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おもらし千夜一夜4

1名無しさんのおもらし:2014/03/10(月) 00:57:23
前スレ
おもらし千夜一夜3
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

553名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 00:54:18

PRPG マップ14-5『氷雪の森』


 ひゅうひゅうと絶え間なく吹く冷たい風。時に舞い上がりながらもしんしん降り続く雪。
 勇者たち一行は次の町を目指すべく、『氷雪の森』を訪れていた。

「うう、さむ………」
 視界の悪い森の中、四人パーティーの一番後ろにいた戦士が呟く。彼女の身を包む赤い鎧は防御力こそ高いものの、防寒性には乏しい。雪に温度を奪われた体を少しでも暖めようと、盾を持たない手で腕をさすっていた。
「が、頑張りましょう。この森を抜ければ、すぐに町があるはずですから」
 そう応じるのは、戦士のすぐ前を歩いていた僧侶。戦士よりはいくらか厚い法衣を纏ってはいるものの、こちらも寒そうに身を縮めていた。

「って言ってもさ、さっきから全然景色が変わらないんだけど……ほんとに合ってんの?」
 ぼやくように言う戦士に、今度は魔法使いが答えた。
「サーチ魔法によれば、方角はこっちで合ってるはずよ。たぶん、そろそろ森も半分くらいじゃないかしら」
 音楽の指揮でもするように、魔法使いは指先を動かす。そこに灯る淡い青色を帯びた光は、水の精霊とリンクして辺りを探っている証だ。
「えー、まだ半分なのかよ……?」
 さくさくと雪を踏んでいくブーツの爪先を、戦士は少しだけ不規則に動かした。不満を訴えた口許は、何かに耐えるように下唇を噛む。
「その、さ、………アタシ、催してきちゃったんだけど………ダメ?」
 へへ、と戦士は茶化すように笑う。誤魔化しきれない照れが、なめらかな頬を染めた。
「だっ、ダメに決まってるじゃない! ここは魔物も出るし、それに、お外で、なんて……」
 戦士の羞恥混じりの訴えに、返す魔法使いの口調は鋭い。
 理屈だけで言えば、魔法使いの台詞は至極真っ当なものだ。


 魔物と戦うには水聖力と呼ばれる力が必要。
 水聖力を体に溜めるには、水そのものを溜めておく必要がある。
 魔物の出没する森で『それ』を解放するなんて、自殺行為とほとんど同義。

 でも。


「っ、でも、………アタシ、そろそろ、やばいんだよっ」
 切なげに眉を寄せ、自らのーーおんなのことしての危機を告げる戦士。
 そわそわと腰を揺すり、落ち着かない『欲求』を散らす。
 その姿に誘惑されたように、僧侶も口を開いた。
「ご、ごめんなさい、実は、私もです……」
 白木の杖を持つ僧侶の手に、きゅっと力が籠る。瞼を伏せた彼女の頬もまた、寒さとは違う理由で赤く染まっていた。
「そんなこと言われても……」
 二人の仲間から、控えめながらもストレートに『欲求』を告げられた魔法使いが、困ったように勇者の方を見る。彼女とて、下腹部に燻る欲求を抱えているのに。
「勇者さん、どうしましょう。……その、お二人は結構限界みたいよ?」
 何が、とは、魔法使いも言わなかった。
 水聖力を溜めることで同時に引き起こされる現象、つまりは、尿意。
 パーティ結成以来、何度も何度も彼女たちを苦しめてきたものだ。
「うーん、つらいのは分かるけど、もうちょっと我慢して? ここ、結構魔物が強いしさ……」
 申し訳なさそうに、それでも有無を言わさずに勇者は答える。
 パーティのリーダーたる彼女だけに見える、仲間の状態を表す窓。それを開いて、仲間たちの状態を確認した。戦士、魔法使い、僧侶の枠は、揃って黄色く染まっている。
 緑と青の下にある黄色い横棒には、まだ少しだけ余裕があった。
「勇者の鬼ぃ……」
 戦士が、形の良いふとももを擦り合わせながら恨み言をいう。そのトーンが本気でないのは、彼女とてここで解放するわけにはいかないと分かっているからだろう。
「なるべく、急ぎましょう…?」
 僧侶が、切実な色を滲ませた声音で乞う。
「早く、着けると良いわね……」
 魔法使いは、そっと靴の先を地面に擦り付けた。

554名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 00:57:35

「っ、あ、あれっ………?」
 魔法使いが、戸惑った声を上げる。
 パーティは、彼女の使役する水の精霊のナビゲーションに従って進んできたはずだった。なのに、目の前に広がるのは森の出口ではなく切り立った崖。
 覗き込んだ下は、うっかり落ちれば怪我では済まないほどの谷になっていた。
「出口はどうしたんだ?」
「ま、まさか、間違えたんですか?」
 戦士と僧侶が、魔法使いに問う。その二人は、随分と切羽詰まった様子を見せ始めていた。
「っ、ごめん………精霊さんの指示を、私が聞き間違えたみたい………。ほんとの道は、逆だって」
「「ええっ!」」
 うう、と申し訳なさそうに身を縮める魔法使い。水の精霊との交信の副作用で体に湧き起こる衝動が、一層強まる。
「わ、私だっておトイレ行きたいのよ! 精霊さんとお話してると、どんどんつらくなるし……集中できなくって、そのっ」
 ついに、魔法使いの手がローブの前に差し込まれた。ぎゅううっと押さえ込んで、腰が引けて、不格好な前屈みになる。
 それは、戦士と僧侶が現在進行形で耐えている『欲求』を呼び起こすには十分すぎる目の毒で。
「っ、あ、アタシだって、っふぅ…ッぁ!」
「やだ、わたし、っ、くうっ………ひっ、」
 戦士は盾を放り出して、僧侶は杖を落として、慌てて魔法使いと似たり寄ったりの姿勢をとる。

「ね、ねえっ、頼むから、いいでしょっ、アタシ、もう限界ッ!」
「おトイレっ、……勇者さま、お願いです! していいって、許可を……っう」
「やだ、出ちゃうッ、もう、無理なの……!………あっ、ぁ、や、精霊さん、今は、やめてっ!」

 戦士、僧侶、魔法使い。
 三者三様に、勇者に向けて『許可』を乞う。

 仲間たちから必死なお願いをぶつけられた勇者は、仕方ないなあとでも言いそうな調子で言った。
「……それじゃあ、全員一気にしちゃうと困るから、ひとりずつね? その間に魔物が来ないとも限らないし、バラバラにならず、警戒も怠らないこと」

 勇者の言葉に、三人は一瞬顔を見合わせる。そこからは、早かった。

「っ、ごめん!!」
「あっ、待ちなさいよ!」
「抜け駆けはずるいですっ!」
 戦士が、前を押さえたまま近くの茂みに駆け込んだ。後を追って、魔法使い、僧侶と続く。
 彼女らが通った白い雪の上に、黄色い丸がいくつも落ちる。

「アタシ、もう限界なのっ! お願い、終わったらすぐ聖水飲むから、先にさせて!」
 戦士の鎧の下で、とどめ切れなかった水分が少し溢れた。
「っ、ここまで案内したのは私の力なんだから、私が最初よっ」
 魔法使いの白いローブの中心に、薄黄色の染みが広がる。
「わたし、わたしだってつらいですっ!! っああっ、出ちゃう、ぅっ!」
 僧侶の法衣の裾から、水の流れが伝い落ちる。


 悲鳴のような声をあげたのは、誰か、それとも全員か。


 しゅわあああ、と静かな水音が三つぶん、森に響いた。
 ぺたんと座り込んだ三人のお尻の下から、黄色い水流が白い雪の上に広がり、雪を溶かしていく。
 鎧を。法衣を。ローブを。我慢しきれなかったおしっこが濡らす。
 我慢に我慢を重ねた三人ぶんのおしっこは、それはそれは大きな水溜まりを作り上げたのだった。

555名無しさんのおもらし:2017/10/11(水) 01:01:46

 戦士、僧侶、魔法使いの三人の黄色いゲージがみるみる減っていく。
 勇者の目には気持ち良さそうな彼女らの放尿が、耳には勢いのいい水音が飛び込んでくる。
 その一方で、勇者自身の水聖力を示す横棒はいっぱいいっぱい。ゲージの左端に書かれた数字は分母より分子の方が大きくなっていて、それを勇者は意思の力だけで支えていた。

(っ、あ、私だって、おしっこしたいのに………!)

 数値にして、先程までの三人の平均の、一.五倍。それだけの量が、勇者のお腹にはたっぷりと溜め込まれていた。


 勇者には、仲間たちをつらい旅に付き合わせているという思いがある。
 だからこそ、自分にできることは自分が一番頑張ろうと。
 欲求が限界を超えても涼しい顔を保ち、数字で突きつけられても己を騙して我慢を続ける。
 それはある種、勇者を勇者たらしめている意思の力に通じるのかもしれなかった。

(っふ、………あ、やばっ………。だめ、我慢我慢……)

 長い長い我慢からの解放に、仲間たちは気持ち良さそうに浸っている。
 彼女らが後始末を終え、聖水を口にし、水聖力を再び宿すまで、少なく見積もっても一時間。
 それまでの間、勇者は限界を超えたおなかを宥めながら、水の力を一時的に失った彼女らを守って戦わなければならない。
 甘く、擽ったく疼く下腹部を抱えた勇者はそっと三人に背を向けて、密かに、一瞬だけ足のつけ根にてのひらを強く押し当てた。

556名無しさんのおもらし:2017/10/16(月) 23:23:07
gj 勇者がいいね!
他の子たちが勇者に絶対の信頼を持ってるからこそ勇者も弱音を吐けないみたいな
勇者以外もステが確認できたならまた違ったのだろうけど

557名無しさんのおもらし:2017/10/17(火) 19:41:51
勇者ちゃんにはもっと我慢してほしいね

558事例の人:2017/11/02(木) 01:15:04
>>464
鞠亜はまだまだ謎多き人物ですね、キャラ紹介まだですし……しないかもだけど。
>>534
テレパシー今回は仕事しません……
>>535
星野さんは来年中には。

根元さん覚えてる人いて驚いた。
感想とかありがとうございます。

今回変化球です、おもらし推理小説みたいな新ジャンル
ちょっとどころではなくおもらし小説としてはどうなの? って感じです。
推理小説としてもどうなの? です。矛盾あったらごめんなさい。
追憶としてこの話に出てくる事件は書くこともあるかもです。

559事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。1:2017/11/02(木) 01:16:48
「……えっと…もう一度言ってくれる?」

私は自分の耳を疑いまゆに聞き返す。

「だから、中学一年の時に起きた怪事件、『犯人の居ないおもらし事件』だよ」

……。
何度聞いても耳を疑いたくなるその謎の怪事件。
隣で少し顔を赤くして真顔で瞬きだけをする弥生ちゃんが――可愛い。

「……えっと犯人って言うのは……えっと、失敗――した子ってこと?」

昼休みと言う時間の中、まゆの言うおもらしという言葉を使いたくないのもあるが
昼休みじゃなくとも普通に濁したくなるのは至極当然な事。

「そういうことだねー」

「……それで、なんでそんな話になるの? ただ、上手く隠し通したって話でしょ?」

私は内心では興味津々だが、気怠そうに振舞う。

「簡単に言えばそうなんだけど、容疑者を絞って話を聞く限りじゃ、犯人が見つからなかったんだよ」

「……ちょっとまって……なに? 犯人捜ししたの?」

おもらしした犯人を見つけるなんてちょっと悪趣味なんじゃ……と思いつつやはり興味はある。
私の言葉にまゆが少し困った顔で話す。

「いや、一部の人だけが探偵気取りで始めたんだよ、まぁ2日目でもう飽きて殆ど話題にもならなかったけどね」

そういって更にまゆは続ける。

「おもらしの水たまりは教室に放置されてたし、クラスが迷惑したのは事実だったわけで
中学という時期を考えればこの程度、普通なんじゃないかな?」

わからなくもない。
他人事でそんな非日常が起きればお祭り騒ぎになる人は当然いるだろう。

……。

「……それで、どんな事件だったの?」

「お、興味出てきた?」

私はまゆの言葉に目を細めて返す。

「……そりゃそんな中途半端な感じに話されたら気になるでしょ」

まゆはしてやったりという顔で私を見る……なんか腹立たしい。
もともと興味があったのは間違いないが、誘導されたみたいで……。
隣の弥生ちゃんも顔は赤いがまゆの方を向いて、事件の内容が気になっているようだった。

