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おもらし千夜一夜4

1名無しさんのおもらし:2014/03/10(月) 00:57:23
前スレ
おもらし千夜一夜3
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580追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。7:2018/03/18(日) 23:57:35
「はい、先にどうぞー」
「ごめーん」『やばい、早くっ! でちゃう!』
「先にしないともらしちゃうもんねー」『もう、本当かわいいなー』

――っ!。

不意に聞こえる主張の大きい『声』。それと……我慢してる生徒を見て興奮を含んだ『声』。
前者は本当にギリギリの『声』だった。

私は階段を下りる。
視線を昇降口の方へ向けると、廊下に2人ほど並んでいる。
どうやら、これが我慢できず2階のお手洗いへ向かったらしい。

……。

今度は視線を上に向ける。
さっきの『声』のためか、鼓動が早くなってる……。
あんな目で見られるなんて想像もしたくない。

私は深呼吸をして視線を下ろす。
結局上の個室へ入っていたとしても、音を聞かれたり出るところを見られてたりしたわけだから
選択を間違ったとは思わない……だけど――

――どうしよう、どこのお手洗い……。

2階のお手洗いは個室の数が少なく2つ。
3人向かっていったから完全に使用者が居なくなるまで4〜5分後くらい。

「わ、昇降口のも混んでるよ……上いく?」
「そだね、上いこっか?」

階段を上がっていく二人……。これで上は個室2つに5人……5〜6分の順番待ちくらい。
休み時間の10分は既に2〜3分ほど消費されている。
上の階のお手洗いを使うという選択は難しくなった。

――……た、体育館の……1年はこの時間と次の時間体育ないけど……。

他の学年までは把握しきれていない。
だけど、私のクラスは4時限目が体育だが、全生徒共有である更衣室に上級生が残っていたことは今まで一度もない。
つまり次の時間に体育があるクラスは存在しないことになる。
更衣室での着替えの問題上、体育の授業は5分ほど早く終わるからさっきまで体育の授業があったとしても
既にお手洗いを終えて更衣室の中、もしくは着替え終えているということになる。

――うん……よし、体育館にしよう。2階はまた人が行くこともあるかもだし……それに――

あの『声』は嫌い……。
私は昇降口とは反対側へ歩みを進め体育館へ向かう。

――また私、変な行動してる……さっきはこの上を反対方向へ歩いてたのに……。

入学当初は他のクラスの時間割がわからず、苦労したこともあったが
今は何時、どこのお手洗いが利用者の少ない場所かある程度見当が付く。
だからこそ、今回のようなことは稀で――だけど、今回も大丈夫……間に合う。

廊下を進み体育館へはもう少し。
此処の階段の横を過ぎれば――

581追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。8:2018/03/18(日) 23:58:15
「わっ!」

――っ!

突然、身体に軽い衝撃を感じて私はよろめく。
それと同時に聞こえた声と散らばるプリント。

……状況は、とりあえず把握できた。

「あちゃー……って呉葉ちゃんじゃーん!」

状況は理解してはいたが、私に呼びかける声に聞き覚えがあり視線をその声の主へ向ける。

「っ! 黒蜜さん……」

教室棟への渡り廊下から出てきて私とぶつかったのは、同じクラスの黒蜜さんだった。

――でも、どうして、黒蜜さんがプリントを……?

彼女は日直でもないし、提出するようなものは出ていなかったはず。
私は廊下に散らばったプリントに視線を向ける。

「これって、さっきの授業で先生が集めてた……」

それはさっき行われていた授業中に提出した問題プリント。

「そそ、先生集めるだけで置いてっちゃうんだもん」

そう言って黒蜜さんが腰を落としてプリントを集める。

「あ、ごめんなさい、私のせいなのに」

それを見て私も慌てて拾い集める。

「気にしないでよー、私もちょっと考え事してたし、ちょうど出会い頭って感じだったし」

仕方がない、そう続ける黒蜜さん。
早足気味だった私、考え事をしていた相手、ちょうど出会い頭。
注意してれば避けられなかったわけじゃないが、非があるのはお互い様。

ただ、お手洗いに行きたいがためにうろうろと変な行動をしていた私と
日直でもないのに問題プリントを先生に届ける黒蜜さんとでは使命の質に差があり過ぎる気がするけど。

――でも、良かった……通り過ぎてるのを見られてたら体育館へ向かう所見られてたし……。

「これで最後っと、……えっと、私は19枚だからそっちは16枚あればちょうどかな?」

私は枚数を確かめる。
早く数え終え、これを渡し黒蜜さんが職員室へ入って……――そうしたら体育館のお手洗いへ。
休憩時間の残りはもう4分程度で……時間的余裕はあまりない。
まだ、尿意は限界じゃない。
だけど、早くしないといけないという気持ちが焦りになり、一枚ずつ数える手が上手く動かず逆に時間がかかってしまう。

582追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。9:2018/03/18(日) 23:58:51
「13…14……15枚? あ、あれ?」

「足りない?」

私たちは周囲を見渡す。だけど、プリントらしきものが見当たらない。

「んー、数え間違いかな? もう一度数えてみよ?」

そう言うと黒蜜さんはまたプリントを数え始める。
私も慌てて数え直す。

「こっちはやっぱり19枚だった」

「12…13…14………ごめん、16枚でした」

「よかったよかった、んじゃこれ出してくるねー」

黒蜜さんは笑顔で私が集めたプリントを受け取ると、職員室の方へ向かう。
ぶつかった事にも、数え間違ったことにも嫌な顔一つせず……。
頭脳明晰でスポーツ万能、気さくで人気者でコミュ力が振り切れてるような人。
あーちゃんのように眩しいくらいの人だけど……どこか必要以上に利他的な印象を感じる。
私が友達と言える立場にないからかもしれないけど、どこか薄い壁を一枚隔てて接しているみたいで。

あーちゃんなら、数え間違いに冗談っぽく怒った気がする。
あーちゃんはもう少し自分勝手で、無邪気で……それなのに私にとって正義の味方のような人だった。

……。

――そんな事、思い出してる場合じゃないけど……時間的にもう間に合わないか……。

済ませる時間はあるが、教室に戻るには走ってもギリギリくらいな時間。
数え間違いがなければ、1分程度早く黒蜜さんと別れることが出来たと思うから……――済ませられないのはきっと私のせいだ。

――だ、大丈夫かな? 次の授業……まだ我慢できるし、1時間くらいなら……大丈夫…だよね?

小さいとは言えない不安を感じる……。
だけど、私は不安から目を逸らすようにして足を教室棟への渡り廊下へ向ける。
自覚できる程度にはゆっくりとした迷いのある足取り……だけど、悩んでいても時間は戻らない。

教室に戻り、自分の席へ座る。
下腹部に感じる確かな重さ――それは、解消されていなければいけないはずのもの。

でも大丈夫、きっと――絶対我慢できる……。
じっと座っていれば大丈夫、そんな気がする。
決して我慢できない尿意じゃない。水分も朝以降取っていない。

「はぁ、トイレ混んでたー」
「そう見たいだね、昇降口の方も混みだしてるらしいよ」
「次私たち体育でしょ? 体育館のトイレあるし、わざわざそこのトイレ並ばなくてもよくない?」
「そだねー、二階とか論外だしー」

クラスの元気のあるグループからお手洗いに関する話題が聞こえる。
体育館のお手洗い……さっきはあれほどまでに使いたいと思っていた。
だけど次の休み時間、きっとクラスメイトの数人、もしかしたら十数人がそこを利用するかもしれない。
順番が回ってこないということは恐らくない。けれど、それなりに混み合うのは間違いない。

――使えない……使いたくない……けど。

使えないわけじゃない。
使わなければいけないなら、使うしかない。

皆が使うトイレ……私はそこにいる“皆”の内の一人……気にする必要なんてない。

<キーンコーンカーンコーン>

気持ちが憂鬱に沈む中、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

583追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。10:2018/03/18(日) 23:59:26
――
 ――
  ――

  「ぷっ、ちょ、なんで朝見さんの学校生活、トイレの使用がハードモードなの? くっ、ふ、あははっ」

携帯の向こう側で、笑いながら質問してくる。
当時の事を思い出しながら話す中、私が人目を避けてトイレに済ませていることを話してしまったせいで……。

「……切ります」
  「わー、ごめん、――って言うか全然真相までたどり着いてないじゃん、我慢する経緯だけじゃん!」

恥ずかしいのを我慢して、そこから話してほしいと言われた我慢する経緯。
それを“我慢する経緯だけ”って言われ、半ば冗談を交えて切るといった言葉を一瞬本気で考える。
だけど、白鞘さんは当時私のせいでもっと辛い経験をしてしまったわけで……私の話で気が少しでも晴れるのなら話を続けるのが道理。
それに……これは私の身勝手な理由だが、自分自身を許す為でもある。

  「ねぇー話してよー」

「わかったから……お願いだから余計な突込みとか言わないで、は、恥ずかしいから……」

私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ちゃんと話して、許して貰って……ちゃんとケジメを付けないと。

私は再び当時の事を思い浮かべて、言葉を選んで話を続けた。

584追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。11:2018/03/19(月) 00:00:18
――
 ――
  ――

――これ……間に合うよね?

少しずつ我慢が辛くなって来ていたが、なんとか大丈夫だと感じてもいた。
だけど、授業が始まって35分を過ぎてから急激に尿意が膨れ上がって……。

――したい……お手洗いに…おしっこ……したい。

もしかしたら我慢できないかもしれない。
そんな、思いが込み上げる。

――だめだめ……そんなの……――だったら…先生に?

そう、手を上げて言えばいい。
お手洗いに行かせてくださいと言えば何も心配はいらない。

――……そんなこと出来るなら……今、こんな辛いことになってないっ……。

人気のないお手洗いを選ぶ私なんかが、そんな恥ずかしい申告を出来るわけない……だから、ちゃんと我慢するしかない。
そう自分に言い聞かせて腰を小さく揺すり、椅子にその欲求を宥めてもらう。
一番後ろの席とは言え、隣には手を伸ばせば届きそうなところにクラスメイトがいる。
下手な我慢の仕草が出来ない。しちゃいけない。

手で押さえたい。押さえつけたい。
机の上で握る手をもう片方の手で抑え込む。

「っ……」

不意に感じる尿意の波。押さえたい手を必至に机の上に止まらせる。
だけど、波は大きくなり続け、ただ我慢に集中するだけじゃ抑えが効かなくなる。

――っ……だめ、落ち着いてっ、我慢…がまん……うぅ……。

伸ばされていた背筋が前に傾く。力を籠めるために顔が下を向く。
それでも間に合わず、足を不自然に絡ませて小さく震わせる。

――あ……っだめ、我慢して、我慢……こんなの…我慢してるってバレちゃう……お願いだから治まってよっ!

その気持ちが通じたのか波はどうにか引いてくれた。授業の残り時間は6分……。
だけど、もう限界が近い……早く授業を終えて、体育館のお手洗い――っ……待って?

気持ちが先走りしたことにより気が付いた。
体育館のお手洗いに行く前に更衣室で着替える必要がある。
そうじゃないと、私だけ我慢できないから先にお手洗いに行くみたいで……そんなの許容できることじゃない。

――だ、だったら……どうする? 更衣室に行ったとして……普通に着替えられる?

今にもスカートの前を押さえてしまいそうな机の上の手……それに視線を向けながら真剣に考える。
だけどそれは考えるまでもないこと。
今の状態で平静を装い着替えたり出来ない。身体をくねらせながら着替える恥ずかしい姿しか想像できない。

――それなら…やっぱり昇降口かその上の視聴覚室前のお手洗い……でも……。

これまでの休み時間の経験から、走っていかないと結局順番待ちの可能性がある。
お手洗いまで走る……それじゃ駆け込むところを見られたら限界って言ってるようなもの――そんな姿見られるなんて絶対に嫌。
それに廊下を走るのは校則違反、万が一先生に咎められ、足止めを受けたりしたら……。

……。

万が一じゃない。
昇降口のトイレへは一年の教室を4つも超える必要がある。
授業が終わった直後でそのすべての教室から先生が出てくるのは容易に想像が付く。

585追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。12:2018/03/19(月) 00:01:03
――……視聴覚室のお手洗い、さっきの時間通ったルートなら……
いや、結局ダメか少なくとも今此処で授業をしてる先生には走ってるの止められるはず……。

厳しいことでそれなりに有名な先生……引き留められないはずがない。

私は小さくため息を吐いて時計を見る。
もうすぐ授業が終わる、待ちわびていたこと……だけど、どう行動すべきか決まっていない。

私は意味もなく視線を彷徨わせる。
そんなことをしても答えが見つかるわけない……。

――? あれって白鞘さんだよね?

前の席で落ち着きがない生徒を見つける。
彼女は白鞘英子……その動きにピンと来て私は意識を『声』に集中する。

『っ……トイレ…おしっこ……早くしないと、ほんとにやばいよ……』

微かに聞こえる主張の大きい『声』。
それは私が想像していた通りのもので、私と同じかもしかしたらそれ以上に切羽詰まったもの……。
白鞘さんはどうするのだろう……恥を忍んで2階のお手洗い、着替えずに先に体育館のお手洗い。
私と違って選択肢は多いのだろうけど……。
もしかしたら、彼女の行動に私が探している答えがあるかもしれない。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り白鞘さんが起立の号令を言う。

――っ! ……これ、思ってたよりずっと……いっぱい……。

背筋が確り伸ばせない。それほどまでに下腹部に沢山の……。
私は視線を白鞘さんへ向ける。彼女は机に手を付き前かがみの姿勢。……私よりも辛そうに見える。

「礼っ」

彼女のその言葉に私を含めたクラスメイトが皆礼をする。
その直後、誰かが駆け出す音がして私は顔を上げる。
呆気に取れる先生を尻目に、教室の前の扉から廊下へ飛び出したのは号令を掛けていた白鞘さんだった。

『間に合うっ! トイレ、早くしないと順番待ちになっちゃう!』

廊下……私がいるすぐ横を駆けていくとき『聞こえた』。

――そうだ、教室前のお手洗い! 授業が終わった直後なら並ばずに済む!

それに私の席からお手洗いは非常に近い。他のクラスの人が同じように急いだとしても距離的な有利がある。
……先入観から此処のお手洗いは使えないと思っていた。
私も慌てて机の上の教科書を纏めて引き出しに入れる。

586追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。13:2018/03/19(月) 00:02:01
<ガシャ>

――っ!

引き出しに入れるはずの筆記用具が音を立てて床に落ちる。
大きい音ではなかったが近くのクラスメイトがこちらに視線を向ける。

私は慌てて、でも下腹部が圧迫されないように慎重に屈む。
チャックを閉めていなかった為、筆記用具入れの中身が散らばっていて……。
こんなことしてたらダメなのに、順番待ちになっちゃうのに。
それでも、これをそのままにしてお手洗いに走るなんてこと恥ずかしくて出来ない。
拾っている間も、尿意は膨らみ踵を使いさり気無く押さえて……こんなに我慢してるのに。

全て筆記用具を拾い集め、筆記用具入れに詰め込み、引き出しにしまい……その動作の一つ一つはほんの些細な時間。
だけど、廊下に出たときにはお手洗いに入っていく人が一人二人……私はその後ろに並んだが、結局私は4番目。

――白鞘さんは個室の中……っ、すぐだったら……筆記用具を落としてなかったら、私がその…次だったのに……。

足踏みしたい。
手で押さえたい。
屈んで踵で押さえたい。
歩き回っていたい。

……。

だけど……だめ。抑えて……平気な顔して並んで……。
自分自身に言い聞かせる。前に3人なんて大した数じゃない。
一人2分掛かるかどうか6〜7分後には個室の中。
朝からずっと我慢出来て来た、さっきの授業も切羽詰まってきていたけどなんとかなった。

――あと少し……っ! あぁ、したい……おしっこ……我慢……しなきゃ、なのに……なんで……。

もう少し、あと少し。
だけど、だんだんと尿意が膨れていくのがわかる。
それは思っていたよりも遥かに早い感覚で限界に近づいていく。
さっきまでは座っていたから落ち着いていられただけ。
今は立っていて、視線があって思うような我慢の仕草が出来なくて……もうすぐって油断もあって。

「あー、やっぱり……」

私は背後で聞こえた声に身体を強張らせる。

「ねぇねぇ、朝見さん?」

私を呼ぶ声……私は少し俯いて視線を合わせないようにして振り向きその人を確認する。
それは確か同じクラスの――えっと…紺谷香澄さん? だった。

「えっと、この行列我慢できる?」

「っ!! だ、大丈夫ですっ」

突然の言葉に私は焦りそう返して逃げるように視線を前に向ける。

「そ、そっか……」『はぁ、やばいな……割と漏れそうだよ……』

――え……『声』が…紺谷さんも……?

だけど、そんなこと心配してい場合じゃない。
『漏れそう』と表現しているが、私の尿意とは比べるまでもない程に余裕がある。

「うーん、私別のトイレいくわ」

そう言って後ろから私の肩を一回軽く叩いて列を抜ける。
私は少し前に言った彼女の言葉の意味を理解した。

たぶん……他のお手洗いに一緒に行こうって……そういうつもりで言った言葉。
それに対して私が返した言葉は、きっと紺谷さんにとって断りの言葉だった。

――だ、だからって…言い方……っ、一緒に、行くべき……だったのかな?

587追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。14:2018/03/19(月) 00:03:03
ようやく個室の扉が開き、白鞘さんが出てくる。
あと私の前に二人……。

「っ……」

急な波に足が震える。前には二人――あと二人なのに……。
幸いなことに後ろに新たに並んでくる人はいない、前の人はこっちを見ていない。廊下にいる人もそれほど多くはない。

――……っだめ…ダメなのに……。

足をクロスさせたり小さく腰を揺らして……そしてさり気無く手をスカートの前に持って行って……。
そのままその手でスカートに谷を作り、そして指先を持ち上げるようにして押さえて……。

あと少し。
波を抑え込んで、落ち着かせて……。
ほんのわずかな時間だけ押さえて――そのつもりだった。

――……や、な……なんで……早く、お願い、治まって……早くトイレ…おしっこ……っ…。

離せない。離せば溢れてしまうかもしれない。
こんな……はしたない恥ずかしい姿……続けたくないのに、見られるかもしれないのに、嫌なのに。

「えー並んでるじゃーん」
「どうする? 次私ら移動教室だから時間ギリギリかもだけど」

廊下で話す声が聞こえる。
手を離しかけるが――だめ、まだ離せない。
でも、後ろからなら……多分押さえてる所なんて見えないはず。

「昼休みでいいや」
「さっきの時間も行けなかったんじゃないの? 大丈夫?」
「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」

<じゅ……>

――ぁっ……や、嘘? 我慢できないとか……ありえない……ありえないのに……。

それは下着に小さな染みを作る程度の極僅か失敗。
だけど、後ろで喋っていた二人の会話が、そんな私を馬鹿にしているみたいで……。
でも、実際その通り……それは自分自身が一番よくわかってる。

誰かにお手洗いに行くところを見られるのが嫌で、済ませることのできる機会を何度も逃して、我慢できるって過信して……本当に馬鹿……。

<ガチャ>

私はその音に視線を上げる。それは個室の扉が開く音。
そして当然中から人が出てくるわけで、私は前を押さえていた手を慌てて退ける。

588追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。15:2018/03/19(月) 00:03:53
<じゅ…じゅぅ……>

――ぁ……や、だめっ出ないでっ!

手を離したことで抑えが効かなくなり、下着を再び熱く濡らす。
下着だけじゃない、不快な感覚が内腿を一筋……。
私はそれを誤魔化すように足を擦り合わせる。

限界まで張り詰めた膀胱が震え、溢れてくるのを確りと堪えることが出来ない。
視線がある中、手でスカートの前を押さえることが出来ず、ただ真っすぐに下ろされた手は意味もなくスカートの生地だけを握りしめる。
熱く荒い息を漏らさないように出来ているのか自分じゃもうわからない。
周りから見て平静を装えているのかわからない。

個室から出てきた生徒は手を洗い終えて廊下へ。
個室の中に一人入って、私の前には残すところあと一人。

私は再び前を押さえる。
恥ずかしく濡れた下着……それをスカートの上から押さえる行為がスカートも汚してしまうということだとわかっている。
だけど、そうしないと、押さえないと我慢できない……。

下着の水分がスカートに移り、押さえる手に少しずつ湿った感覚が伝わる。
学校で……すぐ近くに人がいるのに……見えていない部分だけじゃない、スカートにまで染みを作り始めてる……。
大変なことをしてしまってる……そう自覚してるのに。

――っやだ、またっ! だめ…来ちゃうっ……んっ!

押さえることでどうにか押しとどめていたはずだった。
それなのに――

<じゅう、しゅぅ……>

スカートの押さえ込まれた部分、手で触れているスカートの生地から熱い感覚が浮き出す。
押さえたまま視線を落とすと押さえている手の周りのスカートが僅かに色を変えていて……自分がしている失敗の大きさを理解するには十分だった。

――ダメだっ…んっ! だめ、間に合わない……もう、間に合って……ない? いやっ、そんなの……。

もう誤魔化せるレベルの被害じゃない。
目の前にはまだ一人いて、しばらくすれば個室からまた人が出てくる。
個室の中では今まさに水を流す音が聞こえる……もう数秒先……私は――

我慢出来ない尿意に焦り、視線を向けられ失敗が――おもらしが見つかってしまう恐怖。
胸が苦しくなり息苦しくなるが、呼吸を乱すことも出来ない。

<ガチャ>

個室の扉が開く音。手を離すことはもうできない。私は咄嗟に身体の向きを壁側に少し変え下を向く。
見られているのか、見られてないのか分からない。……確かめるのが怖い。
直ぐ近くの洗面台で水の音が聞こえ、個室の方では扉が閉まる音がする。

<じゅ……>

そんな短い時間の中でも尿意は膨らみ続けまた溢れ、スカートの染みを更に拡げてしまう。
今、おもらしが見つかったら、声を掛けられたら……その人の目の前で惨めに尿意に屈してしまえば。
その姿が浮かび目の奥が熱くなっていく。

<コツコツ……>

洗面台から離れていく足音。
極度の緊張が解けていくのがわかると同時に涙が床に落ちる。

「(んっ……ぁっ! や、あぁ……これ、もうっ……)」

緊張が解けたためなのか尿意がさらに膨れ上がりこれ以上我慢できなくなる。
膀胱が断続的に収縮して下腹部を波打たせて。

589追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。16:2018/03/19(月) 00:04:38
<ガラガラ>

背後……廊下で引き戸の音がする。その音は――私の教室?
私は震える足を動かし、洗面台の方へ身体を向けて、数歩だけ廊下の方へ歩みを進める。
そこから視線だけを廊下の方へ移すと教室の後ろの扉が閉まっているのが見て取れた。

――と、戸締りっ…?

鍵を閉めるわけではないので余り意味のあることではないが、体育の時は教室の扉を閉じておくことに決まっている。
だけど、私が今気にしているのはそういう事ではなくて。
……教室にはもう日直の白鞘さんしかいないという事。
そして、その白鞘さんももうすぐ前の扉か出て行き、教室が無人になる。

……。

私は個室へ一度視線を向ける。
まだ1分程度は開くのに時間の掛かるであろう場所。
今はその1分が果てしなく遠く、そして開いたとき今個室にいる彼女には私の失敗を知られてしまう可能性が高い。

――だから、教室で……? ちっ、違う! 一時的に視線のない、所に…避難してっ…そ、それから済ませに…戻れば……っ。

「(あぁ、ダメっ)」<じゅ……じゅうぅ……>

再び広がる熱い感覚。スカートもこれ以上水分を吸うことは出来ない……それほどまでに押さえ込まれた前の部分は濡れてしまって。

それでも尚、際限なく高まる尿意に座り込みたくなる。
もし今お手洗いに新たに人が来たら……どうすること出来ない。
この上ない醜態を曝してしまう。

<ガラガラ>

再び聞こえる引き戸の音。ただ、今度は教室の前から聞こえた。
私はお手洗いから顔を出して、その音が白鞘さんの出ていく音だと確認した。

――……んっ、廊下には……人いるけどっ…近くには、居ない…し、……教室に入るくらいならっ……。

私は片手でスカートの前を押さえたまま、自分の教室へ走る。

「はぁ……はぁ…んっ! あぁ……」<じゅう、じゅうぅー…>

押さえる手を超えて手の甲にまで熱水が伝わる感覚。
私は慌てて扉を開けて教室に入り、後ろ手で扉を閉めた。

「あっ、あ、っ…だめっ……」
<じゅ、じゅうぅー…じゅぃー…じゅうぅー――>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz70747.jpg

上半身を前に90度近く倒して必死に押さえてるのに止められない。止め方がわからない。
くぐもった音を響かせ、押さえるスカートに染みを広げ、足に熱い流れを何本も感じて、スカートの中から溢れる雫が教室の床を鳴らして……。

「はぁ……っ、ぁぅ……はぁ……んっ」
<じゅうぅ――><ぴちゃぴちゃ>

お手洗いに戻るなんて、出来るわけがなかった。
ただ、人目を避けること……教室に戻る選択をした時点で、結果は見えていたのかもしれない。
お手洗いで待つ選択。それが出来なかったのはスカートの染みを見られる恐怖や恥ずかしさだけじゃない。
開くまで持ちこたえてる私が想像できなかった……。

590追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。17:2018/03/19(月) 00:05:20
「はぁ……はぁ……っ」
<ぴちゃぴちゃ…>

くぐもった音は止み、水たまりを鳴らす音も静まって……。
教室なんかでしてはいけない、恥ずかしい失敗――おもらしが終わる。

極度の我慢から解放されてふわふわした感覚を感じるが、次第に後悔と悔しさが湧きあがる。
だけど、その気持ちも長くは続かず、すぐにこの醜態が見つかる恐怖に捕らわれる。

――こ、こんなとこ…誰かに見られたら……えっと…とりあえずは――

着替え……この言い訳の効かない見っとも無い姿の解決。
次は体育だったことを思い出し、ポケットからハンカチとちり紙、机の横から体操着入れを机の上に置く。
周囲を見渡した後、濡れたスカートを脱ぎ、下着も迷った挙句脱いで、ハンカチやちり紙で足や靴下などを確りと拭う。

そして体操着をそのまま履いて――――下着なしってなんだか気持ちが悪くて落ち着かない――――上の制服も脱ぎ着替え終わる。
濡れた服は持っていたコンビニ袋に丸めて入れて口を結び、更にそれを袋に入れて二重にする。
そしてそれをカバンの一番奥へ隠すように押し込む。

可能な限り急いで着替えはしたが、僅かな時間でも恥ずかしい姿を晒していたことに不安と情けなさを感じる。

そして――

「……これ、どうしよう……」

自分の机のすぐ後ろに出来た大きい水たまり。
これをどう処理すべきか……バケツや雑巾は教室にあるがそれをもってお手洗いを往復なんて出来るわけもない。
ましてや授業開始の時間も迫っていて先生に見られたら咎められ――……授業開始?

