2016/02/09(火) 21:40:02
一穂ミチ「きょうの日はさようなら」(集英社オレンジ文庫)を読了。

こういう感じの満足感に浸りたかった、ずっと。
「ぼぎわん」も「羊と鋼の森」も「山猫」も「存在が空気」もいいのだけれど
かつて優衣ちゃんとか美波ちゃんなどを愛していた時期に
同じように愛していた感覚の小説を読みたかった。
まさにどストライクでハマった、設定はぶっ飛んでいるけど
そこさえ乗り切れば、
こんなにもの悲しく、切なく、青春していて、美しく儚い物語はない。

少し語り過ぎのような文体で、こんなに分量はなくてもいいのにと思ったりもしたが
途中から物語が予想通りに動き始めると、もう止められない。
一気読みで、最後の外伝のようなエピソードも心から読めた。
読んでいて泣けてくるという類ではなく
読み終わってからじわじわと押し寄せてくるようなストーリーだ。
そして、ある程度世代を選ぶとは思うけれど
多分、今の高校生の心も揺さぶるに違いない。
時代背景というより、設定かな?読者を選ぶキーとなるのは。
そのキーさえ認識できれば、違和感なく認識できれば
一気に別世界へトリップできる。
そんなことは読書でしかできない。

小声でこっそり人に薦めたくなる類の佳品。

252korou:2016/02/10(水) 16:37:16
原田宗典「メメント・モリ」(新潮社)を読了。

まさか、原田宗典の新作が読めるとは思ってもみなかった。
もう過去の作家となって、創作しないのかとさえ思っていたので。

読むまでは不安もあった。
久々の創作で、本人の知らぬ間に文章力がガタ落ちになり
読むに堪えない凡作を読まされるのではないかと。

読んでみてそれは杞憂に終わった。
ただし、これは反則の内容だ。
こういうものは続けては書けない。
次作以降の期待は、これだけでは持てない。
その前提を踏まえれば、これはなかなかの快作、怪作である。
内容としては、自虐に終始し、太宰の小説のようにも読めるが
質感は全然太宰ではなく、例えようもない不思議なタッチで終始する。
話そのものはさすがに面白く書かれ
話そのものの面白さにプラスするところの文章力の面白さも健在だ。
とことん辛い状況なのに、それに輪をかけて辛くなる瞬間の描写などは
不謹慎ながら思わず笑ってしまうほどだ。
こういうのは、原田さんしか書けない。
その意味では、いいものを読んだなという感想になる。

ただし、これは反則だろう。
こういのものは続けて書けないのだから。
自伝の面白さは1回限り。
さあ、この後どうするか、復活した原田サン。

253korou:2016/02/12(金) 16:20:32
高橋みなみ「リーダー論」(講談社AKB48新書)を読了。

読む前から分かっていたことだが
とても20代半ばの女性が書いた本とは思えない。
端々の表現にそれらしさは仄見されるけれども
考えの確かさ、論点の引き出しの多さ、向いている方向の正しさなど
よくこの年齢でこれだけのことを考え抜いたものだと感心する。
いや感心のレベルを超えて感動してしまうのだ。
読んでいてヘンな感涙さえ覚えてしまう。
この人は、これだけ立派に思考して、その上で実際にそれを実行している。
そのことは誰も否定できない。
誰もたかみなの行動の結果について否定できない。
この本は、実行を伴っているので、普通に書かれていても
他の本の10倍は説得力を持っているように思う。

特に、リーダーの条件として挙げた5条件のうち
「ダマをほぐして、チームをつなぐ」の部分は
今まで読んだどんなビジネス本にも書かれていなくて新鮮だった。
個の大事さをこれほどきっちりと指摘したリーダー論というのは
今までどれほど出てきたのだろうか。
たかみなのような著名人が書いたものでは、多分最初ではないか。

ただし読後感はあまり良くない。
完璧すぎて、でもそれを読者は否定できないので、そこが辛いのだ。
たかみなの唯一の欠点、完璧すぎること、それをぼやかせるには若すぎること。
でも、それがどうした、というか、名著には変わりない。

254korou:2016/02/14(日) 22:10:03
本谷有希子「異類婚姻譚」(講談社)を読了。

1冊のなかに中短編が4作入っている本だが
とりあえずは表題作(芥川賞受賞作)しか読んでいない。
まあ、読みかけて断念した本のなかに、かなりのページ数読んでいるのに
読了していないのでここで取り上げていない本も割とあるので
1冊全部読んでなくても、ここに書いてよいことにしておこう。

さてその表題作。
昨今のエンタテインメントしか読んでいない読者は
置いてけぼりになるだろう。
これは梶井基次郎などから倉橋由美子などの作品に連なる純文学の手法で書かれた
いかにも芥川賞受賞作らしい、たくらみに満ちた佳品である。
だんだんと作品世界の狭小さにハマりこんでいき、にっちもさっちもいかなくなる、
そんな感じの小説だ。
作者の独特の感性が、年齢を経て変貌していくということとシンクロしていて
その作品世界の狭さたるや、明らかに読者を選ぶ怪作とも言える。

問題は、これが世間の注目を浴びる著名な文学賞の受賞作でいいのかどうか。
もはや作品の内容とは関係なく、芥川賞はそのあたりを意識しながら選考されなければならないのだが
肝心の選考委員にその認識は皆無のようだ。
素直に評価してその作者の会心作を選ぶということができていないようである。
この作品も、燃焼度は高いが、その火の所在を知るには、純文学の読み手でないといけないはずだ。
そういう困った作品であることも事実である。
ただし、作者の心理に寄り添う読みかたをした場合
感銘深い作品であることも確かである。

255korou:2016/02/21(日) 18:33:36
小保方晴子「あの日」(講談社)を読了。

あまり読む気はしなかったのだが
諸般の事情により読み始め、途中からは一気に読了。

読む前に雑音を耳に入れてしまっており
その雑音によると「某教授を告発することを目的とした本」とのことだったが
一体どういう読みかたをしているのかと笑ってしまう。
浅い読みかただと思う。
読んでいる途中で、佐藤優氏が「絶歌」を引用して情報操作をしている本と批評しているのを知り
これは、そういう読みかたもあるかなと思い、参考にはなった。

基本的に小保方さんという人は
こういう事件に巻き込まれるにはナイーブすぎる人で
人を信じすぎ、警戒しなさすぎにもかかわらず
結果として自分の予測外の出来事に対しては
あまりにも自分の気持ちを維持できない、キツく言えば「心の弱い人」だと思った。
だから、混乱したまま執筆したこの本は
著者の心の迷いのままに書かれていて
一体何を書いているのか不明な箇所が何度も出てきて
その反面、辛い精神状態に陥ったことに関しては、痛いほど伝わってくる文章になっている。
誰かを責めてはいけない、でも自分をここまで追い込んだ人たちは確実に居る、という気持ちが
曖昧な文章を書かせていて
それでいて、STAP細胞が存在することに関してだけは明確に主張している。

混乱した本だから、読むのにリテラシーが必要だ。
それでいて、時期を得た出版だけに、文章の端々に熱がこもっていて
何とも不思議な読後感を得ることになる。

256korou:2016/02/25(木) 09:44:55
星新一「明治・父・アメリカ」(新潮文庫)を読了。

かつて星さんの書いた列伝を読んで大変面白かったので
今回も期待充分に読み始めた。
そして、その期待通り非常に面白く
あっという間に読み終えた。
自分としては、東野圭吾のミステリー、三秋縋のライトノベル、小林信彦のエッセイと並ぶ
読書の4大好物かもしれない(ただし星さんの伝記物は数が少ないので、それが残念)

何といっても、最初のあたりの明治初期の農村風景の叙述が素晴らしい。
このあたりの時代は、文明開化というイメージに操作されやすく
意外と叙述が難しい、間違えやすいのだが
さすがの見事な文章で、その時代の雰囲気を適切に再現している。
これでこそ、星一の父親がどういう人であったかが分かろうというものである。

それから、星一の青春時代の描写に入り
そこまでの明治の雰囲気そのままに、星一の心が読み取れる記述になっている。
すでに明治中期には、明治初期の人たちの志を失っていた人も少なくなかったが
星一は両親の優れた教えと本人の気質のおかげで
明治初期の人たちにひけを取らない進取の気質を維持できていた。
そのあたりが自然に伝わってくるのが、この著作の優れたところである。
そこがいい加減だと、なぜ伊藤博文や後藤新平に初対面から気に入られたのか
さっぱり分からなくなってしまうので。

全体を通して、抜群の天才というわけでもないのだが
とにかく持って生まれたものが最大限に発揮できるようトコトン努力した人という印象が
強く伝わってくる。
優れた伝記文学だと思う。
さすがは星さん。

257korou:2016/02/25(木) 09:50:04
ここらで断念した本を2冊。

高田宏「言葉の海へ」(同時代ライブラリー<岩波>)。
高田氏逝去がきっかけで読み始めたが
だんだんと読むべき本が増えてきて
ついつい読書が途絶えがちになってしまった。
全然面白くないわけでもないのだが
それでも読み続けようという気がおきないのも事実である。
文章との相性が今一つで、もう4か月近く経っても読み終えられないので(100p未満)
ここらで断念。

海野弘「黄金の五○年代アメリカ」(講談社現代新書)。
知的好奇心のみで読み始めたが
分野によっては、この年代に全く興味がない分野もあることを知り(デザインとか)
文章も意外とこなれていないので断念。

どちらも、全面的にダメなわけではないので
機会があればまた挑戦したいと思うのだが
年齢的にも再度読書の機会というのは
なかなかないように思えるのも
悲しいかな、事実だろう。

258korou:2016/03/03(木) 10:00:01
乙一ほか「メアリー・スーを殺して」(朝日新聞出版)を読了。

共著者の名前は、中田永一・山白朝子、越前魔太郎、作品解説は安達寛高だが
全部、乙一の別名義のはずなので
その意味では、乙一久々のユニークな短編集ということになるだろう。
最近の乙一は作品に出来不出来があって
しかも最も精力的に書き続けている中田永一名義のものがあまり面白くない
ということもあり
読む前の期待度はかなり低かった。

最初の作品(「愛すべき猿の日記」)だけ、その低い期待度そのままだった。
しかし、2番目の「山羊座の友人」あたりから俄然面白くなり
「トランシーバー」などは作風の変化も感じられ、しかもそれが予想外に出来が良いので驚かされた。
全体として、これは10数年ぶりの乙一の傑作と評価できる。
素晴らしい短編集である。
やはり、これだけ独自の作品世界を堪能させてくれる作家は、そうそう居ない。
今後も、これだけのものを書き続けられるだろうか、ぜひそうあってほしいと願う。

ご都合主義、ライトノベル風の非現実的なタッチなど
欠点も多いし、その欠点が致命的に感じられる読者も存在するだろう。
しかし、それを補ってあまりある想像力豊かな世界。
読書の喜びをこれほど感じさせてくれる小説は稀有である。

259korou:2016/03/03(木) 14:42:40
東直子「いとの森の家」(ポプラ社)を読了。

今年度の坪田譲治文学賞受賞作。
いかにも児童文学らしい目線が感じられる(と批評できるほど児童文学を読み込んでいるわけでもないが)。
ただし、子供の世界だけなので、劇的な展開は期待できない(もしそんな展開があっても不自然かもしれない)。
読んでいくうちに、そのへんが退屈でもあり
かといって退屈なまま中途で止めてしまうこともなく
何となく気持ち良い描写が定期的に出てくることを助けに
最後まで読み終えたという感じ。

昭和の話なのに、結構平成の今でもストレートに響く言葉で書かれているのは
児童文学ならではの”普遍的な「子供の世界」”の話だからかもしれない。
主人公やその姉妹、親友たちへの感情移入も自然に入っていけて
ほぼその作品世界のリアル感だけで、話は進行しているように思う。
これほど普通で、当たり前で、平凡な日常が連続しても
児童文学としては成立するのだな、と思った。

女性が女の子のことを書いたので
男性目線が不足しているのはマイナスポイントかもしれない。
子供の世界で面白い展開を巻き起こすのは
やはり男の子だろうと思われるので。
ただ、その分、10才前後の女の子の細やかな心の動きが
丁寧に描かれているのも確かで
そのあたりはこの小説の独自の良さではないかと思われた。

260korou:2016/03/18(金) 15:19:00
またまた断念した本

○吉田たかよし「受験うつ」(光文社新書)
面白い内容で、現職場の蔵書にふさわしいのだが
やや単調な記述でもあり、一度読書が止まるとなかなか再開しにくい面もある。
他の時期なら、それでもがんばって読むのだが
年度替わりのこの時期に、がんばるのは辛いのでパス。
半分ほどは読んだのだが・・・

○村田沙耶香「消滅世界」(河出書房新社)
興味深いSF仕立ての小説で
家族の在り方をセックスレスで突き詰めた形が
斬新で印象深かったが
そういう設定に入り込むには心のエネルギーが必要で
今はそこまでのエネルギーがないことから断念。
要チェックの作家ではあるのだが・・・

261korou:2016/03/22(火) 08:40:05
またまだ断念した本
○鹿子裕文「へろへろ」(ナナロク社)
面白い発想の老人介護関係本なのだが
あまりにも特別な人間ばかり登場するので
自分とは無縁な話という印象が次第に強くなり
それでも他の時期なら我慢して読み続けるのだが
この時期それも無理ということで断念。
介護は身近な関心事なので
あまり絵空事ばかり読んでも居られない。
こんな凄い人たちのことをいくら知っても
自分には関係ないと思ってしまうのだ。

262korou:2016/04/03(日) 11:21:50
久々の書評。年度替わりは妙に読書スピードが落ちるが、何故?