「よし、とりあえず事件のあらましを説明するよ、詳しくは質問とか貰ってから答えるね」

そういってまゆが説明をする。

560事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。2:2017/11/02(木) 01:18:04
前置きとか背景――――重要な事と言えば女子中学だという点……女子確定だね!――――とかどうでもいい話が多かったが
まゆの話を要約するとこうだ。

まず事件が発覚したのは体育館で行われていた体育が終わって教室に戻ってきたとき。
教室の後ろの方に水たまりを見つけ、その独特の匂いからそれがおしっこによるものだと断定された。
教室へ戻ってきた生徒は複数人でそれを見つけていて、体育の授業が終わってから作られたものではなく
それ以前に作られたものだと思われた。
そして容疑者は4人居てその人に順番に事情聴取を行なったとか。

「えっと、まずなんで、容疑者が4人…なんですか?」

弥生ちゃんがおずおずとした感じで尋ねる。
当然ながら私もそれは気になる。

「実はその前日から教室近くのトイレの故障が多くてね、個室が一つしか使えなくて混んでたんだ」

「? ……理由になってなくない?」

「うん、これは間接的な理由、それが原因で先生が言った言葉が“我慢できなければ2階の2年生のトイレを使いなさい”
さて問題でーす。私たちは行列のできたトイレを使わず、どこのトイレへ向かったでしょうか?」

私はなるほどと納得した。
だけど、弥生ちゃんはその問題にストレートに答えた。

「2階のトイレ……じゃないんですか?」

「残念だけど不正解、弥生ちゃんなら2階のトイレを迷いなく使う?」

「う……状況によりますけど、高学年がいるところ……ましてや昼休みでもない短い休憩時間には混んでそうで行きたくないです……」

「その通り」

まゆが得意げな顔をしているので私は答えを言うことにした。

「……更衣室近く、もしくは体育館のトイレね」

「流石だね、そういうこと。正確にはうちの中学では更衣室近くにトイレはないから、多くの人は着替えてから体育館のトイレを利用しようってなったわけ」

そこまで説明されれば言いたいことは分かった。

「……つまりは容疑者は多くの人が利用した体育館のトイレに行かなかった人ってこと?」

「うん、その通り、皆――というかグループの内一人でもいいんだけどね」

更衣室へ向かった人は多くて、その一人一人が証人であると同時に容疑者とはなりえない。

561事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。3:2017/11/02(木) 01:19:28
「どうして、容疑者の4人は皆と同じように体育館のトイレを利用しなかったんですか?」

「そうだね、ここからが本題となるわけだね」

まゆはノートを取り出しでA子、B子、C子、D子と書く。

「この子たちが容疑者だね。そして、理由はそれぞれなの
まずA子。彼女は日直だった、黒板を消す仕事があったわけ。
だから体育の前の授業が終わったとき一目散に教室を飛び出して教室近くのトイレを利用した。
次にB子。この子は少し変わった子で、普通に2階のトイレへ行ったらしい。
それからC子。彼女は始め教室のトイレに並んだんだけど、列が長くて諦めて別のトイレへ行ったみたい。
そしてD子。彼女は教室近くのトイレに並び続けたけど、時間的な理由で諦めたの」

まゆは日直などの簡単な情報を各仮名の下に書き込む。
……。

「……C子とD子が情報不足ね、まずC子はどこのトイレへ向かったの?」

「C子は理科室や視聴覚室とかある教室棟でない利用者の少ないトイレへ向かったわ」

「それじゃ、D子さんは?」

「彼女は文字通り諦めた、我慢したまま体育へ向かった」

「……そうなるとD子は体育が終わるまで我慢したってこと?」

まゆは首を振った。

「D子は体育の終わり掛けにトイレへ抜けたよ(……授業開始からそわそわしてたからずっと我慢してたんじゃないかな?)」

なぜか後半は小声で言った。
でも、これがすべて真実だとするとだれも失敗していない。
A子は教室近くのトイレで真っ先に済ませている。
B子は2階のトイレで済ませている。
C子は別棟のトイレで済ませている。
D子は体育の時間我慢している素振りを見せ、途中トイレに抜け出している。
まゆが言うように『犯人の居ないおもらし事件』となる。

だけど、誰しもが嘘を付ける。
皆自分を弁護しているだけで容疑が晴れるわけじゃない。

「……事情聴取したのよね? さっきの内容がすべて?」

「いや、まだいくつか話してないこともあるよ」

……。

――中学生の事情聴取か、……その内容をまゆも知ってるってことは――。

つまりそういうことなのだろう。
私は嘆息してから尋ねた。

562事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。4:2017/11/02(木) 01:21:46
「……それじゃ事情聴取をした順番通りに内容を聞かせて」

「おっけー、まずは日直であるA子、実は彼女が一番疑われてたの、だから真っ先に話を聞いたわけだね。
まずA子は日直の仕事を済ませる前に教室のトイレへ走った、結構我慢してたのもそうだけど
日直の仕事の後でトイレに行くにはトイレが混んで時間がないと思ったらしいの。
用を済ませ、黒板を消すため教室へ戻ると、殆どの生徒がいなくなったところだったと言ってたかな?
だけどそこには容疑者が一人いた……それはB子だった」

「え? B子さんは2階のトイレへ向かったんじゃないんですか?」

「そうだよ。だけど、体操着を持って行かなかったB子はそれを取りに一度戻ってきてたの、それを見かけたみたい。
話を戻そうか、A子は黒板を消していたんだけど、黒板の上の方を消すのに苦労してB子が居なくなった後もしばらく時間がかかったそうだよ。
そして教室に誰もいないのを見てから教室の後ろの戸を閉めて、前の戸も閉めた。あ、閉めたって言うけど鍵をかけたわけじゃないよ
うちの学校は戸締りとかはしなかったから。そうそう、その時に水たまりはなかったと思うって言ってたかな?
そしてそのあと更衣室へ向かって、そこにはもう誰もいなくて一人で着替えることになったんだけど、服を入れるロッカーの空を探すのに苦労したってさ」

……。
他の聴取を聞いていないが、おかしな点は今のところはないかな?
疑問があるとすれば――

「……どうしてA子が一番疑われてたの?」

「あー、それはね、彼女が一番体育館に付くのが遅かったうえ、授業に少し遅れて来たからだよ」

だから教室を出たのが最後であり、水たまりを残せる可能性がある……そういうわけか。真っ先に疑われて当然。
だけど、A子が嘘を言っていなければ先に済ませていたことになりおもらしとはならない……。

「さて、次は今の流れからB子の聴取になったんだけど、さっき言った通り2階で済ませて体操着を取りに戻ってきたの。
ちなみに2階は殆ど混んでなくてすぐに済ませられたと言ってたね。
教室に戻ってすぐA子も教室に入ってきて黒板を消しはじめたって。B子が教室を出るときはA子以外いなくて
そのA子は背伸びしたりジャンプしたりして必死に消してた場面だったみたい。
そのあとすぐA子に確認を取ると確かにジャンプしたりしてて、踏み台を使えばもっと早く消せたと言ってたね。
更衣室へ行くともうみんな着替え終わっていたらしくて誰もいなかったそうよ」

つまり、皆が着替え終わった後にB子が着替えて、B子が着替え終わった後にA子が着替えた。
接触していないのだからこの辺りは嘘を言っていたとしても違和感なく通るけど……。

563事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。5:2017/11/02(木) 01:22:25
「そしてC子。彼女はさっきの二人とはほぼ接点がなくてねぇ。教室近くのトイレに並んだんだけど……あ、すぐ前はD子だったみたい。
それなりに切羽詰まっていた彼女は列をすぐに抜けて教室へ戻った、これは数名の生徒が確認済みだったし私も見たよ。
そして体操着を持って別棟の利用者の少ないトイレへ向かった。
そこのトイレは誰もいなくて普通に間に合って、そこで体操着に着替えて直接体育館へ向かったんだって。
その子の言った通り、確かに制服を持ったまま体育館へ来てたね」

「えっと、更衣室へ制服を置きにいかなかった理由はあるんですか?」

「単純に面倒だったからだって。教室から体育館の間に更衣室はあるけど、彼女の向かったトイレから真っすぐ体育館へ向かうとなると
ほんの数十歩だけど無駄にあるかなきゃダメで、それがなんだか面倒に感じたんだって」

……。
確かにこれじゃ接点がない。
彼女の行動の真偽は彼女の言葉だけで完結していて制服を体育館へ持ち込んだという結果しかわからない。

「質問なさそうだね、最後はD子だね。彼女もC子と同じで教室近くのトイレに並んだ
もう少し早く進むと思っていたけど、思うように列は進まず途中で諦めて教室へ戻ったそうだよ」

「……まって、その戻った時ってタイミング的にはどのタイミングなの?」

わざわざ行列に並んだのだから、D子は時間ギリギリまで行列で粘ったと考えるのが普通。
さっきまでの話を聞く限りじゃ、最後まで教室で黒板を消していたA子が見ていないのはおかしい。

「D子が言うにはA子が黒板の上の方をジャンプで消していた時で、自分以外の生徒はいなかったってさ」

「おかしいです! A子さんが最後に見たのはB子さんのはずです!」

「その通りだね、だけど厭くまで“A子が見た”のがB子であってそれが真実という保証はないからね。
というのも、D子の席は一番後ろ、トイレの方から戻ってくると後ろの戸から入ることになる
戸の目の前が彼女の席、机の横に掛けられた体操着セットを取るだけだから教室に入った時間は数秒程度でそのまま後ろの戸から出たらしい。
この短時間では黒板を消しているA子が気が付かないのも無理はないというわけ。
そして、D子は急げば体育館のトイレを使えると思っていたらしいけど、体育館についたのはチャイムが鳴っている途中、ギリギリだったわけね」

……。

「なるほどです……」

弥生ちゃんは納得する。
私はまゆがノートに書き続けているメモも眺める。

……。

「……体育が終わった後、更衣室で着替えなかった人はいる?」

「いないね、C子を含む全員が更衣室に入って着替えたよ」

……おかしい。違和感を感じる。

564事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。6:2017/11/02(木) 01:23:16
「わかりました! 犯人はA子さんですね!」

「へー、理由は?」

「教室を出たのが最後だという確証はないですけど、B子さんとD子さん、それに自身の証言から最後である可能性が極めて高いうえに
体育の授業を遅刻するほど遅れてきている彼女が一番遅かったのは揺るぎない事実です!
この事実がある以上は他の容疑者が教室でお――ごほんっ! ……えっと、失敗をすることが出来ませんし
教室まで行ってすること自体が不自然です!」