――体育……遅れたらだれか探しにくるんじゃ?

以前、何も言わずに保健室へ行った人がいた。
体育に来ないその一人の生徒を探しに、体育係が更衣室や教室、保健室を探しに行っていた。

私は時計に目を向ける。
授業開始まで残り1分と少し。
これをどうにかしていては探しに来たクラスメイトに見られる可能性が出てくる……。

だからと言って、このままにして体育に向かえば、教室に戻ってきたとき当然これは発見される。
そして、一番教室を出るのが遅かった人、つまり体育に来るのが一番遅かった私に疑いが向けられる。

――どうしよう…どうしよう……。

私が失敗したって誰にもバレない方法。
どうすれば疑いが掛からない?

……。

――っ! そうだ、日直の白鞘さんは自分が教室を出たのが最後だと思ってるはず!

だったら、更衣室に着替えに言った白鞘さんより早く体育館へ辿り着ければ疑いはこちらには向かない。
問題は、間に合うかどうか。
私は一縷の望みに賭け、体操着の袋に被害のない制服の上を入れ、それを持って教室を飛び出す。

更衣室前を通るとき足音を抑え、人の気配を伺う。

――……あれ? 音、微かに聞こえる……。

そうあって欲しいとは願っていたが……それは意外な結果だった。
白鞘さんが教室を出たのは私が教室に戻る前。
つまり私が恥ずかしい失敗を終え、さらに着替えるまでの時間、彼女は更衣室に居たことになる。
着替えは直ぐに終わらせたし、ありえない話ではないが……。

私は白鞘さんが出てくる前にその場を後にする。
手に持った体操着の袋は体育館に行くまでの廊下にある掃除用具入れに居れて
あとは……恥ずかしいけど理由をつけて体育を抜け出し
保健室で下着とスカートを借り、隠した体操着の袋もって更衣室へ置きに行けばいい。

<キーンコーンカーンコーン>

体育館へ着くと同時にチャイムが鳴る。
白鞘さんは――居ない。
更衣室にいたのは白鞘さんで決まり……私は安堵から溜め息を吐いた。

591追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。18:2018/03/19(月) 00:06:21
――
 ――
  ――

「以上……です」

今にして思えば私が視聴覚室近くのお手洗いに行かなかったのは順番待ちとか先生に咎められるとかだけじゃなかったと思う。
意識するのも嫌でなるべく考えないようにしていたが……あの時あの場所で聞いた『声』……使いたくなくなるには十分な理由だった。

「その……白鞘さんに疑いが向くとはその時は考えてなくて……本当にごめんなさい」

私は再び謝る。
恥ずかしさもあり、掻い摘んで話したため時間にしてみれば10分にも満たない話。
事件における重要な所は話せたと思うので……これ以上追及は出来ればやめてほしいところ。

  「なるほどね、――って言うか、……なるほどねー」

なぜか“なるほど”という言葉を続ける。
一回目は納得のいった語調で、二回目のは落胆したような語調。

「えっと……?」

  「え、あぁ、トリックがわかったのと……あぁ、私のミスか〜――って事」

――私のミス?

ますますわからない。
さっきまでの私の話に白鞘さんが気にするようなミスがあっただろうか?

  「聞きたい? ――って言うか、聞いて欲しいのかも……」

「えっとよくわからないんだけど……?」

私の問いに携帯越しでも変わるくらいの深呼吸をして白鞘さんは答える。

  「わ、私も……間に合って無かったのよ…ね」

少し言い淀み、恥ずかしそうに言う白鞘さんの言葉。直ぐには理解できなかった。

  「つ、つまりは個室に入った瞬間に下着がもう、えっと――そう、濡れ濡れだったのよ」

「へ?」

私はようやく彼女の言う意味を理解して――でも呆気に取られた。

白鞘さんはあの日、私と同じく恥ずかしい粗相をしていた。
あの時の彼女は確かにもの凄く切羽詰まっていたし、それ自体あり得ない話じゃない――ないけど。

  「あの時は本当に焦ったわ、トイレは順番出来てきて、中で変に処理してたら感づかれるんじゃないかって思って最低限の事だけして適当に出て来たわ良いけど
  もう本当、どうしようもないくらい濡れ濡れで、教室に戻ってもわざと踏み台使わないように黒板消してみんなが居なくなるまで時間稼いだり
  ジャンプして風入れれば、乾くかなーとか思ってみたり……」

「……ジャンプじゃ無理でしょ……じゃなくて、なんでそんな話をわざわざ……」

話さなければ誰にもその失敗を知られることはないはずなのに。
白鞘さんは一呼吸置いてからさっきまでの勢いに任せた喋り方ではない、落ち着いた語調で言葉を紡ぐ。

  「初めは真犯人に本気で怒ってたけどさ……同じ日の同じ時間くらいにおもらししちゃうとか、考えれば考えるほど可笑しくてさ
  謝罪の手紙も貰ったし、おもらししちゃった同士、変な仲間意識勝手に感じちゃって……その子――朝見さんの事助けられたなら別にいいかなって思えてね」

……。
そう、私は彼女に助けられた。

  「更衣室行く前に保健室で下着を貰いに行ったのも、カバンの中に濡れた下着を隠してたせいで強く反論できなかったのも
  それが、誰かの為になったって思うとまぁ、少し腹が立ったけど、なんだか気が楽だった」

保健室で下着……。白鞘さんは更衣室に長くいたわけじゃなく、先に保健室へ寄っていたから……。
反論だってそう。そもそも皆が着替えた後三人が誰にもすれ違わず入れ替わりに着替えるのは不可能ではないとは思うが時間的に厳しい。
授業が始まる直前には更衣室に居た白鞘さんは誰かが嘘を付いているって思っていてもおかしくなかった。
それでも反論材料には弱いそれで強く反論すれば探偵役の人たちを煽ることになり、持ち物検査なんてことを言い出しかねない。

592追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。19:2018/03/19(月) 00:06:44
  「でも、仲間意識感じてたのって、私だけじゃない? だって知らなかったでしょ私がおもらししちゃってたって
  ほかの皆が事実とは違うにしても私がおもらしをしたって思っていたのに、貴方だけはしてないって思ってた」

……。

  「だから決めてたの、名乗り出てきたら必ず自分の失敗も言おうって、本当は私も仲間だったって」

「……良い人過ぎない?」

  「あはは、もっと崇めてよ
  まぁ、おかげで、誰かのこういう話を聞いて楽しめるようにもなったし」

「そう――って、楽しむって…え?」

なんだか、感動する良い話のようにまとめられたけど、最後の言葉に引っかかる。

  「え、だから我慢とかおもらしの話。こんな事件あったから余計に考えちゃって、なんか気が付いたら好きになってたよ」

……。
つまりは私に我慢の経緯から話をさせたのは――

「――へ、変態じゃない!」

  「まぁ、そうかも。朝見さんのおかげでねっ」

「っ……!」

そのことに関しては後ろめたいことが多すぎて言い返せない。
私に我慢の経緯から話をさせたのは変態的な理由なのに……。

……。
わかってる、それだけじゃないって……。

白鞘さんが自身の失敗を語るとき恥ずかしがっていた。
話し始めても妙に饒舌で、勢いに任せて話していた。
言う勇気が足りなかったから、先に私に語らせた。

白鞘さんは「私と同じだよ」って私に伝えたかったわけで……。
変態的な理由はあるのだろうけど、概ね私のためにしてくれた行動。

――ありがとう……。

口にはできなかったが、心の中でそう呟いた。

593追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。-EX-:2018/03/19(月) 00:08:45
**********

「そんじゃーねー」

私は携帯を切る。
机に両手をついて大きく嘆息する――き、緊張した……。

自身の失敗を話すことも、そういう話が好きと言う事も始めて話した。
緊張を悟られなかったか、明るく振舞えてたかのかどうか――

「電話終わったー?」
「っ!!!」

背後から聞こえる声に驚く。
恐る恐る振り返った先には髪の毛にリボンを大量につけた友人がいて……。

「す、紗……ど、どこから聞いてたの……」

「えっとねー、『確か同じクラスだったよね?』ってところからだったかなー?」

「最初からじゃん!」

あぁ、死にたい!

「気にしないでよー、私もそういう話嫌いじゃないしー」

「うー……それより、何か用事でしょ……」

話を続けてほしくなくて、本題を催促する。
彼女は悪戯っぽい表情をやめて、明るい顔で口を開く。

「うん、再来週に文化祭する高校があってねー、そこ行こうかと思ってるんだけどー」

――再来週? 確か真弓ちゃんもそんなこと言ってたような?

「それって、駅近くにある女子校の?」

「そそ、よくわかったねー。
それで、どうするー? 一緒に行くー?」

リボンだらけの長い黒髪を揺らしながら私を誘うその姿は……いつもながらちょっと怖い。
さらに言えば弱みを握られた直後でもあるわけで。

「う、うん、行こうか」

「やったー。逢いたい人がいたんだけど、一人じゃ逢えなかったときとか忙しかったりしたら暇だったからねー」

――紗の会いたい人か……。

「会いたい人ってどんな人?」

「んとねー、中学の時変な感じで別れちゃった大事な人で、綺麗な銀髪の子だよー」

彼女に大事な人と言わせるとはその銀髪の子相当好かれているらしい。
私とそれなりに仲良くしているが恐らく彼女の中で私は「んー知り合いかなー?」と評価が下りそうだし……それはそれで聞きたくないから聞かないけど。
別にその銀髪の子が羨ましいとは思わないし――というよりむしろ可哀想な気もするけど。

「あ、英子ちゃんもほんの少しは大事かも? って言えるくらい大事だからねー」
「聞いてませんけどっ! (それに全然フォローできてないじゃん……)」

「え? なんだってー?」
「ワザとらしい難聴! 絶対聞こえてたやつじゃん!」

おわり

594「白鞘 英子」:2018/03/19(月) 00:11:21
★白鞘 英子(しらさや えいこ)
朝見呉葉と同じ女子中学だった生徒。
今は別の高校へ進学している。
高校には紗という友達(?)がいる。

中学でのおもらし事件の犯人とされた人物。
実際は冤罪なのだが事件当日は事件とは別の自身のおもらしの物証(濡らした下着)を持っていたため
持ち物検査を恐れ、強く否定することが出来なかった。
後日何度か釈明をしてはいたが探偵役が既に満足してしまっていたため
クラスでの印象を覆すことが出来なかった。
その後はおもらしについて弄られる事がそこまでなく、自ら事件に触れることは避けることにした。
また真犯人からの謝罪文も冤罪を甘んじて受け入れる理由となった。
ただ、納得が言ったわけではなく事件について考える事も多くその過程で
次第に“事件”についてではなく“おもらし”へと興味がすり替わる。
いつの間にか、そういう話に興味のある子となる。

同じタイミングでおもらしした真犯人に対して妙な親近感を持ち、仲間意識を感じていた。
自身の失敗を知らない真犯人に、自分の失敗を打ち明けられる日を心のどこかで待ち望んでいた。
それは、真犯人に対する思いやりでもあるが、多くは自分のため。
言ってはいけないはずの事を、言ってしまいたい衝動をぶつけられる相手が真犯人だったためである。

膀胱容量は人並み。
事件の日は休み時間に飲み物を取り過ぎたのと、前の休み時間に済ませられなかった事が祟った。
友達間でのトイレ申告に当時はそこまで抵抗を感じていなかったが、授業中の申告(特に終了間際)は恥ずかしかった。
事件以降は友達間でも言いづらく、さらにおもらしに興味を持ったことでより強く意識してしまっているが、後者に関しては自覚していない。

今も昔も成績並以下、運動並。
身長は低め。
割と元気が良いほうだが、中学時代は事件後はしばらく意識的に目立たないようにしていた。
強がりな一面もあり、なるべく弱いところは見せないようにしている。
おもらしへの興味は話を聞いてるとドキドキする程度で、わざと我慢させたり、また我慢したりの経験はない。

呉葉の評価ではとても負い目がある人。
おもらしの濡れ衣を着せてしまって、面と向かって謝ることが出来なかっただけでなく
おもらしへの興味を持たせてしまった。
だけど、非常に感謝していて、とても良い人だと再認識した人。

595名無しさんのおもらし:2018/03/19(月) 01:12:31
更新待ちに待ってました。
結果的どちらも漏らしてたのか、綺麗な銀髪の子は間違いなくあの子だよね。

596名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 00:44:12
GJJJ

597名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 13:27:53
トイレに行くのを恥ずかしがる女の子はかわいい

598名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 22:35:13
>>594 詳細が気になってたらまさかの詳細が来て最高でした。

599名無しさんのおもらし:2018/03/22(木) 23:56:04
更新ありがとうございます。

見学会の件はあるけど、朝見さんは大抵まゆに邪魔されてる気がする。
中学時代の評価では"正義の味方"だったってところが、高校現在とのギャップを感じて面白い所ですね。
また過去に関係しそうなキャラも増えて、今後の展開が楽しみです。

600名無しさんのおもらし:2018/03/30(金) 12:44:28
>>599
見学会の一件も、ある意味まゆは呉葉の邪魔をしていると言える。
流れ弾に当たった(無自覚に当たりにいってしまった)、被害者的な側面が強いけど…。

そういえば、関係ないけど、鈴葉の年齢設定ってミスなんだろうか。
一応20代ってことになってるけど、雪や梅雨子と同級生なんだよね。
それなら年齢は19なのでは?

601名無しさんのおもらし:2018/04/02(月) 22:08:44
>>600
雛倉姉と鈴葉 (と黒蜜姉) が同級生 (同い年) で、雛倉姉が大学1年 (雛倉姉妹が3学年差) とされているので、一般的には18か19みたいですね。
単なるミスなのか、何か訳ありなんでしょうか。

602事例の人:2018/04/03(火) 23:38:57
>>600-601
はい……ミスです、早々に気が付いていて「だ、大丈夫、気が付いてる人いないな」とか思ってました
ごめんなさいと同時に確り読んでくれてて感謝しかないです
正しくは19歳設定です 数え年なんだからね!とか言い訳しないです
ご指摘ありがとうございます

603「声が聞きたい!」シリーズまとめ:2018/04/14(土) 22:26:30
>>12:前スレ「声が聞きたい!」シリーズまとめ
前スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

>>4-8:事例EX「雛倉 雪」と真夜中の公園。
>>16-28:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。前編
>>36-49:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。後編
>>60-65:追憶3「霜澤 鞠亜」と公園戦争。@鞠亜
>>73-77:事例2.1「篠坂 弥生」と七夕。@弥生
>>84-91:事例7「睦谷 姫香」と図書室。
>>156-162:事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。
>>188-196:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 前編
>>221-228:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 後編
>>272-285:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。
>>286:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。EX
>>293-307:事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉
>>326-337:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜
>>338-339:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。EX
>>354-370:事例10「宝月 水無子」と休日。
>>389-408:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。
>>409:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。EX
>>418-427:追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。
>>446-457:事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳
>>458:事例6裏「山寺 瞳」と友達。EX
>>522-531:事例12「根元 瑞希」と雨の日。
>>559-567: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。
>>568: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。EX
>>574-592:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。
>>593:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。EX

「声が聞きたい!」シリーズ・登場人物紹介安価
>>50「紅瀬 椛」(副会長、3年生) ※一部訂正>>54
>>92「睦谷 姫香」(別クラスで図書委員)
>>308「朝見 呉葉」(同級生、天敵)
>>371「宝月 水無子」 (小学5年生)
>>372「如月 櫻香」(メイド)
>>410「卯柳 蓮乃」(別クラスで放送委員)
>>427「字廻 紫萌」(入院中に出会った少女)
>>531「根元 瑞希」(同級生、仲が良かった友達)
>>594「白鞘 英子」(別の高校生、呉葉と同級生だった)

604名無しさんのおもらし:2018/04/16(月) 15:23:28
まとめ乙です。

605名無しさんのおもらし:2018/07/27(金) 03:10:22
事例のやつ長いしピクシブとかでやってくんねえかな

606名無しさんのおもらし:2018/07/28(土) 21:41:28
昔の方の挿絵とか見れなくなってるしまたまとめてあげてほしい

607名無しさんのおもらし:2018/09/04(火) 19:09:25
新作希望

608事例の人:2018/09/29(土) 23:22:46
>>595
間違いなくあの子ですね。水無子ちゃん(違う)

>>598
文化祭に出番があるかも程度の微妙な読み切りキャラに近い子なので。
このタイミングしかなかったですね。

>>559-600
言われてみれば……。
でも呉葉は性格からして他の人と話したり遭遇した時点でトイレを邪魔された扱いになってしまうのですけどね。
偶然を除いてもコミュ力が高いまゆが呉葉にとって強敵であることには変わりないでしょうけど。

>>605
ごめんなさい! ここでの活動は皆が読める場所でこの界隈を盛り上げられたらと考えてるので。
スレ事態は私のせいか時代のせいかわかりませんが過疎の流れになっちゃったので……盛り下げてるのかもですね。

>>606
考えておきます……今の絵も割と恥ずかしいレベルなので過去絵とかかなり勇気がいるのです。

感想とかありがとうございます。

また随分間が空きましたが、>>573で言った通り事例14を飛ばして事例15になります。
登場人物が多く、情報量も多く、話が長く(事例5に次いで長い?)
ヒロインの本格的な我慢が中盤くらいからとなりますが……許して。
次回は文化祭初日(予定)、今回の話に出てくる過去は我慢だけですので書かない予定となります。

609事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。1:2018/09/29(土) 23:24:50
「うちのクラスはメイドアンド男装執事喫茶かー」

まゆが腕を伸ばし背伸びをしながら言葉を漏らす。
酷い喫茶店……一年からするレベルのものじゃないと思う。

此処の文化祭は一年だけがある程度出し物を制限される仕組みになっていて
教室系の出し物、舞台出し物、出店系ではない教室で行う飲食系の3種類から選ばなければならない。
当然、出し物には人気不人気があるので平和的解決の為に優先的に選べる権利というものがあって
クラス代表、つまりクラス委員長がその権利を掛けてじゃんけんをすることになっている。
正直に言えば舞台とかは勘弁願いたかったので、勝ちたいという気持ちでじゃんけんに挑んだ結果、意図せず『聞こえた』わけで。

――……『聞こえた』んだから、まぁそりゃ勝ちに行くけど。……だけど――

「……ただの喫茶店のはずが…主にまゆと檜山さんのせいでメイド喫茶に……」

ちなみに男装執事を付け加えたのは文城先生で、一部の声の大きい数名がそれに賛同して決定してしまった。

「やっぱ、あやりんはメイド? あーでも、銀髪長髪の執事も似合いそうな気がするねぇ」

「両方着ましょう! 両方見たいです!」

正直どっちも嫌だ。そういう趣味はない。
出来れば裏でコーヒーとか軽食用意とかしていたい。
……でもそれじゃ良い『声』で入店してくる人が無理してコーヒー飲んで友達と会話……みたいな尊い姿は拝めないないわけだけど。

「まぁ、とりあえず始めない? 飲み比べてって言われただけあって、結構種類あるみたいだし、ゆっくりしてたら終わんないよ」

そう口にしたのは調理室の椅子に真っ先に座った瑞希。
まゆはその言葉に「そだねー」と同調した様子で椅子に座り、弥生ちゃんも続くように座る。

610事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。2:2018/09/29(土) 23:25:47
今日は文化祭前準備。5時限目と6時限目の両方と放課後を使って、軽食班、衣装班、コーヒー班に分かれて準備をしているのだけど
調理室を確保できたのは良いが、肝心の軽食班は材料費の下調べとかで今日は間に合いそうにない。
教室には衣装班がいるし、コーヒーの匂いが他のクラスに迷惑になる可能性もある。
そういう経緯で、コーヒー班だけで調理室を使うことになった。

そのコーヒー班が私、まゆ、瑞希、弥生ちゃん、檜山さんというわけ。
ただ、檜山さんはいくつかのブレンドパターンを用意しただけで、兼任してる軽食班の方へ行ってしまったわけだけど。
少し驚いたのは檜山さんのブレンドに関する知識で、話を聞く限り親戚が喫茶店をしているらしく、その関係で色々覚えたそうだ。
コーヒー豆もその親戚から貰ったらしい。

……。

――はぁ……それにしても――

「……みんな席に着いてるけど……何、私が淹れるの?」

「そだよー」「はい、お願いしまーす」「綾以外みんな座ってるしね」

満場一致らしい……。
私は嘆息しながらコーヒーを淹れる準備をする。

「えっと、根元さんって雛さんと仲良かったんですね?」

「え? うーん、中学一緒だったけど、最近までは微妙な関係だったかな?
あ、それと瑞希でいいよ、私も弥生ちゃんって呼ぶけどいいかな?」

思えば、今日はいつものメンバーに瑞希が加わっている状態で
今まで接点のなかった瑞希の事を弥生ちゃんが気になるのは至極当然な事。
それにしても、私を抜きに私の話を……。

「昔は元気いっぱいの綾だったんだけど――」
「っ! ちょっと瑞希、勝手にそんな…別に言っちゃだめなわけじゃないけど……」

隠す必要もないが、過去の自分の事を友達とは言え他人に話されるのは
恥ずかしいというか、なんというか――とにかく、居たたまれない。
……こういう空気の読めなささが瑞希らしくはあるのだけど。

「なんですかそれ! 初耳です!」

早速食いつく弥生ちゃん。
まゆも少し興味ありげにこっちを見てるし……。

――……瑞希に任せるのもやだし……仕方ないか……。

私は嘆息して、瑞希に不平の目を向けてから昔の自身の性格を渋々話始めた。

611事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。3:2018/09/29(土) 23:26:40
――
 ――

「……はい、とりあえず最初のコーヒー二つと、口直しにお湯も」

気怠い過去話――――瑞希は不満に思っているかもだが紗の事は伏せて――――を終えて、その間に作っていたコーヒーを皆に渡す。
檜山さんの指示に従ってカッピングではなく普通に飲み比べ。とりあえず美味しいのを選べとの事。
ただ普通に淹れるだけでも分量を正確にしたりしないと飲み比べにならないので、割と面倒な作業ではある。

――……まぁ、コーヒーだしそれなりに期待してるわけだけど……。

飲み比べる数が14種類あるので、一杯の量は一人60ml程度と少な目。
それでもコーヒーだけでも840ml、お湯での口直しを含めれば1リットルを超えるかもしれない量。
飲む量も多く、飲む物もコーヒーで――期待出来る……もちろん観察者的な意味で。コーヒー班になって良かった。

「はー、雛さんって昔はそんな活発だったんですねー」

弥生ちゃんはコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜてはいるが、まだ私の過去に意識が向いているらしい。
過去の私についてどう思っているのかよくわからないが、とりあえず今の私を見れば“意外”という印象は当然持っているとは思う。

「……もういいから、飲んで飲んで」

ちなみに、私とまゆはブラックで、瑞希と弥生ちゃんは砂糖ミルクありでの飲み比べ。
口に含み香りや味を確認して――

「ねぇ、これ……評価とか難しくない?」

2種類のコーヒーを飲み比べた瑞希の感想。
私も両方を飲み終えて嘆息してから口を開く。

「……うん、難しいかも」

香りや味の違いは分かるには分かるが……評価と言われるとよくわからないというのが本音。

「まぁ、つくしちゃんもそこまで正確な評価を求めてないっしょ?
美味しいのって言ってたし、飲みやすそう――みたいな直感で選ぶくらいでいいんじゃない?」

まゆの言う通りかもしれない。
檜山さん――――まゆは下の名前のつくしにちゃん付け、弥生ちゃん同様りん付けは合わないとのこと――――が私たちに求めているのは
きっと一般的な目線での評価。お客となる人のほとんどが同世代の人なのだから、私たちの直感的な評価を欲しているのだと思う。

飲み始めてから評価方法を改めて話し合い、相談して美味しさを決めるのは難しいとの結論になり
個々で5点満点で評価して、最後に集計して決める形になった。

612事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。4:2018/09/29(土) 23:27:32
――
 ――

「うーむ、美味しい…のかな?」『うー、トイレ行きたいなぁ、どうしよう……』

「えっと……――点っと、こっちは……」『はぁ……ちょっとしたくなっちゃった』

――うん、予想通り来た……。

瑞希と弥生ちゃんの『声』が聞こえて来たのは2回目の試飲の時。
私が尿意を感じたタイミングでの『声』。決して大きい『声』ではないが確かに聞こえる。
私は無表情でコーヒーの味を確かめながらも、期待に胸を躍らせる。

――……弥生ちゃんは私と同時くらいで、瑞希は少し前から催してる感じかな?