磯田道史「無私の日本人」(文春文庫)を読了。
穀田屋十三郎、中根東里、太田垣蓮月という一般的には著名でない人物3名の列伝。
最初の伝記は、やや長めで(それでも200ページ未満)、
話の落としどころもミエミエということもあって
正直ダレ気味な部分もあったのだが
後の2つは長さも適切で、一気読み可能な名品だった。
著者あとがきを読むと、最初の穀田屋の話には思い入れが深いようなので
その分必要以上に力が入ってしまったのかもしれない。
でも、全部を読み終わると、その思いの深さがむしろ好ましく伝わってきて
全体として、とても良い本に出会ったなという感が強いのである。
アマゾンでの高評価も頷ける。

その一方で、これはかつての日本人の高潔な志の物語であって
しかも、それは日本人固有のものというより
江戸時代という特殊な環境のなかで育まれた特殊な志ではないのかという
疑念も深まる(それは著者が思い入れを熱弁し、それを解説の藤原正彦氏が力説すればするほど)。
むしろ、そういう思い入れを抜きに純粋に歴史小説として読んだほうがいいのかも
という疑念が深まる。
優れた作品だけに、読者としての受け止め方に
そういう微妙なニュアンスにも敏感にさせられるのである。

その意味では
日本、日本人をどう捉えるかというところまで
思考が深まる作品だとも言える。
途中で思考を停止したその瞬間、
この本について正確に語ることは不可能になるわけだ。
読後直後の感想としては、ここまでが精一杯。

263korou:2016/04/03(日) 16:55:37
断念した本。

ジェフ・ベゾス「果てなき野望」(日経BP社)。
1月頃から延々と読むことを試みていたが、半分ほど(200pほど)読んで断念。
もっと薄い本でこの人を知りたいと思うようになり
落ち着いて読めなくなってしまった。
文章は可もなし不可もなしといった程度。
内容そのものは比較的興味のある分野なのだが(アマゾン誕生史)。

桐野夏生「OUT」(講談社文庫)。
桐野さんの新作が評判がいいので
代表作をちらちらっと読んでみた。
描写はリアルだが、長編小説らしい仕掛けを直感して
今のこの時期にはムリと判断。
新作が面白かったら、秋の終わりごろにまた読み始めてもいいのだが。

264korou:2016/04/12(火) 20:39:28
杉井光「ブックマートの金狼」(KADOKAWA・ノベルゼロ)を読了。

出だしの文章のスピード感が気に入って読み始める。
設定としては、元裏社会の有名人で、今は地味な書店の店長ということなので
もう少し書店業界の裏話とかが出てくるかな、と楽しみにしていたのだが
それは最初のほうだけで、途中からはもう裏社会時代の続きのような話ばかり。
しかし、スピード感は最後まで持続して、ページをめくる手が止まらなかった。
杉井さんはやはり巧いと思った。

どこを切り取っても100%娯楽小説である。
そういうものを、あの手この手で解説しようとしても始まらない。
あー、楽しかった!でいいだろう。

というわけで、読書のスピードが落ちたときには断然オススメ。
以上!

265korou:2016/04/19(火) 22:14:12
伊坂幸太郎「サブマリン」(講談社)を読了。

「チルドレン」の続作ということになるが
前作の内容をすっかり忘れていたとしても大丈夫なくらい独立した作品だ。
陣内さんという、やや誇張されたキャラを狂言回しのように使って
家裁調査官のありふれた日常を描き切っているのだが
これは実作経験のある自分としては
意外と簡単な仕掛けと言わざるを得ない。
伊坂幸太郎がこの仕掛けで失敗するわけがない。
逆に、伊坂幸太郎でも、その仕掛け以上のものを創るのは難しい。
その意味で、実に読みやすくスムーズなのだが
それ以上の意味づけはなかったと言える小説だ。

唯一、ローランド・カークのくだりは
妙に印象深い。
思わずyoutubeとかGoogleで調べてしまったほど。
これだけはこの小説を読む功徳だろう。

伊坂ノベルとしては安定感抜群。
でも、このスタンスからはこれ以上のものは望み得ないし
かといって読者は最上レベルばかり読みたがるというわけでもないので
これはこれでいい。

267korou:2016/04/24(日) 17:22:39
岡長平「続・ぼっこう横町」(岡山日日新聞社)の後半を読了。

この本は、前半が「岡山のいちばん長い日」で岡山空襲前後のことを書いてあり
後半が「岡山戦後史」と題して、終戦から昭和30年までの岡山周辺での出来事が
記してあり、今回は、その後半だけを読み通した。
後半だけとはいえ、完全に独立した1篇であり
272ページとボリュームもそこそこあるので
一応、読了扱いとして、ここに記録することにした。

前半の空襲時期の記載は、内容が内容だけに岡長平節が聞けないが
後半は特に遠慮するものはないので、期待通りの自由自在ぶりで
読んでいて懐かしかった。
まだ、これを未読だったのは幸せだった。
「生きて帰ってきた男」(岩波新書)に通じる、本当の庶民目線の戦後史であり
どんなに精巧な史実の組立を読んだとしても
なお、ここに書かれているような率直な感情を湧き起こす庶民の真実を
知ることはできないだろう。
専門家のあいだで微妙な扱いを受けるであろうこの書きっぷり、独特の記述は
読書人がおおいに推奨していかなければならない類のものである。
多分そうではないかと思っていたこととか
本当はそうだったのかな?と思わせるような記述がてんこもりだった。
本当の意味で知識を蓄えた感じがする。

268korou:2016/05/04(水) 20:44:41
北川恵海「ヒーローズ(株)」(メディアワークス文庫)を読了。

前作「ちょっと今から仕事やめてくる」が意外な感じの快作だったので
今回も書店に平積みの売れ筋になっていることもあり
かなり期待度大で読み始めた。
だが・・・

完全にライトノベル化していた。
それも劣化の方向で、確信犯のようにクオリティを下げていた。
この方向にいくと、もはや小説ではなくなるというレベルまで下がっていた。
あとがきを読むと、著者としてはある程度「楽しさ」「メッセージのまっすぐさ」を
意識して強調しているようだが
ハッキリ言って才能の浪費だと思う。
会話とか地の文の気の利いた表現が、これでは全く生きてこない。
この方向へ行ってしまったら、その分野では
もうすでに多くの仕事が成し遂げられているのでオリジナリティはないし
せっかくそれ以上のものが書けるのに勿体ないではないか。
編集者共々再考してほしいところだ。

ストーリーはご都合主義、不自然な心理展開、キャラの不統一感など
欠点だらけである(唯一、人気女性タレントの描写だけ秀逸)。
次作で修正を期待したい。才能はある人なのだから。

269korou:2016/05/05(木) 21:09:21
朝井リョウ「ままならないから私とあなた」(文藝春秋)を読了。

中編が2つの最新作。
昨年途中から新しい試みに突入する予定だった著者が
理由不明ながらその試みを断念していて
その断念直後に書かれた2作だけに
興味津々で読み進めた。
文体は相変わらず読みにくいが、それでも以前より文章の流れに特徴が出てきて
その分だけ、リズムにさえ乗れば読み進めることができるようになった。
また、取り上げる話題が、ますますピンポイントされ
ほぼ単一の話題を狭く深く追究する作風になってきている。
その結果、読後感は極めて息苦しく
小説を読む愉しさからはますます遠のいていっているように思われるが
そういう愉しさを抜きにすれば、それほど空疎でない何かが感じられるので
なかなか厄介である。
これほど評価の難しい小説も珍しい。
否定的に書くのは容易だが、それで片付けることはできない確実な質感。
でも、肯定的に論ずれば、どちらかというと文明批評のようになってしまい
文芸のそれではなくなってしまう。
はて、一体どう批評すればいいのだろう、これは。
私には回答保留の小説となった。

270korou:2016/05/22(日) 19:58:40
秋吉理香子「自殺予定日」(東京創元社)を読了。

改めて思ったことは
これほどスラスラと抵抗なく読める小説は稀有ということ。
その意味で、秋吉理香子は
今や、湊かなえを超えているかもしれない。

ただし、小説の出来としては
なかなか微妙なところだ。
すでにこの作家は
下手な直木賞作家よりも
はるかにストーリーテラーとしての才能を持っていて
それでいて、きっちりと「黒い」トーンを刻める作家なので
要求する水準は高いのだが
その水準で言えば、やや失敗作に近い。
この設定で、ハッピーエンドにしてしまっては
あまりに惜しいと言わざるを得ない。
まるで「君の膵臓をたべたい」のような青春小説になってしまっている。
それはそれでハイレベルな筆力で描き切れているので
全然駄作でなく、むしろ傑作の部類なのだが
この作家に期待するものは今や現役作家最高のレベルなので
期待度が高いばっかりに、読後感はそうなってしまうのである。

まあ、人物は描けているし
伏線も回収されているし
若干設定の甘さはあるものの(女子高校生が無人のときに家の中を探しまくったのに
実際に住んでいる人がそれに全く気がつかないなんてあり得ないし。そういうのが数多い)
何となくそういう甘さなんてどうでもよくなる不思議な魔力を持っている。
とりあえず秋吉理香子の才能はまだ枯れていない、でも、まだまだ書けるはず
といった結論になる。

271korou:2016/05/26(木) 13:06:49
住野よる「また、同じ夢を見ていた」(双葉社)を読了。

一度読みかけて、やや活字が小さ目で読みにくいのと
主人公の女の子の一人語りのような独特の文体に馴染めず断念していた。

でも気になって再度挑戦。
途中までは奇妙な味の淡々とした小説という印象ばかりだったが
落ち着いた感じの女の子に、そうも言ってはおられない事件が起こったあたりから
それまでの設定、文体、テーマといったもろもろの要素が
一気に何かを目指すかのように求心力を見せて、何かわからないけど凄い力を獲得し
そこからは涙なくしては読めなかった。
最近では珍しいほどの感動の読書だった。
「星の王子さま」の素晴らしさを意外なタイミングで初めて知ったときのことを
思い出した。
「千と千尋」を連想させる、というコメントを書いている人も居たが、それも納得。

まず言葉が美しい。こういう美しさには、なかなか出会えない。
それから、登場人物の輪郭が際立っていて、印象深い。
全体にファンタジックで、儚い夢のようで、物語を読む愉しさに満ちている。
いい本に出会った、という喜びが大きい。
誰にでも薦められる感じではないけれど、それでいて、誰にでも薦めたい、そんな本である。

272korou:2016/06/01(水) 16:48:03
中室牧子「『学力』の経済学」(ディスカヴァートゥエンティワン)を読了。

明確な”エビデンス”を求めようとせず、あいまいな根拠で何もかも決まっていく
今の教育界の現状に警鐘を鳴らす本である。
米国では、教育に関する実験手法が確立されていて
すでに教育政策にそれを生かす方向が有力になってきている。
この本では
それらの実験成果についておもなものの概要を紹介し
その結果明らかになってくる知見について分析を加えている。
なかなか、ありそうで今までまるでなかったと思われる教育関係本だと思われる。
ビジネス書大賞2016準大賞受賞作だけのことはある鮮烈な内容だ。

あとは、教育界に根強く信じられている”普遍化されない個の尊重”を
どう扱うかだろう。
いかにエビデンスを固めてきても、実際の教育の現場で全くそう思われていないのであれば
その政策は支持されず、担当者の心理面から崩れていく可能性はある。
経済学における最近のトレンドである「合理的に行動しない人間」の問題だ。
もっとも、そのことは、この本が拠って立つ立場と関係があるわけではなく
別問題として把握されるべき話だが。

教員の質の問題を取り上げて、ボーナス増額は効果ないが
先に与えたボーナスを後で減額する手法は効果がある、という実験結果には苦笑させられる。
実際、そんな政策は取りようもないが、心理的には分かるような気がする。

エビデンスの階層の話など、興味深い話が多く載っている本である。
教育に少しでも関心がある人には、断然オススメできる本だと思う。

273korou:2016/06/01(水) 17:03:07
星新一「人民は弱し 官吏は強し」(新潮文庫)を読了。

「明治・父・アメリカ」の続編のような位置になる。
失うものは何もなく、前途洋々たる感じだった前作に比べ
この本での星一は、当初から有力な製薬会社のトップとして
すでに名声、地位を不動のものにしていたのだが
そこから、次第に影が差しこみ
選挙で落選して以降、急激に官憲からの圧力を受けて
ついに事業撤退にまで追い込まれるという
なかなか読んでいて辛くなるような話になっている。
この本の後半は
いくらなんでもこれほど無茶な話はあるまいと思えるほど
露骨な星潰しの話ばかりで
これについては、本当のところ、逆の立場からの記述も知りたいところだ。
さすがに、いくら星新一氏といえども、肉親の欠点を赤裸々に書くことはできなかったはずだから。