私も同じ結論ではある。
だけど……。

「……まゆ、この話って本当に未解決だったの?」

私の言葉に弥生ちゃんはきょとんとして、まゆは表情を変えず、そのあと嘆息した。

「敵わないなぁ、あやりんには……。そう、この事件は弥生ちゃんの推理通りにその日のうちに解決済みだよ」

出された結論はこうだ。
A子は授業が終わると同時に教室近くのトイレへ向かった。
かなり切羽詰まっていて、日直の仕事がある以上、体育館のトイレを使用するのはクラスメイトの順番待ちで厳しいと思った。
だけど、急いで向かった教室近くのトイレは既に並んでいて、これを並んでから黒板を消していては授業に遅れてしまう。
A子は並ぶのを諦めて黒板消しをして、教室のトイレの行列が解消されることを祈った。
教室に誰もいなくなり我慢も限界に差し迫ったころ、教室の後ろの戸からトイレを見ると行列はまだ残っていて……。
この後彼女が取った行動が、教室後ろでの放尿なのかおもらしなのかはわからないが、かくして、教室に水たまりが作られる結果となった。
もし下着や制服が汚れていたならば、先に保健室で替えの着衣を用意すれば問題ない。授業は既に始まっていて、見つかる心配はない。

「だけど、私、そのA子に昨日会ったんだよ」

まゆが真面目な顔で続けた。

「なんか流れで話題がこの話になると彼女は迷惑そうな顔で言ったんだ……『私じゃなかったのに』ってね。
あれから約3年、そしてA子を見てると嘘を言ってるようにも、現実を受け止めていないようにも見えなかった
これは私が感じたただの感想であってA子の疑いを晴らすようなことじゃない……だけど……やっぱり気になった」

「……弥生ちゃんやクラスで出された推理は間違っていて、他に真犯人がいるってこと?」

「わかんないけど……多分ね」

「そんな…ありえません……」

A子が犯人でない。これはまゆの想像であって犯人ではない。
……。

565事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。7:2017/11/02(木) 01:24:10
「……たしかに、まだ考える余地はありそうだね……そもそもA子が犯人だと違和感がないわけじゃないし……」

「どういうことですか?」

二人が私の顔を覗き込む。

「……実際見ていないからわからないけど……限界まで我慢してるA子が黒板を消すために背筋を伸ばしたりジャンプするとは私は思えない」

二人は目を丸くして驚いた。

「……だから私はまゆの意見――A子は犯人ではないに賛成したいんだけど……肝心の真犯人が……」

私は考える。
誰もが嘘を付くチャンスがあった。
だけど、嘘を付ける範囲は限られていて、体育館に来た順番は容疑の掛かっていないすべての人が見ている。
更衣室はC子を除くすべての人が利用していて、授業前、最後に使用した人物はA子で、これも恐らく間違いない。
それなのに、A子が教室を出たときに水たまりが存在していない……。

――……A子が気が付かなかっただけ? もしくは、犯人ではないが嘘を付いてる?

後者には少し無理がある。
A子は「私じゃなかったのに」と言って不本意な形で事件が収束していったのを不満に思ってる。
犯人にされてもなお、嘘を付く必要があったとは思えない。あったならばA子は後悔をしていない可能性が高く
まゆに対して不満を漏らすとは考えにくい。

「……まゆ、水たまりの位置は教室の後ろって言ってたけど、A子が教室の戸を閉める際に気が付かないくらいの位置だった?」

「いや、水たまりは教室に入ってすぐで、戸を閉めに行けば普通に踏んでしまうくらいの位置だから気が付かないはずはないよ」

――だめか……。

水たまりが出来た時間が変われば、色々と変わるかと思ったがこれもA子が教室を出た後で確定。

「えっと、本末転倒ではあるんですけど、容疑者の中に犯人がいなくて、他のクラスの生徒という可能性はないんですか?」

「……他のクラスの人が誰もいなくなった教室に入る行為、廊下にはトイレに並ぶ人もいたんだからリスクは高いとは思う……けど――」

それでも、正直否定はできない可能性。
本当にA子が犯人ではないのなら、他に可能性がない以上、この答えが真実となる。

「それはないよ」

まゆが口を開いた。

「A子には手紙が届いたらしいの、筆跡から読み取られないように印刷した文字だったらしいんだけど
貴方に罪を押し付けた形になってごめんなさいって内容のね……この事件はクラス外に漏らさなかったし
手紙自体も事件後の次の日だったからクラス内の誰かなのはほぼ間違いないはずだよ」

……。
そうなると八方塞がり……確かに怪事件。

566事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。8:2017/11/02(木) 01:25:01
「ねぇ」

私は考え込んでいた顔を上げる。
目の前には弥生ちゃんとまゆも顔を上げていて……。

「もうすこし見方を変えてみたらどう?」

そう口にしたのは……朝見さんだった。

「A子さんは更衣室で空いたロッカーを探すのに手間取ったと言っていたはずよ。
つまり教室を出てから体育館に着くまでの時間はそれなりに長かったと言えるはず」

なぜかよくわからないが話に参戦したきた朝見さん……。
だけど、指摘したことは確かにその通り。
A子が教室を出てから体育館へ到着するまでに水たまりを残して、A子より先に体育館へ行くことが出来れば別の人でも犯行は可能。
でも――

「だ、だとしても体育後の更衣室ではみんなが着替えているので全ての人が着替えを更衣室に置いてあったか
もしくは持ち込んだりしなければ、この犯行はやっぱり不可能です」

――……っ! そっか、見方を変えるって……。

「……ちがう、不可能じゃない……一人だけ可能な人がいる」

567事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。9:2017/11/02(木) 01:25:45
皆が私の顔を見る。
小さく咳払いをして数秒、私の推理が勘違いでないかを整理……それから口を開く。

「……結論から言って恐らく真犯人はD子」

「ちょ、ちょっとまって! D子じゃないって、体育の授業中……えっと、我慢してたっぽいしトイレにも…いったし」

まゆは自分の目で見てたからなのか、少し慌てて私の考えを否定する。
だけど、まゆが言ったことこそが、この事件を解くカギ。

「……体育の授業中そわそわしてたのは演技……ではないけど理由が違う。恐らく下着をつけていなかったからだと思うの
そして、トイレと言ったのは嘘。本当は保健室と更衣室へ行っていたと私は考える」

「保健室と更衣室?」

まゆは不思議そうな顔で何度か瞬きをする。

「……まず事の発端から、D子は体育前の授業中、我慢していたのでしょうね。
そして何らかの理由……詳しくはわからないけど、授業後トイレに立つのが少し遅れて教室近くのトイレは順番待ち
だけど、D子はそこに並び続けた……ここの理由も実は曖昧だけど、2階のトイレは行きにくいし階段もある
他のトイレも遠いと考えれば、限界まで我慢していたのなら、歩き回るより最悪10分その場で我慢すれば済ませられると思って並び続けた可能性は十分にある。
だけど、ここに誤算があった……多分間に合わなくなっちゃたんじゃないかな?
焦る中、自分のクラスの戸が閉まる音でも聞いたのか、視線は自分のクラスへ、教室から出ていく日直のA子を見て教室に誰もいないのを確信した。
人の視線から逃げるように教室に飛び込んだ瞬間、限界が訪れた。制服はわからないけど下着への被害を残して、教室の後ろで失敗を犯した。
彼女は慌てた、失敗を処理していては授業に遅れる、事情も何も話していないからもしかしたら探しに来るかもしれない。
バレたくないという思いから彼女は水たまりをそのままにして、体育館へ向かう決断をする。
だけど、最後に教室を出たはずのA子より遅くなってしまえば犯人は自分になってしまう……そう考えたD子は教室で下着を脱ぎ、体操着に着替えた。
更衣室には寄らずに、一目散に体育館へ急ぎ、日直より早く体育館へ到着できたというわけだね
そして、まゆが言ったそわそわしてた理由はさっきも言った通り下着を付けていなかったから
トイレへ抜けたのは保健室に下着を調達に行くためと、更衣室へ制服を置くためだったというわけ
更衣室へ置いた制服はどこか近くに隠してあった自分のだったのか、保健室で調達したものだったかは謎だけどね」

「待って下さい、D子さんは教室でA子さんがジャンプしたりして黒板を消していたと言ってます
A子さんが言うように踏み台を使う可能性があるなら、そんな具体的な表現は危険です!」

「……具体的な表現だからこそ信憑性が増す、それに……まゆ、貴方は探偵側の生徒ではなかったんでしょ?」

「え? あ、うん」

「……にも関わらず、まゆが聴取内容を知ってるのは、クラスの皆がいる場で事情聴取が行われたという事
本来一人ずつ個別でしなきゃいけないはずの事情聴取を皆がいる場でしたことで、後の人は話を合わせるということが可能だったという事」

弥生ちゃんは目をぱちぱちさせて驚ていて、まゆは神妙な顔でなぜか黙っていた。
朝見さんは後ろを向いていてよくわからないが、もしかしたら真相に気が付いてヒントを言ってくれたのかもしれない。

「……多分、D子はただ自分の失敗を隠すためにしたんだろうけど……結果としてA子に罪を擦り付けるみたいになったんだろうね……
不本意な形でA子を貶めてしまったD子は手紙を出さずにはいられなかった……犯人と名乗り出るのは流石に勇気がいるからね」

「これで事件は解決ね……」

後ろを向いていた朝見さんは自分の席に戻る。
時計を見ると昼休みはあと僅か。

「あっ! 私お手洗いに行ってきます」

弥生ちゃんは昼休みが残り少ないことに気が付いて慌てて教室を出て行った。

「あやりん、ありがとね」

まゆの感謝の言葉。

「……どういたしまして」

私も短く返した。

568事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。-EX-:2017/11/02(木) 01:27:20
**********

「ごめん、今日は先に帰って、私ちょっと用事があるからさ」

私はあやりんと弥生ちゃんにそう声を掛ける。

「……ん、わかった」「それじゃ、また明日」

あやりんと弥生ちゃんが教室を出て、他の生徒も教室から出ていく。
そして、教室には私ともう一人が残る。
私が用事と言ったとききっと彼女もそれを察したのだろう。

「どうして協力してくれたの……呉葉ちゃん」

自分の机に頬杖を付いていた彼女がそれをやめて、机に視線を向けながら答える。

「白鞘さんにはずっと悪いと思ってたから……」

白鞘とはA子――白鞘英子(しらさやえいこ)のこと。

「私もごめん……まさか呉葉ちゃんが犯人とは思ってなくて……」

なんだか私、いつも呉葉ちゃんにとって余計な事をしでかしてる気がする……。
今にして思えば、別の場所や学校外でそういう話をすべきだった。

「気にしないで……謝らなければいけないのは、私が英子に対して…だと思うから……」

……。
英子ちゃんの話を聞いて、私は少し自己嫌悪していた。
当時の私は、何度も釈明する彼女の事を全く信じていなかった。
周りは優しくしてくれてはいたが、何度釈明しても優しく諭される……その遣る瀬無い気持ちと言ったら計り知れない。
だから私は、罪悪感から早く解決したいって気持ちばかりが先走りD子が――呉葉ちゃんが真犯人だという可能性を見落としていた。

「雛倉さんの推理……、大体合ってた。強いて言うなら、トイレの場所を変えなかった理由くらい」

――理由……なんだろ?