今は調理室に来て、最初の飲み始めから30分弱と言ったところで、普段ならもうすぐ5時限目が終わるくらいの時間。
コーヒーの効果は多少あるかも知れないが、時間的に見てもまだ早い。今の『声』は昼休みに取った水分がもたらした結果――と言っていいと思う。
弥生ちゃんは昼休みが始まってすぐと終わる少し前に、瑞希は確か昼休みの中頃に、私とまゆは弥生ちゃんと一緒に昼休みが始まってすぐに済ませた。
昼休みに取った水分量は私とまゆが300mlのお茶を、弥生ちゃんは180mlの紙パック。瑞希については把握できていないが恐らく多くはないと思う。
それでも私も含め此処にいる全員が150〜300mlくらいの熱水を下腹部に抱えてるはず。

私はコーヒーを飲みながらまゆに視線を向ける。
まゆの『声』とは相性が悪く、聞こえ難いのは確かだと思うけど、今は尿意なんて感じていないと思う。
私と一緒に済ませ同じ量を飲んだ以上、この先も同じように飲み進めれば殆ど同じ量が溜まることになるのだけど……
まゆの『声』が聞き取れる頃には私が結構辛くなってくるはずで……それほどまでにまゆは我慢できてしまう。

私はメモ用紙にコーヒーの評価を付ける。
さり気無く周りを見渡すと皆ももうすぐ評価し終わりそうに見える。
誰かがトイレに抜け出す前に次の準備を始めようと腰を浮かせ――

613事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。5:2018/09/29(土) 23:28:28
「あ、雛さん…私、えっとお手洗いに……」『行っておいた方が……いいよね?』

……。

「……うん、淹れる準備だけしておくから――」
「だ、だったら、私も行こうかな?」『はぁ、よかったー、この前の事もあったしちょっと言い出すのやだったけど、便乗って形なら……』

二人が席を立ち、調理室を出てトイレに向かってしまう。
弥生ちゃんが余り話したことのない瑞希がいるにも関わらず、割と安全圏の内にトイレを申告してしまうとは……。
トイレに立ち難いような行動をしようとは思っていたが、少し想定外。
瑞希が便乗する形で抜けてしまうのは想定してたけど。

そもそも瑞希は“この前の事”がなくてもきっと自分からは言い出せない。
何も言わずトイレに行くことは出来ても、こういう申告が必要な場では躊躇してしまう、そういう性格だと私は認識してる。
思えば、中学の時も含め授業中に申し出たことは一度も無かったように思う。

……。

――……それにしても今日は……。

私は少し思うところがあり、まゆに視線を向ける。

「何、あやりん?」

「……え、いや……今日はちょっと静かだなーって」

だからどうというわけではないけど……。
まゆは私の言葉に少し驚いたように瞬きして、そのあと少し目を逸らす。

「んー、自覚してなかったけど……多分、みずりんが羨ましいのかな?」

みずりん……瑞希の事。
どの辺りに羨む要素があったのだろう?
聞いていいものか、まゆからの言葉を待つべきか……。

「どの辺りが羨ましいの? ――とか言わないでよ?」

……釘を刺されたので追及はやめた。

614事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。6:2018/09/29(土) 23:29:19
――
 ――

「すいませんっ、ちょっとお手洗い……」『うー、沢山飲んでるからすぐしたくなるよっ』

「あ、だったら一応私もっ」『まだ余裕だけど……いや、でも何度も行くのも……でももう言っちゃったしな』

4回目の試飲を終えた頃、また瑞希と弥生ちゃんが一緒になってトイレに向かう。
瑞希の方は『声』でも言っていた通りまだ余裕はありそうだったが、タイミングを考えての行動。

――うーん、上手くいかないな……。

こうしてる間にも私自身の尿意が膨らんでいく。
尿意が高まれば我慢している『声』を敏感に聞き取れるが私が我慢できなくなったら元の子もない。
トイレはかなり遠いほうだと自負しているが、次、瑞希や弥生ちゃんが尿意を感じてから限界までとなると……私のほうが先に我慢できなくなるかもしれない。
そして私がそういう状態であるにも関わらず、テーブルを挟んで目の前に座るまゆの『声』は、未だ聞こえてこない……。

「ようやく半分過ぎってくらいかー、結構多いねー」

そのまゆの余裕さに嘆息したくなる。

……。

だけど、コーヒーがようやく半分過ぎ……というのは割と気にかかること。
私はそこそこ飲み慣れているので、それほど苦に感じてはいないが
4回目の試飲の時、瑞希は飽きて来たと言葉を零し、少し飲み難そうにしていたし
弥生ちゃんも飲むことを頑張ってる様な印象を受け、無理をして飲んでいると思う。
まゆは大丈夫そうに見えたけど、実際のところはわからない。

  「歌恋、良い香り、ここから……」
  「ちょっと白縫っ! あ、ほんとだ」

<ガラガラ>

廊下から二人の声が聞こえて来たと思ったら、調理室の扉が開く。
その音に、私とまゆは座った状態で扉の方に視線を向ける。

「お、真弓じゃーん、コーヒー?」

そう声に出してこちらに大きな歩幅で歩いてくるのは――星野 歌恋(ほしの かれん)さん……。
クラスが違うためあまり接点のない人だけど、体育祭の“あの時の言葉”が強く印象に残っている人。
それに――……真弓?

615事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。7:2018/09/29(土) 23:30:18
「おー、かれりーん、クラス違うから最近話してなかったねー」

「そーいやそうか、てか、めっちゃいい匂いなんだけどっ!」

どうも知り合いらしい?
クラスが違う、最近話してなかった……そこから読み取れるのは、昔からの知り合い――いや、もう少し深い……幼馴染?

「歌恋、コーヒー貰おう」

星野さんから遅れて教室に入ってきたのは少し小柄な少女――確か名前は五条 白縫(ごじょう しらぬい)さん。
弥生ちゃんよりも背は少し高いが華奢という言葉が相応しい容姿。
それと急にコーヒーを要求し始めたり、感情の籠っていない喋り方が独特で……とりあえず変わった人であるのは確かだと思う。

「真弓ー、コーヒーくれる?」

「あー、どうしよっか?」

コーヒーを星野さんに要求されたまゆは言葉を濁しながら困った顔で私に視線を向ける。
私に判断を委ねるのか……評価を付ける必要があるのだから普通は断るところだけど――

「んー?」

まゆの視線を追うように私に視線を向ける星野さん。
真っすぐ見据える目に、私はどうして良いか分からず、黙って身構える。

「え、凄い! 銀髪じゃーん!」

――っ!!

突然目を輝かせ私に駆け寄り髪を触りだす。
私が彼女の勢いに気圧され、少し身を引くと髪は彼女の手から流れ落ちる。

「マジ凄い! 誰なのこの子!?」

「歌恋、無知、その人一匹狼の雛さん」

なんか急に話の中心が私に……しかも一匹狼の雛さんとか。
他のクラスではそっちの方が名前より浸透してるだろうけど……本人を目の前に臆面もなく呼んでくるとは……。

「一匹狼の雛さん? 変な名前、聞いたことないし」

「ぃやー、かれりん? ちゃんとした名前は雛倉綾菜だからね」

まゆのフォローに星野さんは「へー」とだけ言って、座っている私に再度視線を落とす。
おもしろおかしく広がった私の不名誉な呼び名を知らないのは割と珍しい人だと思う。
それと銀髪を見た時の反応も含めて考えると、今まで姿だけは無駄に目立つ私を見たことなかった――……いや、認識していなかったと言った方が良いかもしれない。

616事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。8:2018/09/29(土) 23:31:35
「それで、綾菜はコーヒーくれないわけ?」

急な呼び捨てに一瞬面を食らう。
そして、コーヒー……どうすべきか一瞬悩むが――

「……えっと、それじゃ試飲と評価を付けるのを手伝うって形で――」
「おぉ、良いね、話しわかるじゃん!」

少しかぶせ気味に上機嫌な声を出す。
一部の評価が別の人になるのは正確なデータを取る上では好ましくないとは思うが
瑞希や弥生ちゃんの事を考えると少しでも試飲の回数を減らしておいてあげたい。
……沢山飲んで我慢して欲しいという想いもあるけど。
それに……それ以外にも理由がある。

「……それと、もうひとつ条件いいかな?」

「ん、なになにー?」

上機嫌に笑顔で私の言葉を待つ星野さん。
私は鞄の中から紙を取り出す。

「……これ、買ってほしい」

それは私たち喫茶店のコーヒー前売り券。
まゆは私の行動に笑いながら言葉を挟む。

「あやりん、それまだ持ってたんだー」

私は裏切り者に目を細めて向ける。
まゆは早々に別のクラスへ売りに行ってしまったし、弥生ちゃんも先生に売るために職員室へ。
コーヒー班のノルマ10枚は出遅れた私にはかなり重く、結局まだ5枚売れずに持っていた。

「ふーん、1枚で良いの?」

「……えっと、出来れば5枚で……」

まゆが笑いを堪えてる……。
図々しいとは思ってる。それでも、これを売るのは本当に面倒くさい、出来るならまとめて買ってもらいたい。
だけど、星野さんは難しい顔で……流石に5枚全部は厳しいのかもしれない。だったら1枚分私からのサービスって形なら――

617事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。9:2018/09/29(土) 23:32:15
「ん、メイドアンド男装執事喫茶? ……これ、メイド服、綾菜も着るの?」

コーヒー券に書かれた喫茶店の名前を見たらしく尋ねてくる。
なぜ、私が着るかどうかなのかはよくわからないが。

「……え、多分……」

……。

なぜか観察するように椅子に座った私を上から下まで順番に視線を動かす……。

「歌恋、想像してる、気持ち悪い」
「ばっ! 〜〜〜っ わ、分かった買う、5枚とも買ってやろーじゃん!」

よくわらないが売れた。

「歌恋、メイド好きだか――」
「黙って白縫!」

――……私の――銀髪メイドが見たい……そういう事?

……。

「……そ、それじゃコーヒー準備するから」

何だか恥ずかしく、いたたまれないのでコーヒーを淹れるため席を立つ。
星野さん……話してみると少し印象とずれがあった。
傍若無人ではあるが割と接しやすい性格……私の事を知らないなど良くも悪くも噂には疎い。
周りに流されず、興味のあるものには真っすぐ……。

――……まぁ、傍若無人だからこその“あの言葉”だったんだろうけど……。

……星野さんにコーヒー券を買って貰えたのは良かった。
コーヒー券を売るのが面倒……もちろんそれが最大の理由ではあったが
買ったということは飲みに来てくれるわけで……流石に5杯を一人で一気に――ってことにはならないだろうけど
それでも、『声』を聞ける可能性が出来たのだから、チャンスがあれば……“あの言葉”を言った星野さんを――

考え事してコーヒーを淹れているとまゆと星野さんの会話が聞こえる。
星野さんは私の知らないまゆも知ってるみたいで……なんというか少し羨ま――……あれ?

……。

――……あー、うん…そっか、そういう事なのか……。

少し前のまゆの言葉の意味が分かり、今更ながら何だか嬉しくもあり恥ずかしい。
私は少し熱くなった顔を見られないように少し俯きながらコーヒーを皆に渡す。

「あやりんご苦労様ー」

そして、5回目の試飲を始めた。

618事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。10:2018/09/29(土) 23:33:04
――
 ――

「おいしかったよー、またねー」「……」

コーヒーを飲み終わると二人は調理室を出ていく。
星野さんは元気よく、五条さんは会釈だけ……なんとも歪なコンビだった。
五条さんの感じからまゆたちと同じ中学出身というわけでもなさそうだし
星野さんとは高校に入ってから出来た関係みたいだし……。
だけど、そんなこと言いだしたら私とまゆも周りから見たら似たようなものかもしれない。

閉まった扉を眺めたまま考え事をしていると、すぐにその扉は再び開く。

「あのーただいま戻りました」

弥生ちゃんが扉を開けて入ってきて後ろには瑞希が廊下の方を見てから扉を閉める。

「今のって、隣のクラスの人だよね?」

当然の疑問。
私はまゆに視線を向けると、瑞希の問いかけにまゆが答える。

「なんか匂いを嗅ぎつけて来たみたいだから試飲を手伝ってもらってたんだよ」

瑞希は「へー」とだけ答えて椅子に座る。
気にはなるけど特に答えを聞いても感想があるようなものでもないらしい。
それより――

「……随分遅かったけど、どこか寄ってた?」

「あ、そうなんですよ! そこの一番近いお手洗いなんですけど――」

弥生ちゃんが少し膨れた顔で説明を始める。
話を整理すると、どうやらここから一番近いトイレに人が集まり写真を撮ったりメモを取ったり……
とてもトイレを利用できる雰囲気ではなかったらしい。
なのでそこのトイレを通り抜け、回り道をして別のトイレまで行くことにしたとのこと。
そのため、時間を要したというわけらしい。

「ふーん、お化け屋敷を作るための取材かなー?」

概ね私と同じ結論。
あまり人の来ないトイレで邪魔にならないように取材……そういう事だと思うがうちの学校のトイレに似せる必要がどこにあるのか。
それとも私が知らないだけでそこのトイレには何か噂でもあるのだろうか?

619事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。11:2018/09/29(土) 23:33:55
――……まぁ、とりあえず、あのトイレが使えないわけか……。

自身の下腹部に意識を向ける。
6割……いや、もしかしたら7割……少し張ってきた様に感じる。
当然尿意も強くなり、じっとしているのは危なくなりつつある。
だから、あの場所のトイレが使えないと事前に聞けて良かった。
油断するつもりはないけど、誰かとトイレに行く際に焦って仕草なんて出してしまえば
我慢してることを悟られるわけで……それは恥ずかしい。
瑞希ほどではないけど、何食わぬ顔で普通にトイレで済ませたい。

「……それじゃ、次淹れるよ」

これ以上間を開けると、先が不安になるし、コーヒーを淹れる時に辛くなる……そう感じて準備を始めた。
私はもとより水などに反応してしまう体質なので、7割で準備というのもしたくないのが本音。
お湯の量を正しく測るために別の容器に移す作業なんて――

――っん……ほら、結構やばい……あぁ、というか思ってたよりずっと辛い……。
うぅ…トイレ……これ作って飲み終わったら流石にギブアップ……。

身体が水音に反応して尿意の波を引き起こす。
足踏みをしたくなるのを必死に抑えて、片方のつま先を床にぐりぐりと押し付ける。
位置的にテーブルで下半身は隠れているはずだし、その程度の動きなら不審に思われないはずだけど。
……見っとも無い。

得意のポーカーフェイスで全員分のコーヒーを準備して皆に渡して椅子に座る。
立っているときと比べて、座っているときのほうが落ち着く……。
それでも、コーヒーの効果や無理して仕草を抑えての我慢が効いたためか、かなり切迫したものになりつつある。

――……あぁ、本当トイレ……っ、我慢しすぎたかも……。

気が付かれないようにお尻をもぞもぞと動かし、椅子を使い押さえつける。
当然確り押さえられているわけではないわけで……少しじれったく感じてしまう。
……それはつまり、押さえたいくらいの我慢に近づきつつある……ということ。
ほんの少し前まで、尿意はあるが仕草に出るようなものじゃなかったし、他に気を取られることがあれば忘れられる程度のものだった。
今はもう、仕草を抑えるのが辛くなってきていて、改めて水分の過剰摂取とコーヒーの利尿作用の効果を身をもって体感する。

最後にトイレに行ってから2時間弱、飲み始めてからは1時間と20分くらい……。
数年前だけど確か雪姉は2時間くらいが飲み始めてから我慢の限界までの時間って『言ってた』。
私は雪姉より我慢強くないだろうし、容量に自信がそれなりにあると言っても我慢好きな雪姉ほどじゃない。
飲んでるペースは雪姉の最中と比べ早いペースではないのは確か。
だけど、これを飲み終わればお湯も含めて1リットル近い量を……昼休みに飲んだお茶を含めれば確実に超える計算になる。
それは私の貯めれる限界を多分超えてるわけで、限界まではやはり時間の問題。
そしてその限界まではそう長くはない。

620事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。12:2018/09/29(土) 23:34:51
『ん……あー流石にトイレ行きたくなってきちゃったか……』

――っ! まゆの『声』!

学校で『声』を聞かせてくれるなんて滅多なことではありえない。
同じ条件の私がここまで我慢してようやく感じる尿意……普段聞けなくて当然。
普段聞けないからこそ聞けるだけでこんなにも高揚できる……能力を研ぎ澄まして確り『声』に意識を向ける。

『飲み終わったらトイレ……でも、あやりんもそろそろ行くよね? ちょっともじもじしてる気がするし……』

――〜〜〜っ!!? ふぇ! バ、バレてるっ! 嘘……周りから気が付かれるほど…いやいや、してないよね? ……え、してたの??

予想していなかったまゆの『声』での指摘に動揺しまくる。――待て待て……お、落ち着け私……。
とりあえず、仕草はもっと気を付ける。それと動揺を表に出さな――

「っ熱!」

「なにやってるのさ、あやりん」

「あ、いや……熱いのに口に、含み過ぎた……」

めっちゃ動揺隠せなかった。
瑞希も弥生ちゃんも笑って――……うぅ、恥ずかしい。

『やっぱ我慢してるのかな? 早く飲んで早く済ませに行きたい?
やーどうしよ、あやりんに長い音とか聞かれたくないし、だからって他の人と行っても私の長さがより目立っちゃうわけだし
後回しにするほど、誰かと一緒にって言うのは避けたくなるなぁ』

さっきの私の行動は我慢してるからって理由で納得――――それはそれで恥ずかしいけどっ! ――――してくれた。
そしてどうやら、いつも尿意を感じる前に済ませてるまゆにとって、今の段階で誰かとトイレというのはなるべく避けたい恥ずかしいことらしい。
見学会の時もそうだったが、排尿の長さや勢い、音……そう言ったところに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

――……それより、私が限界近いんだから……『声』は聞けなくなるけど、ちゃんと行かないと……。

正直物凄く名残惜しいが一度済ませないと仕方がない。まゆに我慢がバレている以上、これ以上の我慢は不自然に思われるし、普通に我慢できないし。
途中で止めるって言うのは……正直かなり苦手で出来れば避けたいし、これだけコーヒーを飲み続けているなら完全に済ませた方が良い気がする。

私はコーヒーを飲み終えてその評価を付ける。
そして小さく嘆息して手に持ったペンを置いて腰を上げる。

「……ごめん、今度は私がトイレ行ってくる」

「あ、私もいいですか?」『ちょっと早いけど……したくなって来ちゃった』

私の声に便乗してきたのはまゆでは無く弥生ちゃんだった。
さっき済ませたばかり……と言っても帰ってきてからもうすぐ10分、済ませてきてからの時間は12,3分前後と言ったところ。
コーヒーの利尿効果を考えれば分間10ml以上利尿されていてもおかしくない。
容量が小さく尿意を比較的早く感じ、さらに尿意を人一番心配している弥生ちゃんなら不思議なことじゃない。

621事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。13:2018/09/29(土) 23:35:48
「いいよ、準備は私がしとくね」

「あいあい、いってらー」
『むー、二人に聞かれるのは……みずりんを一人にするのも悪いし、次の機会に……いや、一人になるまで我慢できないかな?』

調理室を出る際にまゆは少し興味深い事を『言って』くれる。

――……一人になるまでって、帰るまで我慢? 帰るまでって…今日いつ帰ることになる?

文化祭の準備は5時限目と6時限目だけじゃなく放課後もある。
確かに本来の下校時刻を過ぎれば放課後の準備は強制じゃないし
このままコーヒーの飲み比べだけなら6時限目終了と同時くらいに終わりそうなものだけど……。

……。

まゆの容量なら確かにあと1時間程度は余裕があるのかもしれない。
……帰るまで我慢……まゆがその選択をしてくれるなら最低でも良い『声』を聞けるのはほぼ間違いない。

「はー、あれだけ飲んじゃうと……かなり近くなっちゃいます」『はぁ、何度もお手洗い……ちょっと恥ずかしいけど、したいんだもん…仕方ないよね?』

弥生ちゃんは歩きながら私にそう言う。
何度もトイレに行くことを恥ずかしく思って、沢山飲んでるからって言い訳して
もちろんそれは正当な言い訳なのだけど――……可愛い。

そういう私もかなりの尿意を隠していて、それでも、歩くのには支障がない程度。
むしろこれくらいなら歩いている間は気が多少でも紛れて楽に感じる。

ようやくトイレが見えてくる。
一番近いトイレが使用出来なかったため随分歩いた気がする。
普段なら僅かな距離なのに、そう感じてしまうのは言い訳出来ないほど我慢しているから……。

トイレに入り、その独特の空気感に膀胱が主張を強める。
弥生ちゃんが先に個室に入り、私も二つ離れた個室に入る。

「っ……」

尿意の波に息を詰める。
片手で押さえて、鍵を閉めて、下着を下ろし、髪を抱え、スカートを掴んで――

<じゅううぅー――>

屈んだと同時に始まる――……大丈夫、下着に失敗はない。
そして忘れていた音消しに気が付き慌てて流し、少し遅い音消しをする。

「はぁ……っ」

安堵から溜め息が漏れ、もうひと息吐こうとして思いとどまる。
音消しの音が響く中とは言え、二つ隣りには弥生ちゃんがいる……。
出掛かった息を唾と一緒に飲み込み、静かに鼻から吐き出す。
ただでさえ、一回の音消しでは間に合わないのに、そんな息遣いまで聞かれたくはない。

622事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。14:2018/09/29(土) 23:36:49
用を済ませ、小さく深呼吸してから個室から出ると弥生ちゃんが既に手をハンカチで拭いていて……・

「……お、お待たせ……」

弥生ちゃんが早いのは確かだけど、私が長かったのも事実。
微妙な表情で出迎える弥生ちゃん……私は視線を逸らして、少し顔が熱くなるのを感じる。
……まゆの気持ちが少しわかる気がする。

「雛さんもだけど……真弓さんって……お手洗い凄く遠いよね?」

トイレを後にして、しばらく歩いてから弥生ちゃんが尋ねる。
触れて来なくて胸を撫でおろしたところだったため不意打ち……だけど、話の中心になるのは私ではなくまゆの事。

弥生ちゃんがそう思うのも無理はない。
自身が何度もトイレに向かった中、ようやく私がトイレに向かい……そして、まゆはまだ一度も済ませていないわけで。

……。

「……そうだね、普段学校じゃ昼休みに一度だけ…みたいだし……」

私はそこで口を止めた。
まゆが気にしている事まで弥生ちゃんに話すべきではない。
トイレが近い悩みを持ってる弥生ちゃんには、まゆのそれは贅沢な悩みなのだと思う。

「言われてみれば…ですね」

それから「少し羨ましいです」と言葉を零す。
落ち込んでいると思って弥生ちゃんの表情を確認すると、確かに多少自嘲気味には感じるが、笑みが見えて……
トイレが遠いという事へ、純粋に憧れも感じているのかもしれない。

純真無垢な弥生ちゃんを眩しく感じている間に、調理室まで戻ってきた。

<ガラガラ>

「……ただいま」

「おかえりー」「そろそろだと思って、もう準備できるよ」

扉を開けるともう嗅ぎ慣れたコーヒーの香りがしていて、既に試飲の準備が出来ているらしい。
そして、これが最後の試飲。

「ようやく最後だね」

まゆが言う。もし今『声』が聞けたらと思うと……考えても仕方ないけど。

623事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。15:2018/09/29(土) 23:37:39
私と弥生ちゃんも席に付き、瑞希によって差し出されたコーヒーを受け取る。
そういえば瑞希は今日初めて弥生ちゃんと一緒にトイレに行かなかった。
これを飲み終わればコーヒーの飲み比べが終わるけど、自分から言わない瑞希は誰かに便乗しなければいけないはず。
当然私は『声』の為にトイレには行かない。まゆか弥生ちゃんだけど……。

なるようになればいいが、最低でも私が『声』を聞き取れるようになってからでお願いしたい。
私はコーヒーに口を付け評価を始め――

<ガラガラッ>「待たせたなっ!」

急に扉を開けて発せられた大きな声にコーヒーを零しそうになる。
扉の前で仁王立ちのツインテール……檜山さん。

「どう? 評価終わった?」

そういいながら私たちの近くまで来て評価を書いた皆のメモを手に取る。

「おかえりつくしちゃん、今最後の飲み比べ中ー」

メモに目を通している檜山さんにまゆが伝える。
「ん」と聞いているのか考えているのか曖昧な返事をしてメモを見続ける。

しばらくして檜山さんはメモを机に乱雑に起き――

「おっけーわかった、今から最高のコーヒー作るからちょっと待ってよ」

最後の評価を聞く前に檜山さんはいくつかのコーヒー豆を入れた袋をカバンから取り出す。
今から評価をもとにして新たにブレンドを始めるらしい。
普段控えめに言って元気な馬鹿な子……だけど、今は妙に輝いて見え印象が随分変わる。