それから、興味深いのは、晩年の後藤新平の力のなさである。
後藤に関しては、意気揚々たる時代の記述はあまたあるものの
加藤高明内閣成立後のあたりから第一線を退いているようで
その頃の様子が今一つ分かりにくかったのだが
この本のとおりならば、全く政治家としての力を失っていたということになる。
あとがきの鶴見祐輔の文章ともども、これも侘しい偉人の晩年の様子として
貴重な史実描写だと思った。

世間ではこっちのほうが評価が高いが
どうも身内からの視点が強すぎて、むしろ前作のほうが
読んでいて心地よく、かつ江戸末期から明治時代の世相も感じられて
読んでいて面白かった。
まあ、どちらにせよ、星新一のノンフィクションは面白いことに変わりはない。

274korou:2016/06/02(木) 22:26:22
大橋鎭子「『暮しの手帖』とわたし」(暮しの手帖社)を読了。

連続テレビ小説「とと姉ちゃん」の関連本。
ヒロインのモデルである大橋鎭子女史が
生前にまとめた自伝であり
同時に、この本の後半はそのまま「暮しの手帖」という雑誌について
創設期の様子を描いた貴重な記録となっている。

文章は平明でひねりはなく、物足りない感じもするが
キャリアウーマン、ハンサムウーマンとして活躍した女性としては
これは当然の文体であり、気性がそのまま出ている文体とも言える。
随所に昭和の人物模様が垣間見える記述があり
そのあたりは個人的に楽しかったが
後半になると、雑誌で好評だった企画の紹介ばかりになって
やや退屈してしまうのも否めない。
また雑誌が雑誌であろうとしてそれが普通に許された牧歌的な時代でもあるので
その意味でも、今読むと、ただひたすら羨ましいというか
いい時代だったんだなという思いも深くする。

まあ、普通にすらすら読める好著。
ただし、昭和史に興味のない人には面白く読めるのかどうか分からない。
多分ダメだろうな。

275korou:2016/06/03(金) 16:36:21
水野敬也「神様に一番近い動物」(文響社)を読了。

この本を読み通そうという気は全くないまま、ちょっとだけ読んでおこうと読み始めたら
意外と面白くスラスラと読め、結局そのまま全部読了した。
なかなか珍しい読書体験だった。

寓話形式の短編集で、かつ人生訓が込められているとなると
あまり読む気がしないはずなのだが
この作品は、例外のように読みやすく、かつ教訓臭もしつこくない。
「スパイダー刑事」のように思わずニンマリするようなユーモア物があると思えば
表題作「神様に一番近い動物」のように最後で泣かせる話もあり
多彩で飽きさせないストーリーテラーぶりには感心させられた。

不思議なのは、実にざっくりというか、悪く言えば雑な文章ともいえるので
表面的な描写とか、感情、心理が描き切れていないとか
そういう不満が出てきて当然なのに
全くそういう印象が出てこないという点である。
寓話というスタイルのせいなのだろうか。
なかなか簡単なようで奥の深いことのようにも思える。

これこそ万人向けの本だろう。
誰にでも安心してオススメできる、

276korou:2016/06/05(日) 20:35:43
レオン・レイソン「シンドラーに救われた少年」(河出書房新社)を読了。

今年度の読書感想文課題図書で、とりあえず目を通しておこうと思ったら
そのまま全部読了してしまった。
テーマは重いが、その凄まじい体験をした当の本人である著者の感性が素晴らしく
リアルで強い印象を残すので、思わず全部読まされてしまう迫力を持っている。

アウシュヴィッツ、ホロコーストについて
全く初めて読むわけではないのだが
これほど真に迫った描写は初めてといってよい。
少し前に「夜と霧」を読んで、かなりのショックを受けたが
これはまた別物の感動を覚えてしまう作品だ。

優れた本にふさわしく、随所に印象的な言葉がちりばめられている。
ここでそのいくつかを引用したいのだが
自分の記憶力の悪さがそれを許さない。
読んでいる間は、そういう言葉の厳しさ、おごそかさが
気を引き締め、読書の緊張感を高めてくれた。

課題図書としてはピカイチと言ってよいだろう。
「白磁の人」以来の感激だったし
「白磁の人」以上の感動だった。
こういう本こそ後世まで読まれるべき本である。

277korou:2016/06/12(日) 10:40:35
(まんがで読破)「精神分析入門 夢判断」(イースト・プレス)を読了。

まんがで読破シリーズにもいろいろあって
まんが中心の軽い読み物でしかないものがある一方で
文字がきっしりと詰められていて、まんがでありながら読み通すのに骨が折れる類のものまであり
幅広い。
これは断然後者に属し
フロイトの人生のあらまし(ユンクとの訣別まで書かれている)と
精神分析という手法に至る過程が、かなり詳しく描かれている。
生き様とか周囲の状況まで含めて、フロイトを理解しようとするならば
これ以上適切な入門書はないと言えるだろう。

(まんがで読破を読み通しても
 このスレッドで取り上げることは原則としてないわけだが
 これはまさに入門書として適切なので
 あえてここに記すことにした)

278korou:2016/06/28(火) 10:14:56
山田宗樹「代体」(角川書店)を読了。

「百年法」が印象深かったので、同じような題材と知って
興味深く読み始めた。
「百年法」ほど話がストレートではなく
読めば読むほど話が複雑になっていくのには困ったが
全くついていけないというほどでもなく
途中からは、ほぼイメージだけで読み進めていった。

読破中にいろいろと雑用も入って
丸一日空けただけで話が分からなくなり
読んだはずのページを読み返す作業が多くなったのには閉口したが
その割には読後感はスッキリしている。
やはり話というか、アイデアそのものが面白いので
読後の印象は「百年法」に近いものを感じた。

とはいえ、細かいキズはかなりあって
途中まで魅力的なヒロインだった女性捜査官が
後半にはほとんど描写がなくなったのは不自然だし
クライマックスでの話の収め方も
ハッキリ言えば安易に過ぎるだろう。

総体として、こういうのを好きな人には無条件にオススメできるが
好まない人にはなかなかその良さを伝えにくいので
やはり「百年法」とまではいかないかも、という評価かな。
でも面白かったです。

279korou:2016/07/07(木) 14:45:42
岡本茂樹「反省させると犯罪者になります」(新潮新書)を読了。

何気なく手に取った本だが
アマゾンなどでの書評も好評なのが頷ける好著だった。
一貫して「反省させること」の安易さを指摘し続け
その代わりに、本当の解決策を考えていくというスタンスなので
著者の主張は明快だ。

いろいろな場面が思い浮かんでくる。
自分自身の心の爆発、身近な他者の爆発、まさに学校での生徒の爆発。
それぞれ自分が了解している事実を踏まえて考えると
たしかに著者の主張に共感できるところは多い。
実際に問題生徒を学校で担当したり、
刑務所での更生プログラムを支援する立場であるだけに
説得力がある。

ただし、遊びの少ない本で、極めてまじめで、主張の反復も多い。
読んでいて疲れる本であることも確かである。
でも、読後に無駄な疲労が残ることもないので
これはこれで仕方ない。
まじめな本にならざるを得ない面もあるわけだし。

280korou:2016/07/22(金) 11:09:54
下村敦史「難民調査官」(光文社)を読了。

出だしは結構文章が流暢で読みやすく思え
このまま一気に読めるかなと思いきや
そこから先はなかなか進めなかった。
それは作品のせいというより、この時期の自分のコンディション、状況による
停滞だったと思う。
作品そのものは一気読みもあり得るスムーズな展開だった。
文章も最後まで乱れず、なかなかの才能だと思った。

問題は、終盤の盛り上げと読後感の弱さである。
何か尻切れトンボのような物足りなさはどうしたことか。
このテーマだとこうしか終わりようがないのも分かるが
そこをあっと驚く仕掛けで読者を未知の世界へいざなうのが
優れた小説が持つ力ではないのか。
この小説には、そういう部分が決定的に欠けている。
おかげで、徐々に固まりつつあった登場人物のイメージも
一気に薄いものになってしまった。

文章は一流、展開も一流、結末が三流という小説。
結構この弱点はキツいような気がする。
文章のなめらかさとか、展開の上手さはあるので
このままではいかにも惜しい。
なんとかクリアして優れた作家になってもらいたい一人である。

281korou:2016/07/25(月) 08:35:16
乙野四方学「僕が愛したすべての君へ」「君を愛したひとりの僕へ」(ハヤカワ文庫JA)を読了。

夢中で読み進め、何と1日で2冊の文庫本を制覇するという
今後二度とないだろうと思われる読書体験となった・

SF設定の恋愛モノという、最近流行りの小説である。
しかし、同種のものが乱立するなかで
この小説の簡潔さ、読みやすさ、読者を前へ前へと誘導する推進力の強さは
断然際立っている。
途中で止められるわけがない。
しかも、読後の感想で、アマゾンの書評を読んでも全く違和感がないというのも稀有なことだ。
「僕が」を先に読んだ自分としては、書評で誰かが書いていたように
読書記憶をリセットして
今度は「君を」を先に読んで、どんな感じになるかを知りたくなった。

パラレルワールドということで、途中で理解がついていかない部分もあるが
最低限の理解ができれば
「君を」の最終設定の結果が「僕が」ということになることが分かるので
本当は「君を」を先に読むべきなのだろう。
しかし、「君を」の日高暦は、あまりにも佐藤栞に一途なので
人によっては、そこに違和感を覚え、「僕が」を読む気になれないかもしれない(実際、アマゾンの書評でもそうなっていた)
ゆえに「僕が」を先に読む方が無難で、そうなると、これはSFテイストの恋愛モノというジャンルになるのだろう。

いずれにせよ、今年読んだなかで最高の面白さだった。
やはり今が旬のジャンルには、次々と傑作が生まれてくる。

282korou:2016/08/12(金) 21:21:37
小林信彦「テレビの黄金時代」(文藝春秋)を再読、読破。

以前読んでいて、非常に面白かったのだが(小林さんのエッセイなのだから当然だが)
このたび永六輔、大橋巨泉と続けざまに亡くなったこともあり
この本にいろいろなことが書いてあったはず、と見当をつけ
再読しようと考えて県立図書館で借りてみた。
やはり、あまりの面白さに、他の読むべき本そっちのけで貪り読み
この猛暑の中、おおいに体調を崩してしまったのだが
そこは仕方ないだろう。

再読して驚いたのは
もっと俯瞰的、客観的に書いてあるはずと思っていたのに
やはりこれは小林さんの著作であり、小林さんが見聞きしたことだけが書かれているという点だった。
最後のほうで、ちょっとだけ総論的なことが書かれているので
初読のときはそれに惑わされたのかもしれない。
だから、永さん、巨泉氏などについても
それほど詳しく書かれていなかった。
ほとんど井原高忠のことばかり書いてあると言っても過言でなく
実際、ことテレビに関しては、小林さんは井原さんの掌で踊らされていたわけだから
むべなるかなである。

こういう本が絶版で入手不可能であるのは
現在の日本の情けない姿そのものだ、
小林さんの芸能エッセイは、すべて文庫版で全集にしておくべきである。
すべての芸能好きに読まれるべき古典ですよ、これは。

283korou:2016/08/15(月) 21:40:03
村田沙耶香「コンビニ人間」(文藝春秋)を読了。

今回の芥川賞受賞作。
一気読み。
信じ難いほどの読みやすさ。
恐らく芥川賞史上最も大衆受けする作品になるだろう。
これほど読みやすい受賞作は記憶にない。

内容はシンプルだ。
もともと空虚な自分、世間とズレた部分を自分自身で理解も修正もできないまま
そのまま自分自身を持て余すように生きてきた主人公の女性が
コンビニで働くときだけ、確実な自分を意識するという内的世界が
まず確固としてあって
その女性の内面では世界はそれで統一されていたのに
そのコンビニでのバイト失格者として現れた男性が
女性とは正反対に誇大妄想な自分、空虚を怖れるあまり逆に現実逃避している自分の持ち主で
その真逆なパーソナリティが偶然にも結び付き
お互いの世界を混乱させていく。
しかし、女性は最後の最後で、コンビニ人間としての自分を再確認する、という小説だ。

厳密にいうと、小説の造形としては甘い部分もある(それは別の作品にも感じられ、その時は
読むのを挫折したのだが)
ただ、今回は、筆致がスムーズで一気に惹き込まれるものがあった。
もともと純文学的要素の高い世界を構築できる人なので
こうなれば鬼に金棒というわけである。
誰にでもオススメできる文学史上の金字塔と言っても過言ではない。
小説とはこういうものだというイメージを知るには最適な作品だ。