疑問に思うが呉葉ちゃんはそれ以上続ける気がないみたいだった。

私から声を掛けるべきか迷っていると小さくため息が聞こえてきた。

「……別に罪を擦りつけたいとか思ってなかった……。
だけど、結果的には最低な事してて……その晩気持ち悪くて一睡もできなかったわ」

何を言っていいかわからず私は口を閉ざす。
呉葉ちゃんは真面目で正義感が強い子だった。
だけど気が弱くて、行動力がなくて、人見知りで。

英子ちゃんにしたことは結果的に正義とはかけ離れた行動。
もし呉葉ちゃんに勇気があれば、彼女の正義感から間違いなく犯人は私だと名乗り出ていたはず。
それが出来ない自分を責め続けて……、彼女が出来る精一杯があの手紙で。

「ねぇ、黒蜜さん」

「……なに?」

「白鞘さんの連絡先……教えて、くれない?」

少し自信なさげに、でもハッキリと聞こえる声で言った。
私は小さく笑いながら言った。

「うん、いいよ……」

大丈夫……。
英子ちゃんのあの様子だと、今はそれほど気にしてない。

「許してくれるよ、きっと――」

おわり

569名無しさんのおもらし:2017/11/02(木) 22:38:48
この事件が追憶で書かれたら語られなかった謎もあきらかになるのかな

570名無しさんのおもらし:2017/11/03(金) 13:26:35
更新ありがとうございます。毎回楽しみにしてます。

D子の説明でまゆが声を潜めてたのはそういうことだったんですね。
でも、彼女が列に残ったのは何でだったんだろう?
性格的にも状況的にも利用者が少ない方に行きそうなのに。
B子やC子も実はキーパーソンなのかな。

571名無しさんのおもらし:2017/11/04(土) 00:32:01
いやぁ読ませる文章は書くわ
可愛い絵は描くわで最高だよあんた
今回みたいな推理ものでありながらもちゃんとおもらしを軸にしてるのはすげぇなとしか言えねぇ
これからも自分のペースで作品あげてください

572名無しさんのおもらし:2018/01/26(金) 23:49:03
新作希望

573事例の人:2018/03/18(日) 23:51:12
もう3月だった・・・
事例13の続き(追憶)になります
次回は事例14ではなく諸事情で飛ばして15の予定ですが更新は結構先になると思います

574追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。1:2018/03/18(日) 23:53:35
  「えっと、もしもし?」

見知らぬ番号からの連絡に疑問符を付けた白鞘さんの応答。
私はそれに気まずく、用意していた言葉を返す。

「えっと……中学同じだった朝見呉葉……だけど……」

  「え? ――あー、1年の時、確か同じクラスだったよね?」

クラスが同じだったのは1年の時だけ。
私を覚えていたのはきっとあの事件で同じ容疑者だったからだろう。
そんな私がなぜ連絡先を知っているのか疑問に思うのは容易に想像が付くので、先回りして連絡先を得た方法を答える。

「そ、そう。…その、黒蜜さんから連絡先……教えて貰って」

  「そうなんだ、それで――あ、もしかして例の事件の真犯人だったのを隠しててごめん――っ的な話?」

「っ! そ、その通りなんだけど……どうして?」

どう切り出そうか色々考えていたのだけど、あちらからとは想定外。
そして、なぜか彼女は私が真犯人だと知っている口振り……。

  「いやー、タイミング的に真弓ちゃんが解いちゃったのかなって思って……その、ごめんね?」

昨日の今日であの事件の関係者――というか、容疑者からの連絡。
そこから察したという事……だけど、それよりも――

「なんで……謝るのは私だと…思うのだけど」

そう、謝るのは私。
まだ謝れていない……それなのに、どうして彼女が謝る必要がある。

  「んーえっとさ、私、真弓ちゃんにちょっとあの事を愚痴ったみたいになっちゃったから……
  今更、犯人捜しみたいなことになってたなら嫌な思いさせちゃったかなーって思って」

――自分が犯人にされたというのに……この人は……。

私は彼女の優しさに感謝しながらも少し呆れた。
悪いのは元を辿れば私のはずなのに……――謝らないと……。

「いや、ですから……その、あの時ちゃんと私が名乗り出なかったからで、だから――ごめん…な、さい」

もっと丁寧に謝りたかったはずなのに、少し流れに任せてしまった。
それでも、ちゃんと…言えた。

575追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。2:2018/03/18(日) 23:54:08
  「うん、わざわざありがと。もう気にしてないし大丈夫。そりゃ前に犯人が朝見さんかもって聞いたときは驚いたけど……」

――……え? 前に犯人が私かも…って?

今までの話の流れから黒蜜さんが既に伝えていた可能性はまずない。
それに“朝見さんかも”という言葉から“前”と称されたその時点では私だという確証は得られていなかったと考えられる。

……。

「……前に聞いたって誰かから聞いたんですか?」

結局、考えても結論が出そうになく、かと言ってそのまま聞き流すことも出来ず単刀直入に聞くことにした。

  「え? あ、うん。香澄ちゃんに聞いたけど、朝見さんが犯人の場合アリバイ工作――っていうのかな?
  そこまではわからなくて、私としては全然信じてなかったんだけどね」

香澄と呼ばれた人物に初めはピンと来なかったが
黒蜜さんの言うところのC子に当たる人物、確か彼女の名前が香澄――紺谷 香澄(こんたに かすみ)だった。

「……えっと、アリバイ工作なんてものじゃ――いや、結果的にはそうなんだけど……。
でも、どうして犯人が私なのかもって…紺谷さんはわかったんですか?」

  「え? あはは、気を悪くしないでね。わかったっていうよりも、私じゃないなら朝見さんかもしれないねって程度の話で
  香澄ちゃんは朝見さんの様子的に体育後半まで持つようには思えなかったってさ」

――様子的にって……っ! お、お手洗いに並んでる時!?

仕草は極力出さないようにしてはいたが、限界だったし、後ろの紺谷さんにはやっぱり切羽詰まってると思われていた……。
私は右手を額に当てながら力なく口を開く。

「そ、そう……」

  「それで、真相はどうだったの?」

……。

「……余り言いたくないんだけど……」

  「うーん、じゃあ、許す条件が話す事って事でどうかな?」

――じゃあって何よっ!

まさか急にこんなことを言い出すとは……。
だけど、それを言われると言わないわけにはいかない。
嘆息しそうになって私は静かに鼻から空気を出す。

「どこから――」
  「我慢する経緯からでお願いしまーす!」

……。

変な事言わずにさっさとアリバイ工作の話から始めればよかった。
私は今度は明らかに聞こえるように嘆息してから、顔が熱くなるのを感じながら渋々話を始めた。

576追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。3:2018/03/18(日) 23:54:45
――
 ――
  ――

トースト、ハムエッグ、コーンスープ、牛乳。
今日の朝食は珍しく洋食。

「ごめんね、お味噌切らしちゃって」

母は私に謝る。
この謝罪の意味は、ただ、いつもと同じものを用意できなかった事に対するもの。
私は別に洋食が嫌いなわけではないのだから。

「ふう……」

コーンスープを飲み込み一息……ゆっくり食事をする。
和食の時と違って時間の進み方がなんだか遅く感じ……――あれ?

時計を見ると秒針が40秒のところを上ったり下ったり……。

「ねぇ、今何時?」

「え? 時計を見れば――あら、電池切れ?」

母はそう言うとテレビの電源を入れた。
左上に見えた時刻に私は慌てて立ち上がり、残っていた牛乳を飲み干して慌てて準備を始める。

「い、いってきます!」

私は家を出て自転車に乗って学校へ向かう。
赤のリボンだけは髪に結んできたが、その髪もいつもと比べれば少し跳ねてる気がする。
それに、お手洗いも済ませられなかった……。

いつも家で済ませて、学校で1回か2回、利用者の少ないお手洗いを利用する。
今日は2回は確実、もしかしたら3回……。
利用者の少ないお手洗いと言っても全く利用者がいないわけじゃない。
居たら何食わぬ顔で、廊下の掲示物をみたりしてやり過ごす必要があるわけで……。

大きくため息を吐きたいけど、自転車を急がせる私は既に息が上がっていて……、心の中でため息を吐いた。

577追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。4:2018/03/18(日) 23:55:19
――
 ――

1時限目の授業が終わる。
朝、遅刻は免れたが、時間的に利用者の少ないお手洗いへ行くことは出来なかった。
そして家で解消されなかった仄かな尿意は今ははっきりと感じられる。

――昇降口近くのお手洗いなら大丈夫?

あと候補としては視聴覚室近くのお手洗いもあるが、あそこは近くに掲示物がなく、他に人がいるとやり過ごすには通り過ぎるしかない。

私は机の物を片付けて廊下へ出る。
友達の居ない私がどこへ向かうのか……自意識過剰かもしれないが、気になる人もいるかもしれない。
昼休みならだれも気にも留めないだろうけど……それまで我慢するのは流石に厳しいと思う。

廊下に出ると教室棟のお手洗いには短いが行列が出来ていた。
朝のホームルームで先生が言っていた事を思い出す。
ここのお手洗いは故障で、今、個室が一つしか使えないらしい。
しばらく前から四つある個室の内一つが故障していたが、どうも配管関連の故障があったらしく昨日同時に二つ使えなくなったとのこと。
修理は週末に行うらしくしばらくはこのままで、我慢できない場合は2階のお手洗いを使うようにと言っていた。

――そもそも、私には関係のない話なんだけど。

普段からここのお手洗いを使うことはないし、2階の上級生のお手洗いを使うなんて出来っこない。
私は行列の出来たお手洗いを通り過ぎて昇降口の方へ向かった。

誰もいないことを期待して辿り着いた昇降口。
だけど残念ながら先客が入っていく姿を目にする。
私はお手洗いへの歩みを止めて、昇降口の掲示物の方へ身体を向ける。
気が付かれないよう視線だけをお手洗いの方へ。

――さっき入っていった人が出ていけば、入れるかな?

それまでは掲示物を本当に見て時間でも潰せば良い。
部活の勧誘、何を伝えたいのかわからないポスター。

「それでさー――」「へーそうなの?」

後ろを通り過ぎる生徒。
私は気が付かれないようにその人たちを視線で追う。

――ってお手洗い入っちゃった……次は私なのに……。

次と言っても、こんなところで掲示物を眺める私に順番なんてものはない。
それにしても、ここのお手洗いを利用する人が3人もいるなんて珍しい。

最初の人が出てくる。
あと二人出てきたら、今度こそ私の番。

済ませた人が私の後ろを通り過ぎる。
同時に反対側からまた一人生徒が通り過ぎていく。

578追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。5:2018/03/18(日) 23:55:48
――あ、あれ? あの生徒もお手洗いに?

また一人私の順番を飛ばしてお手洗いへ……。

どうしてこんなにここのお手洗いを使用する生徒が多いのか。
いつもならこんなことないはず……。

考えているとまた一人後ろを通る生徒。
皆私と同じ1年……――あっ……そっか…あっちが混んでるから……。

私は考える。
こっちに来たのは失敗だったかもしれない。一部の生徒が教室棟のお手洗いを並ばず、こっちに流れ込んできている。
それなら、今からこの棟の2階にある視聴覚室近くのお手洗いへ行く?

また一人生徒が後ろを通り過ぎるのを見て私は掲示物から離れ2階へ向かう。
階段を登り終えるとお手洗いが見える。近くには誰もいない。
私はお手洗いへ歩みを――

――っ! 出てきたっ!

お手洗いから人が出てきて私は咄嗟に歩みを前に――廊下へ向ける。
そして、出てきた人も私と同じ方へ進路を向ける。

――あぁ、お手洗いから離れちゃう……。

休み時間も残り少なくなってきた。
このままこっち側の階段を下りて教室へ戻るほかない。
我慢はまだできる――次の休み時間はまずこっちへ来て必ず済ませないと。

結局何もせず、教室の自分の席に腰を下ろす私……何してるんだろ。
昇降口の掲示板を見て、しばらくして2階へ移動そのまま廊下を進み反対側の階段を下りて教室へ戻る。
もし私の行動を観察していた人がいるなら不審者以外の何物でもない、意味の分からない行動だっただろう。

下腹部から主張してくる存在感。次の休み時間はちゃんと済ませないと……。
私は視線を自身のお腹へ向けて、ゆっくり目を閉じ、ため息を吐いた。

579追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。6:2018/03/18(日) 23:56:53
――
 ――

――次の休み時間まで……あと10分。

割としたい。早く済ませたい。
下腹部が軽く膨らんでるのがわかる……尿意が大きくなってきてる。
それは、それなりに差し迫ったものになっていて……。

――でも大丈夫、まだ我慢は十分できる……あと3分……。

仕草もまだ出すまでもない。十分我慢できる。

普段お手洗いに行くには遅すぎるくらい溜まってはいるけど、昔とは違う。
あの頃と違って我慢することにはそれなりの自信がある。
仕草に出さないのも多分得意な方。

誰にも知られず、利用者の少ないお手洗いで済ませて、何事もなく教室に戻って来たらいい。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り授業の終了を告げる。
日直が号令を出して黒板を消し始める。
私はまだノートに写していなかったところを慌てて書き込み、教科書や筆記用具を片付ける。

――っと、向かう先は視聴覚室近くの2階のお手洗いっ!