……。

私はさり気無く皆に視線を向ける。
『声』は聞こえない……でも、仕草を見せても良いくらいの二人がいるのだから。

まゆは檜山さんを興味深そうに観察しているが我慢の仕草は全く見えない。
瑞希は……まゆと同じように檜山さんを見ているが――……少し身体を揺らしてる?
我慢しているにしても、瑞希は仕草を出さないように意識してるはず……。
それなのによく見ればわかるということは、それ程の抱えている尿意が大きいということ。
隠してるのに隠しきれてない――……とっても可愛い。
……さっきまゆにバレていた私が人の事言える立場じゃないけど。

624事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。16:2018/09/29(土) 23:38:51
「はいっ! お待たせー」

私の意識が檜山さんから外れている間にコーヒーが完成したらしい。
今まで飲んできた試飲の時より、量の多いコーヒーが皆の前に置かれる。
流石にあれだけ試飲を済ませた後だけに、私は少し目を細める。

「まぁ、そーなるよねー」

檜山さんは私たちの反応を見て言葉を零す。
私以外の反応も似たような感じだったらしい。

「だ、け、どっ! ふふ、抜かりはないんだよねー」

檜山さんそう言ってカバンから何やら取り出しテーブルの真ん中にそれを置く。

「っ! ローリングちゃんです!」

弥生ちゃんが小さく声を上げる。
置かれたのは小さいけど長いロールケーキ、つまりはお茶請けということ。

ロールケーキを五等分にして、今度こそ本当の最後の試飲。
甘いお茶請けの効果も当然あるとは思うが、美味しく飲むことが出来た。

私は最後の一口を喉に流し込み、一息吐く。
同時に自身の尿意に気が付く。そして、尿意を感じたのだから当然――

『んっ……早く、トイレ…おしっこ……あぁ、誰か行かないの??』

『流石に結構溜まって……うーん、どうしよう、流石に家までは無理かもだけど……』

『はぁ……またしたくなっちゃった……』

檜山さんを除く三人の『声』。
尿意の大きさは瑞希が一番大きく、かなり焦っているのが『聞き』取れる。
瑞希が最後にトイレに言ったのは4回目の試飲の後。時間にして40分ほど前。
5回目の試飲をしていないとは言え、飲んだ量の条件は弥生ちゃんと殆ど変わらない。
弥生ちゃんは6回目の試飲の時に済ませてから15分足らずで次の尿意を催し、トイレに行ったことを考えれば
最初に感じる尿意――初期尿意の2倍以上の量が瑞希の下腹部に溜まっていることになる。
限界量とは違い、初期尿意を感じる量は比較的個人差が少なく150〜250mlと聞く。
弥生ちゃんは容量が小さく、6回目の時に瑞希より早く尿意を感じていたことを踏まえると弥生ちゃんの感じる初期尿意は150ml前後と考えればいい。
厭くまで計算と想像でしかないが、今、瑞希の下腹部には400mlほど貯め込まれているんじゃないかと想像できる。

――……まぁ、まゆは…初期尿意からしておかしいけど……。

625事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。17:2018/09/29(土) 23:39:56
『声』の大きさでは次点でまゆ。
まだ『声』は冷静だし、仕草にも出ていない――……流石はまゆ。
それでも、いつまでも冷静な思考で居られるはずはない。

弥生ちゃんは、ついさっき催したところの様で、『声』は小さく、焦ってもいない。
ただ、少し困惑と呆れを感じ取れる――……これだけ短時間で何度もしたくなれば、そう感じるのも無理はないけど。

「さーてとっ! 私は軽食班に戻るよ――って言ってもあっちも今日はもうお開きだと思うけどねー
こっちも片付け終わったら帰っていいんじゃないかな?」

そう言って檜山さんは手を振って調理室を出て行く。
片付け……尿意を抱えた皆の行動が気になり、視線をさり気無く巡らす。

「? さっさと片付けちゃおっか?」

まゆは私の視線に気が付いたみたいだけど、特に気にせず片付けを始めようとする。
トイレの事はは片付けを終えてからどうするか考えるのだと思う。

「あ、先に……お手洗いに……」『そこのお手洗いはまだ使えないかもだし……早めに行かないと……』
「っ! わ、私もいいかな?」『助かったー! っ……や、油断しちゃダメ……まだ、ちゃんと…我慢だから……』

弥生ちゃんがトイレへ行くために声を上げ、瑞希がそれに慌てて便乗する。
瑞希はかなり限界が近づいている……ついて行けば最高の『声』と多分仕草も見ることが出来るし
弥生ちゃんがそれに気が付いて、瑞希が赤面なんて可愛い姿も想像出来る。

……。

だけど、今はまゆの事も気になる。

「そっか、片付けは私らでしとくから」
『私も行きたいけど……あやりん一人で片付けさせるのもなぁ……なによりまた二人同時だし……』

こっちに残ってまゆを最後まで見届けたい。
滅多な事では聞くことのできない『声』……もう少し『聞いて』おきたい。

二人が調理室を出ていくのを見届け、私も片付けを始める。
……当然、さり気無くではあるが視線は時折まゆに向けて。

『あー、したいなぁ……でも、駅? ……みずりんも電車…反対方向だけど、結局弥生ちゃんは同じ方向……駅のトイレは一か所だからあまり関係ないけど』

それなりの『声』のはずではあるが、まだ仕草は見せてはくれない。
駅を候補に上げる所を見るに、やっぱり誰かに音を聞かれたりすることに強い抵抗を持っている。
だけど、その駅のトイレもあまりいい選択ではなさそうだけど。

626事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。18:2018/09/29(土) 23:40:46
『だったら、昇降口のトイレしかないかな? 少なくとも、今トイレに行ってる二人は…トイレに寄らないだろうし……ふぅ……』

『声』の中に憂いを帯びた感覚を僅かに感じる。
再度視線をまゆに向けると――……っ! 足を擦り合わせてる?

まゆの手は何事もなくテーブルの上を片付けているように見えて……その実、片方の足を上げてもう片方の膝の内側に脹脛を擦りつけるような仕草を……。
それは僅かな時間だけ見せた姿だけど、確かな我慢の仕草で――……まゆ、凄く可愛い。

『あぁ、やだな……トイレ……早く行きたいけど、昇降口の使う時…あやりんも多分一緒だよね?』
『う〜ん……トイレっ……もうすぐ片付け終わるけど……はぁ、…弥生ちゃん達まだ戻ってこないのかな?』
『ほんっ…と、おしっこしたい……うー…あぅー…』

片付けを始めてから短時間の間に随分『声』が大きくなった。
座っていた時と違い支えを失って、水洗いしなければいけないものもあるのだから当然我慢している身には辛い。
まゆの『声』……夏休みの見学会以来で、しかもこんなにも大きな『声』で――……最高に可愛い。

だけど、そんな至福の時間も長くは続かない。
まゆの持つ未使用の紙コップを片付ければ、あとは瑞希と弥生ちゃんを待つだけ。
そうしたら、帰ろうって話になるわけで。
カバンも皆調理室へ持ってきているし……そのまま昇降口に向かってそこのトイレに入ってしまえば、まゆの『声』とはお別れ。

「よーし、片付け終わりっと!」『あぁーもう、二人ともまだっ!? んっ…トイレ…ほんとにさっきから辛いしーっ』

まゆは片付けを終えると椅子に座り大きく嘆息した。
片付けをして疲れたから出た嘆息じゃない。
座ることで尿意が少しでも落ち着けることが出来るし、仕草も隠しやすくなる。
要するに安堵から……と言った方がしっくりくる嘆息。

<ガラガラ>

「ただいま…です」「……か、片付け…ごめんね」

扉を開けて二人が戻ってくる。
何度もトイレに行って、片付けも押し付ける形になったためか二人とも少し歯切れが悪い。

「……気にしなくていいよ、片付ける物もそれほど多くなかったし」

私は二人が気にしないようにフォローを入れる。

「う、うん、…ありがと……」

まだ少し歯切れの悪い瑞希……。隣でそれをなぜか気にするように見る弥生ちゃん。
その態度に違和感……瑞希はもう少し遠慮のない答えを期待していたのだけど……?

627事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。19:2018/09/29(土) 23:41:33
「そんじゃまぁ、帰ろっか!」『んっ……、学校で我慢することなんて無いかと思ってたけど……ようやくトイレ、おしっこ〜……』

まゆの切羽詰まった『声』が少し明るくなる。
いつものまゆなら二人の微妙な態度の変化に気が付きそうなものだけど……余裕を失いつつあるのかもしれない。
だけど、その余裕を失ったまゆの『声』もそろそろ聞き納めで――……まぁ、それなりの可愛いまゆが『聞けた』わけだし。
大満足とは言わないが、満足できたと言ってもいいと思う。

そして、心なしかいつもより早足に感じるまゆを先頭に昇降口へ向かう。
斜め後ろについて歩く私はまゆに視線を向けるが……上手く仕草は隠してる。
余裕がないと言っても、さっきの私と同じで、歩いている方がまだ気が紛れる程度の尿意なのだろう。

「おぉ?」

昇降口に近づいてきたとき、先頭のまゆが驚きと疑問が混ざった声を出す。
私はまゆから視線を切って、身体を横に傾けまゆの後ろから覗き込むようにして前を見る。

――っと、これはトイレの行列? ――じゃないか……えっと?

「あ、コレさっき調理室の方にいた人たちと同じような事してないですか?」

弥生ちゃんがそう声に出す。
つまりあっちにいたトイレの取材陣……?

「そう…なんだー」『うぅー、流石にここじゃ……でも……もうかなりっ……駅まで持つ?』

今までとは違い、まゆの『声』からは焦りと困惑、それと不安が強く感じられる。
ここで済ますことを想定してからの我慢の延長……沢山我慢できるまゆではあるけど、駅までは歩いて10分程度は掛かる。
さっきまで試飲の為に大量に飲んでいた利尿作用の高いコーヒーがまだ下腹部を膨らませ続けているはず。
そんな状態で――……でも私は…そんなまゆを、見ていたいって思ってる……。

「うーん、一体何なんでしょうね?」

「それは、七不思議のひとつの取材」

弥生ちゃんの声の後、突然私たちの後ろから声が聞こえた。
私たちはその声に振り向く。

「さっきは、コーヒー、ご馳走様……」

そこにいたのはさっき試飲の時に星野さんと共にコーヒーを飲みに来ていた五条さんだった。
彼女は足を止めることなく私たちの間を通り抜け、その時に視線をトイレに一瞬だけ向け、呟くように声を出す。

「この学校の七不思議は、全部、ただの噂」

……。
端的な言い方で……でも、少し含みのある言い方のようにも感じる。
そして五条さんは下駄箱から靴を取り出し昇降口から校外へ出ていく。
わざわざ声に出して教えてくれたのは、コーヒーのお礼のつもりだったのかもしれない。

628事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。20:2018/09/29(土) 23:42:43
「えっと、私たちも帰ろうか?」

瑞希がそう言って下駄箱に向かって歩き出す。

「うん、さっさと帰ろう帰ろう」『早く駅で…んっ――おしっこ…したい、したいよ……』

二人の言葉に私と弥生ちゃんも従い、みんな揃って昇降口から外に出る。
瑞希の意見に同調して、駅までの道のりを我慢することを選んだまゆだけど……『声』からしてかなり限界が近いことが窺える。
私は駐輪場へ小走りで向かい自転車を取りに行く。それから自転車を押して駅で別れるまで一緒に下校。
普段ならばまゆと弥生ちゃんは私と下校するときは踏切を渡りわざわざ駅の表まで来てくれる。
瑞希とは今まで一緒に帰る機会がなかったが、多分、一緒に来てくれると思う。

まゆの歩く姿に未だ仕草を感じ取れない。
だけど――

「っ……」『んっ、ほんとやばい…これ、間に合う? あぁ……こんなに我慢っ…することになる、なんて……』

他愛もない話の間に零れる息遣いは少し荒く、『声』にも余裕がなくなって行くのが感じ取れる。
間に合うかどうか……それを心配し始めたまゆの心の片隅には、もしかしたら既に“おもらし”の言葉が浮かび始めているのかもしれない。

『はぁ、はぁ……だめっ…ほんとっこのままじゃ……』

駅まで我慢できない……間に合わない、おもらししちゃう……。
いずれの言葉も『声』に出すことはなかったが、それは直視するのが怖くて目を逸らしているだけ……。
今まで沢山の人たちの『声』を聞いて来た私だからわかる。これほどまでに大きな『声』……我慢の限界が間近に迫ってきた証拠に他ならない。

……。

私は再度さり気無くまゆに目を向ける。
よく見るとわずかだけど前屈みにも見えなくなくて……限界は本当にすぐそこまで来ていて。
もしかしたら……本当に――

「っ…あ、あれ?」 

会話の切れ目に突然弥生ちゃんが言った。

「あぁ、うそ……ケータイ…忘れたみたいです」

それから立ち止まりカバンを再度なんども確かめるが、何とも言えない気まずい表情を見せ……。

「ご、ごめんなさい、やっぱり学校みたいで……ちょっと取ってきますから…えっと、先に帰っちゃって下さい」

そう言って私たちに手を振りながら学校へ小走りに引き返す弥生ちゃん。
私としては待ってあげてもいいが、弥生ちゃん本人が悪く思うだろうし、なによりまゆが――

「わ、私もちょっと用事あるの忘れてて、きょ、今日は駅に…裏から行くねっ」『もう我慢出来なっ――、はぁ…ぅ……ごめんね!』

弥生ちゃんが携帯を探すのに立ち止まっていたためなのか、限界が目前に迫ってきたためなのか……
踏切の手前でまゆは必死に仕草を抑え、私と瑞希に別れの言葉を言って駅の方へ駆けて行く。
普通に走る姿に見えなくもないが……我慢してるのを知ってる私から見たらお腹を庇うような不自然な走り方。
後を追いたいが駅に用事はないし瑞希もいる中、尾行みたいなことは出来ない。
色々と思考を巡らすが、その間にも走るまゆとの距離が離れて……流石にもう諦めるほかない。
結末がどうであれ、ここまで来て最後まで一緒に居られないというのは割とショックが大きい。

629事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。21:2018/09/29(土) 23:43:29
「いっちゃったね、……まぁ、私はコンビニにちょっと…寄りたいし、そこまでは一緒…だね」

私は名残惜しくまゆを見送り、隣に残ったのは瑞希に視線だけを向ける。今現在『声』は聞こえない。
そういう意味だけで言えば詰まらないと言ってしまえる。
だけど、あの雨の日を除けば瑞希と二人で下校というのは高校に入ってから初めての事であり
長く話していなかった時間を取り戻すには悪くないのかもしれない。

……。

――……それに、気になることもあるし……。

片付けの後、調理室に戻ってきたときほどではないがさっきの言葉も少し歯切れを悪く感じた。
言葉数も少なくなった気もするし……そして、その態度に思い当たることがないわけじゃない。

「……コンビニに行って何か買うの?」

「っ! えぇ!? や……まぁ、ね、あはは……」

予想通り、かなり動揺してる。
まゆの結末を最後まで見ることが出来なかったためか……この行き場のない欲望を瑞希に向けたくなる……。
……割と本気で自分自身の事を最低なんじゃないかと思う。

踏切を超え、コンビニが見えてくる。

「そ、それじゃー、私コンビニに寄ってくから、また明日…かな?」

コンビニの前で別れの言葉を切り出す。
当然コンビニを出た後は瑞希は駅へ、私は自宅へ向かうわけだからここで別れるのはなんら不自然な事じゃない。
だけど……多分瑞希は早く別れたがっているからこその別れの言葉。
そんな態度の瑞希を見ていると――

「……私も何か買おうかな?」
「え! や、その……ちょっと待って、わ、私の買いたいものなんだけど、そ、その…見られたくないって言うか――」

だから買い物終わるまで外で待ってて欲しい、と言う瑞希。
というか、“見られたくないもの”って……もう少しマシな誤魔化し方した方が良いと思う。
食い下がろうとも思ったが、やっぱりこれは半ば八つ当たりな気もするので大人しく外で待つことにする。
私自身は買いたいものもないのだから帰っても良かったが、自身の尿意もそれなりに高まりつつある。
もう今の季節にもなると夕方は肌寒く、尿意を加速させる。
それにさっき我慢しすぎたのも我慢が辛い原因かもしれない。
ここで済ませず自宅までとなると……正直、我慢できる絶対の自信はないし
マンションのトイレの前まで来て失敗、挙句の果てに住人に見られるようなことにでもなったら立ち直れない。

630事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。22:2018/09/29(土) 23:44:48
『ちょっとしたいし、おしっこも済ませておこうかな……どうせ下着替えるためにトイレ入るんだし……』

コンビニ内から微かに聞こえる瑞希の『声』。ついさっき学校で済ませたとはいえ、あれだけ飲んだ後だし仕方がない事。
それと……想像していた通り、瑞希は下着を汚していた……ただ、下着は履いていないのか、濡れたままでいるかまでは判断できていなかったけど
下着を替えると言う『声』の内容から濡れたまま履き続けていたらしい。
わざわざ履き替えるのは、電車に乗って濡れた下着のまま座るわけにはいかないし、においも気になるのかもしれない。
それとただ単純に気持ちが悪いとか見られたら……というのもあると思う。

……。

スカートは無事だった様に見えたので失敗がどの程度だったのかわからないが
調理室に帰ってきたときの弥生ちゃんも少し動揺していた様に見えた。
弥生ちゃんに気が付かれるほどの失敗はしていたのかもしれない。

――……むぅ、そう考えると片付けの時、弥生ちゃんがトイレを言う前に私が言ってれば一緒に――

結局“たられば”な話だけど。

『下着買った後にトイレとか……んー勘ぐられちゃうのかな?
でも、おしっこも済ませないと…駅でもいいけど清掃中とかだとかなり困ったことになるし……』

瑞希も失敗するほど限界まで我慢した後で、且つトイレが近いほうだし……。
瑞希の言うように清掃中だったとしたら次の駅か、コンビニにとんぼ返りになるわけで。
割と悩む選択かも知れない。

『っ! だめ、出ちゃう! あぁ……あとちょっと、お願い…っ!』

――っ!! これって、まゆ?? なんで……。

突然聞こえて来た『声』に驚き駅の方を見る。
まだ遠いが、スカートの前を確りと押さえ込んだ親友の姿が目に映る。

『し、修理中で…使えないとかっ……なんでこんな時に、…あぁ、コンビニ…トイレ…っ、お、おしっこ……』

どうやらこのコンビニを目指して歩いてきているらしいが
必死に我慢しているためかこちらにはまだ気が付いてない。

まゆは私たちが駅の表側に来ていることを知っている。
確かに駅の裏側にはコンビニも飲食店も近くにないけど
用事があると言って先に駅へ向かった以上、私たちと顔を合わすのは極力避けたいはず……。
それなのに、このコンビニを目指すためにこちら側に来たということは――

――……そんなことを考える余裕が既にない、もしくは間に合うトイレ候補がここ以外にない――ってことだよね?

どちらにせよまゆの我慢が限界まで来ていることは明らかで。
いや、そもそも踏切手前で別れた時点ですでに限界寸前だったはず……。
その事実が私の心臓を大きく響かせる。
口の中は渇き、目はまゆから離せない……。

そして遠くで見えるまゆが視線を上げて……目が合う。

631事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。23:2018/09/29(土) 23:45:42
『っ! あやりん!? や…分かってたけど、けどっ……や、だ……こんなの……っ、見ないでよぉ――見せたく、ないのにっ……』

スカートの前から手を離す、だけど、その手は落ち着きがなく彷徨わせたり強く握りしめたり……。
だけど、10秒も経たないうちに再び片方の手がスカートの前に添えられる。

『あ、あぁ…っ、ば、バカバカっ、こんな、格好っ……んっ』

――……まゆ、本当にもう…限界……なんだ……。

俯きながらこちらに向かってくる……。
きっとこんな醜態――――最高に可愛い醜態だと思う――――を晒しておいて、逃げたいはずなのに。
恥ずかしくても此処のコンビニのトイレを目指して……それしか間に合う選択肢がないから……。

『やだ、あと…ちょっと……あ、あぁっ! くぅ…んっ! あっ……』

道路の向こう、スカートの前を力強く押さえ、足踏みしながら車が途切れるのを待つ。
まゆの顔は凄く必死で、時折私と視線が合いすぐに目を背ける。……それを見て、私は後ろめたさを感じながらも目を離すことが出来ない……。

『えぇ、トイレ使用中なの? あ、でも流す音聞こえて来たしもうすぐっぽいかな?』

――っ! み、瑞希の…『声』だ……。

ふと聞こえたのはまゆのものじゃなく瑞希の『声』。
まゆに気を取られていた間に瑞希がトイレを使う決断をしていて……。

『んっ……はぁ、急にしたくなるなぁ……あ、出て来た』

――えっ……ま、待って……そこは――

まゆが使う、まゆが恋焦がれてるトイレ……私は視線をコンビニに向け、瑞希を止めに入るか一瞬考える。
だけど、今私がコンビニに足を踏み入れたところで、瑞希は既に個室の中……間に合わない、まゆはその後……。

視線をまゆに戻すと車が途切れたのを見計らってこちらに駆けてくる。
覚束無い足取りで……私の前まで来て一度歩みを止めて……。
だけど、私の目の前に来ても、視線は宙を彷徨わせそわそわと落ち着くことが出来ない。
そんなまゆに、私は何か言わなくちゃいけない気がしたが……掛けるべき言葉が見つからない。

「……っ、あ、あやりん、その…っ、あぁっ…だめ、ごめん後でっ!」『と、止まってっ! あとちょっと、ちょっと……だからっ!』

先に気まずい空気を破ったのはまゆで……というより、待てなくなったと言った方がより正確だった。
私の横を通り過ぎコンビニの中へ向かうまゆ……一瞬見えたスカートの押さえ込まれた部分、そこが濃く変色していた。
『声』の内容からもそれが恥ずかしい失敗の跡であることは明らかで……。

632事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。24:2018/09/29(土) 23:46:29
――……っ! それより、トイレには瑞希がっ!