284korou:2016/08/30(火) 08:54:45
崔実(チェ・シル)「ジニのパズル」(講談社)を読了。

今回の芥川賞候補作で、すでに群像新人文学賞は受賞している小説。
話題の”純文学”だったので、期待大で読み始めたものの
予備知識としてあった在日の話がなかなか始まらず
やや読みにくいスタイルで、その後の米国での生活が淡々と描かれているので
最初は戸惑った。

在日だった頃の話になって、やっと焦点が合ったような感じになり
テンポも出てきた。
じゃあ米国での話はいらないのかというと
エンディングで、どうしても必要になってくるわけで
このあたりは小説技巧としては致命的に未熟な感じがした。
構成上必要なものが、これほど蛇足に感じられるのはどうかと思うわけだ。

在日の部分も、筋だけたどれば予定調和で物語の振幅も小さいように思う。
ただ、誰も否定できないこの作者の美点”熱”が、文章の端々にも息づいていて
その”熱”だけで、すべての欠陥をカヴァーできてしまう魔法のような魅力を持っているのである。
いまどきそんな作家は珍しい。
柳美里とか、別の意味で乙一とか。
小器用な作家が多い中、この資質は貴重だ。
けれども、扱った題材とか、”熱”のとらえどころのなさなどで
この作家の未来には大きな危惧を覚える。
この作品に関しては、その”熱”を味わうだけでも十分一読の価値はあるのだが・・・

285korou:2016/08/31(水) 12:44:57
薬丸岳「ラストナイト」(実業之日本社)を読了。

出だしから、この著者ならではの読みやすさ、スリル感満載で、一気に作品世界に吸い込まれてしまう。
2つ目の短編を読み始めて、連作短編であることに気付き
そこから段々と全体像を予測しながら読み進めていく。
人によっては、この形式をとった必然性が感じられないらしいが
自分などは非常に面白いと思いながら読めた。
何よりも、あいまいなキャラ付けがなく、
さらにキャラから一歩踏み出そうとしている人物ばかりなので
その動機が明確なことから、繰り出されるドラマに真実味がこもっている。
描写も常識的で、何かを疑うという純文学ではないのだが
何かを描くという物語性は十二分に備わっている。

薬丸小説の醍醐味は完璧に堪能できる。
主人公の行動が突飛だという批判もあるが
確かにそれは言われてみればそうであるとしても
そのことを感じさせないリアリティに脱帽するばかりだ。

このテのストーリーテラーとしては期待を裏切らない作家だ。
このテの小説が好きな人には断然オススメである。

286korou:2016/09/11(日) 16:00:24
井手孫六「石橋湛山と小国主義」(岩波ブックレット)を読了。

論文応募のために読み始めたが
60pほどの小冊子なので、すぐに読み終えた。

石橋湛山の思想の背景には
大学時代の田中王堂先生との出会い
東洋経済新報社での片山潜という存在
そして植松考昭、三浦鋳太郎という先輩社員の存在が
大きかったことを知る。
さらに、小国主義とは
欧米の真似をして帝国主義(=大国主義)に走るのではなく
その弊害を認識してあえて反帝国主義を採ることによって
欧米からの敬意を獲得するという趣旨のものであることも分かった。

さて、論文のためには
あと蔵相時代の石橋を調べる必要があるので
そのあたりは、1冊を読破というより
多くの本から該当箇所をあたるという読書になる。
しばらくは、そこに時間を費やすこととしよう。

287korou:2016/09/11(日) 16:07:05
辻村深月「東京會舘とわたし(上・下)」(文藝春秋)を読了。

久々の上下2冊本の読破となった。
東京に実在する東京會舘という建物にまつわるエピソードを
ノンフィクションとして仕入れた話を元にして
最終的にはフィクションの連作短編としてまとめた小説である。
ゆえに、実在の人物も少なからず登場し
しまいには作者自身も、男女が違う形で登場してくるという
なかなか独特のタッチが印象に残る小説になっている。

近代史に興味のある人には
そこそこ面白い題材になっているだろう。
実際、上下本にもかかわらず読み進めてみたのは
そういう側面に惹かれたわけだし
文章も相変わらず平易で読みやすい。
ただし、いかにも毒のない設定は
人によっては物足りなさを覚えるだろうし
下巻のいくつかのエピソードは
ややピントがずれているよう気もする。

結局、ユニークな立ち位置に居る作者を意識しつつ
近現代の東京の風俗が愉しめるというのが
この小説のキモだろう。
向いている人には向いている小説。

288korou:2016/10/01(土) 22:36:51
トラヴィス・ソーチック「ビッグデータ・ベースボール」(KADOKAWA)を読了。

先々月から読んでいて、形式的には3カ月越しの読書となった。
かといって、つまらなくて読みにくかったわけではない。
内容からいえば、近年読んだ野球関係の本でも屈指のレベルで
これを読んでおくのとそうでないのとでは
今のMLB中継を見る場合、大きな差がついてしまうほどだと思われたほどだ。
最新のMLB事情が満載で
今、MLBは大きな変革期を迎えているということが
よく分かる本だ。

ただし、パイレーツ担当の記者がパイレーツのここ2,3年の変化を追っただけ
ということでもあるので
すごく大切なことを書いているはずなのに
叙述がこじんまりとしているのも事実で
そのあたりは「マネーボール」が証券界のIT化と比較して書いてあるのと
だいぶ違う。
どうしてもMLBファン限定の本というイメージがつきまとう。
これだけ重要なことを書いているというのに。

守備位置の発想、キャッチャーの捕球技術、ゴロ重視の投手評価など
以前から直感的には言われていたことを
データで厳然とした事実として示したセイバーメトリクスの発展形”ビッグデータ”こそ
今後のMLBの最大のキーワードとなるだろう。
そういう未来を示唆した素晴らしいスポーツ・リポートである。

289korou:2016/10/03(月) 22:44:29
東野圭吾「私が彼を殺した」(講談社文庫)を読了。

加賀刑事モノを全部読んでいるつもりだったが
つい最近、これだけを読み逃していることを発見。
さっそく職権乱用で、いや当然必要な選書として購入。
最初は、視力減退によるのか活字が小さく見えて
読書を断念しようかと思った瞬間もあったが
どうしても断念し切れず、前半は裸眼で読み通し
後半は一気読みとなった。

で、読後感はといえば
満足感と、ネットでググったおかげの不満感が同時に残った。
1999年頃の作品なので
東野作品としては最も脂の乗り切った頃で
叙述の巧みさには目を見張るものがある。
いかにもミステリーという自信たっぷりな構成で
圧倒される想いだった。
なかなかこれだけの充実作にはお目にかかれないだろう。

とはいえ、たしかにネット住民が指摘する大きな瑕疵は否定できない。
これでは推理にならない、と言っても大げさでない。
なぜに連載時とノベルスとで犯人を変更したのかも不明だが
連載時に設定した犯人だと、もっと大きな瑕疵があったのだろうか?
そのへんはもやもやとした感じになるが
実際のところ、本来は致命的なミスであるそういう瑕疵さえ
この迫真の叙述力の前には
もはやどうでもいいと思えてくる。
さすがに東野圭吾のこの時期の作品は凄い、凄すぎると言わざるを得ないのである。

290korou:2016/10/12(水) 13:22:41
中村計「勝ち過ぎた監督」(集英社)を読了。

読み通すのに1か月ほどかかってしまった。
やや活字が小さいことも影響したものの
実際のところ、雑事で忙しかったことに尽きる。
本来は読破に1か月もかかる退屈な本ではないのだ。
圧倒的に面白い高校野球の本なのだ。

駒大苫小牧の監督として
夏の甲子園連覇を達成した香田誉士史氏の
栄光と挫折の舞台裏を描いた本である。
予想通りの展開ではあったが(栄光と挫折については)
その人物像は破天荒で、それがこの本の大きな魅力となっている。
純粋で、小賢しい大人の計算など念頭にもない性格は
全然別の世界だが、小保方晴子氏と似たものを感じた。
その所属する世界で長く生き延びるには
あまりにも適合性のない素質!
しかし、大きな仕事に立ち向かうことのできる才能の持ち主。

野球ドキュメンタリーとして
水準以上の筆力と充分な取材量を思わせ
まさに一気読みできる(自分は1か月かかったが・・・)傑作と言ってよい。
すべての野球好き人間にオススメできる本だ。

291korou:2016/11/01(火) 08:35:51
三秋縋「恋する寄生虫」(メディアワークス文庫)を読了。

待望の三秋さんの新刊。
期待通りの面白さ・・・と書きたいところだし
実際そうだったのだが
最初のうちは設定の不自然さに戸惑い
なかなかページが進まなかった。
(いつも通りに)とことん内向きな主人公が登場し
そのねじくれた(でも本当は普通っぽい)心の内面を冷静に描き出すタッチは健在だったものの
設定がどことなく不自然で
なかなか感情移入し辛かったので
前半は読むスピードが上がらなかった。

「虫」の正体が暴かれるあたりから
俄然面白くなり
主人公への感情移入も容易となる。
そして、一気呵成にクライマックスに達し
余韻を感じさせるラストのあたりは
さすがに巧いなと思わせた。

なかなか微妙なラインに立っている作家だと思う。
こういうのを同じレベルで書き続けるもよし、
少しずつ深めていって新たなファンタジーの世界に到達するもよし、
一体どっちに向かっていくのだろうか。
今後も目が離せない作家である。
今のところ、凡作なしの稀有の作家である。

292korou:2016/11/03(木) 14:49:39
小林信彦・萩本欽一「ふたりの笑タイム」(集英社)を読了。

仕事上やむを得ず本を借りざるを得なくなり
それならということで、小林信彦本をリクエスト。
未読の本だったが、予想に違わず面白い本だった。
既読の事実も多かったが、案外そういうエピソードを
欽ちゃんが知らなかったりするので
その初めて聞く感じ、リアクションが興味深くて
一気に読み終えた。

体系的に叙述するのではなくて
お互いが対話の流れで話題を振っていくので
話全体としてはとりとめないものになったのは仕方ないところ。
ある意味、こういう話題で延々と話が続くのは
もう今の時代、あとは伊東四朗くらいしか思いつかないので
これはこれで貴重な対談ということになる。

NHKBSでやっている「たけしのエンターテインメント」なんかで
見当違いなフォーカスが当てられたりするのを見ているので
本当にこういう本は貴重だ。
小林さんが亡くなったら、もう誰も修正できないし。
大滝(詠一)さん、なんであんなに早く亡くなったのか・・・惜し過ぎる。

293korou:2016/11/05(土) 21:34:14
森見登美彦「夜行」(小学館)を読了。

大きめの活字に、導入部から読みやすそうな展開があって
これは久々に森見本を読了できるかな、と思った。

・・・で読了し、これは唸るしかない。
読後感の不思議さ、いや最終章のある意味物凄く怖い世界を覗いて
すぐに読了となるのだから、何とも言葉で言い表わせないものが残った。

これは映像では表現できない。マンガでもダメ、美術でもダメ(作中に銅版画が重要な役割を果たしているとはいえ)。
これこそ読書をして、読んでいる者が想像力を働かせ、
その想像力の賜物で
実際に体験するよりもはるかにインパクトの強い衝撃を与えているのではないか。
まさにこれこそ読書の醍醐味ではないか。

今年最高に衝撃を受けた小説である。
じっくり考えてみれば、こういう衝撃は全く初めてではないような気もする。
しかし、ここ数年、そういう読書体験をしていなかったのは断言できる。
そして、今、久々にそういう衝撃を味わった。
だから読書はやめられない。
凄い。素晴らしい。

294korou:2016/11/07(月) 16:18:58
井上章一「関西人の正体」(朝日文庫)を読了。

偶然手に取った本だが面白かった。
井上さん独特の叙述スタイルがうまくハマっていて
かなりどぎついことを書いているのだが
読んでいて不快な感じがせず
むしろ笑いのスパイスとして機能しているくらいだった。

内容は、もっぱら関西人の自虐趣味全開で
特に東京人がそう主張しているわけでもないのに
やたら東京について言及したうえで
だから関西は没落しているのだ、それなのに関西人はそのことに無自覚だと
憤慨し続けているのである。
しまいには、あとがきで「東京も危ないぞ」と書いたりしていて
しかも大真面目に深刻に書いているのが笑えるのである。
どこまで本気なんか冗談なんかわからん本だ。
それこそこれが関西人の正体なんかもしれん。

というわけで(どんなわけや!)
関西と関東を対比して考えるクセのある人には
興味が尽きない本になっている。
そうでない人には、井上さんの真面目さを愛でることができる人のみ
一気読み可能かな。
それ以外の人は・・・まあ、時間のある人はどうぞという感じ。
読みやすいので、読了できず損したということはないでしょう。

295korou:2016/11/09(水) 09:05:44
東野圭吾「恋のゴンドラ」(実業之日本社)を読了。

いつもの東野圭吾ではないのだが、相変わらず一気読みさせる魅力を持っている。
犯罪、事件は出てこず、終始一貫して男女の恋愛模様の話というのも異色だが
それでいて、よく練られたストーリーになっているのは、いつもの東野圭吾だった。