私は立ち上がって教室を出る。
焦らず平静を装いまずは渡り廊下を使ってあっちの棟へ。
この前の休み時間とは逆のルートで視聴覚室近くのお手洗いを目指す。

渡り廊下を越えて階段を使い2階へ上がり、お手洗いのある方へ視線を向ける。
お手洗いは反対側の階段に近い位置にあるが、今のところ廊下には誰もいない。
さっきの休み時間は1時限目に移動教室があったはずだから、利用する生徒が居たわけであり
今日は2時限目と3時限目にこの辺りの特別教室を使う生徒は居ないはずなので、私のような稀有な人がいない限りは大丈夫なはず。

――“はず”ばっかりだな……だけど、よし……もうすぐ――

「こっちだよ」
「うぅーやばいー」
「あはは、わざわざこっちのトイレ使いに来なきゃダメとかギリギリかよー」

――っ!!

お手洗いに入る直前、階段から足音と声が聞こえてくる。
このまま見つかる前に個室へ入るべきか、やり過ごすべきか迷い歩みが止まる。

――っ、だ、ダメ、もう見られるかも!

迷いなく歩みをお手洗いの中へ向けていれば個室へ入れたはず。
だけど、迷いがその判断を遅らせて階段から駆け上がってくる足音はもうそこまで来ていて……。

私は足音がする方へ自ら歩みを進め、駆け上がってくる生徒とすれ違う。

580追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。7:2018/03/18(日) 23:57:35
「はい、先にどうぞー」
「ごめーん」『やばい、早くっ! でちゃう!』
「先にしないともらしちゃうもんねー」『もう、本当かわいいなー』

――っ!。

不意に聞こえる主張の大きい『声』。それと……我慢してる生徒を見て興奮を含んだ『声』。
前者は本当にギリギリの『声』だった。

私は階段を下りる。
視線を昇降口の方へ向けると、廊下に2人ほど並んでいる。
どうやら、これが我慢できず2階のお手洗いへ向かったらしい。

……。

今度は視線を上に向ける。
さっきの『声』のためか、鼓動が早くなってる……。
あんな目で見られるなんて想像もしたくない。

私は深呼吸をして視線を下ろす。
結局上の個室へ入っていたとしても、音を聞かれたり出るところを見られてたりしたわけだから
選択を間違ったとは思わない……だけど――

――どうしよう、どこのお手洗い……。

2階のお手洗いは個室の数が少なく2つ。
3人向かっていったから完全に使用者が居なくなるまで4〜5分後くらい。

「わ、昇降口のも混んでるよ……上いく?」
「そだね、上いこっか?」

階段を上がっていく二人……。これで上は個室2つに5人……5〜6分の順番待ちくらい。
休み時間の10分は既に2〜3分ほど消費されている。
上の階のお手洗いを使うという選択は難しくなった。

――……た、体育館の……1年はこの時間と次の時間体育ないけど……。

他の学年までは把握しきれていない。
だけど、私のクラスは4時限目が体育だが、全生徒共有である更衣室に上級生が残っていたことは今まで一度もない。
つまり次の時間に体育があるクラスは存在しないことになる。
更衣室での着替えの問題上、体育の授業は5分ほど早く終わるからさっきまで体育の授業があったとしても
既にお手洗いを終えて更衣室の中、もしくは着替え終えているということになる。

――うん……よし、体育館にしよう。2階はまた人が行くこともあるかもだし……それに――

あの『声』は嫌い……。
私は昇降口とは反対側へ歩みを進め体育館へ向かう。

――また私、変な行動してる……さっきはこの上を反対方向へ歩いてたのに……。

入学当初は他のクラスの時間割がわからず、苦労したこともあったが
今は何時、どこのお手洗いが利用者の少ない場所かある程度見当が付く。
だからこそ、今回のようなことは稀で――だけど、今回も大丈夫……間に合う。

廊下を進み体育館へはもう少し。
此処の階段の横を過ぎれば――

581追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。8:2018/03/18(日) 23:58:15
「わっ!」

――っ!

突然、身体に軽い衝撃を感じて私はよろめく。
それと同時に聞こえた声と散らばるプリント。

……状況は、とりあえず把握できた。

「あちゃー……って呉葉ちゃんじゃーん!」

状況は理解してはいたが、私に呼びかける声に聞き覚えがあり視線をその声の主へ向ける。

「っ! 黒蜜さん……」

教室棟への渡り廊下から出てきて私とぶつかったのは、同じクラスの黒蜜さんだった。

――でも、どうして、黒蜜さんがプリントを……?

彼女は日直でもないし、提出するようなものは出ていなかったはず。
私は廊下に散らばったプリントに視線を向ける。

「これって、さっきの授業で先生が集めてた……」

それはさっき行われていた授業中に提出した問題プリント。

「そそ、先生集めるだけで置いてっちゃうんだもん」

そう言って黒蜜さんが腰を落としてプリントを集める。

「あ、ごめんなさい、私のせいなのに」

それを見て私も慌てて拾い集める。

「気にしないでよー、私もちょっと考え事してたし、ちょうど出会い頭って感じだったし」

仕方がない、そう続ける黒蜜さん。
早足気味だった私、考え事をしていた相手、ちょうど出会い頭。
注意してれば避けられなかったわけじゃないが、非があるのはお互い様。

ただ、お手洗いに行きたいがためにうろうろと変な行動をしていた私と
日直でもないのに問題プリントを先生に届ける黒蜜さんとでは使命の質に差があり過ぎる気がするけど。

――でも、良かった……通り過ぎてるのを見られてたら体育館へ向かう所見られてたし……。

「これで最後っと、……えっと、私は19枚だからそっちは16枚あればちょうどかな?」

私は枚数を確かめる。
早く数え終え、これを渡し黒蜜さんが職員室へ入って……――そうしたら体育館のお手洗いへ。
休憩時間の残りはもう4分程度で……時間的余裕はあまりない。
まだ、尿意は限界じゃない。
だけど、早くしないといけないという気持ちが焦りになり、一枚ずつ数える手が上手く動かず逆に時間がかかってしまう。

582追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。9:2018/03/18(日) 23:58:51
「13…14……15枚? あ、あれ?」

「足りない?」

私たちは周囲を見渡す。だけど、プリントらしきものが見当たらない。

「んー、数え間違いかな? もう一度数えてみよ?」

そう言うと黒蜜さんはまたプリントを数え始める。
私も慌てて数え直す。

「こっちはやっぱり19枚だった」

「12…13…14………ごめん、16枚でした」

「よかったよかった、んじゃこれ出してくるねー」

黒蜜さんは笑顔で私が集めたプリントを受け取ると、職員室の方へ向かう。
ぶつかった事にも、数え間違ったことにも嫌な顔一つせず……。
頭脳明晰でスポーツ万能、気さくで人気者でコミュ力が振り切れてるような人。
あーちゃんのように眩しいくらいの人だけど……どこか必要以上に利他的な印象を感じる。
私が友達と言える立場にないからかもしれないけど、どこか薄い壁を一枚隔てて接しているみたいで。

あーちゃんなら、数え間違いに冗談っぽく怒った気がする。
あーちゃんはもう少し自分勝手で、無邪気で……それなのに私にとって正義の味方のような人だった。

……。

――そんな事、思い出してる場合じゃないけど……時間的にもう間に合わないか……。

済ませる時間はあるが、教室に戻るには走ってもギリギリくらいな時間。
数え間違いがなければ、1分程度早く黒蜜さんと別れることが出来たと思うから……――済ませられないのはきっと私のせいだ。

――だ、大丈夫かな? 次の授業……まだ我慢できるし、1時間くらいなら……大丈夫…だよね?

小さいとは言えない不安を感じる……。
だけど、私は不安から目を逸らすようにして足を教室棟への渡り廊下へ向ける。
自覚できる程度にはゆっくりとした迷いのある足取り……だけど、悩んでいても時間は戻らない。

教室に戻り、自分の席へ座る。
下腹部に感じる確かな重さ――それは、解消されていなければいけないはずのもの。

でも大丈夫、きっと――絶対我慢できる……。
じっと座っていれば大丈夫、そんな気がする。
決して我慢できない尿意じゃない。水分も朝以降取っていない。

「はぁ、トイレ混んでたー」
「そう見たいだね、昇降口の方も混みだしてるらしいよ」
「次私たち体育でしょ? 体育館のトイレあるし、わざわざそこのトイレ並ばなくてもよくない?」
「そだねー、二階とか論外だしー」

クラスの元気のあるグループからお手洗いに関する話題が聞こえる。
体育館のお手洗い……さっきはあれほどまでに使いたいと思っていた。
だけど次の休み時間、きっとクラスメイトの数人、もしかしたら十数人がそこを利用するかもしれない。
順番が回ってこないということは恐らくない。けれど、それなりに混み合うのは間違いない。

――使えない……使いたくない……けど。

使えないわけじゃない。
使わなければいけないなら、使うしかない。

皆が使うトイレ……私はそこにいる“皆”の内の一人……気にする必要なんてない。

<キーンコーンカーンコーン>

気持ちが憂鬱に沈む中、授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

583追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。10:2018/03/18(日) 23:59:26
――
 ――
  ――

  「ぷっ、ちょ、なんで朝見さんの学校生活、トイレの使用がハードモードなの? くっ、ふ、あははっ」

携帯の向こう側で、笑いながら質問してくる。
当時の事を思い出しながら話す中、私が人目を避けてトイレに済ませていることを話してしまったせいで……。

「……切ります」
  「わー、ごめん、――って言うか全然真相までたどり着いてないじゃん、我慢する経緯だけじゃん!」

恥ずかしいのを我慢して、そこから話してほしいと言われた我慢する経緯。
それを“我慢する経緯だけ”って言われ、半ば冗談を交えて切るといった言葉を一瞬本気で考える。
だけど、白鞘さんは当時私のせいでもっと辛い経験をしてしまったわけで……私の話で気が少しでも晴れるのなら話を続けるのが道理。
それに……これは私の身勝手な理由だが、自分自身を許す為でもある。

  「ねぇー話してよー」

「わかったから……お願いだから余計な突込みとか言わないで、は、恥ずかしいから……」

私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。
ちゃんと話して、許して貰って……ちゃんとケジメを付けないと。

私は再び当時の事を思い浮かべて、言葉を選んで話を続けた。

584追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。11:2018/03/19(月) 00:00:18
――
 ――
  ――

――これ……間に合うよね?

少しずつ我慢が辛くなって来ていたが、なんとか大丈夫だと感じてもいた。
だけど、授業が始まって35分を過ぎてから急激に尿意が膨れ上がって……。

――したい……お手洗いに…おしっこ……したい。

もしかしたら我慢できないかもしれない。
そんな、思いが込み上げる。

――だめだめ……そんなの……――だったら…先生に?