まゆにコンビニに入る前に伝えるべきだった? 隣の喫茶店のトイレに目指す先を変えさせるべきだった?
……過ぎたことを考えても仕方がない。
私はコンビニの中へまゆを追うようにして入る。
当然、瑞希はまだ個室の中。

「(っ! うそ……あぁ、なんでっ……!)」『し、使用中!? あっ、あぁ……やっ――』

私はその声と『声』を聞きながらまゆの隣へ付く。

『あ、あやりん……んっ、だめ、だめなのに……あ、あぁ……またっ…あやりん…っ私…もう――』

トイレの扉の前で震えた足を閉じ合わせ、スカートの前を押さえて……目には涙を溜めていて……。
……可愛い、凄く……だけど、胸が苦しくて助けたくて……。私にできる事は――

<ドンドン>
「み、瑞希! お願いっ早く出てきて!」
  「えぇ! あ、あ、綾!? 外で待っ――」
「良いから早く出てきて! し、下着のことは知ってるけど、履き替えるのとか後にして!」
  「っ!!? や、えぇ?!」

瑞希には後でちゃんと謝らなければいけない……けど、今はそれどころじゃない。
まゆはもう我慢できない……スカートの染みがさっきより広がってるのがわかる……。
こんなところで、おもらしなんて絶対にさせられない……。
まゆのそんな姿……見たくないと言えば嘘になるかもしれない、だけど、やっぱり見たくない私もいて……何より他の誰にも見せたくない。

「(んっ! あぁ……あ、あ…ふぁ、んっ……やぁ…――)」『み、みずりん? あ、あぁ……嘘…出てきてよ、早くっ、〜〜〜っ』

尿意の波――というよりも外へ漏れ出す力を気力だけで抑えて……でもそれはもう時間稼ぎでしかなくて。
我慢を続けたところで尿意が引くなんて事はもう起きえない。ギリギリまで張り詰めた下腹部は、もう吐き出すことしか考えていない。
すぐに入れると思っていたトイレを目の前に、あと少しの状況……あと少しの時間を全力で堪えるしかない。

<カラカラ>

個室の中で紙を巻き取る音がする……。

「っ……み、みずりん、あっ…は、早くぅ……あぁ……ぅ…」『あ、溢れ……っ、あ、あっ……ああぁっ……』

前を押さえる手が何度も押さえ直され、スカートの生地が閉じ合わされた足の間に入り込んでいく。
染みが見えなくなるくらいに生地を集め……だけど、まゆが全身を跳ねさせたと同時に、一瞬にして大きく染み浮かび上がる。

  「え、真弓ちゃん? ……あ、もう、もう出るからねっ!」<ジャバ――><カチ>

水の流す音、鍵を開ける音……そして――

633事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。25:2018/09/29(土) 23:47:15
「おまた――」「ご、ごめん!!」

扉が開くと同時に、押しのけるようにまゆが個室へ滑り込む。
私は押しのけられて呆気に取られる瑞希を受け止め、でも視線はまだ、まゆへ……。

「あ、んっ……やぁ……」『まだ、あ、あっ……あぁっ!』
<じゅぃ――><びちゃびちゃ……>

確かに聞こえるくぐもった音、床に打ち付ける水音。

<バタンッ>

ようやく閉められる扉……。
だけど、中ではまだ、高いところから落ちる水音が響いていて……。
その音は中で慌てているであろうまゆの動きに合わせて不規則に音をリズムを変える。

  <じゅうぅぅぅぅ―――>

そして……水の中に放たれる音に変わる……。

「っ……真弓…ちゃん……おもら――むぐぅ!」

声に出してデリカシーの無いことを口にしようとする瑞希の口を押える。
私はそのまま視線を下に落とす。

――……あんなになるまで我慢して、それなのに、個室の外には水たまり一つ残さないとは……。

スカートの染み具合、個室に入ってからの誤魔化せないほどの失敗……瑞希の言うようにおちびりとはとても言えない……言い訳のできないおもらし。
それでも、個室に入るまでは決して諦めず、その失敗を床に残さなかったまゆは――……頑張った……物凄く頑張ったと思う。

  「はぁ……はぁっ、…はぁ……」<じゅうぅぅっ…じゅぅぅ―――>

長い……途中一瞬途切れたりして入るけど…もう30秒……いや40秒くらいにはなる。
瑞希が手の中で暴れだしたので仕方なく放す。

「ぷは……はぁ……(ね、ねぇ? 真弓ちゃんの……めっちゃ長くない?)」

今度はちゃんと空気を読んで私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
同意ではあるけど――

「(……それ、まゆに絶対言っちゃだめな奴だからね?)」

茶化して空気を和ませるにしても、まゆには音とか量とかそう言うのは避けた方が良い。
それにしても――……はぁー、滅茶苦茶可愛かった。

634事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。26:2018/09/29(土) 23:48:36
  <じゅぅ―――>

勢いはかなり落ちた気はするけど……もう1分以上経ってる気がする……。
スカートに多大な被害をだして、それなりの量を個室の床へ零していながら……1分って……。

「(ね、ねぇ? ……なにこれ? 終わんないの?)」

困惑の表情で私に尋ねる瑞希……それについてはもう何も言わない……。

――っ……それより、こんな音聞いてたら……んっ……はぁ……。

元より私もそれなりに我慢していたわけで……。
済ませてからもう50分くらい……かなり我慢が辛くなってきた。
だけどまゆは……私のそこそこ限界に近い我慢の2回分をずっと貯め込んでいのであって……。
本当に凄い――……っ…あぁ、凄いのは良いけど……これ…結構……っ。

さっき、我慢しすぎた為か、尿意の波が非常に大きい……。
今まで意識がまゆに向いていたから強く意識することがなかったが
自身が催していることを強く自覚し、トイレ前だと言うことを意識した途端に……。
どうしても仕草を抑えることが出来ずに身体を捩って尿意の大波に抗う。

「(あ、綾? もしかして……我慢してる?)」

当然その明け透けな仕草に瑞希は気が付く。
私は瑞希の言葉に顔が熱くなるのを感じて……視線を逸らす。

「えっと……真弓? 大丈夫?」

瑞希は私に左手で待つように静止を掛けつつ、いつの間にか音の止んだ個室へ言葉を投げかける。
だけど、個室から返事は返って来ない。

「真弓、聞いて……綾もその……我慢してるみたいで――」
  「っ! あ、……っ…う、うん……ごめん、ちょ、ちょっとだけ、待って…っ……」<カラカラ>

個室の中から慌てて紙を巻き取る音と……まゆの涙交じりの声……。

「っ……まゆ、ごめん……」

本当情けないし、申し訳ない……。
ワザと我慢してまゆの『声』を聞いておきながら……恥ずかしい失敗をしてしまったまゆに心を整理させる暇さえ奪うなんて……。

635事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。27:2018/09/29(土) 23:49:25
――……そうだ…せめて着替え…。

私は足をクロスさせ壁に凭れ掛かり、肩に下げたカバンの奥からいつも用意してる予備のスカートを取り出す。
それを瑞希に押し付けるようにして渡す。

「こ、これは?」

「……まゆに渡してっ……んっ!」

したい……おしっこ……。
膀胱が断続的に収縮を繰り返し、下腹部が時折硬く緊張する……。
ギリギリ限界まで張り詰めてるわけじゃない……まだ我慢できるはず、しなきゃいけない。
まゆをあの格好のまま出てきて貰うわけにはいかない……ちゃんと後始末と着替えくらいさせてあげたい。

「綾……ちゃんと我慢してよ?」

「……わ、わかってるっ…」

瑞希は着替えを受け取ると個室のまゆに渡すために声を掛ける。
私は視線を外してスカートの前に手を添えたり、太腿を抓ってみたり……。
試飲中の我慢は確かに辛かったけど……別に限界寸前までの我慢じゃなかった。
多少尿意に過敏になってはいるけど、押さえ込めないわけじゃない……まだ我慢できる。

トイレの前だという意識を無くしたくて目を瞑る……。
自分の短く深い呼吸音だけが大きく聞こえる……。

――……我慢っ……我慢…我慢……っ! ぁ、っ!!

<じゅ…>

僅かに下着の内側から噴き出す熱い失敗……。
クロスに合わせた足を震わして、添えられた手に力が入る。

――……うぅ…と、止まった……っ…はぁ…はぁ……。

「あ、あやりん、ごめん! 空いたよ!」

まゆの声に顔を上げる。
申し訳なさそうに涙で腫らした目で私を見るまゆ……。
私は直ぐに目を逸らして、カバンをその場に落として個室に駆け込む。

<じゅ…じゅう……>

――ちょっ! …ま、待って!

個室の中で見っとも無く足を踏み鳴らし、鍵を閉める。
トイレは洋式……髪は前で抱えて……。
あとはスカートと下着を――

<じゅうぅぅ>

「っ……はぁ…はぁ…っ、はぁ……」

下着にはかなりの被害は出てしまった。
けど……間に合ったと――……言ってもいいよね?

一息ついて……終わった頃に音消しを忘れていたことに気が付く……。
酷い我慢姿を見せて、音消しもせず……まゆほどではないのだろうけど、個室を出るには勇気がいる……。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない……。
まゆは、私よりもずっと恥ずかしい姿を晒してしまったのだから。

636事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 1:2018/09/29(土) 23:52:28
**********

――はぁ……。

やってしまった……またあやりんの前で。
また迷惑かけて、その上スカートまで貸してもらって……。

あと少しを我慢できなかった……。
駅のトイレ……清掃中でも使っていただろうし、確かに運が悪かったのはある。
だけど、恐らく4人の中で最も我慢できる私が失敗を犯したのは、それ相応の落ち度があるから。
余裕のあるうちに済ませれば解決できた簡単な問題なのに……そのタイミングは確かにあったはずなのに。

……。

コンビニの外でみずりんと並んであやりんを待つ。
あやりんがトイレの前に落としていったカバンはみずりんが持ってくれている。
彼女はあまり気を使える方ではないが、口を開かず黙っていて……。
それが私にとって有難いのか、気まずくて辛いのかよくわからない。
だけど、だた言えるのは、私から何か話すのは今はかなりきついという事。

……。

沈黙の中、足元を見る。
そこは乾いたコンクリートとあやりんがくれた濡れていないスカート……だけど、靴下は付けていない、下着も履いていない。
足には靴の湿った感覚が気持ち悪く残り……現実を突き付けてくる。

「あ、あのさ……」

私はみずりんの声に身を固める。
今は彼女の気の使えない性格が少し怖い……。

「わ、私が、個室に入ってた時に、綾が言ってた事……なんだけど」

――あやりんが言っていたこと?

すぐには何を言っているのかわからなかった。
あの時は本当に我慢に集中していて……。

「ほ、ほら……し、下着とか…履き替えるのとかは後に…とか」

「あ、うん……言ってたかも?」

正直よく覚えてない。
だけど、言った内容が下着の履き替え……それを後にしてって言うのは――
みずりんが話し難そうにもじもじしてる様子からも察しがついた。

637事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 2:2018/09/29(土) 23:53:42
「わ、私もさ……片付けの前に行ったトイレで……ちょっとだけ…ま、間に合わなくて……」

……。
そっか、みずりんも……。
そして自身の失敗をわざわざ告白する事で私を励ましてくれてるんだ……。
こんなに真っ赤になって、隠しておきたい恥ずかしいことを……私は彼女にそこまでさせるくらい落ち込んでるように見えてる……。

――……いや、確かに落ち込んでる、それに……怖い……。

私のトイレは人よりもずっと長くて……音も長くて……それがたまらなく恥ずかしく、怖い。
拒絶されるかもしれない、引かれるかもしれない……。誰かの前で我慢した状態で済ませる事が私には堪らなく怖い。
そして今日……おもらしも…こんなにいっぱいしちゃう私も、全部知られてしまった……。

友達を信用してないわけじゃない。
だけど――

  ――「ねぇ、ほら聞いてよっ、うちの妹なんだけどさ、凄いでしょ?」――
  ――「ちょっと!? っ……す、すごいけど……」――
  ――「あはは、でしょでしょ! 傑作でしょ! ドン引きでしょ!」――

中学時代に家でトイレの最中に聞いた、お姉ちゃんと先輩とのやり取り。それは我慢しているだけで鮮明に蘇り胸を突き刺す。
わざわざ私に我慢させるように仕向け、先輩に聞かせるために謀ったお姉ちゃん……。
たまに家に来る先輩に私が勝手憧れて、きっとお姉ちゃんはそれが許せなかった。
わかってる、理解できる……それでも……私にとってそれはトラウマで……。
時間も音も量も……常に意識から外せない物になった。
学校でもそれは同じで……なるべくトイレに行くのは避けるようになった。
だけど避けることで我慢することが増え、クラスの人に聞かれたときに長さを指摘されて……。我慢にはまだ余裕はあったはずなのに……。
それから、学校で一度も済ませない……そうしようとも考えたが済ませないというのはそれはそれで心配で。
結局今の昼に1回だけ済ませる事を日課にして、なるべく意識しないようにした。

……それを日課にして本当に良かったと思う。
初めのうちは我慢していなくても音や時間が気掛かりだった。
だけど数を重ね習慣になった行動は自然と出来るようになったし、昼までに溜まった分だけでは、音や長さを指摘する人はいなかった。

……。

それでも、例外や事故はあるってわかってたはずなのに。
昼に済ませられなかったら? 昼までに尿意が来てしまったら? 済ませたのにまたしたくなったら?
……そんなときはバレないように我慢を続ける、もしくは極力誰にも聞かれないように済ませなきゃって……間違った事を考えるようになって。
そうじゃないのに……失敗の方が恥ずかしいのに、ダメなのに……そうなるリスクを上げるべきじゃないのに。
高校に入ってからそういうことは無かったけど……逆に無かったからこそ今日、間違いを…失敗を――おもらしをしてしまった。

理由は違うけど見学会の日もしちゃって、あやりんにはおもらしも、量も、音も…全部見られて……恥ずかしくて怖くて……。
だけど、あやりんは優しく受け入れてくれて……。

638事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 3:2018/09/29(土) 23:54:42
――……だからかな……コンビニであやりんが横に来てくれた時……少し安心しちゃってた……。

隣にいるのがあやりんなら失敗してもいい……そんなことは思ってなかったはず。だけど……。
あの時受け入れて貰えたのが嬉しくて……それで気が緩んだのは間違いなくて。
私は私が思っていた以上に単純で、極限まで我慢していた私にはそれが毒だった。

だからあやりんのせい……そんなことないのに、それは甘えた言葉なのに。
だけど、もしあの場で失敗していたら……私はあやりんに甘えてしまっていたかもしれない。
心底、トイレの中に居たのがみずりんで助かったと思う。
じゃなきゃ、私は扉が開くまでに我慢を諦めていたかもしれない。

「……お、おまたせ……」

コンビニからあやりんが出てきて私たちに声を掛ける。
いつもの無表情を必死に崩さないように、だけど顔を真っ赤にしていて。

「あ、あやりん…あはは、スカート……助かったよ、ありがとね」

私は苦しい笑い方をしてお礼を言う。
あやりんはなぜか謝罪をする。見学会の時もそうだった。
助けられなかったから、なんて理由で……これは私の失敗であやりんに非があるわけじゃないのに。

「あ、綾! 謝るなら私でしょ! し、下着まだ替えれてないし、勝手に個室前で暴露始めるし!」

「……あ、そうだね、ごめん」

「“あ、そうだね”――じゃないよっ! あーもう、トイレ行ってくる!」

みずりんはあやりんのカバンを押し付けるようにして返して、コンビニへ入っていく。
普段気を使わない彼女が、私の為にわざと明るく振舞ってくれてるのがわかる。――はぁー、もっとしっかりしないと…ね。
それと私も後で下着を履きに行くべきか少し悩むが、下着を買ってトイレというのはハードルが高いし……やっぱりやめておく。

「……」

私が考え事をしていると、あやりんが何も言わずに隣へ並ぶ。
私は嘆息して呟く。

「本当……あやりんには助けられてばっかりだわー……」

「……え? そんなことないでしょ? どっちかって言うといつも私のが――」
「いやいや、そんなことあるんだよねー」

「……うーん……じゃ、じゃあ、お互い様ってことで?」

無表情の中に納得のいかない表情を少しだけ見せ、お互い様という落としどころを疑問詞を付けて言う。
それを見て私は自然と笑みが零れる。

……先輩、私はあなたに憧れて、その妹であるあやりんにその面影を感じて話しかけました。
だけど、今は違う……。あやりんを通して先輩を見るなんてことはもうありえない。
だから……あやりんだけはお姉ちゃんには絶対に渡さないし……出来れば生徒会にも――

おわり

639名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 00:29:57
>>638 久々の更新、待ってました!
長さゆえの我慢の連続でとても良かったです。
綾ちゃんがたまに限界ギリギリになるの個人的に好きです。

640名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 08:46:04
久しぶりの更新待ってました。
今回はみんなコーヒーのおかげでトイレ近いですね。最後の真弓の限界我慢も良かったですが、個人的には綾菜も二回トイレに行って最後はギリギリ我慢がドツボでした。
今回の話ははっきり言って神回ですよ。 素晴らしい小説をありがとうございます

641名無しさんのおもらし:2018/10/02(火) 20:42:32
更新ありがとうございます!
「最高に可愛い醜態」はパワーワードですね、やっぱりまゆが声聞きのヒロイン!
彼女のトラウマは梅雨姉 (と雪姉) によるものだったのですね。
夏祭りではあえて知らないフリしてたのかな。
毎回少しずつ明らかになっていく過去のストーリーや人物相関が楽しみです。

642名無しさんのおもらし:2018/10/03(水) 23:54:24
最近いろんな子とフラグ立ててると思ってたら正妻のターンが来た
単に漏らさせるだけじゃなくておしっこがストーリーに関わってきて良いね

643名無しさんのおもらし:2019/03/10(日) 02:04:15
新作希望

644名無しさんのおもらし:2019/04/21(日) 23:51:14
あげ

645事例の人:2019/04/30(火) 00:57:19
>>639-642
感想とかありがとうございます。

更新遅くて申し訳ないです。
そしてどういうわけか前回より長くなってしまった。
文化祭と言うのもあって、登場人物も多めです。

646事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。1:2019/04/30(火) 00:59:38
「おかえりなさいませーお嬢様ー!」

クラスメイトが元気よくお客に声を掛け席へ案内する。
文化祭、私のクラスはメイドアンド男装執事喫茶……。
私は今メイド服を着て接客と言う、私にとってそれなりの苦行の真っ最中。
とはいえ、一般的なメイド喫茶とは違い、私たち接客係の仕事はメイドっぽい挨拶と案内、それと注文取りくらいなもので
お客を喜ばせるための催し物や、“おいしくなーれ”みたいなサービスはない。ないというか許可が出ない。

「……いってらっしゃいませ――……はぁ……」
「おつかれさまー」

私の嘆息に気が付き隣に来て声を掛けてくれる瑞希。

「……瑞希は大正浪漫って感じだね」

「うん、衣装班の皆、好みがバラバラだったからねー」

周囲を見渡すと、同じメイド服でもスカートがショートだったりロングだったり。
和装の衣装は流石に瑞希のだけだけど、どの服も微妙にデザインが違う。

――……コンセプト揃えた方がって――いや、男装の執事がいる以上、そこまで揃わないかもだけど。

教室の入り口の方から人の気配を感じて、クラスメイトのメイド姿から視線を外す。
二人組の女性、見ない顔……それに年上? 一般参加の――っと、えっと挨拶しなきゃ……。

「……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「あ!」

私に向かってあげられた声?
挨拶をして下げていた目線を私は上げる。
二人の顔は少し驚いているように見え、だけど私から見て左の背の少し低い女性はすぐに目を逸らして口に手を当てて……。
どうやら声を出したのは彼女の様で、今のは……声に出して失敗した――みたいな態度に見える。

「……え…っと?」

私はどう反応すべきか分からず、相手の出方を窺う。

「あはは……えっと、ごめんなさい、雛倉綾菜さん……ですよね?」

大人っぽく人当たりが良さそうな右の女性が苦笑いをしてから私の名を呼ぶ。
――……ってあれ? 私の名前?

647事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。2:2019/04/30(火) 01:00:38
「……どうして――」

疑問符を付けるということは私が雛倉綾菜である明確な確証を持っていないのだとは思うけど……。
一応記憶を辿るが、彼女の顔、隣の人の顔に見覚えはない。つまり、誰かから私について聞いているという事。

「私たちは雪――あなたのお姉さんと同じ大学に通っているんです、容姿の似てる妹がいるって聞いていたんだけど、想像以上で――」

そう言いながら右の女性は左の女性へ視線を向ける。
視線を向けられた彼女は少し不満そうな顔をして、私に聞こえないくらいで何か小言を言っているように見える。

「っ! ……ということは姉も――あ、すいません、とりあえずご案内します」

後ろからもう一組来店があったので私は話を中断して空いている席へ案内する。
そして注文を取るべきか、話の続きをすべきか……。

「雪はサプライズ登場したかったみたいだけど……なんかごめん」

背の低いほうの女性が私に謝る。
律儀で真面目な――

「いっそのこと、雪に“驚かないドッキリ”でもしかけてあげればいい」

――訂正、あまりこの人、真面目ではないらしい。
だけど、また勝手にサプライズ帰宅をする雪姉に振り回されたくもないので――

「……わかりました、無視して楽しみます」

「案外ノリいいのね」

大人っぽい女性の方が笑顔で返してくれる。
なぜだか話を続けたくなる雰囲気を持つ人……仕草の機微や表情、喋り方全てが妙に心地良い。

「……えっと、……ご注文のほうは……?」

だけど、一組の接客でしかも注文もなしで時間をかけているわけにも行かないので、私はメイドの業務に戻る。
それに、いくらそんな雰囲気を持つ人だからと言っても、ほぼ初対面な人を相手に雑談できるほどのコミュニケーション能力がそもそも私にないわけで。

「私はオリジナルブレンドのホットをブラックで。美華は砂糖ミルクありだよね? 何杯飲む?」

「えっとね――……って一杯だよ!? 変な冗談やめてよっ」

美華と呼ばれた彼女が今までの大人っぽさを崩してツッコミを入れる。
だけど――ツッコミにしては焦りと顔を赤く染める様子が少し引っかかる。

648事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。3:2019/04/30(火) 01:02:24
「あ、綾菜ー! ちょっとあんたが私の接客してよっ!」

――っ!

私は大きな声で呼ばれ驚く。
視線を声が聞こえて来た教室の入り口へ向けると、手を上げてアピールしている星野さんの姿があった。

「行ってください、注文は砂糖ミルクありで“一杯”です」

美華さん――――苗字不明、もう一人は苗字も名前もわからないまま――――のその言葉を注文票にメモをし軽い会釈をして離れる。
注文票を厨房担当に渡した後、星野さんのもとへ向かうと彼女は機嫌良さそうに私のメイド姿を見つめる。

「……おかえりなさいませ、お嬢様――……ってあんまりじろじろ見ないで。
……それとメイドの指名制度みたいなの本来ないから……」

「まぁまぁー、いいじゃん減るもんじゃないし、どこでもしてる事じゃん? 知り合いに接客なんてさ」

その星野さんの言葉に小さく嘆息する。
迷信が正しければ、私から幸せが減っているのは間違いないと思う。

「クラシカルロングのフリル控えめって感じかー、うんうん、上品で良いじゃん」

「……メイド好き隠す気なくなったんだ……」

この前の時は五条さんに指摘され恥ずかしがっていたように思ったが……開き直っているのかもしれない。

「あ、一緒に撮影しよーか」

星野さんは携帯を取り出し席を立ち私の隣に来ようとする。
私はそんな星野さんから距離を取るためテーブルが二人の間に来るように移動する。

「ちょっと!」

「……待って、あれ読んで」

私は教室内の張り紙を指差す。
そこには「許可なくメイドの撮影は禁止」の文字。
そういうサービスを売りに出来ないのもあるが、SNSが普及している時代だと勝手に撮られるのを警戒するのは当然。

「何、許可してくれないわけ?」

「……しない、それに忙しいし」

目を細め、不機嫌そうな顔をする。

649事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。4:2019/04/30(火) 01:03:33
「……えっと、ご、ご注文は?」

そう恐る恐る尋ねると星野さんは嘆息して席に座り、5枚の券を荒っぽくテーブルの上に置く。
当然か、私が売りつけたんだから。
私はテーブルの上に置かれたコーヒー券の一枚を手にする。
だけど、星野さんは残り4枚も私の前に滑らせるようにして差し出す。

「ホットコーヒー5杯で」

「……え、いや――え?」

私は困惑しながらコーヒー券を5枚受け取るが、何を考えているのか理解できず星野さんに視線を向ける。

「いやいや、全部一人で飲むわけないじゃん? もうすぐツレが来ると思うからさ」

「あ、……はい、かしこまりました、少々お待ちください」

なるほど。だけど、案内したテーブル二人席なんだけどね……。
商品と代金は引き換えだし――――そもそも今回はコーヒー券だし――――食べ歩き、飲み歩きができるように容器は使い捨てなのでテイクアウトも出来るわけだけど
それだとメイド好きの星野さん的に良くないんじゃないか――とは思いつつ、改めて席まで行きそれを聞いてくるほど気を遣うつもりはない。

それにしても星野さんの友達――……五条さんではなさそうかな? あの不思議な人は沢山の人でわいわいという感じではないし。
星野さんは友達多そうだから、別グループの友達と言ったところか。

厨房担当に注文を伝え、もう用意されていた雪姉の友達二人の分を受け取り席へ運ぶ。
美華さんの方が一声「ありがとう」と言って微笑んでくれる。そのあと彼女は私から視線を外しもうひとりの雪姉の友達と楽しそうに会話を始める。
もう少し雪姉について聞いて来たり、教えてくれたりとかあるのかと思っていたがそういうつもりはないらしい。
特に話すことはないのか、それとも忙しそうにしている私への気遣いなのか……私は席を離れる。

厨房に行くと五つのコーヒーも準備が出来ていて、それを星野さんのところへ運ぶ。
星野さんは難しい顔で携帯と向き合っていて――

「あ、ちょっと、聞いて!」

私に気が付くとこちらに手を伸ばしメイド服を引っ張って携帯を見せる。
私はお盆に乗せたコーヒーを零さないようにバランスを取り、星野さんの携帯を見ながらコーヒーをテーブルに置く。

「メイド喫茶でって言ったのに、あいつらバカンスカフェの方が面白そうとか言ってあっち行きやがった!」

携帯の画面にはそう言ったやり取りが書かれていて――バカンスカフェ……確か3年の椛さんのクラス。
プールを利用して南国気分を出しつつ、季節外れのかき氷などを扱ってる、同じカフェとしてのライバル店。
というかプールをカフェに利用できる3年に勝てるわけがないのだけど。

「……でもどうするの? コーヒーもう淹れちゃったけど……」

「うーん、3つは飲むかしないとだめか、2つは持ち出して誰かにあげるかなー……」

――っ! それってつまり……大体600mlくらい星野さんが一人でコーヒーを飲むってこと?

飲むだけじゃチャンスにならないのはわかってるが、この量…しかもそれがコーヒーってだけで無性にテンションが上がる。
星野さんは我慢強いほうなのか、そうでないのかわからないが、1時間程度で尿意を感じるには十分な量のはず。

650事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。5:2019/04/30(火) 01:04:28
「あー、まぁいいや、歌ってたらどうせ喉渇くしなぁ」

「……歌?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ? 今日中庭でするライブの一発目私ら……あー、らって言っても今いないけど、私はその中のボーカル担当ってわけ」

「……そう、なんだ」

全然知らなかった。
ライブがあるのは知っていたけど、まさか知り合いの中にバンドを組んでる人がいるとは。

「綾菜、見に来なよ!」

「え! ……あ、抜けて大丈夫そうなら見に…行こうかな?」

妙にフレンドリーに接してくれる事に未だ慣れない。
まゆの時にも今と近い――――もう少しマイルドだった気がするけど――――経験をしたのを思い出す。
あの時はそのうち私の態度に距離を取ると思っていたけど……。
星野さんはどうなんだろう……流石にもっと露骨に避け続ければ対応が変わるのかもしれない。
だけど、私の今の態度程度なら全く気にしている様には見えない……。

……。

「どうしたの?」

「え……ぃや、別に……」

考え事をしていた私の顔を無邪気に覗き込む星野さん……。
悪い人じゃない……わかってる。
だけど、彼女は自然に“あの言葉”を言ってしまう……それもわかってる、悪気があって言ったことじゃないって。

――……“あの言葉”を気にしてるのは周囲にそれなりにいたとは思うけど――

けど……多分一番その言葉を引きずって気にしているのは私だ。

651事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。6:2019/04/30(火) 01:06:01
――
 ――

「はぁ……」

私は教室の窓から中庭の様子を見る。
ここは一階なので俯瞰的に見ることは出来ないが、簡易的なライブステージが準備されているのがわかる。
間もなく星野さんの出番……僅かだが私に尿意はあるが星野さんの『声』は聞こえない。

窓から視線を外して教室内を見る。
一時期と比べ客足が減って余裕が出てきてはいるが、そんな理由で皆で定めた当番を放棄することは出来ない。

「人減ってきたね……宣伝が足りないのかな?」

ぶかぶかのメイド服を着た弥生ちゃんが私に話しかける。
確かにメイド衣装などは視覚的インパクトとしてそれなりに大きいが、興味のない人にとってはただの喫茶店に過ぎない。
プールを使い注目度を上げて、且つ夏に売り出すようなものを扱う独自性……バカンスカフェの方はそういう点でよく考えられていて
文化祭特有のお祭り騒ぎ的なノリで完結していない……流石は椛さんのクラスと言ったところ。
それに調理部などが行っている出店・屋台系のファストフードを扱う店も少なくないのも、軽食を含む喫茶店に客足が伸びない理由になっていると思う。

……。

――……この店の売りはメイド服と執事服……それと、檜山さん監修の本格的なコーヒーは多分どこにも負けてない……はず。
だったら、メイド服で宣伝、それとコーヒーの…試飲を……っ! そ、それなら仕事って名目で外へ行けるんじゃ?