ただし、恋愛模様で読ませるといっても
よくよく考えてみれば、登場人物の人格の上っ面だけが描写されているだけである。
そのあたりは、直前に読んだ森見作品とは随分違うわけである。
かといって、森見作品が抜群で、東野作品がくだらないということで確定かというと
そうとも言えないのが、小説というジャンルの奥深さだ。
映像メディアでは、純粋に作品の奥深さだけにフォーカスした場合
決してこんなことは起こらない。
上っ面だけの映像はそれだけのことで、まあ「くだらない」の一言で終わりである。
人気タレントが出ていれば、上っ面だけでもそのタレントのオーラで見るべきものがあることもあるが
それは映像そのものの出来とは別の話である。
ところが、小説の場合、上っ面だけであろうと、それが東野作品くらい見事組み合わせて書かれると
それはそれで読後に印象を残すのである。
やはり、文字という抽象的な記号を使って描写されるので
いくら表面的でも想像力を喚起されることがあるのだろう。

そういう意味で、これは完璧な小説である。
読後直後にかなりの感情が引き起こされ、それは文字通り「非日常」の感覚である。
ただ、森見さんの場合、それは深く長く感銘を残すが
東野さんの場合、作品によっては瞬間の感覚にとどまるというだけのことである。
そして、瞬間であれ「非日常」の感覚は尊い。
読書の醍醐味の一つだろう。

296korou:2016/11/10(木) 12:35:32
元永知宏「期待はずれのドラフト1位」(岩波ジュニア新書)を読了。

それほどの内容でもないのだが
例によって野球本なので読み切ってしまった。
失敗したドラフト1位の選手の列伝のようなものだが
さすがに青少年向け新書だけあって
たとえば多田野投手の項目では「ゲイ疑惑」の記述が一切なく
終始健全な感じでごまかされている。
でもそれでいいのだろうか。
岩波ジュニア新書を読んでいると、いつもなんとなく感じる物足りなさと不十分さが
そういうところに出ているように思う。
そして、岩波ジュニア新書は、岩波書店としても、ジュニア新書としても
もうその方向から脱皮できなくなっているのだ。

もっと面白くできたはずの素材とか、上出来な企画を台無しにする出版姿勢などを思えば
実に残念な本である。

297korou:2016/11/12(土) 12:48:39
西野亮廣「魔法のコンパス」(主婦と生活社)を読了。

偶然知った本だが、予想外に面白かった。
というより、今年最高のフィクションが「夜行」(森見登美彦)なら
今年最高のノンフィクションはこの本かもしれないと思えるほど
感銘を受けた。
短期間で良い本に出遭う奇跡に驚かされる。
実際、三秋縋の小説を除けば
この3,4年で1冊も
これだけのレベルの本に出会っていない印象すらあるのだから。
(このことはちょっと検証してみたい気もする。後でこのスレをレビューしてみよう)

さて、この本は、一言で言えば
世界をどう見るかというNDC「159」の本であり
芸人が書いた本の分類NDC「779」に止まらない。
あとがきの冒頭の言葉「未来はすぐに変わらないが過去は変えることができる」
といったような逆説の真理をふんだんにちりばめながら
時代の趨勢を先取りして実際に体験したことを(大抵は成功例なのが玉に瑕だが・・)
うまく分析してみせた本だ。
思いのほか説得力があり、文章も気が利いていて上手いと思う。
こういうのが万人向けのオススメ本なのだろう。

そして楽しみなのが
これだけの発想力、行動力の著者が
これからどんな新しい展開を見せていくのかという点だ。
本は書いてしまえばすべて過去の出来事のように封印されるが
作者はその後も生き続けて未来を創造し続けていく。
あとがきの文言をもじれば「過去は書いたとおりだが、未来はまだ誰も書いていない世界」
という期待に満ちている。

298korou:2016/11/16(水) 22:00:06
岩瀬成子「マルの背中」(講談社)を読了。

なんでこの本を読もうと思ったのか(=選書したのか)思い出せない。
しかし、最初から児童文学の王道を行くような安定した描写に惹かれていき
意外なほどすんなりと読み終えた。
久々に小学生だった頃、低学年から中学年にかけての年代の頃の
「たくさんの気持ち」を思い出した。
大人から見たときには、なんということもなくても
子どもは子どもの心の容積のなかで一生懸命生きている。
大人になってすべてを理解したつもりになって
そんなひたむきさを忘れてしまうのだが
こうして思い出してみると驚くほど深くて多様な感情が湧き出てくる。
子ども時代って意外と苦しくて辛いものではないだろうか。

そんなことを思い出しながら
主人公の女の子の健気さにも感銘を受けて
作品世界に没頭できた。
児童文学に没頭するなんて久々だ。
初めての作家で、しかも馴染のない児童文学で
これは意外な読書体験だった。

299korou:2016/11/17(木) 16:47:21
二宮敦人「最後の秘境 東京藝大」(新潮社)を読了。

書名の通りで、東京藝大の学生へのインタビューをもとに
その最後の秘境ぶりを紹介している本だ。
芸術を専攻している学生だけに
ユニークな人材が豊富だろうなと想像していたが
インタビューから窺えるのは
何かを作り上げるための想像以上の準備、心構えの大変さと
ほぼプロフェッショナルとも言ってよい芸術への姿勢だった。

著者は優れた小説家、ストーリーテラーだが
ここでは「秘境の紹介者」に徹して
ノーマルな感性を保ちながら
藝大生のノーマルさとユニークさをあぶり出している。
なかなか見事なレポートぶりだと思う。
題材にもよるが、軽いノンフィクションなら
また読んでみたいと思わせるものがあった。
実際、今やこの本はロングセラーになっている。

300korou:2016/11/17(木) 16:55:25
にしのあきひろ「えんとつ町のプペル」(幻冬舎)を読了。

にしのあきひろ作品らしい綿密で濃厚なタッチの絵が
今回は鮮やかなカラーで比較的長編として展開されている。
絵の精密さは相変わらずで
それだけでも見る価値はあるだろう。

ストーリーも
今回初めて「にしの絵本」を見た人には
インパクト十分だろう。
自己犠牲がテーマで、うまく筋をまとめている。
しかし
これは「ジップ&キャンディ」のストーリーと同工異曲であり
その点で、同じネタの使い回しというのは
前作を知っている者にとっては不満も残る。

全体として、「にしの絵本」を初めて読むかそうでないかによって評価は分かれそう。
もちろん、初めてでなくても、絵のクオリティの高さは楽しめるわけだが。

302korou:2016/11/25(金) 14:14:01
七月隆文「天使は奇跡を希う」(文春文庫)を斜め読みで読了。

読み始めて、細部のテキトーさが気に入らず
でもヒットしている小説なので、そのキモとなっている作中の「秘密」は知りたくて
結局、ものすごいスピードで斜め読みして読了。
「秘密」もなんとか把握できたので
我ながら効率よい読書ができた(約40分)

悪魔という得体のしれない空想上の設定が必須なので
しっかり読んでも感情移入できなかっただろうということは想像できた。
それを踏まえて、この作品には
少女のけなげな思いがリアルに伝わってくるという美点を感じる。
青春小説として、青春の時期に読む小説としては
十分アリだろう。
大ヒット作「ぼくは明日、昨日のきみとデートする」と比べれば
ファンタジーな部分が目立ち過ぎて
リアル小説にはハマる大人の読者としては
抵抗感がより大となるのは仕方ないとしても。

仕掛けさえよりリアルなら
万人にオススメできる筆力は持っている作者である。
次作を期待したい。

303korou:2016/11/25(金) 14:23:44
こうの史代「この世界の片隅に(上・中・下)」(双葉社)を読了。

これもかなりの斜め読みとなった。
「夕凪の街 桜の国」の作者による
やはり戦争・原爆をテーマとしたふんわりとしたマンガで
「夕凪」とは逆の時間軸で
戦前から終戦直後までの時代を背景に描かれている。
戦前の「家」の雰囲気が
独特の朦朧とした作風で描かれ
民衆レベルの昭和史を知る絶好の読み物となっている。

やや話の飛躍(orスケッチの飛躍)が多すぎて
話のつながりがみえにくい点もあるが(自分としては結構キツいものがある)
全体としては良いタッチのマンガであることに間違いない。
高評価も納得である。

304korou:2016/11/28(月) 16:29:08
木原浩勝「もう一つの「バルス」」(講談社)を読了。

今や怪談本の編者、そしてコンセプトライターという形でベストセラーの仕掛人となっている著者が
かつて宮崎駿監督のもとで「天空の城ラピュタ」の制作進行をしていた頃の実話を
詳しく書いた本である。
ラピュタについての場面場面の解説が詳しすぎて
そのほとんどに記憶のない(一度だけは全部通して観たはずなのに)自分としては
読みこなすのに苦痛を感じるときもあったが
全体として読みやすい、わかりやすい文章で
なんとか読了できた。
宮崎監督の作品制作へのストイックな姿勢とか
むちゃくちゃな忙しさになってしまう当時のアニメ業界の様子とかは
うすうす知ってはいたものの
かなり具体的に書かれていて参考になった。

スタジオジブリの最初の頃だけで
しかも「ラピュタ」だけなので
アニメ史の文献としては、おのずから限界があるのだが
創設されたばかりのスタジオの熱気を知るには最適の書だろうと思われた。

305korou:2016/12/01(木) 15:26:35
秋吉理香子「絶対正義」(幻冬舎)を読了。

たまたま予約本を読み始め、気が付いたら読破していた。
おかげで仕事は3時間ほどストップしたが
時期的に問題はないだろう。
とにかく面白かった。
一気読みできる作家は東野圭吾だけだろうと思っていたが
もう1人いた。

いわゆるイヤミスで、もう秋吉さんは
現時点で第一人者と言ってよいだろう(湊かなえさんがやや違う方向に行っているし
筆力そのものも、今なら秋吉さんのほうが上だろう)。
本当にイヤな登場人物を出して、とことんそのイヤな感じを全開させていき
終わり方もねちねちっと終わる。
読後感は不快そのもので
一気に読み切った爽快感と実に対照的で
これはクセになって当然だ(笑)。
アマゾンで現時点で1人しか書評していないのが不思議なくらい。
読書メーターでも、固い文章の評価ばかり。
イヤミスの宿命なのか、素直に絶賛してもらえない。

まあ、読書好きの青少年に、今何をオススメするか、という問いがあれば
即決でこれかな。
文句なしの出来。

306korou:2016/12/10(土) 16:59:15
東野圭吾「雪煙チェイス」(実業之日本社)を読了。

「疾風ロンド」映画化に合わせたスキーを題材にしたミステリーの第2弾(第1弾は「恋のゴンドラ」)。
前作が恋愛物のような出来だったので、今回はどうかと思い読み始めたが
出だしが不出来な恋愛物のような感じで
この時点では、ああヒドいものを書いたものだと読書意欲が減退する(東野作品では初の感覚)

ところが、その直後の章から、一気にミステリー小説に変貌し
真犯人でない若者が容疑者として疑われるというシチュエーションのせいで
全く目が離せない感じになり、いつもの一気読み状態に突入。
これはどういう着地点なのかと不思議に思っていると
なんとミステリーとしては反則技と言ってよい突然の犯人確定となり
これはさすがに批判を受けるだろうなと思い
アマゾンを覗いてみると、やはり思った通りだった。

最後の最後でミステリーではなく
心理描写の巧みなエンタテインメントになってしまったが
そういう風に割り切れば、いつもの東野作品だし
あまりそういう反則技を使わない作者として敬意を抱いていた人には
最低の作品ということになる。
そのあたりは仕方ないところ。
自分としては、これほど夢中に読める本というのは、やはり稀有なので
著者をけなす気にはなれない。
やはり凄いと思う。

ただ、そろそろ万人を納得させる快作が期待されていることも確かである。
なんといっても東野圭吾だから。

307korou:2016/12/29(木) 17:17:08
スティーヴン・ウィット「誰が音楽をタダにした?」(早川書房)を読了。

ほぼ1カ月近くかけてやっと読了。
面白くないわけではなく、ただ単にタイミングの問題で長期間かかった。
内容は、まさに現代の音楽状況のトップシーンに鋭く切れ込む
実にスリリングなものだった。
最後のほうで、音楽をタダにした一連の関係者たちが
著作権についての新しい見解を政治的に展開していく部分があるが
残念ながら、欧米でさえ、その見方は一般的でなく
むしろ、米国での陪審員の態度のほうが印象に残った。
結論として、やはり音楽をタダにする行為は
まだ完全な市民権を得ておらず
となれば、この本は
何か新しいことを主張した人たちの列伝にはならず
21世紀になって音楽の姿、音楽ビジネスの姿が変わった背景として
こんな人たちの暗躍があったというルポルタージュという意味合いになるのだろう。