そう、手を上げて言えばいい。
お手洗いに行かせてくださいと言えば何も心配はいらない。

――……そんなこと出来るなら……今、こんな辛いことになってないっ……。

人気のないお手洗いを選ぶ私なんかが、そんな恥ずかしい申告を出来るわけない……だから、ちゃんと我慢するしかない。
そう自分に言い聞かせて腰を小さく揺すり、椅子にその欲求を宥めてもらう。
一番後ろの席とは言え、隣には手を伸ばせば届きそうなところにクラスメイトがいる。
下手な我慢の仕草が出来ない。しちゃいけない。

手で押さえたい。押さえつけたい。
机の上で握る手をもう片方の手で抑え込む。

「っ……」

不意に感じる尿意の波。押さえたい手を必至に机の上に止まらせる。
だけど、波は大きくなり続け、ただ我慢に集中するだけじゃ抑えが効かなくなる。

――っ……だめ、落ち着いてっ、我慢…がまん……うぅ……。

伸ばされていた背筋が前に傾く。力を籠めるために顔が下を向く。
それでも間に合わず、足を不自然に絡ませて小さく震わせる。

――あ……っだめ、我慢して、我慢……こんなの…我慢してるってバレちゃう……お願いだから治まってよっ!

その気持ちが通じたのか波はどうにか引いてくれた。授業の残り時間は6分……。
だけど、もう限界が近い……早く授業を終えて、体育館のお手洗い――っ……待って?

気持ちが先走りしたことにより気が付いた。
体育館のお手洗いに行く前に更衣室で着替える必要がある。
そうじゃないと、私だけ我慢できないから先にお手洗いに行くみたいで……そんなの許容できることじゃない。

――だ、だったら……どうする? 更衣室に行ったとして……普通に着替えられる?

今にもスカートの前を押さえてしまいそうな机の上の手……それに視線を向けながら真剣に考える。
だけどそれは考えるまでもないこと。
今の状態で平静を装い着替えたり出来ない。身体をくねらせながら着替える恥ずかしい姿しか想像できない。

――それなら…やっぱり昇降口かその上の視聴覚室前のお手洗い……でも……。

これまでの休み時間の経験から、走っていかないと結局順番待ちの可能性がある。
お手洗いまで走る……それじゃ駆け込むところを見られたら限界って言ってるようなもの――そんな姿見られるなんて絶対に嫌。
それに廊下を走るのは校則違反、万が一先生に咎められ、足止めを受けたりしたら……。

……。

万が一じゃない。
昇降口のトイレへは一年の教室を4つも超える必要がある。
授業が終わった直後でそのすべての教室から先生が出てくるのは容易に想像が付く。

585追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。12:2018/03/19(月) 00:01:03
――……視聴覚室のお手洗い、さっきの時間通ったルートなら……
いや、結局ダメか少なくとも今此処で授業をしてる先生には走ってるの止められるはず……。

厳しいことでそれなりに有名な先生……引き留められないはずがない。

私は小さくため息を吐いて時計を見る。
もうすぐ授業が終わる、待ちわびていたこと……だけど、どう行動すべきか決まっていない。

私は意味もなく視線を彷徨わせる。
そんなことをしても答えが見つかるわけない……。

――? あれって白鞘さんだよね?

前の席で落ち着きがない生徒を見つける。
彼女は白鞘英子……その動きにピンと来て私は意識を『声』に集中する。

『っ……トイレ…おしっこ……早くしないと、ほんとにやばいよ……』

微かに聞こえる主張の大きい『声』。
それは私が想像していた通りのもので、私と同じかもしかしたらそれ以上に切羽詰まったもの……。
白鞘さんはどうするのだろう……恥を忍んで2階のお手洗い、着替えずに先に体育館のお手洗い。
私と違って選択肢は多いのだろうけど……。
もしかしたら、彼女の行動に私が探している答えがあるかもしれない。

<キーンコーンカーンコーン>

チャイムが鳴り白鞘さんが起立の号令を言う。

――っ! ……これ、思ってたよりずっと……いっぱい……。

背筋が確り伸ばせない。それほどまでに下腹部に沢山の……。
私は視線を白鞘さんへ向ける。彼女は机に手を付き前かがみの姿勢。……私よりも辛そうに見える。

「礼っ」

彼女のその言葉に私を含めたクラスメイトが皆礼をする。
その直後、誰かが駆け出す音がして私は顔を上げる。
呆気に取れる先生を尻目に、教室の前の扉から廊下へ飛び出したのは号令を掛けていた白鞘さんだった。

『間に合うっ! トイレ、早くしないと順番待ちになっちゃう!』

廊下……私がいるすぐ横を駆けていくとき『聞こえた』。

――そうだ、教室前のお手洗い! 授業が終わった直後なら並ばずに済む!

それに私の席からお手洗いは非常に近い。他のクラスの人が同じように急いだとしても距離的な有利がある。
……先入観から此処のお手洗いは使えないと思っていた。
私も慌てて机の上の教科書を纏めて引き出しに入れる。

586追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。13:2018/03/19(月) 00:02:01
<ガシャ>

――っ!

引き出しに入れるはずの筆記用具が音を立てて床に落ちる。
大きい音ではなかったが近くのクラスメイトがこちらに視線を向ける。

私は慌てて、でも下腹部が圧迫されないように慎重に屈む。
チャックを閉めていなかった為、筆記用具入れの中身が散らばっていて……。
こんなことしてたらダメなのに、順番待ちになっちゃうのに。
それでも、これをそのままにしてお手洗いに走るなんてこと恥ずかしくて出来ない。
拾っている間も、尿意は膨らみ踵を使いさり気無く押さえて……こんなに我慢してるのに。

全て筆記用具を拾い集め、筆記用具入れに詰め込み、引き出しにしまい……その動作の一つ一つはほんの些細な時間。
だけど、廊下に出たときにはお手洗いに入っていく人が一人二人……私はその後ろに並んだが、結局私は4番目。

――白鞘さんは個室の中……っ、すぐだったら……筆記用具を落としてなかったら、私がその…次だったのに……。

足踏みしたい。
手で押さえたい。
屈んで踵で押さえたい。
歩き回っていたい。

……。

だけど……だめ。抑えて……平気な顔して並んで……。
自分自身に言い聞かせる。前に3人なんて大した数じゃない。
一人2分掛かるかどうか6〜7分後には個室の中。
朝からずっと我慢出来て来た、さっきの授業も切羽詰まってきていたけどなんとかなった。

――あと少し……っ! あぁ、したい……おしっこ……我慢……しなきゃ、なのに……なんで……。

もう少し、あと少し。
だけど、だんだんと尿意が膨れていくのがわかる。
それは思っていたよりも遥かに早い感覚で限界に近づいていく。
さっきまでは座っていたから落ち着いていられただけ。
今は立っていて、視線があって思うような我慢の仕草が出来なくて……もうすぐって油断もあって。

「あー、やっぱり……」

私は背後で聞こえた声に身体を強張らせる。

「ねぇねぇ、朝見さん?」

私を呼ぶ声……私は少し俯いて視線を合わせないようにして振り向きその人を確認する。
それは確か同じクラスの――えっと…紺谷香澄さん? だった。

「えっと、この行列我慢できる?」

「っ!! だ、大丈夫ですっ」

突然の言葉に私は焦りそう返して逃げるように視線を前に向ける。

「そ、そっか……」『はぁ、やばいな……割と漏れそうだよ……』

――え……『声』が…紺谷さんも……?

だけど、そんなこと心配してい場合じゃない。
『漏れそう』と表現しているが、私の尿意とは比べるまでもない程に余裕がある。

「うーん、私別のトイレいくわ」

そう言って後ろから私の肩を一回軽く叩いて列を抜ける。
私は少し前に言った彼女の言葉の意味を理解した。

たぶん……他のお手洗いに一緒に行こうって……そういうつもりで言った言葉。
それに対して私が返した言葉は、きっと紺谷さんにとって断りの言葉だった。

――だ、だからって…言い方……っ、一緒に、行くべき……だったのかな?

587追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。14:2018/03/19(月) 00:03:03
ようやく個室の扉が開き、白鞘さんが出てくる。
あと私の前に二人……。

「っ……」

急な波に足が震える。前には二人――あと二人なのに……。
幸いなことに後ろに新たに並んでくる人はいない、前の人はこっちを見ていない。廊下にいる人もそれほど多くはない。

――……っだめ…ダメなのに……。

足をクロスさせたり小さく腰を揺らして……そしてさり気無く手をスカートの前に持って行って……。
そのままその手でスカートに谷を作り、そして指先を持ち上げるようにして押さえて……。

あと少し。
波を抑え込んで、落ち着かせて……。
ほんのわずかな時間だけ押さえて――そのつもりだった。

――……や、な……なんで……早く、お願い、治まって……早くトイレ…おしっこ……っ…。

離せない。離せば溢れてしまうかもしれない。
こんな……はしたない恥ずかしい姿……続けたくないのに、見られるかもしれないのに、嫌なのに。

「えー並んでるじゃーん」
「どうする? 次私ら移動教室だから時間ギリギリかもだけど」

廊下で話す声が聞こえる。
手を離しかけるが――だめ、まだ離せない。
でも、後ろからなら……多分押さえてる所なんて見えないはず。

「昼休みでいいや」
「さっきの時間も行けなかったんじゃないの? 大丈夫?」
「えー、なにそれ? 大丈夫だって、中学生にもなって我慢できないとかありえないじゃん?」

<じゅ……>

――ぁっ……や、嘘? 我慢できないとか……ありえない……ありえないのに……。

それは下着に小さな染みを作る程度の極僅か失敗。
だけど、後ろで喋っていた二人の会話が、そんな私を馬鹿にしているみたいで……。
でも、実際その通り……それは自分自身が一番よくわかってる。

誰かにお手洗いに行くところを見られるのが嫌で、済ませることのできる機会を何度も逃して、我慢できるって過信して……本当に馬鹿……。

<ガチャ>

私はその音に視線を上げる。それは個室の扉が開く音。
そして当然中から人が出てくるわけで、私は前を押さえていた手を慌てて退ける。

588追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。15:2018/03/19(月) 00:03:53
<じゅ…じゅぅ……>

――ぁ……や、だめっ出ないでっ!

手を離したことで抑えが効かなくなり、下着を再び熱く濡らす。
下着だけじゃない、不快な感覚が内腿を一筋……。
私はそれを誤魔化すように足を擦り合わせる。

限界まで張り詰めた膀胱が震え、溢れてくるのを確りと堪えることが出来ない。
視線がある中、手でスカートの前を押さえることが出来ず、ただ真っすぐに下ろされた手は意味もなくスカートの生地だけを握りしめる。
熱く荒い息を漏らさないように出来ているのか自分じゃもうわからない。
周りから見て平静を装えているのかわからない。

個室から出てきた生徒は手を洗い終えて廊下へ。
個室の中に一人入って、私の前には残すところあと一人。

私は再び前を押さえる。
恥ずかしく濡れた下着……それをスカートの上から押さえる行為がスカートも汚してしまうということだとわかっている。
だけど、そうしないと、押さえないと我慢できない……。

下着の水分がスカートに移り、押さえる手に少しずつ湿った感覚が伝わる。
学校で……すぐ近くに人がいるのに……見えていない部分だけじゃない、スカートにまで染みを作り始めてる……。
大変なことをしてしまってる……そう自覚してるのに。

――っやだ、またっ! だめ…来ちゃうっ……んっ!