私は弥生ちゃんに視線を向ける。
弥生ちゃんは首を傾げて私の視線に応えるが――……だめだ、もっとクラスの中心人物に近い人でなきゃ意味がない。
私自身クラス委員長ではあるが結局名ばかり……まゆがいてくれればそれで解決なのだが生憎自由時間中。
今いる中でのクラスで影響力が高い人……。

視線を弥生ちゃんから外し――――弥生ちゃんがショックを受けてる気がした……なんかごめん――――周囲を見る。
そして一人のクラスメイトと目が合い私は慌てて横を向いた。

「珍しい、なにか用だった……?」

目ざとく気が付き話しかけてくる彼女に、私は聞こえないように深呼吸してから視線をちゃんと前に向ける。
斎 神無(いわい かんな)……確かに彼女なら。

「……ごめん、お願いがあるんだけど……」

最初に出た言葉が謝罪なのは彼女に対する負い目から……。
彼女もそれに気が付き小さく嘆息を漏らす。

「なに? 言ってみなさい」

目を細めて威圧的に……だけど、ちゃんと向き合ってくれる。

「……客足減ってきてるから宣伝しに行こうと思って――」

メイド服を着て、コーヒーを持って、あとクラスと場所が書かれた小型のプラカードでも作って……そういう話をする。

「ふーん、でもそれ、ちょっと前に来てた人のライブ見に行くための建前――でしょ?」

遠慮のない言葉で的確な図星を突く……。

「はぁ……いいわ、行ってきなさいよ、皆には私も了承したって言っとくから大丈夫なんじゃない?
それとコーヒー用の水筒、私の使っていいから、中身、捨てておいて」

教室の隅のカバンから水筒を取り出して、それを私に押し付けるように渡す。
そして他のクラスメイトに私の言ったことを説明しに行く。
ほんと滅茶苦茶いい人……素っ気ないのにはみ出し者にならない魅力が彼女にはある。

「(相変わらず変わった人ですね、かっこいいですけど……けど雛さんへの態度、他よりちょっと厳しくないですが?
なんかちょっと前の朝見さんみたいです)」

「(……そうだね……でもそれは私のせいだから……)」

私の言葉に弥生ちゃんは疑問符を付けた顔でこちらを見る。
私は誤魔化すように嘆息して呟く。

「……それじゃ、余ってる廃材とかでプラカード作るかな」

652事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。7:2019/04/30(火) 01:07:27
――
 ――

「っと! あれ? あやりんその格好は?」

教室を出るとちょうど休憩を終えたまゆとぶつかりそうになる。
そして、私のメイド服、プラカード、水筒、カバン――――中身は紙コップといつもの着替えとか――――装備の姿に驚く。

「……客足減ってきたから宣伝しにいこうって思って」

「ほえー、でも遊びに行く口実でしょ?」

「……同じような台詞さっき斎さんからも言われたよ……まぁ簡単に言えばその通りなんだけど」

「あはは、神無ちゃん鋭いからねぇ」

まゆはその後「そんじゃ頑張ってー」と言って教室へ入っていく。
私は文化祭特有の廊下の喧騒を抜けて中庭に向かう。
すれ違う人が私を見る……だけど、文化祭という環境からか立ち止まる人や見続ける人は少ない。
目立つ格好であることには変わりないが、注目の的のようにはならなくて個人的には助かる。

『あ……――でもまぁ、後でいいか』

中庭に出ると小さいが『声』が聞こえた。
紛れもない星野さんの『声』。ただ尿意を感じてすぐの様だし『声』も大きくない。
時間は9時50分……朝、星野さんは比較的早い段階でうちのクラスに来ていた。つまり飲み始めてから40分ってところ。
ライブの一発目の開始は10時ちょうどのはずなので準備の時間も含めれば、此処を離れるのは極力しないはず。
星野さんが『後でいいか』と言ったのはそういう事だろう。

私はステージの方へ足を向ける。
人混みと言うほどではないが、周りには少しずつ人が増えてきている。
そしてステージの脇にあるパイプ椅子に座る星野さんを見つける。
手には私たちのメイド喫茶の紙コップが一つ握られていて……どうやら結局ひとつは貰い手が見つかっていないらしい。
すぐに貰い手が見つからなければ暖かいコーヒーは冷めてしまうわけで、そんな温いコーヒーを欲しがる人なんていなくて当然。

――……でもどうするんだろう? 演奏始まるまで時間ないけど……。

疑問に思いしばらく眺めていると、紙コップを持つ手が上がり星野さんの口元で傾けられた。

――あ、飲んでるんだ……ってことは4杯目?

もし4杯ならコーヒーだけで800ml……。
よくまぁそんなに……いや、飲みたいわけではなく貰い手がなかったから仕方がなく――なんだろうけど。

これなら例え星野さんが我慢強くても、それなりの尿意になるまで時間の問題。
演奏時間は一組2〜30分くらいだったと思うから……限界までは行かないとは思うがかなり期待できる。

「あ、綾菜!」

「っ! ……」

無表情の下で危ない視線を送っていた私に星野さんが気が付き、手を振ってくる。
軽い挨拶…ではなく手を振り続けてる彼女を見るにどうやらこっちに来いと言っているようだった。
私は仕方がなく歩みを前に進める。

653事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。8:2019/04/30(火) 01:08:23
「よかった! 来てくれたんだー。もう少しで始まるからちゃんと聴いてってよ?」

「……わかった、集まった人に宣伝も出来るし」

「宣伝? あぁそれでその格好、私へのサービスかと思ったじゃん……あ、そうだ!」

星野さんは足元のカバンに手を入れごそごそと何かを探す。
そして、取り出したのは携帯……。
それを私に向けて――

<カシャ>

「って! なんで写真撮るの!」

「いやーSNSに上げようと…思って、顔は見えないように…しとくから…さ――っと、はい完了、感謝してよね」

「早い! 許可も了承してないんだけど!?」

「あ、そろそろ準備しないと――っと、コレ捨てといて」

無視した上、飲み干された紙コップを渡してくる……。
教室での事を根に持って、こんな強引な手段で撮影されるとは。
なんか俄然追い詰めたくなってきた。
そりゃ宣伝にSNS使うのは有効な手段かも知れないけど……。

私はステージ脇から正面の方に回り込む。
ステージの方を見ると星野さんは……ギターを持っている。
歌うのが好きと言っていたのでボーカル兼ギター? ……私は音楽には疎いのでよくわからないけど。

『あー……トイレ、行っとけばよかったかなー?』

尿意を『呟き』ながらチューニング? らしきことをしている。
『声』は聞こえるがまだそれほど大きい『声』ではない。

開始までもう少し時間がある。
一応建前の仕事を今のうちに少しでも済ませようと思い、重くて下げていたプラカードを上げる。

「……」

――……宣伝ってどうすればいいんだろう。
いや、わかってるんだけど……場所とかやってることとか言いながら試飲どうですかーみたいにすればいいんだろうけど……。

……。

――……まぁいいか、プラカード上げてるんだし、声かけてきたら試飲を勧めれば……。

自分の事ながら酷い宣伝だと思う。
こういう仕事は実際のところまゆ辺りが適任なのだろう。

私はステージ上の星野さんに視線を向ける。
真剣な顔で準備を進めている……私は“あの言葉”を言った彼女のその顔を尿意で歪めないといけない。
演奏をしている2〜30分は拘束されるが問題はそのあと。
多分、切羽詰まるまでは行かずに拘束が解かれるわけで……後はどう足止めするか……。

考えを巡らせる中、周囲が騒がしくなり時間は10時……星野さんのバンドグループの演奏が始まった。
音楽に疎い私から見ても、お世辞にも上手いものじゃないと思う……だけど、星野さんは笑顔で、周りもそれなりに盛り上がってるように思う。
「綾菜、見に来なよ!」……私に言った星野さんの元気な声――……まぁ、『声』の事を差し引いても来てよかったかな。

654事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。9:2019/04/30(火) 01:10:14
――
 ――

「……おつかれさま、コレ飲む?」

約20分程の演奏を終え、やり切った顔をした星野さんにスポーツドリンクを渡す。
演奏中に考えていた作戦の一つ、歌った後で喉の乾いた所に追加の水分。
単純でストレートな作戦。だけど一番効くし不自然じゃない。

「綾菜ーメイドの格好してるだけあって気が利くじゃーん」

星野さんは疑うことなくスポーツドリンクを手に取りそのまま口を傾ける。

「……一気にぐぐっと飲んじゃって」

星野さんは飲みながらそれを聞いて笑ったように見えた。
事前に飲んでいたコーヒーは歌うには適した飲み物ではなかったし、喉が渇いて当然。
傾けられたペットボトルは見る見る減って、900ml全てを飲み干す――……ほんとに一気とは……ちょろい。まぁ、歌った後なのだから仕方ないけど。

「ぷはー生き返るー」

それにしても演奏を始めてから『声』が全く聞こえてこない。
力一杯歌った後で体内水分量事態は減ってはいるだろうけど、尿量が下がるはずがないので、尿意が自覚できていない状態と言うこと。
演奏を終えた今も『聞こえない』のはきっとまだ演奏の余韻が星野さんの中にあるのだと思う。

――……はぁ、これからが大事……。

水分はそれなりに取らせた……あとは時間。
とりあえずは一緒に回ることでトイレに行きにくい状況を作る。

「……ねぇ星野さん、これから私と文化祭少し見て回らない?」

私の言葉に星野さんはしばらく瞬きしてこちらを見る。

――……あ、あれ? 変だったかな? 今の誘い方……。

二つ返事、もしくは別の用事だと間を置かずに応えてくるものだと予想していたが……。
星野さんの意外な反応に少したじろぐ。

「……へーそっちからとかちょっと意外…、いいよ、いいじゃん行こう行こう!」『っと、そういえば私トイレ行きたかったんだっけ……』

――っ……『声』……尿意を自覚したって事。
それと……まぁ、そうか、私からこんなこと言いだすのは星野さんからしてみれば意外なことか。

星野さんの反応にはただの驚きだけではなく、僅かだけど不機嫌な雰囲気も感じ取れた。
私に気も配らず話してきた星野さんだけど、別に相手がどんな性格かが見えていないわけじゃない。
星野さんは多分、活発な方でない私のことを常にリードしたいとか振り回したいとか……そう考えていたんだ。

……。

でも、そんなことより問題なのは星野さんがトイレと言い出すかどうかだけど、性格的に考えると言い出さないってことはないと思う。
あとはどの程度まで隠すか……下手したらトイレと言うことに羞恥心を全く感じない人かもしれない。
尿意を忘れていたとは言え、最初に催してから30分ほど……あれだけのコーヒーを飲んでおいて
ちょっとしたい程度なわけがない。相当溜まってきているはず。
もし言い出して来てしまったら、作戦その二で少しでも時間を引き延ばすほかないが――……本当は最後に取っておきたいんだけど。

『トイレ……どうしよっかな……』

一緒に歩く中『声』が聞こえる。
だけどその『声』は思っていたほど大きくなく、それほど追い詰められていないことがわかった。
つまり星野さんは我慢強い? ……それか鈍感で急に我慢が効かなくなるタイプ?

――……いや、後者はないかな? ……後者だったらいくらトイレに行くことに遠慮がない性格だったとしても危険な場面にはなりやすいわけだし
そうなると“あの言葉”を自然に言えると思えないわけで。

『はぁ……トイレ並んでんじゃん……折角誘ってくれたのに早々に待たせるってのもなぁ……』

……。
無神経な人……そう思っていたけど、少しは考えてくれてる……。
鼓動が早くなる……だけど昂揚からじゃない、これは多分自分がしてることへの罪悪感から。
何時振りだろう、此処まで故意に誰かを追い詰めようと考え、行動してるのは。

655事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。10:2019/04/30(火) 01:11:22
――……ちょっと…調子狂う…なぁ。

いつもの私じゃない……わかってる、だけど星野さんを見ているとどうしても“あの言葉”が頭を離れない。
失敗させたい、我慢できないってことがどういうことなのかわからせたい。でも、それはきっと――

「ちょ、ちょっと! なんでお化け屋敷の前で止まるのよ!」

星野さんが荒げた声を上げる。
いつの間にか私は歩みを止めていたらしい。
お化け屋敷――……っていうか星野さんのこの反応って……。

「……え、怖いんですか?」
「っ! こ、怖いわけ…ない……じゃん」

――あ、怖いんだ。

最初の勢いに比べ、後になるほど小さくなる声に確信する。
これは思わぬ収穫。作戦その二は温存して怖がりな所を上手く利用したい。

「……それじゃ入ろうか」

「っ!!」

少し広めの視聴覚室を使ったお化け屋敷。
入口に私は歩みを進め――

<グイッ>

メイド服の袖が引っ張られるのを感じて歩みを止めて振り向く。
赤い顔をして悔しそうな顔で視線を逸らしてる星野さん……これは相当な怖がり……。

「……それじゃ入るのはやっぱやめて、ちょっと壁に貼ってある学校の七不思議でも見よ?」

譲歩という形。でも実際これだけでも十分――というか、多分こっちのほうが効果的。
文化祭準備の時に行われていた複数のトイレの下調べ、それと五条さんの台詞からトイレに纏わる学校の七不思議があると踏んで調査済み。
これだけの怖がりなら多分読むだけで十分怖がってくれる。

私はメイド服を掴む星野さんの手を手首から掴んで壁に貼られた掲示物の前まで行く。
少し重いがそれでも完全な拒絶じゃない。
私が譲歩したことで断りにくいのはわかるが、正直上手くいくかは微妙なところだと思っていた。
行動力がまゆ並かそれ以上に高く、見た目や言動からも自分勝手さもきっと高いと思っていたから。
事実自分勝手さは高いはず。それなのに拒絶をしなかったのは恐らくプライドの高さ。
お化け屋敷は許容オーバーだったのだと思うが、掲示物を読む程度はプライドが邪魔して拒絶できなかったと言ったところか。

「……えーと、学校の七不思議の一つ…トイレの中で神隠し――」

私は絶対に読まないであろう星野さんに聞こえるように小さく声に出して読み上げる。
怪談の内容は、トイレの個室に入ってから外に出てみると血まみれのトイレ内になった別世界となっていて誰の姿も見えずそのまま行方不明になるというもの。
想像すると割と怖いかもしれない。個室という空間でどうしても一人にならざるおえない辺りが不安を煽る。
だけど、一体行方不明になった人がいる場所の詳細がなぜわかるのか……言うだけ野暮か。
掲示物には人気のないトイレと書いてあるが、星野さんは見ていないので敢えて読まないでおく。

『うぅ……なにそれ怖い……どうしよう…白縫いないかな?』

――白縫? 五条さんの事だよね?

なぜそこで五条さんの名前が挙がるのか……。
私は別の怪談を眺めている振りをしながら『声』に意識を傾ける。

『あいつケータイ持ってないし…トイレ……とりあえず我慢しなきゃ……』

――……えっと???

さっぱりわからない。
わからないけど……なんにしても私がしなきゃいけないのは星野さんをトイレに行かせないこと。
我慢しなきゃと言った以上、怪談効果は絶大らしいから一緒に回るだけで割と良い『声』が聞けるところまで我慢してくれるかもしれない。
注意すべき点は五条さん……さっきの『声』の内容からだと五条さんと連絡が付くとトイレに行ける、トイレが怖くなくなる、我慢せずに済むみたいに聞こえる。
珍しいことに五条さんは携帯を持っていないらしいので直接合わせなければいい。

656事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。11:2019/04/30(火) 01:13:03
「ねぇ、そろそろ次行こっ!」

怪談を読む振りをしていると、掴んでいた星野さんの手が強く引かれ振り払われた。
――っというか、私ずっと星野さんの手首掴んだままだったのか……。

「ご、強引に怖い話聞かせたかったみたいだけど、ふんっ! 本当にこんなのどうってことないしっ」

「……じゃあ次はお化け屋敷入ろう? 冷やかしだけじゃ悪い――」
「こっ、ここ以外の次! てか、わざと言ってるでしょ!」

星野さんは真っ赤になって声を荒げる。

「……うーん、それじゃ体育館にでも行く? 確か演劇部と星野さんのクラスの演目がそろそろじゃなかった?」

「あー、私は二日目の方だし今日のは出なくても大丈夫って言われてたけど、そっか見に行くのはありか」

――……中座しにくい環境だし最適解なんじゃ――あ、いや……五条さん……星野さんと同じクラス……出会う可能性上げちゃった?

我慢させるには打って付け……そう思い提案したはずだった。
だけど、星野さんと同じクラスの五条さんに会う可能性の高い選択でもある……。
だからと言って、星野さんも納得した今となっては別の行き先を言うのは不自然。

『うーん、おしっこ…結構したくなってきた……なんでだろ? いつもこんなに急に来ないのにな……』

星野さんの『声』が聞こえる。
急速に膨れ上がる尿意に僅かだけど戸惑いを感じてる……だけど、まだ切羽詰まっているわけじゃない。
追加で飲ませたスポーツドリンクの効果はまだこれから……だけど、歌うことで消費された水分は割と多かったのかもしれない。

体育館に着く。舞台を見るために乱雑に置かれたパイプ椅子が並んでいる。
私たちの周囲、そして見える範囲で座っている中に恐らく五条さんはいない。
演劇に出演してるなら終わるまでは安心ではあるが……演劇は約40分……今の星野さんの具合から行くとかなり微妙なところ。

「……この辺空いてるからここで見よう」

私はすぐ近くに周囲に人がいない場所を見つけ、ここで見ようと提案をする。
星野さんが五条さんを見つけてしまえば計画が破綻するわけで早く座って見渡せる範囲を制限したい。
だけど、星野さんは立ったまま動こうとしない。私は疑問に思い星野さんに視線を向ける。

「なんか、さっきから随分主導権もってくじゃん……」

不満、不審、苛立ち……星野さんは感情を隠さない態度で私に詰め寄る。
それに気圧され、私は一歩退く。

「……えっと、この格好だと目立つし、早く座りたいっていうか……」
「宣伝目的でしょ? 目立ってた方がいいじゃん?」

「……そう、なんだけど……宣伝は建前だったから……」
「なんの建前よ?」

――……仕事を抜け出すための……違う、もっとストレートに――

「………星野さんの…ライブ見に行くための……」

「え……あー、無理に抜けて来たの?」

星野さんは詰め寄っていた身体を引っ込めて、少しばつの悪そうな顔をする。

「……まぁ……でも、客が減ってきてたし、人手事態は浮いてたから……」

「ふーん……でもその格好で歩き回るのは本当は嫌って事なんでしょ?」

嫌ではあるけど……そうは言えない。
言ってしまえばもしかしたら無理して一緒に回らなくていいと言われるかもしれない。
そうなればここで別れ、星野さんは五条さんを見つけに行くことになると思う。

……。

「……戻っても喫茶店で結局この格好だし……だったら星野さんとこうしてる方がいいかなって……」

「綾菜……ぷ、嬉しいこといってくれるじゃん!」

星野さんは笑いながら私の両方の頬を引っ張る。
私の言ったことは半分は本心ではあるけど、声に出して言ってからかなり恥ずかしい事を言ってしまった気がした。
それを意識して自分の顔が熱くなる感じがした後、すぐに頬を引っ張られたので正直言って助かった。
ただ、加減がわかっていないのか地味に痛い……けど、星野さんは本当に楽しそうで、機嫌は直ってくれたらしい。

657事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。12:2019/04/30(火) 01:13:56
  「――ま、間もなく開演です」

緊張しているのか少し上ずったアナウンスが聞こえた後、体育館の明かりが暗くなる。
それと同時に星野さんの手が私の頬から離れる。

『あ、しまった、おしっこしたいのに……白縫探し損ねた。まぁ、終わるまで我慢して、それからでいいかー』

不安な気持ちは殆どない……本当に平気なつもりで言ってる。
今までの『声』から考えて、恐らく沢山飲んだ事とトイレに行きたくなることが確り結びついて無い様に思う。
普通に身体の機能としてそのことを理解してる人も多いとは思うがそうでない人も少なからずいる。
沢山我慢できる人の場合、少々多めに水分を取っていたからと言ってすぐに強く催すことがないので実体験でその知識を得ることが出来ない。
星野さんはそういうタイプなのかもしれない。

……。

終わる頃には切羽詰まってるはず……だけど、もう一押し出来るならしてもいいかもしれない。
私は紙コップを取り出し、水筒の蓋を開ける。

「あ、コーヒー飲むの?」

音と香りで気が付いたらしい。
私は「はい」と言いながら半ば強引に紙コップを持たせる。

「ちょっと、別に私はいらないんだけどっ」

「……付き合ってよ、減ってないと戻ったとき宣伝活動サボったみたいに思われるし」

私はそれっぽい断りにくい言葉を返す。
星野さんは複雑な表情をしてから何も言わずに紙コップを私が注ぎやすい様に差し出す。

――……あー……やだなこの感じ……。

断ってくれてよかったのに、そんな勝手なことを思ってしまう。
善意を利用して罠に嵌める……自分でして置きながら胸が苦しくなる。
“あの言葉”を聞いたときの印象とはまるで違う星野さん。
今までのやり取り、そして欲しくもないコーヒーを飲んでくれる……星野さんは最低限の良識は確り持ってる。
私の中の星野さんはもっと自分勝手で良識無くて口が悪くて――……なんで……なんでそんなイメージしてた?

それは、相手を悪だと思いたかったから。
要するに私は自分の良心を痛めないための理由が欲しかった……。

星野さんはそんな人じゃない……わかったならこんなバカな事しなきゃいいのに……絶対後で後悔するのに。
それなのに……やっぱり私は“あの言葉”が頭を離れない。おもらしなんてありえない――……あの時の紗も……。

――……そう、わかってる……これは八つ当たりも含めてる……。

私は星野さんの言葉と紗に言われた言葉を無意識に重ねていた。
紗だって悪くないのに……そもそもあれは私が悪いはずなのに……。

全部わかってる……それでも、おもらしなんてありえないと言える、星野さんの『声』が聞きたい。
そういう『声』が好きなのは間違いないしそれが一番の理由……だけど、それだけじゃない…今日の私はきっと見返したいんだ。
おもらしなんてありえない……あってはいけない事だけど、あり得ることなんだって、ちゃんと知ってほしい。

……。

私は星野さんの紙コップにコーヒーを3割ほど入れて水筒を立てる。

「こんだけでいいの?」

「……うん、やっぱ悪いし、自分でも飲むし」

私はそう言って自分の紙コップには6割ほどコーヒーを淹れる。
中露半端な気持ちが、注いだコーヒーの量に反映されてる。
少しでも罪悪感を感じないように自分の分を多くして……だけどそれは私に余裕があるからで、結局打算的な考えで。
私自身、現時点でそれほど催しているわけじゃない。今が3〜4割程度……そしてこれ以外の水分も朝以降取っていない。
星野さんは最初のコーヒー以外にスポーツドリンクと今淹れたコーヒー。
仮に星野さんがまゆほど貯められるとしても私に十分余裕がある。

――……はぁ……。

私は気持ちを切り替えるため一口コーヒーを口に含み、視線を前に向ける。
演目は「ロミオとジュリエット」で定番ではあるがキャストは全員女性……女子校なので仕方がないのだけど。

『はぁ……ほんと、トイレ行きたい……けど、怪談……』

魅惑的な『声』に視線だけで星野さんを見るが仕草には表れていない。
でもそれは時間が解決してくれる。『声』が大きくなってきているのは間違いない。
それは飲んだものが下腹部に溜まり、尿意が膨らんで来ている証しなのだから。

658事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。13:2019/04/30(火) 01:15:18
――
 ――

10分、20分と時間が経つ。
最初は演劇に集中していたためか、時折『声』が聞こえる程度だったが、今は違う。

『ふぅ……おしっこ……うーおかしいな、いつもこんなことないのに……』

隣で座る星野さんの身体が僅かに揺れる。
間違いなく切羽詰まってきている『声』……演劇が終わるまであと20分くらいだけど、この勢いだとギリギリかもしれない。
だけど、星野さんの『声』は焦りというよりかは、苛立ち――……自身が置かれている状況が見えていない?