もちろん、音楽のメインストリームの話でもあるだけに
ラップ・ミュージックとか、音楽ビジネスの話も興味深く読めたし、知識も増えた。
これで著作権での新しい展開もあれば完璧なのだが
現実はそう動いていない(ただし考え方としては十分共感できる”21世紀思想”だ!)
こういう方面に興味のある人には必読の書だろう。
訳もこなれているので読みやすい。オススメだ。

308korou:2017/01/03(火) 12:37:27
新年最初のレビュー。昨年末から読んでいた小説。
田中経一「ラストレシピ」(幻冬舎文庫)を読了。

新着図書の棚に並べていたら、内容を訊かれたのに返答できなかったという
ただそれだけの理由で読み始めた小説。
読んでいるうちに、著者があの「料理の鉄人」の担当者だということを知り
読み進めていくと、徐々に物足りなさの理由も分かってきた。
つまり脳裡に浮かぶ映像をノベライズしているだけの文章なのだ。
プロとしてあまりに具体的に映像が浮かぶがゆえに
それを補う文章までは思い至れないという職業上の性を感じる。
ただし映像が見事に浮かんでくるという意味では達意の文章とも言える。
そこさえ了解すれば、非常に面白い題材で
荒唐無稽なストーリー展開もあまり気にならなくなる。
取り上げた時代、題材、人物、どれもエンターテインメントとして適切だと思った。

今秋、映画化されるということで(嵐の二宮クンなんで話題性十分)
これも楽しみである。
映像化されるべき小説というのも妙な具合だが。

309korou:2017/01/04(水) 17:20:17
宮下奈都「静かな雨」(文藝春秋)を読了。

宮下さんのデビュー作が、「羊と鋼の森」の大ヒットで再び脚光を浴び
今回装丁も新たに再刊行されたのだと思われる(詳しくは分からないが)
部分的に意図不明な文章が見られ
何よりも「羊」のときと同じ不満、男性の一人称にしては優し過ぎる感性が残念ではあるけれども
やはり奈都さんの文章は繊細で情緒に溢れ、何よりも美しい。
この短い小説(13行で100ページ)のなかに
どれだけ深く沈潜した感情に満ちた情景が出てきたことだろうか。
確かで実在することは間違いなく
でも現実には、そこまで純粋に抽出されることのない深くて美しい世界を
奈都さんの筆致は鮮やかに描き出している。
デビュー作から奈都さんは奈都さんだった。
素晴らしい。

前向きで、でも上っ面ではない心の持ち主。
短い小説だけど、そんな惹きつけられる主人公に出会える。
読んで良かったと思う。
それは、いつもの奈都さんの小説を読み終わって思うこと。

310korou:2017/01/08(日) 11:17:10
今村夏子「あひる」(書肆侃侃房)を読了。

短編3編が収められた短編集で、
表題作は第155回芥川賞候補作として評価の高い作品。
実に短い。
「あひる」が50ページほど、残りの2編は30ページほどで
しかも活字がまばらで、会話も多い、
あっという間に読めてしまい、なおかつ表現が薄くて味気ない部分は皆無なので
ヘンな言い方をすれば、実にお得な感じで読み切れてしまう。

とはいえ、全体としては児童文学の匂いがするせいか
通常の小説と違って、力点の置き方に違和感を覚える。
ストーリーの途中で異様なまでに感動的なシーンが挿入され
本当に心底から感銘を受けたのに
その後の付け足しのような終わり方は一体何?という展開が
どの短編にも見られた。
もう1回読んだら分かるのかもしれない。
でも、現代の小説読者にはそんな時間はない。
永遠に不可解なままだ。

オススメする人を選べば、その謎を解いてくれるかもしれない。
そして、オススメする人さえ選べれば
これは間違いなく「文学」そのものとして自信を持って推薦できる。
それだけのクオリティは持っている。
でも自分自身のことでいえば
半分はカッコ書きのまま理解できていないような気がする。

311korou:2017/01/09(月) 17:17:29
遠藤周作「沈黙」(新潮文庫)を読了。

何回も挑戦しては、読めそうで読めなかった小説。
今回、スコセージ監督による映画化という機会をとらえて
まずまず目の調子も良いこのときに一気に読んでみようと思い再挑戦。
そして、今読み終えた。
思ったとおりの傑作だった。
感想をぐだぐだと書くまでもないのだが
読後のイメージだけは、今しか書けないので残しておこう。

非常に重かった。
高校生には薦めにくい味だ。
書かれた時代である江戸時代の雰囲気とか
そもそも昭和に書かれた小説という独特の味とか
宗教にまつわる深いモノローグ、心情を象徴する風景描写とか
どれをとっても、最近の小説には無い味を持っている。
懐かしくもあり、一面では、もはやそういう重たさを敬遠気味な自分を感じるが
もっと早く読んでいれば(20代の時。この文庫が刊行されて数年以内)
全然別な感想になっていただろう。

とはいえ、時の変遷を経て評価が上下する類の駄作ではないことは断言できる。
読まれるべき小説の一つであり、間違いなく日本近代文学における古典といってよいだろう。
現代人がもつべき教養の一つだけど
今の若い人に見られる「教養無視」の風潮からいえば
今回の映画化は実にありがたいとも思ったりした。

312korou:2017/01/22(日) 15:34:54
佐藤優「現代の地政学」(晶文社)を読了。

地政学なんて耳慣れぬ言葉に半信半疑で読み始めると
意外と面白いので、そのまま読み進み
ついに読破してしまった。
ただし、魅力も桁外れだが、欠陥も多い本である。

まず、地政学について導入部程度のボリュームなのに
いきなり中途半端な原典の引用を、しつこいくらい続けるので
そこの部分だけ、まるで古文を引用されたかのごとく極めて読みにくいのがダメな点である。
ここは、著者が自身の言葉でそのまま噛み砕いて説明してくれるほうが
有難かった。

さらに、話があっちこっちに飛んで
その大半で話の結末がいい加減に終わっているのもマイナス点。
結局、その論理でいくと、こうなるのが結論という流れがほとんど見られず
論理を追って読んでいった場合、非常に疲れる構成になっている。

しかし、それらのかなり致命的な欠陥にもかかわらず
これほどスリルに富んだ、かつ知的好奇心を満たしてくれる本はなかった。
ロシア発の発想に詳しく、宗教に詳しく、軍事にも詳しく
そういった自身の特性を最大限生かした叙述が随所に見られ
この本でしか知りようのない情報、世界の見方というものに溢れている。
少々の欠陥なら目をつぶっていいいと思わせるほどである。

結局、マニアックな読者しかつかないかもしれないけど
こうした独自の発想、情報を、また別の人がまとめあげるというのもアリだろう。
多彩な世界観こそ、情報過多社会を生き残る道ではないかと思うから。

313korou:2017/01/24(火) 09:30:35
似鳥昭雄「運は創るもの」(日本経済新聞出版社)を読了。

すでに一昨年4月の新聞連載時(「私の履歴書」)にあらかた読んでいたが
その4か月後に発刊された単行本を昨年10月に仕事で購入していたので
あらためて読んでみた次第。
普通、既読のものでこういう類のものを再読することはないのだが
表紙に「新聞連載を2.5倍に加筆」とあることや
活字がデカいので冬場の読書でも大丈夫という理由で再読した次第。

さすがに初読時の衝撃は薄れてしまったものの
相変わらず自由自在の書きっぷりでユニークなことは間違いない。
成功した実業家が仕事のことを書くと
そうでなくても無敵なのに
この人の場合、ますます無敵感が強まって
まさに言いたい放題、したい放題の感がある。

今回再読してみて、意外なほど他の実業家との関わりが少ないことを実感。
ゆえに、本人のユニークさに話の範囲が収まり
その点で、やはり異端の「履歴書」であると言わざるを得ないだろう。

マニアな人向けのオススメ本、まあ一般社会人なら面白がれる本ではあるけれど。

314korou:2017/01/26(木) 15:34:33
西澤保彦「七回死んだ男」(講談社文庫)を読了。

何がきっかけで読み始めたかはもう覚えていないが
その”きっかけ”に感謝しなくてはいけないだろう。
もう20年以上も前の推理小説で
それなりに評判はいいものの
作者自体、今現在、ティーン世代に知名度があるかといえば
ゼロに等しいわけで
仕事柄、わざわざ読む必然性はなかった。
しかし、読んでみて、これほど面白いミステリーには
なかなかお目にかかれないと思った。
SF仕立ての設定でこれほどのクオリティのあるミステリーが可能だとは
思いもよらなかった。

人によっては、こういう仕掛けを嫌うこともあるだろう。
全然評価しない人だって、アマゾン書評では多数居る。
そして、独特の軽薄とまではいかないまでも、不自然に軽いタッチの文体に
抵抗感を覚えてオシマイ、という人も多いようだ。

人を選ぶ名作であるのは残念だが
分かる人には分かる大傑作だと思う。
少々のキズは、全体から感じられる「抜群の面白さ」のせいで
分かる人にとっては何でもないことに思えるわけだ。
というわけで、大傑作との意見に自分も一票。

315korou:2017/01/26(木) 15:38:00
それから、猫マンガの「ぽんた」シリーズも読破した(第2巻刊行直後で
一気に第2巻を読み、昨日第1巻も読んだ)
マンガは年間カウント冊数に含めないけれども
シリーズとして「1」をカウントしてもよいクオリティだったので
とりあえず書名を記す(第1巻の書名)。

鴻池剛「鴻池剛と猫のぽんたニャアアアン!」(KADOKAWA)

316korou:2017/02/02(木) 14:44:16
石川一郎「2020年の大学入試問題」(講談社現代新書)を読了。

ここ数年で最も脳が活性化した読書になった。
アマゾン書評では散々な言われようだが
それは当事者でない一般教養人としての批判であり
当事者の端くれの自分としては
書かれている言葉、文章に意味不明なところは
基本的には皆無だった。
たしかに部外者には分かりにくいのかもしれないが。

その上で、この本の優れている点を挙げれば
一連の改革を提唱する文科省の方針について
一体何を目指しているのかという最も根本的な部分について
その当の文科省にレクチャした当事者ではないのかと思われるほど
納得のいく説明が施されている点である。
アクティブ・ラーニング(AL)について、基本的な考え方とか具体的な手法を示した本は
多数出始めているが
そもそもALそのものが目的ではないので
ALという授業手法で何を目指しているのかということを知ることこそ
より重要なのである。
その点が、この本では
そもそもの「学力」の概念、その学力を段階別に「評価のコード」を明確に提示したうえで
ALの必然性を導きだし
さらにALで身につけるべき能力を具体的に提示しているので
目的、手法、ゴールという各要素について、一貫して、かつ明白なイメージで理解できる。
AL以外にも生かせる理論だが、ALにしても、どこでつまずいても立ち戻れる確固たる立ち位置が確保できそうだ。

新時代の教育のイメージがふくらむ本である。
いわゆる評論家の適当な論でなく、今これから実施される現実の計画としてのそれとして。

317korou:2017/02/03(金) 16:07:54
石川一郎「2020年からの教師問題」(ベスト新書<KKベストセラーズ>)を読了。

同著者の「2020年からの大学入試問題」の姉妹編のような本である。
書いてある内容も大差なく、一応「教師問題」と銘打っているので
教師のことについて少しだけ新しいことが書いてあるという程度である。

全体にボリュームが薄いこともあり
前著のような、大きな仕組みの説明を圧倒的な勢いで書きまくるといった美点は薄れている。
ある意味、この著作は「教師」以外は読むメリットに乏しく
前著を精読するほうが意味があるだろう。

相変わらず、論の根拠、予想される反論への対処などに配慮が乏しく
そういうキメの細かい読み方をした場合、前著同様評価は低いものになる。
しかし、ここは著者の博覧強記を素直に受け止めて
大きな方向性に共感する読み方でいいのではないかと思っている。

あらためて前著の正当性を感じて、前著の精読の必要性も感じた
そんな読書だった。

318korou:2017/02/06(月) 16:38:23
田中圭一「うつヌケ」(KADOKAWA)を読了。

コミックなので、本来ここでは読了本とはしないのだが
内容が面白いので少しだけ。

うつ病から回復した人を中心に
その回復の実際の様子を取材、描写しているコミック。
取り上げた人のなかには、大槻ケンジとか内田樹とかの著名人も多く
ある意味、有名人の深層心理描写のような趣きすらあったのが新鮮だった。
書いてある内容はシンプルで分かりやすい(分かりやす過ぎるくらい)。

うつ病は、21世紀になって広く社会的に認知されてきた心の病気なので
こういう本も現代人の必読書の一つではないかと思えてきた。
ただ、自分に関しては、こういう激しい労働ノルマの世界とは縁遠いので
あまり参考にならなかったのも事実。
他人理解のツールとして有効?