押さえることでどうにか押しとどめていたはずだった。
それなのに――

<じゅう、しゅぅ……>

スカートの押さえ込まれた部分、手で触れているスカートの生地から熱い感覚が浮き出す。
押さえたまま視線を落とすと押さえている手の周りのスカートが僅かに色を変えていて……自分がしている失敗の大きさを理解するには十分だった。

――ダメだっ…んっ! だめ、間に合わない……もう、間に合って……ない? いやっ、そんなの……。

もう誤魔化せるレベルの被害じゃない。
目の前にはまだ一人いて、しばらくすれば個室からまた人が出てくる。
個室の中では今まさに水を流す音が聞こえる……もう数秒先……私は――

我慢出来ない尿意に焦り、視線を向けられ失敗が――おもらしが見つかってしまう恐怖。
胸が苦しくなり息苦しくなるが、呼吸を乱すことも出来ない。

<ガチャ>

個室の扉が開く音。手を離すことはもうできない。私は咄嗟に身体の向きを壁側に少し変え下を向く。
見られているのか、見られてないのか分からない。……確かめるのが怖い。
直ぐ近くの洗面台で水の音が聞こえ、個室の方では扉が閉まる音がする。

<じゅ……>

そんな短い時間の中でも尿意は膨らみ続けまた溢れ、スカートの染みを更に拡げてしまう。
今、おもらしが見つかったら、声を掛けられたら……その人の目の前で惨めに尿意に屈してしまえば。
その姿が浮かび目の奥が熱くなっていく。

<コツコツ……>

洗面台から離れていく足音。
極度の緊張が解けていくのがわかると同時に涙が床に落ちる。

「(んっ……ぁっ! や、あぁ……これ、もうっ……)」

緊張が解けたためなのか尿意がさらに膨れ上がりこれ以上我慢できなくなる。
膀胱が断続的に収縮して下腹部を波打たせて。

589追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。16:2018/03/19(月) 00:04:38
<ガラガラ>

背後……廊下で引き戸の音がする。その音は――私の教室?
私は震える足を動かし、洗面台の方へ身体を向けて、数歩だけ廊下の方へ歩みを進める。
そこから視線だけを廊下の方へ移すと教室の後ろの扉が閉まっているのが見て取れた。

――と、戸締りっ…?

鍵を閉めるわけではないので余り意味のあることではないが、体育の時は教室の扉を閉じておくことに決まっている。
だけど、私が今気にしているのはそういう事ではなくて。
……教室にはもう日直の白鞘さんしかいないという事。
そして、その白鞘さんももうすぐ前の扉か出て行き、教室が無人になる。

……。

私は個室へ一度視線を向ける。
まだ1分程度は開くのに時間の掛かるであろう場所。
今はその1分が果てしなく遠く、そして開いたとき今個室にいる彼女には私の失敗を知られてしまう可能性が高い。

――だから、教室で……? ちっ、違う! 一時的に視線のない、所に…避難してっ…そ、それから済ませに…戻れば……っ。

「(あぁ、ダメっ)」<じゅ……じゅうぅ……>

再び広がる熱い感覚。スカートもこれ以上水分を吸うことは出来ない……それほどまでに押さえ込まれた前の部分は濡れてしまって。

それでも尚、際限なく高まる尿意に座り込みたくなる。
もし今お手洗いに新たに人が来たら……どうすること出来ない。
この上ない醜態を曝してしまう。

<ガラガラ>

再び聞こえる引き戸の音。ただ、今度は教室の前から聞こえた。
私はお手洗いから顔を出して、その音が白鞘さんの出ていく音だと確認した。

――……んっ、廊下には……人いるけどっ…近くには、居ない…し、……教室に入るくらいならっ……。

私は片手でスカートの前を押さえたまま、自分の教室へ走る。

「はぁ……はぁ…んっ! あぁ……」<じゅう、じゅうぅー…>

押さえる手を超えて手の甲にまで熱水が伝わる感覚。
私は慌てて扉を開けて教室に入り、後ろ手で扉を閉めた。

「あっ、あ、っ…だめっ……」
<じゅ、じゅうぅー…じゅぃー…じゅうぅー――>

【挿絵:http://motenai.orz.hm/up/orz70747.jpg

上半身を前に90度近く倒して必死に押さえてるのに止められない。止め方がわからない。
くぐもった音を響かせ、押さえるスカートに染みを広げ、足に熱い流れを何本も感じて、スカートの中から溢れる雫が教室の床を鳴らして……。

「はぁ……っ、ぁぅ……はぁ……んっ」
<じゅうぅ――><ぴちゃぴちゃ>

お手洗いに戻るなんて、出来るわけがなかった。
ただ、人目を避けること……教室に戻る選択をした時点で、結果は見えていたのかもしれない。
お手洗いで待つ選択。それが出来なかったのはスカートの染みを見られる恐怖や恥ずかしさだけじゃない。
開くまで持ちこたえてる私が想像できなかった……。

590追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。17:2018/03/19(月) 00:05:20
「はぁ……はぁ……っ」
<ぴちゃぴちゃ…>

くぐもった音は止み、水たまりを鳴らす音も静まって……。
教室なんかでしてはいけない、恥ずかしい失敗――おもらしが終わる。

極度の我慢から解放されてふわふわした感覚を感じるが、次第に後悔と悔しさが湧きあがる。
だけど、その気持ちも長くは続かず、すぐにこの醜態が見つかる恐怖に捕らわれる。

――こ、こんなとこ…誰かに見られたら……えっと…とりあえずは――

着替え……この言い訳の効かない見っとも無い姿の解決。
次は体育だったことを思い出し、ポケットからハンカチとちり紙、机の横から体操着入れを机の上に置く。
周囲を見渡した後、濡れたスカートを脱ぎ、下着も迷った挙句脱いで、ハンカチやちり紙で足や靴下などを確りと拭う。

そして体操着をそのまま履いて――――下着なしってなんだか気持ちが悪くて落ち着かない――――上の制服も脱ぎ着替え終わる。
濡れた服は持っていたコンビニ袋に丸めて入れて口を結び、更にそれを袋に入れて二重にする。
そしてそれをカバンの一番奥へ隠すように押し込む。

可能な限り急いで着替えはしたが、僅かな時間でも恥ずかしい姿を晒していたことに不安と情けなさを感じる。

そして――

「……これ、どうしよう……」

自分の机のすぐ後ろに出来た大きい水たまり。
これをどう処理すべきか……バケツや雑巾は教室にあるがそれをもってお手洗いを往復なんて出来るわけもない。
ましてや授業開始の時間も迫っていて先生に見られたら咎められ――……授業開始?

――体育……遅れたらだれか探しにくるんじゃ?

以前、何も言わずに保健室へ行った人がいた。
体育に来ないその一人の生徒を探しに、体育係が更衣室や教室、保健室を探しに行っていた。

私は時計に目を向ける。
授業開始まで残り1分と少し。
これをどうにかしていては探しに来たクラスメイトに見られる可能性が出てくる……。

だからと言って、このままにして体育に向かえば、教室に戻ってきたとき当然これは発見される。
そして、一番教室を出るのが遅かった人、つまり体育に来るのが一番遅かった私に疑いが向けられる。

――どうしよう…どうしよう……。

私が失敗したって誰にもバレない方法。
どうすれば疑いが掛からない?

……。

――っ! そうだ、日直の白鞘さんは自分が教室を出たのが最後だと思ってるはず!

だったら、更衣室に着替えに言った白鞘さんより早く体育館へ辿り着ければ疑いはこちらには向かない。
問題は、間に合うかどうか。
私は一縷の望みに賭け、体操着の袋に被害のない制服の上を入れ、それを持って教室を飛び出す。

更衣室前を通るとき足音を抑え、人の気配を伺う。

――……あれ? 音、微かに聞こえる……。

そうあって欲しいとは願っていたが……それは意外な結果だった。
白鞘さんが教室を出たのは私が教室に戻る前。
つまり私が恥ずかしい失敗を終え、さらに着替えるまでの時間、彼女は更衣室に居たことになる。
着替えは直ぐに終わらせたし、ありえない話ではないが……。

私は白鞘さんが出てくる前にその場を後にする。
手に持った体操着の袋は体育館に行くまでの廊下にある掃除用具入れに居れて
あとは……恥ずかしいけど理由をつけて体育を抜け出し
保健室で下着とスカートを借り、隠した体操着の袋もって更衣室へ置きに行けばいい。

<キーンコーンカーンコーン>

体育館へ着くと同時にチャイムが鳴る。
白鞘さんは――居ない。
更衣室にいたのは白鞘さんで決まり……私は安堵から溜め息を吐いた。

591追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。18:2018/03/19(月) 00:06:21
――
 ――
  ――

「以上……です」

今にして思えば私が視聴覚室近くのお手洗いに行かなかったのは順番待ちとか先生に咎められるとかだけじゃなかったと思う。
意識するのも嫌でなるべく考えないようにしていたが……あの時あの場所で聞いた『声』……使いたくなくなるには十分な理由だった。

「その……白鞘さんに疑いが向くとはその時は考えてなくて……本当にごめんなさい」

私は再び謝る。
恥ずかしさもあり、掻い摘んで話したため時間にしてみれば10分にも満たない話。
事件における重要な所は話せたと思うので……これ以上追及は出来ればやめてほしいところ。

  「なるほどね、――って言うか、……なるほどねー」

なぜか“なるほど”という言葉を続ける。
一回目は納得のいった語調で、二回目のは落胆したような語調。

「えっと……?」

  「え、あぁ、トリックがわかったのと……あぁ、私のミスか〜――って事」

――私のミス?

ますますわからない。
さっきまでの私の話に白鞘さんが気にするようなミスがあっただろうか?

  「聞きたい? ――って言うか、聞いて欲しいのかも……」

「えっとよくわからないんだけど……?」

私の問いに携帯越しでも変わるくらいの深呼吸をして白鞘さんは答える。

  「わ、私も……間に合って無かったのよ…ね」

少し言い淀み、恥ずかしそうに言う白鞘さんの言葉。直ぐには理解できなかった。

  「つ、つまりは個室に入った瞬間に下着がもう、えっと――そう、濡れ濡れだったのよ」

「へ?」

私はようやく彼女の言う意味を理解して――でも呆気に取られた。

白鞘さんはあの日、私と同じく恥ずかしい粗相をしていた。
あの時の彼女は確かにもの凄く切羽詰まっていたし、それ自体あり得ない話じゃない――ないけど。

  「あの時は本当に焦ったわ、トイレは順番出来てきて、中で変に処理してたら感づかれるんじゃないかって思って最低限の事だけして適当に出て来たわ良いけど
  もう本当、どうしようもないくらい濡れ濡れで、教室に戻ってもわざと踏み台使わないように黒板消してみんなが居なくなるまで時間稼いだり
  ジャンプして風入れれば、乾くかなーとか思ってみたり……」

「……ジャンプじゃ無理でしょ……じゃなくて、なんでそんな話をわざわざ……」

話さなければ誰にもその失敗を知られることはないはずなのに。
白鞘さんは一呼吸置いてからさっきまでの勢いに任せた喋り方ではない、落ち着いた語調で言葉を紡ぐ。

  「初めは真犯人に本気で怒ってたけどさ……同じ日の同じ時間くらいにおもらししちゃうとか、考えれば考えるほど可笑しくてさ
  謝罪の手紙も貰ったし、おもらししちゃった同士、変な仲間意識勝手に感じちゃって……その子――朝見さんの事助けられたなら別にいいかなって思えてね」

……。
そう、私は彼女に助けられた。

  「更衣室行く前に保健室で下着を貰いに行ったのも、カバンの中に濡れた下着を隠してたせいで強く反論できなかったのも
  それが、誰かの為になったって思うとまぁ、少し腹が立ったけど、なんだか気が楽だった」

保健室で下着……。白鞘さんは更衣室に長くいたわけじゃなく、先に保健室へ寄っていたから……。
反論だってそう。そもそも皆が着替えた後三人が誰にもすれ違わず入れ替わりに着替えるのは不可能ではないとは思うが時間的に厳しい。
授業が始まる直前には更衣室に居た白鞘さんは誰かが嘘を付いているって思っていてもおかしくなかった。
それでも反論材料には弱いそれで強く反論すれば探偵役の人たちを煽ることになり、持ち物検査なんてことを言い出しかねない。

592追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。19:2018/03/19(月) 00:06:44
  「でも、仲間意識感じてたのって、私だけじゃない? だって知らなかったでしょ私がおもらししちゃってたって
  ほかの皆が事実とは違うにしても私がおもらしをしたって思っていたのに、貴方だけはしてないって思ってた」