……ちがう。
多分星野さんはただわかってないだけ……限界の先に起きることを。

『あー……もう、ほんっと、落ち着かないなぁ……』

我慢は出来るものだと信じて疑わない。

『はぁ、コレ…結構辛い……ったく白縫どこいんのよ?』

もう子供じゃない、高校生があり得ない。

『っ……我慢…我慢……おしっこ…おしっこ…』

……。

演劇はもう終盤。
あと5分もすれば幕が下りる。

「(んっ……はぁ……)」『な、なんで……ま、待ってコレ……ほんとに辛いっ…んだけ…ど』

隣で星野さんが小さく息を漏らす。パイプ椅子の上で組んだ足が小刻みに揺れる。
さっきまでと違い『声』に焦りと困惑が膨らみ、切迫した状態なのが感じ取れる……。

――……そうだよ…我慢って無限に出来るものじゃない……。

「(あ、綾菜……ちょっと抜けていいかな?)」『白縫! とにかく白縫探さなきゃ! なにこれ……辛すぎ…じゃん、トイレっ、トイレ……』

私の肩を軽く叩いて、小さな声で話しかける。
演劇はもうクライマックスだというのに……。

――……星野さんにとって今…未知の感覚なんでしょ? それが我慢できないって事なんだよ?
だけど……まだ足りない。皆こんなものじゃなかった。まだ我慢できるはずだよ星野さん。
辛いでしょ? でももっと辛い……まだまだ辛くなる。これから更にずっと辛くなる……。
辛いなんて言葉でいられるのは今だけ……もっと直接的な言葉しか浮かばなくなるんだよ。
だから――

「(……もうちょっとみたいだし最後まで一緒に見よ?)」

私の口から零れたのは意地悪な言葉。
心臓の音が周囲の人にも聞こえてるんじゃないかってくらい大きな音で動いてる。

659事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。14:2019/04/30(火) 01:16:04
――……大丈夫。星野さんなら我慢できるよね?

今、星野さんを追い詰めているのは大きな尿意の波。
だけど、波はしばらくすれば落ち着いていく。一時的なもの……。

「(っ……ま、まぁ…いいけど)」『ふー、っ…あぁ、ダメ足が揺れちゃってる……早く、もう早く終わんなさいよっ』

演劇なんてもう見ていない。
私は時折気が付かれないように視線を向けて……声や『声』、身じろぐ音や気配に意識を傾け……。

――……これくらい我慢できるでしょ? だって星野さんが言ったんだよ……おもらしなんてありえない…って。

「(ふぅー…すぅ……はぁ……)」『っ……ちょっと…落ち着いた?』

明らかに落ち着きがなかった星野さんだったが、上手く波をやり過ごせたらしく『声』も少し落ち着く。
私はもう少し追い詰められても良かったと意地悪いことを思いながらも、心のどこかで少し安堵もしていた。

<パチパチ――>

周囲から拍手が起きる。
意識を舞台へ向けると演劇が終わったらしく幕が下りる。

「歌恋、見つけた、……メイドさんと逢引き?」

背後から突然声が聞こえて私は少し驚く。

「っ!! しら…っ! あっ…んっ!」『あ、ちょ……〜〜っ、あ、あぶな……え、危ない? って……』

当然私以上に星野さんは驚き、そのあとすぐ、ほんの数秒片手がスカートの前を押さえる。
驚きから我慢することへの意識が外れて……危うく失敗を犯してしまう一歩手前……。

『ありえない…服着てるし、人前なのに……ちょっと驚いたからって、おもらししそうになるなんて…ありえないよね? ……っ』

星野さんは一瞬想像した、一歩押さえるのが遅ければ、どうなっていたか……。
ありえないはずだと思っていることが、起きてしまえた可能性に。

「し、白縫っちょっと聞きたいんだけどっ! か、怪談! …っ、えっと、な、なんかトイレの怪談! あれってガセだよねっ?」
『は、はやくっ、早く教えてっ! 我慢してるってバレちゃう!』

星野さんはパイプ椅子に座る角度を変えて、五条さんに慌てて問いかける。
これが五条さんを探していた理由?

「怪談……七不思議? ……そう、あれは全部、ただの噂」

「そ、そっか、……っ綾菜、ちょっと待っててっ!」『あぁ、トイレ! トイレ〜!』

五条さんが答えると星野さんは音を立ててパイプ椅子から立ち上がり、小走りで体育館の出口へ向かう。
私もそのあとを追うために立ち上がる。

660事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。15:2019/04/30(火) 01:17:11
「……ちょ、まって――」
「雛倉さん、止まって」

五条さんが私の目の前に移動し静止をかける。

「え、えっと……?」

私は五条さんに視線を向けて言葉を待つ。
恐らく星野さんがすぐにトイレに入れることはないとは思うがなるべく早く後を追いたい。

「コーヒー、試飲したい」

プラカードに書いた“コーヒー試飲できます”を指差しながら五条さんは言った。
そういうことか……飲み比べの時の事も考えるに、五条さんはコーヒーが割と好きなのかもしれない。

「……あー、うん……ちょっと待って……」

時間は惜しいが流石に断れない。
私はプラカードを近くのパイプ椅子の上に置き、紙コップを取り出して五条さんに持ってもらう。
後は水筒に入ったコーヒーを――

「あんまり、歌恋の事、いじめないでね」

「え!」

急な言葉に手が止まる。

「あんなだけど、怖がりだから……」

――あ……そっちか、そういう事……。

私はてっきり故意にトイレ我慢に追い込んでいるのを見抜かれたのかと思って焦った。
だけど、幸いそうではないらしい。
私は「わかった」と返事をしてコーヒーを注ぐ手を再び動かす。

それにしても――

「……星野さんって五条さんの事、信頼してるんだね……たった一言で安心させられるだから」

ただの噂、その一声を五条さんから聞きたいがために星野さんは彼女を探していた。
噂かどうかなんて誰にでも聞けることなのに。

「ちょっと、勘違いしてる。……幽霊が怖いのは、得体が知れないから……でしょ?
私は、見えるから……得体がわかる人の言葉だから」

――……え?

一瞬何を言ったのかわからなかった。
見える……得体の知れないものが……つまりそれは幽霊が見える?
見える人からの怪談の否定、確かにこれ以上ないくらい信頼できる言葉だけど……。

――……見える? ありえ――いや、私のテレパシー、皐先輩の透視があるのなら、霊感って言うのも否定はできない?

超能力の一種、無い人にはわからないものを認識できるものが存在しているのならあるいは……。
それでも、俄かには信じられないが、よくわからない五条さんを見てると……あり得るのかも知れない。
私はコーヒーを注ぎ終わると「……そう、なんだ」と無難な言葉を言って荷物をまとめて持ち直す。

「……だとしても……信頼はされてると思うよ」

見えるなんて言葉を信じてる時点でそういう事。
私は軽く会釈をして背中を向ける。

「歌恋、大雑把で高慢ちきだけど、……意外と傷つきやすいから、出来れば優しくしてあげて」

背を向けた直後に五条さんはそう言って、私が振り向くと「コーヒー、ありがとう」と言って紙コップ片手に私たちが座っていた当たりのパイプ椅子に座る。

661事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。16:2019/04/30(火) 01:18:00
『っ……外まで並んで……あぁ、ど、どうしよ……辛い、さっきみたいにまた我慢辛くなってきた……』

星野さんの『声』が聞こえる。私は再び体育館の出口に向かう。
私が予想していた通り体育館を出たところにあるトイレは混雑してるらしい。
当然の事、演劇の後だしそもそもあそこのトイレは一か所しか使えない。

体育館を出てトイレの方へ視線を向けると星野さんが目の前にいて……まだ並ぶかどうかで迷っているらしい。
もしかしたら私が体育館に居るから、なるべく近い場所で……そう考えているのかも知れない。

身体が揺れ、落ち着きがない…それに手がスカートの前に?
押さえているのか、添えられているのか、スカートを握りしめているだけなのか、彷徨わせてるだけなのか……今の位置からでは判断できない。
私は確認するために星野さんに近づく。

『や、やっぱ別のトイレにっ』「っ!」

『声』と共に星野さんが急に振り返り、あっさり私に気が付く……。

『っ……もしかして押さえちゃってるの……見られてた?』

振り返ったときには既に手は前を押さえてはいなかったが
『声』で自白してくれたので、直前まで押さえていたことは確認出来た――……可愛い。

――……可愛い……か。さっきから可愛いはずなのに、ちゃんと意識したのって今が最初……?

今日は色々考えすぎてる……。
一番大事な事は、可愛い星野さんを見る事のはずなのに。

「……どうしたの――って……混んでるのか、演劇終わってすぐだしね」

私はトイレが混雑していることを、今気が付いた風を装い声を掛ける。
星野さんは「そうだね」と言った。さっき振り返ったのは他のトイレに行くため、このままじゃ簡単に間に合ってしまうかもしれない。
……押さえるのを見られたくない、それに五条さんも言っていた高慢ちきな……プライドの高い星野さん。

……。

「我慢……できる?」

ぽつりと呟くように私は星野さんに問いかける。

「なっ! 当たり前じゃん! このくらい全然平気だしっ」『大丈夫っ、ちょっと辛いだけだし、よ、余裕で我慢できる!』

期待通りの言葉が返ってくる……先手を打って正解だった。
ここで並ぶ並ばないは、本来我慢できる出来ないに関わらず選択できる言葉のはず。だけど、私の言葉でそれは少し変わった。
別のトイレに行くと言えば、我慢できないから……そう取られかねないと思うはず。
そして、その誤解を与えないために一言付け加えたとしても、それは言い訳しているみたいになってしまう。
実際、星野さんは限界が近い、だからこそ言い訳に聞こえるんじゃないかって強く意識する。
簡単には別のトイレに行くとは言えなくなった……はず。

星野さんは混雑したトイレの最後尾に並ぶ、私もその後ろに並ぶ。
外に並んでいるのは私たち以外は一般来場者、此処のトイレの事情を知っていない人。
その人数は4人、中にも2〜3人いるとして最低6人、一人2分とした場合12分。
思ったよりずっと頑張ってる星野さん……だけど『声』の大きさからして微妙な時間。
座っていたさっきまでとは違い、立ったままでの我慢は辛い。ましてや仕草を抑えて、前を押さえないでいる事なんて絶対に無理な時間。

弱音が聞きたい。
本当に追い詰められて「やっぱり他のトイレへ」って言ってくる星野さんが見たい。

662事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。17:2019/04/30(火) 01:19:14
「あ、綾菜も…トイレ?」『後ろに並ばれると……だめ、落ち着いて、平静平静……めちゃくちゃ我慢してるとか知られたくないし……』

私は頷きで返す。もちろん余裕はある。
それでも体育館で飲んだコーヒーの影響もあってか、それなりには溜まってきているけど。

「えっと、大丈夫…その格好と荷物?」『だめ、これ……辛い、我慢…我慢しなきゃなのに……押さえたい、じっとしたくないっ』

平静を装う声と焦る『声』のギャップが……。
ステップを踏みそうで踏まない足、だけど腰回りが少しもじもじと揺れていて――……バレてないつもり? 凄く可愛い。

……。

――……格好? あ、そうか……ロングのメイド服とこの荷物……。

荷物が多すぎる上に、あまりトイレに持ち込むべきじゃない試飲のコーヒーが入った水筒も持っている。
その上、ロングのメイド服と言うのも入りにくいし、飲食系であるメイド喫茶の印象を下げる可能性もある。
……やめた方が良いかもしれない。

「……確かに、この格好じゃ良くないか」

「だ、だったら…綾菜は一度クラスに…戻った方が、良いんじゃない?」『行って! その間に他のトイレに行ければもっと早く済ませられるっ!』

やっぱりそうなる。
星野さんの意見は正しい。トイレ待ちをしている間にクラスに戻れというのはとても自然な話。
だけど……私もここまで来て引けない。

「……まぁ、メイド服は気を付ければいいし、荷物は……私の時星野さんが持っててくれると助かるかな」

「――っ! そ、そう…っ……わかった……」『んっ…そんな……っ! あ、ダメ、押さえない、我慢、我慢、が…我慢して』

『声』がまた一段と大きくなる。
私がこの場に留まる事が決まり少なからず動揺を与えたのかもしれない。
立っているときは仕草を隠すのが難しいはず――……押さえずに、仕草を隠してこの波を抑えられる?

「(んっ…ぅ……っ)」『が、我慢、我慢する…だけじゃん! ……あぁ、なのにっ…これ……あ、んっ……だめ、我慢しなきゃ……』

声を抑えて、肩を震わせ必死に耐える。
交差させている足は不規則に揺れて……手はスカートの横の生地を掴んで太腿の前に。
僅かに前屈みで、頭を少し下げて足元に視線を落としているのがわかる。

軽く見ただけじゃわからない人もいるかもしれない。
だけど、注意深く見なくてもわかる程度には我慢の仕草が溢れ出てる――……いい…凄く可愛い。

「はっ、はぁ…っ」『あ、あぁ……だめ、ほんと……なんでっ…さっきより……つら――我慢、できなっ……あ、あっ…』

交差されて居た足を組み替え、同時に手が前に持って行かれる。
後ろからなのでちゃんと見えているわけではないが、その手は恐らくスカートの前を……。
その後も膝を時折少し上げ組み替えてを二度三度繰り返す。そのたびに身体が少しずつ前に傾いていく。
くねくねもじもじと揺れ動く姿は、さっきまでとは違い誰が見ても見っとも無い我慢の仕草で……ちょっと――ではなくかなり心配になってきた。
まだ、ちゃんと我慢出来てる……けど『声』の大きさはおもらし寸前のそれに近い。

「はぁ…っ……あぁ……」
『お、治まって! 無理…こんなっ……ど、どうしよ? あぁ、我慢しなきゃ…なのにっ、あっ…待って、あぁ嘘っ! ちょ…そんな冗談じゃ…くっ……あっ、あぁっ!』

もじもじと動いていた身体が強張り動きを止めたかと思うと、ほんの一瞬身体が跳ねるように動き、そのあと深く前に傾く。

――……っ! まさかっ――いや、大丈夫、足元は何ともない……けど、今のって……やっぱり……。

「はぁ…はぁ…うぅ……」
『なによ……これ、なんの冗談? っ……気のせいじゃ…ない? 今、私……ちょっとだけ……』

仕草が少し落ち着いていくのがわかる。
尿意の波を乗り切って……でも、仕草と『声』を察するに無傷じゃない。
被害がどの程度のものかはわからない。
だけど、ついに星野さんが……おもらしなんてありえないと言った彼女が、私の前で我慢できなくなってる。
おもらしが現実味を帯びてきてる……彼女にとってありえないはずの失敗……おもらし……。

663事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。18:2019/04/30(火) 01:20:12
――……っ…ど、どうする? まだトイレの中にさえ入れてない……このまま並んでたら間に合わないんじゃ?

順番待ちは並び始めてから二人分進んだ直後。
次の波が来たら星野さんは……ちゃんと我慢できる? 小さな失敗だけで済む?

鼓動が早くなる。思い知らせることが出来たし、最高に可愛いと思う……だけど、このままだとそれだけじゃなく……。
もし私のせいでこんな所で失敗なんて、おもらしなんて事になったら……違う、私のせいじゃなくても私は多分……助けたい。
自分で追い込んで……こんなの倒錯してるってわかってる。けど――

「……ほ、星野さん!」

「っ! や、これは……」『んっ…あぁ、見られた…よね…さっきの格好。うぅ、最悪じゃん……あぅ……トイレ――おしっこ……こんなところ見られるなんて……』

振り向いた星野さんの顔は一気に真っ赤になり私から視線を逸らす。
本当は星野さんの口から弱音を聞きたかった……だけど、もう待っているわけにはいかない。

「……別のトイレに行かない?」

「っ……え…、だ、大丈夫、私は我慢できる…し」『やだ、そんなの我慢出来ないみたい……絶対だめ、それだけは……我慢してやる、絶対にっ』

星野さんはそう言うと再び前を見てしまう。
意地になってる……見っとも無いところ見せて、これ以上は絶対にって……。
星野さんはわかってない。一度崩れだしたらそれはもう猶予がないってことに。
周りに気が付かれない失敗なんて精々20mlとかその程度のもので、量的には僅かな違いでしかない。
不意に失敗したものじゃなく、必死に我慢して失敗したということは、次同じくらいの波が来た時にまた繰り返す事になる。
そして、我慢する体力にも限界はあって、さっきの様にすぐに止めれる保証はない。

……。

「(……わ、私が間に合わないかもしれないから……)」

私は後ろから星野さんに耳打ちする。
口先だけでもいい、星野さんにどうにか動いてもらわないと……ここじゃ人が多すぎる。
私じゃ周りを誤魔化しきれない。

「そ、そんなに…いうなら……」『違う、多分…綾菜は私の為に? あぁ……んっ……我慢できる、出来るはず、なのに……早く、したい…はやくぅ、おしっこ、トイレっ――』

星野さんは振り向き、だけど視線を合わせずに応える。
私の言葉が本心でないことは察してる。

星野さんの片手は私が見ているにも拘わらず前から離せずにいる。
それはそうしていないと我慢が出来ないから……もしくは、その手で隠されたスカートの一部分には失敗の跡が残っていて、それを隠すために。

「……とりあえず校舎に向かおう」

距離から考えて、使うトイレは購買近くのトイレか、二階の更衣室前のトイレ。
購買近くのトイレは人の多い中庭に近く、個室の数が少ない。
更衣室前のトイレは個室の数が比較的多いが、生徒はそのことを知っているので演劇を見ていた生徒が向かった可能性がある。
二階にあるのも今の星野さんには辛い道のりかも知れない。

『っ……が、我慢…もう絶対……しない、さっきのはきっと…油断してたんだ……次は我慢、出来る……あぁ…トイレ、おしっこ……』

少し前屈みで覚束無い足取り、支えて歩いてあげようか迷ったが、きっとそれは求められていない。私はただ半歩後ろを歩くだけに留める。
もうすぐ校舎、そしたらどっちに歩みを進めるか……星野さんが決めるはず。

664事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。19:2019/04/30(火) 01:21:48
「はぁ……んっ…ふぅ……あ、んっ…はぁ……」『こ、これ……待って…っ! だ、大丈夫、油断…しないし、我慢する、絶対っ……』

校舎に入り、星野さんは階段の手すりに片手を置いて立ち止まる。
俯き荒い呼吸をする星野さんの『声』がまた大きく膨らんできてる……。

「んっ……くぅ……あぁ」『落ち着け、治まれ……あと少しなの……階段…二階……上のトイレ、トイレ……んっ…やぁ……が、まん……するんだからっ!』

――……これ、ほんとに……だって『声』が…どんどん大きく……。

絶対失敗しない我慢するという強い意志、だけど……焦燥も困惑も膨れていく『声』。
本当に限界、このままじゃ本当に……こんなところで……。

「あぁ、あ、あ……まって…っ! やぁ」『あ、嘘、だめこれ……む、無理っ…や、だめ、がまん、ぜったい、なのにっ…あっあぁぁ!』

先ほどと同じように身体が強張り、小さく全身が震える。

――……ほ、本当に……っ……どうしよ?

「くっ…んぁ……ちょ、だめぇ……」『あっ、あぁっ! んっ、で、出てっ――とめ、我慢…お願いっ!!』

私は斜め前から星野さんの様子を窺う。
心配だし、確認したい……人通りは多いわけじゃないが場合によっては私が何か対応しないと……。

――っ! ス、スカートが……ちょ、え……こ、こんなに……?

押さえ込まれたスカートの一部分が色濃く染まり、限界まで水分を含んだためかスカートの裾辺りまで染みの流れを作っていて……。
苦しそうな、今にも挫けてしまいそうな顔で、額から汗を流して……。

隠しようのない失敗……おもらし。
星野さん――……か、可愛いけど…けどっ! こんなところで…だめっ!

だけど、私はどうすればいいかわからない。
どうすれば助けられる? トイレはまだ遠い、それに今無理に移動させるなんてこと出来ない。
こんな姿……誰かに見られたら星野さんは――

「っ……ふっ…んっ! はぁー……」『――っ、と、止まった? でもっ…あぁ、まだ、私っ……んっ――てか、嘘…スカートが…こんな……』

星野さんは一度始まった大きな失態を押さえ込んだ。
それでも、その被害は誤魔化せるものなんかじゃなくて……足にも、靴下にまでその失敗の跡を僅かに残すほど。
この格好のまま移動するのは危険、簡単に隠せる程度の被害じゃない。だけど、星野さんはまだ沢山我慢してて……。
正面は階段の手すり、廊下側には背を向けてるし私の身体で死角にもなっているけど、もし階段から降りてくる人が居たら……
見られたらおもらしだと一目でわかってしまう……だからどうにかしないと、ここにずっといるわけにはいかない。
それに此処に留まり続けたところで、恥ずかしい水たまりを作ることになるのはもう時間の問題。
そうなれば水たまりも、音も……廊下側からも当然気付かれてしまう。

――……え、ど、どうするの?

「んっ…み、ないで……はぁ…――綾菜…んっ…」『や、やだ、こんな……の……隠れ、とりあえずどこかっ!』

――っ!

私の顔を見た星野さんは顔を背けて、私を押しのけるように駆け出す。
向かった先は階段下の備品倉庫――……そうか、人がいない見つかる可能性が低い場所!

薄暗い普段は誰もより付かない場所。星野さんは鉄の扉を慌てて開けて中に飛び込む。
照明もつけずに飛び込んだ星野さんの後を追って、私は照明のスイッチを押して中に入る。

「えっ! あぁ、綾菜! こ、来ないでっ! あっ…んっ……」
『こんな…姿……み、見られてるっ……のに…あぁ、だめトイレ……次どうする? トイレは? トイレに行かなきゃ意味ないのにっ……あぁ』

「……星野…さん……」

私は言葉に詰まる……濡れたスカートを握りしめ、涙目で自身の犯した失態に混乱しながらも必死で我慢を続ける星野さん。
そんな姿を私に見られて恥ずかしく思い、だけど、そんな事ばかり考えていられるほどの余裕がない。
本当に可愛い……もう、ここには他人の視線はない……私たちだけ。

665事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。20:2019/04/30(火) 01:22:48
……。

「……もう我慢……できない?」

――あ、あれ? 私…何言って……?

言いたかった言葉。今なら言える?
星野さんを見返すための言葉。

涙目で、真っ赤な顔をこちらに向ける星野さん……口の中が乾く。唇が震える。――……最後に、取っておいたあの言葉……。

「……高校生が…おもらしなんて、ありえない――…ですよね?」

ダメなのに……言っちゃいけないのに。
こんなに私は気にしてた……この言葉……。
言いたかったんだ、私……こんなに、星野さんに――言いたかった。
その言葉を――星野さん自身が言ったその言葉を聞いて……どう感じる?

星野さんは私の言葉を聞いて動揺し、困惑した表情で顔を背ける。

「ち、ちがう……これは、おもらしじゃ……ちょっと…だけ……みたいなっ…それだけ、じゃん」
『だって、こんなにまだ、我慢してるっ、あぁ……だめ……でも、もう本当に……』

おもらしじゃないと言い張る星野さん。多分言い訳のつもりじゃない、少し失敗しただけだと……それが星野さんの本心。
周りから見たらそれはどう見てもおもらし……だけど、星野さんの言うこともわかる。
我慢を諦めてない、目に見える失敗ではあれど、水たまりも作ってない、まだ沢山その下腹部に溜まってる……当人にとってこれはまだおもらしじゃない。認められない。
だってまだ、今にも負けそうになるほどの尿意を抱え続けているから。

「……そう、それは少し失敗しただけ……ちゃんとトイレに行けば、まだ間に合う。だって、おもらしなんてありえないんだから」

私の言葉に跳ねるようにして反応する星野さん。彼女自身ありえないと思ってるはずの失敗……それを私から何度も聞かされて強く意識してしまう。
それなのにこれ以上の失敗は、もう認めざる終えない……それが目の前まで迫ってる。

……。

私はカバンを置いてしゃがみ込み、中から替えのスカートと新品の下着、それとタオルを取り出す。

「え……なに? どうして着替え……?」『んっ……どういう事? あぁ、ダメ、考え…られない、おしっこ……早く……でもっ――』

「……流石にその格好じゃここから出れないでしょ? 着替えてトイレに行けばちびっちゃったこともバレないし……」

わかってる私がしてること。
私はまだ星野さんに……辛い我慢の選択を選ばせようとしてる。

「でも……っ、そうかそうだよね…んっ、借りても…いいの?」『だ、大丈夫……さっきより我慢できてる、間に合う、おもらしなんて……しないっ! 今度こそ、もう失敗しないっ!』

恥ずかしいのか申し訳ないのか、喋り方が少ししおらしくなって……だけど――

――……凄い…強いよ星野さん……。 それに凄く可愛い……。

私の言葉を聞いて、まだ必死に我慢しようとする強い意志……。
楽にしてあげないのは悪い事? ……だけど、その星野さんの意志は折れてない、ちゃんとトイレで……そう望んでる。

「……いいよ、使って」

私はまずタオルを渡し、スカートと下着を星野さんの近くのダンボールの上に置く。
見届けてあげる、それはきっと私のためだけど……我慢を諦めないなら、ちゃんとトイレまで間に合わせたいと思ってるなら……私はそれを手伝いたい。

666事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。21:2019/04/30(火) 01:23:41
「あ、ありがと……ちゃんと洗って…返すから」『はぁ……っ、お願い、トイレまで、落ち着いていて、お願いだからっ……もう、しない、我慢しなきゃっ……』

我慢してるためか、ぎこちない動きでスカートを下ろす。
赤の……一部を真紅色に染めた下着が見えて――それを見て私は慌てて後ろを向く。
星野さんはパニックになっているのか、見られることへの意識が薄くなってる?