319korou:2017/02/06(月) 22:20:23
中西敦士「10分後にうんこが出ます」(新潮社)を読了。

タイトルのインパクトが強くて
読み始めの段階ではそのイメージから抜けきれなかったが
最後のほうの介護施設の話のあたりになると
もはやそんな”邪念”は消え去り
むしろ感動すら覚えてくる不思議な名著である。

現代の起業ストーリーであり
米国も舞台になっていることから
ベンチャービジネス最前線といった趣きもあるのだが
さすがに現実の話となると
いくら米国でも金満紳士が続々出現というわけではないことも分かった。
結構金集めに苦労するのには意外だった。
すでにプレゼン段階で好感触を得ているというのに。

さらに、著者の周辺の凄い人たちの奮闘ぶりも興味深かった。
ラクして大事業はできないことを思い知る。
公務員の端くれには到底できない覚悟と実行力だ。

そして、最後の感動。
日夜そんな業務に向き合う方(特に深夜の勤務の方)には
本当に感謝以外の何物もない。
そういう場所で有益な道具となれば最高だろう。
その意味で、読後感は妙に昂揚感あふれるものになった。
なかなかお目にかかれない類の好著だった。

320korou:2017/02/15(水) 14:32:29
秋吉理香子「サイレンス」(文藝春秋)を読了。

完全に秋吉作品ファンとなった自分なので
もはや、この本を客観的に語ることができないように感じる。
とにかく面白い。一気読みできる。作品に感情移入できる。日常を忘れ去ることができる。
これ以上、何を望む?

丁寧な描写には一層磨きがかかり
不自然な人間心理の動きなど微塵もない。
選んだテーマ、プロットが適切なので
少々ストーリーの先読みができても退屈しない。
いや、むしろ意図的に先読みさせて、読者の想像力を煽り
ホラーな要素を高めているようにも思える。
ディープなイヤミス・ファンには物足りないかもしれないが
これ以上その要素を増やしたら、話が不自然になってしまう。
この「塩梅」でちょうどよいと思う。

もはや好調時の湊かなえのレベルを抜いているようにも思える。
これだけのものを数作ものにできるなら
近年で最も注目すべき作家だと断言してもいいだろう。

321korou:2017/02/18(土) 23:10:26
磯田道史「徳川がつくった先進国日本」(文春文庫)を読了。
文庫本で大きな活字で150p程度の歴史エッセーなので
あっという間に読むことができた。
短いながらも磯田史学のエッセンスが詰まった佳品で
読んで良かったという実感が湧いてくる。

江戸時代をこれほど見通しよくまとめた本も珍しい。
そして、その見通しが、21世紀の現代にまで生きてくるというのも
読んでいて嬉しい驚きを覚える。
大きな歴史の流れの中に自分たちの時代が存在しているという
歴史を学ぶ最も根幹的な意義が感じられるのは
本当に素晴らしいことであり、これこそ読書の醍醐味である。
著者にも感謝したいし、もちろん、江戸時代の人々にも畏敬を覚えてくる。

案外、最近読んだ本のなかでも最上の部類になるのではないかと思い始めている。
短いし、内容もシンプルだが、もちろん、それは本の価値を限定するものではないだろう。
誰にでも読めるというのも大事なことで
その意味で、安心して万人にオススメできる。
大きな歴史の流れのなかに居る自分を、特に若い人たちに認識してほしい、そんな思いを
新たに強く思わせる本である。

322korou:2017/02/21(火) 12:48:37
近藤ようこ(漫画)・夏目漱石(原作)「夢十夜」(岩波書店)を読了。

漱石の名作を漫画で描いた話題作。
たしかに、絵の雰囲気はイマジネーション豊かで
全く原作を損ねていないように思える。

ついでに漱石の原作もいくつか読んでみた。
同時並行で、漫画と文章を続けて読んでもみた。
自分の考える「映像」と、漫画で表されている「映像」の相違を確かめる作業は
なかなか面白かった。
どうしても映像にならない部分があって
それが漫画でキッチリ描かれてあると
それだけで感動できたりする。
不思議な感覚である。
決して漫画が正解ではないはずなのだが。

原作そのものも、今読んでも不思議な感覚満載だ。
漱石の近代人としての自我を読み取ることはできないが
近代人として以外の漱石が無意識に表出しているようにも思え
興味深い。
とにかく、いろいろなことを感じさせてくれる読書だった。

323korou:2017/02/23(木) 14:15:36
山口敬之「総理」(幻冬舎)を読了。

アマゾンで絶賛の政治本だったので
やや眉唾ものかもと思いつつ読み進める。
次第に、これは権力の懐に飛び込むタイプのジャーナリストだと分かるが
その飛び込み方が半端でないので驚きすら覚える。

かつて、戸川猪佐武が、田中派に食い込んで
政界裏話を説得力ある文章で残したものだが
それ以来の生々しさである。
常に安部晋三と麻生太郎の傍に食い込み
何が凄いのかというと
その取材がほぼ一対一の関係なのだということ。
山口氏がこういう本を残さなかったら
真相を知るよしはない事実がてんこもりである。
そして、それが、政界に復帰する契機であったり
消費税10%見送りという重要な局面なのだから
これは驚かざるを得ない。
逆に言えば、首相というのは孤独なのだ、という事実を
再認識させられる叙述である。

安倍礼賛本は数多くあるが
この本は、そのなかでも最も冷静で説得力を持つものだろう。
安倍政治の批判者も
この本は読んでおいてほしい、そういう思いにさせられる本だった。

324korou:2017/03/10(金) 14:45:40
金成隆一「ルポ トランプ王国」(岩波新書)を読了。

朝日新聞特派員によるルポを岩波書店が刊行するという成り立ちで
それ自体、今の左派勢力の構図を見るようで興味深い。
そして、題材はゴリゴリの右派ともいえるドナルド・トランプだ。

トランプの米大統領選での勝利は
多くのマスコミ、知識人にとって不可解な結果であり
いろいろな文脈から分析が試みられているが
この本は、その中でも最も正統派のアプローチで迫った本である。
つまり、理由はシンプル、アメリカ国民のかなりの層がトランプを支持したから。
そういう明快な分析を、多くの証言で立証していった本だ。

何よりも、記者としてのフットワークの良さと
先入観にとらわれない自由な精神が心地よい。
岩波新書らしからぬ平易で読みやすい文章が最大の美点だろう。

取材対象を適切に選んだ結果
この本は優れた現代アメリカ社会ルポとなった。
堤未果さんの著作と並ぶ良書であることは間違いない。

325korou:2017/03/11(土) 22:29:36
山口敬之「暗闘」(幻冬舎)を読了。

前著「総理」に続く安倍政治内幕物の第2弾。
安倍と親しい立場を生かした
核心に触れた解説が読みどころだったのは前著と同じ印象。

ただし、今回は、前著ではあまり感じられなかった
”都合のいい解釈”による安倍外交への賛辞が目立った。

前著は、親しい仲の安倍が見せた表情まで描写された
優れた政界内幕物だったのに対し
今回は、安倍側近から仕入れた情報しか入手できなかったのだろうか
情報源に配慮した、極端に言えば「ヨイショ本」のような記述が
特に後半に集中して見られた。
そのため、読後の印象は
前著とは段違いで、やたら”裏切れらた感”が強いのである。

安倍外交の優れた点は実によく分かる。
しかし、マズい点もあるわけだから、そこも書き切らなければ
ジャーナリストの仕事としてはお粗末である。
前著ではそういうところは目立たなかったが
今回は、前著に書かれた時期と違って
政権内部に入り込めなかった分、切れ味が悪くなっているのだろう。

ただし、それでも十分面白く読めるし、詳しさも他の類書と比べて群を抜く。
今読むならば、十分に価値のある本であることも間違いない。

326korou:2017/03/14(火) 08:37:51
村上春樹「騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編」(新潮社)を読了。

今、書名を記して思ったのが
「イデア編」という表記の違和感。
これは「イデア篇」とすべきでは。
ハルキさんの感覚は、私とはだいぶ違うようだ。

それはともかく、まだ第1部だけの読了で
作品の半分だけだから
この小説全体の評価は保留するほかない。
半分読んだ感想で言えば
随分と内面的な、感情の奥深く入りこんだ小説だなという印象。
良く言えば「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を継承する
ハルキ文学の総決算のように思えるし
ネガティブな側面を捉えれば
ドラマ不足の単なるモノローグの連続に過ぎない失敗作にも思える。

しかし、相変わらず、あの魅力的な文体は健在だった。
どこを切っても、どこを取り出しても
”村上春樹”にあふれている。
もともと、あの独自の文体を堪能することに大きな意味のあるのだから
これはこれでもう傑作と言ってよい。

さて、後半に突入。どうなるかな?

327korou:2017/03/20(月) 21:27:10
村上春樹「騎士団長殺し 第2部 遷ろうメタファー編」(新潮社)を読了。

ついに読み切ったという感がどうしても出てしまう今話題のハルキさん新作。
いろいろなことを思い、感じ、考え、思索してしまう。
言葉がまとまらず、ついついアマゾンの書評を斜め読み・・・想像以上に
酷評が多いので驚くが、南京大虐殺と東日本大震災に関する浅薄なコメントのせいと分かり
それらを除外していろいろと読んでみると、なかなか面白い。

今までの作品の焼き直しで、あまりに既視感ばかりで衰えを感じる、という意見が多い。
しかし、そのデジャブを、今の時点におけるハルキ氏の決意表明と受け取る感性の方が
少数ながら居られて、さすがだと思った。
誰もが読める作品ではないのである。
そういう本当の読み手のための、間口の狭い小説、でも深みを増した小説ということ。

もともと独特の文体で、日常と切り離された感性で読み取っていくしかない狭い小説世界が
自己回帰でますます狭まったように思われるのが誤解の元だろう。
もちろん、最終章のゴタゴタした信仰心の発露とか、もっと描いても良かった邪悪な自己とか
方向は間違っていないのに、小説として完璧でない部分は残っている(それらはますます誤解を生む元になる)
しかし、基本的な方向を読み取れないのに、この小説を語ってはいけない。
この方向と「1Q84」の方向と、21世紀のハルキ文学の両面が示されたのだが
この方向、つまり「騎士団長殺し」の方向には多くの読者が取り残されるだろう(日本では。海外だと違うかも)

328korou:2017/04/30(日) 20:59:55
柳川悠二「永遠のPL学園」(小学館)を読了。

もう本を読了することはないのかと思ったほど
本が読めなくなったこの1か月間。
義務で読み通すことが、ある意味不要となったかもしれないので
それだけの変化で、これほどの結果が出てしまうことに
改めて驚く。
こういうときは野球の本、ということで
たまたま目にしたこの本に飛びつく。

そういう気分で読み始め、読み進め、読了したというせいもあって
何かよく分からない気分のまま、ここに感想を記すことになる。
抜群に優れたノンフィクションでないことだけは確かだ。
一番知りたいことに何も迫っておらず、そこに近づきさえ出来ておらず
好意的な想像だけで、問題を取り扱っている文章だ。
ただ、誰かが書かねばならなかった本質的な高校野球の本であり
そこに普通にアプローチしたらこうなるだろうという必然性は感じられた。
そのなかで、やるべきことはすべてやっているライターとしての良心は感じられた。
強いて言えば、あえてビッグネームへの取材の詳細を隠すことによって
自分の立場を守りつつ書いている印象があって
さらに、選手への愛情をナイーブに書くことによって
本質に迫れなかった不満を隠している感じは否めない。
好著ではあるが、決してノンフィクション大賞に値する作品とは言えないだろう。
これを踏まえて、誰かがPL教団の本質、宗教と野球の関係性を深くえぐってもらいたい。
そんな感想を抱いたノンフィクションだった。

329korou:2017/05/08(月) 12:59:57
岡田麿里「学校へ行けなかった私が「あの花」「ここさけ」を書くまで」(文藝春秋)を斜め読み。

時間の関係で斜め読みしかできなかったが
通し読みで読了してもよかった佳作だった。
不登校の体験を綿密に率直に書き綴った前半部分からして
出色の出来栄えだし
そこからいきなり魑魅魍魎が跋扈する映画業界、アニメ業界に飛び出していくという
大胆というよりも無謀さのほうが勝る体験談の後半部分は
本人は意図していないはずだが
かなりの冒険譚として読ませる内容に仕上がっている。

学校図書館でよく訊かれる「不登校気味の生徒に読ませるいい本はないか」という問い合わせに
まさにピッタリの本。
それ以外の人たちにはどう響くのか?見当もつかないのだが
悪くはないはず。
オススメ本としても成立するはずだ。
それだけのクオリティは感じた。

330korou:2017/05/09(火) 08:16:48
志駕晃「スマホを落としただけなのに」(宝島社文庫)を読了。

出だしの「何気なさ、日常」から
一気に「呆然とするほかない危機的状況」に陥るまでの流れが絶妙すぎて
少々流れの悪い箇所もあったものの
ほとんどそれも気にならないまま
一気読み必至となった。
こういうタイプの小説は
今までにもっとあってもおかしくなかった。
それを新人賞公募という場で見事に仕留めたのだから
素晴らしいの一言に尽きる。