「と、扉、開かないように見とくから……」

「えっ! あっ……そっか、ごめん……」
『な、なにして、私……目の前で脱いっ――や、だめっ、待ってそれよりも、は、早くしないとっ…またっ……トイレ……おしっこ……』

<コツコツ…コツコツコツ>

不規則に踏み鳴らす足踏み音……着替えながら、後始末しながら必死で我慢を続ける音。
時折零れる焦燥の声。激しい運動をした後のような荒く熱い息遣い。力が籠められた息を詰める呼吸音。

……。

私は胸に手を当てる……ドキドキしてる……苦しいくらいに。
きっと星野さんは今の私以上に鼓動を早く、大きくして……でもそんなことに気づけないくらい混乱と焦燥、そして我慢の中にいて……。

「はぁ…早く……んっ…はぁ……はや、早くしないと……ほんとに……」『やだ、もうすぐ、着替え終わるのに……こんなのっ、また……だめ、ちゃんと我慢、我慢、がまんしなきゃっじゃんか!』

『声』が再び少しずつ大きくなっていく。
スカートを大きく濡らすほどの失敗をした後だけど……でもそれは結局コップ一杯にも満たない量のはずで。
確かに失敗する前よりも貯め込まれた量が減ったのは間違いない。だとしても、度重なる我慢で括約筋の疲労は確実に蓄積されている。
意志の力で我慢できる? 折角終えた後始末、折角着替えた下着とスカート。今度こそそれを汚すことなくトイレまで――

「っ……き、着替えた、っ…はぁ……は、早くトイレ、トイレ……」『だ、大丈夫、我慢できる……絶対できる、しなきゃダメっ…だからぁ……』

今にも膝から崩れ落ちてしまいそうなほど足が震えて。
着替えたばかりのスカート、その前に両手を重ねて抑え込む。
今からそんな恥ずかしい格好で、ギリギリの状態で本当にトイレまで辿り着けるのか……。

……。

「……紙コップ……使う?」

言っては見たがあれは試飲用に使っていた余りの紙コップで、ギリギリまで入れても200mlに満たない。
使い終わった紙コップだってどう処理すべきなのかわからない。
それでも、もし星野さんが使いたいと思うなら――

「は? ちょっ……ば、馬鹿じゃないの!? んっ…使えるわけ、ないじゃん!」
『が、我慢できる、んっ…する、紙コップなんて……トイレまで、我慢…すればいいっ…それだけ、だからっ』

――……まぁ、そうなるよね…プライド高いし、こんな密室で私がいる前でなんて簡単に出来るわけない…か。

星野さんはちゃんとトイレまで我慢するって言う選択をした。
だったら一刻も早くここから出てトイレに――

667事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。22:2019/04/30(火) 01:24:31
「え? あ……(待って星野さん)」

私は両手が塞がってる星野さんの代わりに扉を開けようと思ったが、扉の向こうに人の気配を感じて星野さんに待ったをかける。
何人かの声……中まで入ってくるような感じではないが――

「あ、綾菜? なに? っ早く……しないと…わたしっ……」『なんなの? あっ……くぅ…開けてよ、早く、じゃないと、本当もう……我慢が…っ』

「(……静かに、ちょうど扉の前付近に人がいるみたい……)」

「え……や、なんでっ……」『そ、そんな……こんな時にっ……あぁ、おしっこ……少し、あと少しなのにっ……』

星野さんは私の声に数歩後退り、隠れられるところを探すかの様に周囲に視線を巡らせる。
だけど、倉庫内は狭く両サイドにダンボールや棚が置かれてはいるが、扉辺りから見えない位置というのは存在しない。
星野さんは隠れることを諦めたのか扉から距離だけ取って、膝を床につけて膝立ちになる。
身体を前に傾け、両手で必死に抑え込んで……。こんな状態からさらに我慢の時間を引き延ばされることになるなんて思っても見なかったのだろう。
開けて出て行くことは可能ではある……けど、急に備品倉庫なんて普段開かないところから人が出てくれば注目されるのは間違いない。
注目なんてされなくても星野さんの状態は一目瞭然……本来なら人目を避けてトイレに向かいたいくらいの状態であって……。
星野さん自身が見られても良いと思ってるなら扉を開けてトイレに急ぐのも一つの選択だと思ったが、彼女の態度は明らかに見られることに強い抵抗を感じている。

――……当然だよね、そんな格好。……でも、だったら待つしかないし、仕方ないよね?

心のどこかで、もう少し今の星野さんを独り占め出来る事に私は喜んでる?
我慢してる星野さんが見たい、その結果どうなるのか……見届けたい。
そんな後ろめたい欲望に忠実な気持ちは確かにある……だけど、それでも私の助けたいという気持ちも本心で……。

「ふぅーっ…ふぅーっ……んっ…ぁぅ……ふぅーっ……」『がまん、がまん、がまん、がまんして、絶対、絶対…ぜったい……っ……我慢だからっ』

膝立ちで必死に何度も押さえなおされる両手、前後上下に揺れる身体。
涙目で、荒く熱い息を零して……必死に我慢を続ける。

「んっ…あぁ、だめ……これ……っはぁー…っ…ふぅーっ、んっ…」『無理、ほ、ほんと、このままじゃ…あっ、間に合わ――っ……だ、だめぇ…が、我慢しなきゃ…しなきゃっ!』

次第に動きは小刻みに、震えているような動きになって『声』もまた大きくなり始める。
リズムが崩れてより不規則な呼吸と動きが限界なのを表してる……。

――……ほんと可愛い……でも、早くしないと……。

私は扉の外へ意識を向ける。
人の気配は――……あ、遠退いてる? 開けれる?

私は扉をゆっくり少しだけ開けて外の様子を確認する。
人はいない、大丈夫今出ていっても誰かに注目されることはない。

「ほ、星野さん、今なら――」
「っ! あ、だめ……今っ……あ、あぁ…やだ、あ、あや…なっ」『くる、きちゃうっ…これ、だめ……まだなのにっ、我慢できなっ、こ、こんなの…まに、間に合わないっ!』

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz73081.jpg

振り向くと縋る様な目を向ける星野さんが居て……。
私は星野さんを極力驚かせないように小さく口を開いたつもりだった。
実際驚いたのか、私の言葉に気が緩んだのか、このタイミングで波が来たのか……。
ただ、分かるのは星野さんの『声』が“我慢できない”に傾いてる……。

668事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。23:2019/04/30(火) 01:25:28
「こ、コップっ! だめ、あぁ、紙っ…コップ、あやなっ! あぁ早くぅ」『無理、もうダメっ……なんでもいいから…早くぅ、漏れちゃう…おしっこ、ほ、ほんとに…んっ! おしっこ出ちゃうぅ……』

私は星野さんの緊急事態に、床にカバン置いて慌てて中から紙コップを一つ取り出す。
膝立ちになってる星野さんの前まで行き、私はそれを目の前に差し出す。

「んっあ、あぁ……や、ごめん、み、見ない…でっ――んぁあぁっ! だめぇ!」『あぁ、もれちゃう、おしっこ、だめ…これ……やだ、コップ……あ、あぁ、あぁっ!』

星野さんは私の手にある紙コップを見て、スカートの前を押さえていた片方の手を離し、奪い取るようにして紙コップを取る。
そしてスカートを押さえていたもう片方の手を一気に離し、その手でスカートを浮かせ、紙コップを持った手と共に両手をスカートの中に入れて――

<ぱたたっ…じゅうっ、じゅぃぃー――>

直後、目の前から紙コップを叩く音、そしてそれは直ぐにくぐもった音に変わり……スカートで見えないけど、恐らくその中で下着をずらして紙コップに放たれる音。

「んっ! あぁ、あっ!」『だめ! 止めないと…と、止まって、止まれっ!』
<じゅっ、じゅ…じゅぃぃっ……>

何度も途切れながら……でも、スカート越しでもわかるくらい音が少しずつ高くなって……。
それは紙コップ内の水位が上がってきていると言う事。
200mlにも満たない紙コップ……星野さんはそれがいっぱいになるまでに何とか止めようと必死で。

「はぅんっ! あぁ…うぅ…ん〜〜っ……」『お願い、止まってよ……溢れちゃう、やだ……』
<じゅっ…じゅぃぃ…>

時折息を詰めて必死に力を入れながら……だけど、注がれる音は止まず、声にならない声を上げて……。
星野さんは見ないでと少し前に言った。だけど、私がその言葉に従うことが出来たのはほんの一瞬だけで、もう目が離せないでいる。

「んっ――、ふぅーふぅーっ、あぁ……だめ」『ダメ、これ以上ダメ……あふれ、でも、こんなのっ…もうっ!』

激しい息遣いは続くもののスカートの中から聞こえる音が止んだ。
そして震える手で紙コップがスカートの中から取り出され、その中には縁ギリギリまで注がれた恥ずかしい熱水が入っていて……。

――……こんなところで……こんなに紙コップをいっぱいにして……。

「あ、あっ…だめ」『もれちゃうっ……あ、あ、あぁっ!』

星野さんは手に持っていた紙コップを乱雑に床に置く。水面は揺れ、縁から流れる様に溢れ、コップの下に小さな水たまりを作る。
下着をずらしていたであろう左手はそのままスカートの中で、そして紙コップから解放された手はスカートの上から前を再び押さえこむ。
溢れるくらい沢山してしまって……それでも尚、限界の尿意は引かず星野さんを苦しめる。

669事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。24:2019/04/30(火) 01:26:43
「だ、だめっ…あぁ、あやなっ…もういっこ、コップ! これっ…あぁだめっ! でちゃうのっ!」『むり……こんなのっ……もう、限界っ……』

星野さんは再び縋るような目を私に向ける。涙で一杯にして……精一杯の力を込めながら。
そして、押さえ込まれたスカートに染みが少しずつ広がってきているのに気が付く……ちゃんと止められてない、我慢が効いてない……。
私は慌てて踵を返し、扉の前に置かれたカバンまで移動し、中に入っている紙コップを今度は袋ごと取り出す。
さっきも一個じゃなくこうすれば良かったのかもしれない……そうすれば、もっと早く次を渡せた……。

私は再び星野さんの前に行って、袋から取り出した紙コップを差し出す。
それを星野さんは見て手を伸ばして――

「あっ」

だけど、慌てて伸ばした指先が紙コップを弾いて床に落とす。
そして……その手は紙コップを追わずに再びスカートの前に持って行って。

「あっ、あ、あぁ……っ」『だ、だめぇ……』

<じゅ…じゅぅ、じゅうぅぅぅ――>

くぐもった音……だけどさっきの音とは違う。
紙コップに放たれる音ではなく、スカートの中で、下着の中で渦巻く小さな――でも確かに聞こえる失敗の音。
スカートは押さえ込まれた部分から色濃く染まり、捲れたスカートから見える膝……そこから幾つもの恥ずかしい流れが、床に水たまりを拡げていく……。
最初は断続的に……だけど、次第に音を変えるだけで継続的な音に変わる。

おもらし……間に合わなかった。
何度もおちびりを繰り返し、着替えたのに、紙コップも使ったのに……必死に我慢したのに。
ありえないはずのおもらし……星野さんがそう思っていたはずの恥ずかしい失敗……。

「あ、あぁ……はぁ…っ……ふぅぁ……んっ」『止まってよっ……なんで、これ……どうしたら止まる? あぁ、だめ、わかんない……くらくらする……』
<じゅぅぅぅ――>

止めようと思っても止められない。力の入れ方がわからない。
『声』は我慢を続けている様で、でもその大きさは次第に小さくなって……。

「はぁ……はぁ…んっ……あぁ、ふぅ……はぁ……」『だめだ、これ……おもらし……私が………こんなとこで……』
<しゅぅぅぅ――>

荒い呼吸と恥ずかしい音が響く中『声』が消えてゆく。
水たまりは大きく拡がり続けて、星野さんは水たまりの中に一人……。

<ばしゃっ>

そして、その水たまりの中で膝立ちをやめてお尻を落とす。
ただ茫然と焦点の定まらない目で、水たまりの上にある指で弾いた紙コップ辺りを見て……。
それでも拡がり続ける水たまり……1分以上――もしかしたら2分ほど音は止まなかったかもしれない。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させ、息遣いがけが響く――……可愛い、可愛いのに。
私は一歩二歩後ずさる。

「……ご、ごめん……っほ、保健室で服貰ってくるからっ」

私は逃げるように鉄の扉を開けた。
慌てていて外は確かめていなかったが、幸い誰もいない……。

私は扉の前で額を抑えてしゃがみ込む。

670事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。25:2019/04/30(火) 01:27:31
――……なんで私……逃げて……。

私が星野さんを追い込んだ……後ろめたい気持ちが苦しくて、優しい言葉を掛けられなかった。
彼女はこの扉の向こうで、自分の残した水たまりの中で一人なのに……。

……。

――……だめ……とりあえず服、それからだ……自分の気持ちを整理してちゃんと星野さんに向き合うのは……。

私は立ち上がる。
五条さんは言っていた、星野さんは傷つき易いからって。優しくしてあげてって。
本当ならどれほど傷ついた? おもらしなんてありえない……そう思っていた星野さんが私の前でおもらし……。
失敗なんて誰にでもある……そう思っていない人の失敗。そもそも傷つかない人なんていないくらいの大きな失敗。

「助けが必要そうなら力になってあげることね」……ふと体育祭の時、私を見逃してくれた朝見さんの言葉が思い浮かぶ。
その通り……私はそうありたいし、そうしたいと思ってる。

私は胸に手を当て深呼吸して歩き出す。
すぐ近くにある保健室……私はノックして扉を開けた。
中には珍しいことにちゃんと先生が居た。

「あら、綾菜ちゃんじゃない保健室で会うなんて珍しいというか初めて?」

「……何度か尋ねているのにいつも先生がいないだけかと」

私の言葉に先生は反論する。こんなに外が魅力的な日にも拘わらず、保健室で待機してることを自慢気に話す――……残念ながら普通です。

「それで、何か用事? 顔が赤いし風邪? というか可愛い格好ね」

「……こ、これはクラスの宣伝目的で――ってそんなことより、……き、着替え一式貸してもらえませんか?」

あのまま星野さんを長い時間置いておくのは良くない。

「着替え一式ね……下着とか、濡れタオルとか、乾いたタオルとか、お土産袋もいる感じで?」

ご明察です。
私は頷き、大体察してくれたので説明はせずに必要なものを受け取る。

「……ありがとうございます」

「どーいたしまして。ささ、行ってあげなさい」

私は背中を物理的に押されて保健室から追い出される。
斎先生……妹とは違った意味で良い人ではあるんだけど。

671事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。26:2019/04/30(火) 01:28:33
私は着替えとか一式を持って再び備品倉庫の前へ。
深呼吸して、周りに人が居ないのを確認した後、ノックと小さく声を掛け、扉を開ける。

目の前にいるのは隠れるところもなく、水たまりの中で体勢を体育座り変え、顔を下に向けている星野さん。
スカートを手で伸ばし、可能な限り恥ずかしい姿を隠そうとしているが、精々足が隠れる程度で大きな水たまりは隠せるわけがなく
また、そのスカート自体も面積にして半分以上が色濃く染まっている。
耳を澄ますと嗚咽……必死に声を抑えて。
近づいて慰めてあげたい……だけど、水たまりの中に足を踏み入れる行為は避けた方が良いかもしれない。
必要以上に申し訳なく思ってしまうかもしれないし、不快な思いも与えるかもしれない。
私が逃げて時間を置いてしまってるから尚の事、冷静に判断されると思うし、私も勢いで行動できない。

……。

「……水たまりから出てきて、じゃないと入っちゃうよ?」

「っ! ……ぐすっ…」

涙を流して、睨んでくる星野さん。

この言葉の選択が正しいのかはわからない。
でも、メイド服だって流石に汚すわけにも行かないし、落ち込まれるよりかは私にぶつけてくれた方がいい。

星野さんは視線を逸らした後立ち上がる。
スカートから雫が水たまりに落ちてぴちゃぴちゃと音を立てる。
星野さんはその音を聞いて、表情を硬くする。

「……自分で出来る?」

私は貰って来た袋からタオルを取り出して見せる。
星野さんは私の顔を見ずに頷き、水たまりの中を一歩二歩歩きタオルを手にする。

――……出ていった方が良いのかな……?

でも、さっき逃げてしまって再び星野さんを一人にするのは……。
だからと言って後始末をしている星野さんを直視するなんてことは出来ず、私は目を逸らす。

「(うぅ…なんで……っ…なんで、我慢…できなかったん…だろ……)」

私の視界の端でタオルを握りしめる星野さん。
震えた消え入りそうな声……。

「(ありえない…のに……私だけが…こんなっ……もう子供じゃ…ないじゃんっ……)」

「ち、違う! 星野さんだけじゃないっ!」

私は星野さんに目を向けて、語調を強めて答える。

「……し、失敗は恥ずかしいことだと思う……でも…それでも、ありえないことじゃない……」

だけど、ありえちゃいけない事なのかもしれない。
ちゃんと我慢してトイレまで……そうしなきゃいけない。それでも――

「……我慢はずっと出来るものじゃない……星野さんは凄く頑張ってたと思う……」

必死にトイレまで我慢しようとする意志は凄まじかった……。
そうしなきゃって思う気持ちの強さは、もしかしたら今まで『聞いた』誰よりも強かったかもしれない。

「だと…しても……間に合わなかった…のは……事実…じゃん……みんな、間に合ってる、のに……私だけっ――」
「違うっ! それは星野さんが知らないだけだよ……わ、私だって…こういう事…ないわけじゃ……ないし」

星野さんの見開いた瞳が私に向けられる。逆に私は星野さんから目を逸らす。
顔が熱い……星野さんにわかって貰うためとは言え……恥ずかしいものは恥ずかしい。
というか、多分この私の態度が嘘じゃない証明みたいなもので――……だめ、どんどん顔が熱くなってるっ!

672事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。27:2019/04/30(火) 01:29:09
「……きょ、今日の失敗だって…私以外に見られてないわけでしょ?」

自分で言って置いて自分の事から話を逸らす……。

「……みんな知らないところで少なからずこういう事…あるものだから」

私は沢山の失敗を知ってる。
我慢が苦手な子も、得意な子も、トイレが言えない子も、言えるはずの子も……。
皆がみんな、失敗してるわけじゃないけど……それでも、私は沢山知ってる。

「嘘だよ……そんなの……知らないところとか、ただの都合のいい考え方じゃん」

星野さんはそう言ったが、その言葉はさっきほど震えていない気がした。
ちゃんと伝わったのかはわからない……だけど、少しでも気持ちが楽になっていればと私は思う。
星野さんはそのあと小さく深呼吸して後始末の続きを始める。
私には「あっち向いてて」と言いはしたが、出て行けとは言ってこない。

「綾菜の失敗って……どんなだった?」

――っ!

「……べ、別に普通……」

普通ってなんだって自分で突っ込みたくなる。
だけど、それ以上言葉を続けられない。

「そっか……ご、ごめん、変なこと聞いて……」

残念そうな声で星野さんは謝る。
謝るのは私の方なんだけど……追い込んでおいて自分の失敗談も言えないでいるんだから。

服を脱ぐ音、身体を拭く音、着替える音……。

「おわった…よ」

その声に私は星野さんに視線を向ける。
目も顔も赤くして、視線を逸らして――……可愛い。

私は星野さんに近づく。
星野さんはそれに気づき身を強張らせる。

……。

抱き締めてあげたい……けど、後始末を終えたとはいえシャワーを浴びたわけじゃないわけで……。
本当メイド服が凄く邪魔……メイド服じゃなければ抱き締めてるのに……。

「……さて、次どこ回ろうか?」

無難な言葉で私は星野さんの手を取った。

673事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。-EX-:2019/04/30(火) 01:31:20
**********

「あ! えっーと、真弓ちゃん、梅雨子の妹の真弓ちゃんよね!」

私は祭りの時に完全に忘れてしまっていた友達の妹を見つけ声をあげる。
彼女は真弓ちゃん。梅雨子の妹。通りで聞いたことある名前だと思った。
外見は、何度か家を訪ねた時に窓の向こうに影を見た程度のものだったが、何度か梅雨子が写真を見せてくれたこともあった。
余り記憶にないが、確かに見覚えはあった。
それに、今こうしてみると少し梅雨子に似た雰囲気も感じ取れる。

「あー……えっと、気付いちゃいましたか」

決まりが悪そうな顔で視線を逸らす真弓ちゃん。
祭りの時、名乗りはしたものの私の事を知らないように装った理由は当然あの時の事。

「ほんっとーーーにごめん! それとあれは梅雨子に無理矢理……えっとまさかトラウマとかになってないよね?」

恥ずかしい音を聞かれて、それを梅雨子のデリカシーのない言葉で――――私も興奮からなにか口走ってた気がするけど――――嫌な思い出になっていて当然で。
それに梅雨子の話だとあれからほぼ口をきいてくれないって時々嘆いてたし……。

「いやー大丈夫ですよ、もう気にしてませんし」

明るく言う彼女の言葉に私は胸を撫で降ろす。
そして注文したコーヒーに口を――空だ……。

「あ、コーヒーもういっぱいくれる?」

「あやりんが居ないからって焼け飲みしないでください……もう既に二杯飲んでるんじゃないですか?」

「えー、綾のメイド接客楽しみにしてきたんだからちゃんと居座り続けないと!」

それにほら……コーヒーって利尿作用あるし。
……いやいや、こんな公共の場で我慢とか――
でも……。
………。
い、いや、流石にダメでしょ!

「あの……私がお姉さんと顔見知りだった事……もう少しだけあやりんには黙っていてくれませんか?」

私が恥ずかしいことを考えていると、真剣で…でも少し不安を抱えた顔で真弓ちゃんは言う。
ところで――私と顔見知り? それはどうなんだろう……。
トイレの扉越しでのあの会話――――会話とは言えない一方的なのもだったけど――――と2〜3度窓越しで真弓ちゃんらしき影を見たくらいのものだと思ったけど。
いや、でもあっちは一応私を見ていたと言うことなら顔見知りと言えるのか。
それを綾に秘密に――秘密?

「えっと? いいけど…どうして秘密?」

「それは……あやりんにはそういう事言わずに友達になったから……でも、ちゃんと私から正直に言わなきゃってずっと思ってて……」

なるほど、その気持ちはわからなくもない。
もし私がそのことを話せば綾はきっと真弓ちゃんに少なからず不信感を抱く。
どうして隠していたのか……って。
……。

――あれ? どうして隠してたんだろう? …あぁ、でもどんな関係って聞かれて、私に恥ずかしい音聞かれましたって言うわけにもいかないか。

「あら、お久しぶりです雛倉先輩」

聞き覚えのある声に振り向くとそこには金髪の上品な子がいて。

「あぁ! ……――さ、皐ちゃん!」

「正解です……けど今一瞬名前出てこなかった感じでしたよね。……はぁ、相変わらず勉強以外は微妙な記憶力ですね」

私は口を噤み目を逸らす。

「それと……黒蜜先輩の妹さんもごきげんよう?」

「……真弓です」

「あら、ごめんなさい、真弓さん
私、一度ちゃんと真弓さんと話したかったんですよね」

「っ…それは……奇遇ですね会長さん。私もですよ」

――……ん? なんか急に空気が重く……。
二人の間に火花が見える気がする。

「ここではなんですから、お二人とも生徒会室に案内しましょう」

――あれ!? なんだか私まで巻き込まれてる!?

「ふふふ♪ 当然ですよ雛倉先輩。だって生徒会室で行う密談は綾菜さんの事なんですから」

おわり

674「星野 歌恋」:2019/04/30(火) 01:33:54
★星野 歌恋(ほしの かれん)
1年A組の生徒
校内の友達とバンドを組んでいるが軽音部ではない。
黒蜜 真弓とは同じ中学出身で友人関係。
同じく同じ中学出身の朝見 呉葉については顔すら覚えていない。

強気でまっすぐな自由人。
周りの空気に良くも悪くも流されない人物。

膀胱容量は非常に大きめ。
物心ついた時から小さな失敗すらしておらず、また限界まで我慢した経験も非常に少ない。
体験、目撃経験がないために、高校生にもなって我慢できないことに現実味を感じず
またそれが恥ずかしく情けないことだと強く思っている。
あからさまな我慢の仕草も同様に小さい子がすることであり、恥ずかしいことだと感じている。
そもそもそう言ったことに余り関心がなく、カフェインの効果に利尿作用があることを知らなく
また沢山飲むことが頻尿に繋がることも理解していない。

成績は下の上、運動はそれなり。
歌うのが好きでバンドグループではボーカル兼ギター。
ただボーカルもギターも特別上手いわけではない。
性格は気性が激しく、自分勝手、素直じゃなくて、プライドがそれなりに高く、口が悪い(悪気無し)。
余り周りに関心を持っていないが、気になる相手はとことん気になり
そういう相手に関しては得意ではないが多少の気遣いや配慮をすることもある。
基本的にはコミュ力は高いので、性格に多少難があっても彼女のペースに引き込まれる。
割とツンデレな部分もある。

綾菜の評価では沢山我慢できる人でおしっこの我慢を舐めてる人。
初めの印象は良くなかったが、話すうちにその誤解は解けた。
わかって貰うためとはいえ、私情も挟み、悪気がなかった人を自ら追い込んでしまったことを後悔している。

675名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 01:30:10
待ってました!
平成の締めくくりにふさわしい話だった

676名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:39:06
平成の最後に相応しい作品です。
令和でも楽しみです。

677名無しさんのおもらし:2019/05/01(水) 09:50:31
更新ありがとうございます。
もう一つの小説のキャラや雪姉も登場して、まさに学園祭の雰囲気ですね。
そして、勃発するあやりん争奪戦。

678名無しさんのおもらし:2019/05/04(土) 09:57:27
更新待ってました!
おもらしに追い込んじゃうのいいシチュエーションです!最高でした!

679名無しさんのおもらし:2019/09/21(土) 12:38:18
新作希望


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