この小説を読んだ誰もが
スマホ・PCのセキュリティについて
もっと気をつけねば、と思ったに違いない。
殺人鬼がその甘さに付け込んで犯罪を犯すというケースは
レアに違いないが
そこまでの悪党でなくても
これだけの技を知ってしまえば
出来心で何かしでかしそうだ。
そして、それだけの技は
ネット上に普通に転がっているのだから
まさに日常ホラーの極地だろう。
凄い設定の小説の登場だ。
登場人物の感情描写も無難にまとめてあり
これだけのものがいくつか書ければ
プロの作家として十分だろう。

331korou:2017/05/21(日) 21:38:12
又吉直樹「劇場」(新潮社)を読了。

話題の作家の第2作。
今度は前作と同じようなテイストに
恋愛の要素が加わったということで
そういう期待も込めて読み始める・・そして見事にハマった。
この小説のヒロイン、沙希は
男性が妄想の世界で思い浮かべる理想の彼女像の一つである。
ただし、それは多くの男性の脳裡に止まった秘密の存在であり
ここまで堂々と本格的な小説のなかで登場することはなかった。
あくまでも男性の主人公が生々しく生きているさまがリアルに描かれていることが
前提にあって
その意味で、同じように現実味のない男女を描く「セカイ系」の小説とは
一線を画しているわけだ。
男性は凄くリアルで造型できているのに
女性はその男性の都合のいいように描かれるというアンバランス。

多くの男性の読者は
この小説を読むと、心地よく酔いしれることになる。
女性は二分され、沙希のような人生を歩まざるを得なかった女性は
この小説で救われ
そのような人生を憎む先鋭的な女性は
沙希があまりにも人形のように感じられ
好ましく思わないだろう。
作家がそのまま自分の好みを書き切り
それがそのまま作品として世に問われるという稀有の例かもしれない。
でも、そこに又吉直樹という作家の存在理由があるのだろう。
単に芸人が小説を書いたという話ではないのだ。
読まれるべき恋愛小説、いや男性のダメさを描いた又吉版「人間失格」だ。
最後のシーンで泣ける人こそ、この小説の最良の読者だろう(私は心から泣いてしまった!)

332korou:2017/05/23(火) 10:47:55
ハービー・ローゼンフェルド「カル・リプケン物語」(ベースボール・マガジン社)を読了。

朝の出勤前の愉しみとして、ちょっとずつ読み進めていた本。
大した本ではない。単なる大選手賛美本である。
リプケンを無条件に賛美しているようで、実は何も明らかにしていない三流MLB本である。
もし役に立つことがあるとすれば
たとえば、リプケンのマイナー時代のライバルは誰だったかというような時代背景、
あるいはボンズ父がリプケンを批判した件とか
リプケンがホーム上で激突したもののケガは奇跡的になくて
相手のレッドソックスの捕手は大ケガになったのだが
その捕手がボブ・メルヴィンだったことなどの
トリヴィアを知ることくらいか。

リプケンの伝記がこれで終わりというのでは悲しいわけで
もっと踏み込んだ伝記が書かれるべきである。
やはり、オジー・スミス、ロビン・ヨーント、トニー・フェルナンデスなどとの比較は
もっと公正に為されなければならない。
そして連続出場の件も、もっと緻密に検証されなければならない。
どんな細かく検証しても、あらゆる角度から見直しても
リプケンが偉大な選手であることに疑問符が打たれることにはならないことはハッキリしているのだから。
ただ、現状のままでは、不要な誤解を生むだけである。
この伝記も、そういう現状に100%もたれかかっていて
その勢いに拍車をかけているようなものである。
だから、この本についてはとてもオススメではできない。
この本をオススメできるのは
真のMLB好きで、かつ真の読書好きの人だけに限られる。

333korou:2017/06/04(日) 21:41:31
中島さおり「哲学する子どもたち」(河出書房新社)を読了。

書名からは連想しにくいが
これはフランスの教育事情の本である。
著者は、前々作のエッセイで賞をもらっていて、それなりに著名なので
こういう題名でもOKになったのかもしれないが
やはり、この書名でこの内容はいただけない。

まあ、それは著者の意図を超えた話で
本そのものの評価としては
予想以上に面白く読め、かつ参考になり、考えさせられることも多かった。
あまりこの種の本に出会っていないということも大きいだろう。
フランスの教育事情について何も知らないに等しいわけで
それはひいては、現代の改革途上にある日本の教育事情を考えることでもあった。

そして、それはまさに「哲学する(フランスの)子どもたち」への驚きにつながり
書名を考えた人の意図は分からないでもないのだ。
これこそ、日本の教育に最も足りていない部分であり
もちろん、教育の話にとどまらず社会全体にいえる話なのである。

そういう風に広げて読み解くことも可能な本であるが
特に深く考えることもなしにそのまま読んでも面白い本であることが
この本の長所だろう。
まとめると難しいが、まとめなくても読者の心のなかで理解ができれば
それはそれで有用な本であり、楽しい読書になる。
いい本であることは間違いない。

334korou:2017/06/07(水) 08:35:05
天沢夏月「時をめぐる少女」(メディアワークス文庫)を一気に読了。

まだ、こういうライトな小説を一気読みする読書力が
自分に残っていたこと自体に驚く。
本当に一気読みだった。
昨日の昼から読み始め、夜10時台には読了。
爽やかな読書になった。

題名は筒井康隆のあの名作へのオマージュのようだが
内容は全くもって似て非なるもので
タイムリープの設定はあるものの
これほど、その設定を「手段」として展開した小説には
今までお目にかかったことがなかった。
あくまでも「ジュブナイル小説」であり
見かけほど、SF、ファンタジーの類ではないのだ。

そのジュブナイルも、絵に描いたように瑞々しく
かつ文章は平明でわかりやすく、ストレートで心地よい。
家族、友情、恋愛といった小説の王道が
見事なまでに融合して示され
切羽詰まった迫力、スリルこそ皆無だが
実際の現実はこのようなものではないかという説得力はある。

スリル、サスペンス、驚愕の事件さえ求めなければ
ベストなライト小説だろう。
とにかく読みやすいので(しかもきちんとした内容なので)断然オススメだ。

335korou:2017/06/11(日) 12:22:06
田口壮「プロ野球・二軍の謎」(幻冬舎新書)を読了。

日記職人タグチの著作とあって
期待大で読み始めるが・・・読了後の感想を言えば
クドいなあ、という感じで、独特の面白さも効果半減の印象、勿体ない。

予想された通りの内容が
何度も何度も繰り返し書かれていて
それは、恐らく編集部門からの注文だったのだろうけど
あまりに真面目にそれに対応した結果
編集者も、その内容を知りつつも引っ込みがつかなくなったのでは
という想像も可能だ。
だとすれば、あまりに残念。
もっと幅広く、エピソード中心の著作にすれば良かったのにと思う。
それだけでも面白く書ける人なのだから。

唯一の収穫は、オリックス球団のことに
少しだけ関心が湧いてきたことかな。
魅力の薄い、ある意味、プロ野球ファンの夢を壊した経緯のある球団だから
ずっと関心が持てずにいたのだが
さすがに、あれから10年以上経って
その記憶も薄らいてきて、関係する人たちも「無関係」の人ばかりになってきて
そろそろと思ってきたところだからタイミングとしては良かったと思う。
でもマニアックなメリットだからなあ、失敗作の印象は否めないところ。

336korou:2017/06/29(木) 15:43:21
脇明子「読む力は生きる力」(岩波書店)を読了。

前から気になっていた本ではあったが
今回、いろいろなきっかけを得て、やっと読み通すことができた。
期待通りのクオリティで
残り少ない読書奨励のこの仕事に有象無象の力になる予感はする。

足りないものは
ネット時代への考察、スマホという怪物、映像メディアの可能性
くらいか。
しかし、言われていることの大半は頷ける、
読書を量ではなく質で測る「ものさし」が
真摯な思考のなかで提示されている。

足りないものは自分で補っていこう。
指針は十分示されているのだから。

337korou:2017/07/04(火) 22:36:55
佐藤正午「月の満ち欠け」(岩波書店)を読了。

まず読了直後に感想を書いておきたい。
僕は司書でなければこの本を読むことはなかった。
佐藤正午という人自体、その名前しか知らなかった。
もっと言えば、司書の仕事をしていなければ
佐藤正午という名前すら知っていたかどうかも疑わしい。

それなのに、ちょっと形容しがたいほどの感銘を受けた。
こんなに視力が弱っているのに、それなのに
無理をして、無理をして、無理を重ねて
一気読みしてしまった。
先週末にその魅力に取りつかれ
気がつけば生徒向けの広報にも
この本をオススメしているのだ。
ついさっき知ったも同然なのに。

司書生活最終盤で、またまたこのような劇的な出会いがあるとは。
僕の人生も捨てたものでない。
まだ生きる価値はあるようだ。

本の内容について語る余地はあるだろう。
今はアマゾンの書評の内容の深さに驚くばかりだ。
これもこの本のもたらす奇跡かも。
まだまだ日本の読書人も捨てたものでない。
続きは次回。

338korou:2017/07/07(金) 11:48:40
佐藤正午氏について
その文体、構成に衝撃を受けたので
蔵書(仕事場)の中からいくつかピックアップして
他作品ではどんなものなのか確認してみた。

短編では、もちろん個性は感じられるものの
構成の妙味を発揮するまでには至らないごく短い作品をチェックしたせいで
そのアンソロジーのなかでは
他の作家を圧倒する魅力までは感じられなかった。

評論風エッセーでは
評論として読んでしまったので物足りなく思えたが
これは読者である自分のミス。

エッセー「豚を盗む」は
エッセーとして読んだので、これが一番しっくりきた。
短くても構成の妙が感じられ、文体も面白い。

そんなことをしていたら
岩波の小冊子「岩波」で
思いがけず佐藤正午の本の紹介をしている文章に出会った。
まあ岩波の本なので当たり前だが
思いがけないタイミングで読んだので、ちょっと驚いた。

そして、今、県立から支援システムで
「鳩の撃退法」を搬送便で依頼した。
当分、佐藤正午ブームになりそうな気配(マイブーム!)

339korou:2017/07/22(土) 21:36:53
松永多佳倫「沖縄を変えた男 栽弘義」(集英社文庫)を読了。

なかなか印象に残る読後感だ。
1つは、その題材の特殊さのせいであり
これほど沖縄の野球にのめり込んだノンフィクションというのも
なかなかお目にかかれないレベルだ。
なにしろ、いくらか出自に影響を受けているとはいえ
この作品の執筆が動機となって沖縄永住を決めているのだから
そののめり込みの度合はハンパでない。
過剰な思い入れも、こういう特殊な世界の描写には
ある意味欠かせない資質だろう。
ひとつひとつの事実指摘が的確で揺るぎない。

しかし、その逆に、思い入れが強すぎて
取材対象との距離感を保つことに失敗している。
のみならず、取材を通して吐露された執筆者自身の世界観が
慎重なチェックを経ずにナマに展開され
読んでいて嫌悪感すら覚えたのも事実である。
最後のほうは、体罰賛美はもちろん
必要であれば暴力賛美も辞さないという
強い自己主張の文章が延々と続き
もう飛ばし読みするしかなかった。
21世紀でそんなことを無反省に書き連ねて恥ずかしくないのだろうか。
もしそう主張したいなら、もっと慎重に考察を進めるべきだろう。
このヒドい読後感は、最近にない強烈さだった。
題材はこんなに素晴らしいのに。
結局、栽弘義という人について
本当の姿は何一つとして分からなかったというのが
正直な感想である。

340korou:2017/07/27(木) 15:36:31
羽生善治(&NHK取材班)「人工知能の核心」(NHK出版新書)を読了。

出だしから読みやすく、テーマも興味深かったのだが
今まで読む機会がなくて、やっと読了できた。
予想通り優れた本だった。
発見が多くて知的刺激に満ちていた。

まず、データを読み込ませてプログラム通りの動きをさせるだけのイメージだった
いわゆるITだったものが
データの取捨選択といった判断もプログラムして、高速で全部把握できるという長所を生かすことにより
その過程こそブラックボックス化してしまうというデメリットこそ出てきたものの
プログラムのレベルの深化が可能になったとというのが
想像もしなかった最新の事実だった(まさにITがIEとなった)。
写真のなかのわずかな点を見て異常を感知するというビッグデータの活用などは
単なる量的なイメージから、質的なイメージの面でもビッグデータとなり得ることも
大きな発見だったし
そういう方向で現代のスーパーコンピュータを駆使すれば
人間の知性では発見できなかったものが発見されるようになったり
全然違う方向からのアプローチさせ示唆されるようになるのではないかと思われた。

確かに、最後の最後に、IEの出した「事実」「評価」に
人間の「評価」を加えることにより
一連のプログラムはやっと終了するという流れは必要だろう。
そこに無頓着な研究者は居ないだろうけど
素人目にそこが一番危険なポイントであるように思えるのは当然か。

「知能」を開発していく以上、「知能」の定義も揺れてしまうのは仕方ないこと。
人間は、まずそこを意識しておかないといけないだろう。
そんな基本的なことに思いが至るのも
この本の優れた点である。


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