……。

  「だから決めてたの、名乗り出てきたら必ず自分の失敗も言おうって、本当は私も仲間だったって」

「……良い人過ぎない?」

  「あはは、もっと崇めてよ
  まぁ、おかげで、誰かのこういう話を聞いて楽しめるようにもなったし」

「そう――って、楽しむって…え?」

なんだか、感動する良い話のようにまとめられたけど、最後の言葉に引っかかる。

  「え、だから我慢とかおもらしの話。こんな事件あったから余計に考えちゃって、なんか気が付いたら好きになってたよ」

……。
つまりは私に我慢の経緯から話をさせたのは――

「――へ、変態じゃない!」

  「まぁ、そうかも。朝見さんのおかげでねっ」

「っ……!」

そのことに関しては後ろめたいことが多すぎて言い返せない。
私に我慢の経緯から話をさせたのは変態的な理由なのに……。

……。
わかってる、それだけじゃないって……。

白鞘さんが自身の失敗を語るとき恥ずかしがっていた。
話し始めても妙に饒舌で、勢いに任せて話していた。
言う勇気が足りなかったから、先に私に語らせた。

白鞘さんは「私と同じだよ」って私に伝えたかったわけで……。
変態的な理由はあるのだろうけど、概ね私のためにしてくれた行動。

――ありがとう……。

口にはできなかったが、心の中でそう呟いた。

593追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。-EX-:2018/03/19(月) 00:08:45
**********

「そんじゃーねー」

私は携帯を切る。
机に両手をついて大きく嘆息する――き、緊張した……。

自身の失敗を話すことも、そういう話が好きと言う事も始めて話した。
緊張を悟られなかったか、明るく振舞えてたかのかどうか――

「電話終わったー?」
「っ!!!」

背後から聞こえる声に驚く。
恐る恐る振り返った先には髪の毛にリボンを大量につけた友人がいて……。

「す、紗……ど、どこから聞いてたの……」

「えっとねー、『確か同じクラスだったよね?』ってところからだったかなー?」

「最初からじゃん!」

あぁ、死にたい!

「気にしないでよー、私もそういう話嫌いじゃないしー」

「うー……それより、何か用事でしょ……」

話を続けてほしくなくて、本題を催促する。
彼女は悪戯っぽい表情をやめて、明るい顔で口を開く。

「うん、再来週に文化祭する高校があってねー、そこ行こうかと思ってるんだけどー」

――再来週? 確か真弓ちゃんもそんなこと言ってたような?

「それって、駅近くにある女子校の?」

「そそ、よくわかったねー。
それで、どうするー? 一緒に行くー?」

リボンだらけの長い黒髪を揺らしながら私を誘うその姿は……いつもながらちょっと怖い。
さらに言えば弱みを握られた直後でもあるわけで。

「う、うん、行こうか」

「やったー。逢いたい人がいたんだけど、一人じゃ逢えなかったときとか忙しかったりしたら暇だったからねー」

――紗の会いたい人か……。

「会いたい人ってどんな人?」

「んとねー、中学の時変な感じで別れちゃった大事な人で、綺麗な銀髪の子だよー」

彼女に大事な人と言わせるとはその銀髪の子相当好かれているらしい。
私とそれなりに仲良くしているが恐らく彼女の中で私は「んー知り合いかなー?」と評価が下りそうだし……それはそれで聞きたくないから聞かないけど。
別にその銀髪の子が羨ましいとは思わないし――というよりむしろ可哀想な気もするけど。

「あ、英子ちゃんもほんの少しは大事かも? って言えるくらい大事だからねー」
「聞いてませんけどっ! (それに全然フォローできてないじゃん……)」

「え? なんだってー?」
「ワザとらしい難聴! 絶対聞こえてたやつじゃん!」

おわり

594「白鞘 英子」:2018/03/19(月) 00:11:21
★白鞘 英子(しらさや えいこ)
朝見呉葉と同じ女子中学だった生徒。
今は別の高校へ進学している。
高校には紗という友達(?)がいる。

中学でのおもらし事件の犯人とされた人物。
実際は冤罪なのだが事件当日は事件とは別の自身のおもらしの物証(濡らした下着)を持っていたため
持ち物検査を恐れ、強く否定することが出来なかった。
後日何度か釈明をしてはいたが探偵役が既に満足してしまっていたため
クラスでの印象を覆すことが出来なかった。
その後はおもらしについて弄られる事がそこまでなく、自ら事件に触れることは避けることにした。
また真犯人からの謝罪文も冤罪を甘んじて受け入れる理由となった。
ただ、納得が言ったわけではなく事件について考える事も多くその過程で
次第に“事件”についてではなく“おもらし”へと興味がすり替わる。
いつの間にか、そういう話に興味のある子となる。

同じタイミングでおもらしした真犯人に対して妙な親近感を持ち、仲間意識を感じていた。
自身の失敗を知らない真犯人に、自分の失敗を打ち明けられる日を心のどこかで待ち望んでいた。
それは、真犯人に対する思いやりでもあるが、多くは自分のため。
言ってはいけないはずの事を、言ってしまいたい衝動をぶつけられる相手が真犯人だったためである。

膀胱容量は人並み。
事件の日は休み時間に飲み物を取り過ぎたのと、前の休み時間に済ませられなかった事が祟った。
友達間でのトイレ申告に当時はそこまで抵抗を感じていなかったが、授業中の申告(特に終了間際)は恥ずかしかった。
事件以降は友達間でも言いづらく、さらにおもらしに興味を持ったことでより強く意識してしまっているが、後者に関しては自覚していない。

今も昔も成績並以下、運動並。
身長は低め。
割と元気が良いほうだが、中学時代は事件後はしばらく意識的に目立たないようにしていた。
強がりな一面もあり、なるべく弱いところは見せないようにしている。
おもらしへの興味は話を聞いてるとドキドキする程度で、わざと我慢させたり、また我慢したりの経験はない。

呉葉の評価ではとても負い目がある人。
おもらしの濡れ衣を着せてしまって、面と向かって謝ることが出来なかっただけでなく
おもらしへの興味を持たせてしまった。
だけど、非常に感謝していて、とても良い人だと再認識した人。

595名無しさんのおもらし:2018/03/19(月) 01:12:31
更新待ちに待ってました。
結果的どちらも漏らしてたのか、綺麗な銀髪の子は間違いなくあの子だよね。

596名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 00:44:12
GJJJ

597名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 13:27:53
トイレに行くのを恥ずかしがる女の子はかわいい

598名無しさんのおもらし:2018/03/21(水) 22:35:13
>>594 詳細が気になってたらまさかの詳細が来て最高でした。

599名無しさんのおもらし:2018/03/22(木) 23:56:04
更新ありがとうございます。

見学会の件はあるけど、朝見さんは大抵まゆに邪魔されてる気がする。
中学時代の評価では"正義の味方"だったってところが、高校現在とのギャップを感じて面白い所ですね。
また過去に関係しそうなキャラも増えて、今後の展開が楽しみです。

600名無しさんのおもらし:2018/03/30(金) 12:44:28
>>599
見学会の一件も、ある意味まゆは呉葉の邪魔をしていると言える。
流れ弾に当たった(無自覚に当たりにいってしまった)、被害者的な側面が強いけど…。

そういえば、関係ないけど、鈴葉の年齢設定ってミスなんだろうか。
一応20代ってことになってるけど、雪や梅雨子と同級生なんだよね。
それなら年齢は19なのでは?

601名無しさんのおもらし:2018/04/02(月) 22:08:44
>>600
雛倉姉と鈴葉 (と黒蜜姉) が同級生 (同い年) で、雛倉姉が大学1年 (雛倉姉妹が3学年差) とされているので、一般的には18か19みたいですね。
単なるミスなのか、何か訳ありなんでしょうか。

602事例の人:2018/04/03(火) 23:38:57
>>600-601
はい……ミスです、早々に気が付いていて「だ、大丈夫、気が付いてる人いないな」とか思ってました
ごめんなさいと同時に確り読んでくれてて感謝しかないです
正しくは19歳設定です 数え年なんだからね!とか言い訳しないです
ご指摘ありがとうございます

603「声が聞きたい!」シリーズまとめ:2018/04/14(土) 22:26:30
>>12:前スレ「声が聞きたい!」シリーズまとめ
前スレ:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/sports/2469/1297693920/

>>4-8:事例EX「雛倉 雪」と真夜中の公園。
>>16-28:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。前編
>>36-49:事例6「紅瀬 椛」と夏祭り。後編
>>60-65:追憶3「霜澤 鞠亜」と公園戦争。@鞠亜
>>73-77:事例2.1「篠坂 弥生」と七夕。@弥生
>>84-91:事例7「睦谷 姫香」と図書室。
>>156-162:事例8「雛倉 綾菜」と病気の日。
>>188-196:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 前編
>>221-228:事例8裏「篠坂 弥生」と断水の日。@弥生 後編
>>272-285:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。
>>286:事例9「朝見 呉葉」と聞こえない『声』。EX
>>293-307:事例2裏「朝見 呉葉」と弱い心。@呉葉
>>326-337:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。@鞠亜
>>338-339:事例7.1「霜澤 鞠亜」と喫茶店。EX
>>354-370:事例10「宝月 水無子」と休日。
>>389-408:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。
>>409:事例11「卯柳 蓮乃」と体育祭。EX
>>418-427:追憶4「雛倉 綾菜」と手紙。
>>446-457:事例6裏「山寺 瞳」と友達。@瞳
>>458:事例6裏「山寺 瞳」と友達。EX
>>522-531:事例12「根元 瑞希」と雨の日。
>>559-567: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。
>>568: 事例13「容疑者の一人」と安楽椅子探偵。EX
>>574-592:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。
>>593:追憶5「朝見 呉葉」と事件の真相。EX

「声が聞きたい!」シリーズ・登場人物紹介安価
>>50「紅瀬 椛」(副会長、3年生) ※一部訂正>>54
>>92「睦谷 姫香」(別クラスで図書委員)
>>308「朝見 呉葉」(同級生、天敵)
>>371「宝月 水無子」 (小学5年生)
>>372「如月 櫻香」(メイド)
>>410「卯柳 蓮乃」(別クラスで放送委員)
>>427「字廻 紫萌」(入院中に出会った少女)
>>531「根元 瑞希」(同級生、仲が良かった友達)
>>594「白鞘 英子」(別の高校生、呉葉と同級生だった)

604名無しさんのおもらし:2018/04/16(月) 15:23:28
まとめ乙です。

605名無しさんのおもらし:2018/07/27(金) 03:10:22
事例のやつ長いしピクシブとかでやってくんねえかな

606名無しさんのおもらし:2018/07/28(土) 21:41:28
昔の方の挿絵とか見れなくなってるしまたまとめてあげてほしい

607名無しさんのおもらし:2018/09/04(火) 19:09:25
新作希望

608事例の人:2018/09/29(土) 23:22:46
>>595
間違いなくあの子ですね。水無子ちゃん(違う)

>>598
文化祭に出番があるかも程度の微妙な読み切りキャラに近い子なので。
このタイミングしかなかったですね。

>>559-600
言われてみれば……。
でも呉葉は性格からして他の人と話したり遭遇した時点でトイレを邪魔された扱いになってしまうのですけどね。
偶然を除いてもコミュ力が高いまゆが呉葉にとって強敵であることには変わりないでしょうけど。

>>605
ごめんなさい! ここでの活動は皆が読める場所でこの界隈を盛り上げられたらと考えてるので。
スレ事態は私のせいか時代のせいかわかりませんが過疎の流れになっちゃったので……盛り下げてるのかもですね。

>>606
考えておきます……今の絵も割と恥ずかしいレベルなので過去絵とかかなり勇気がいるのです。

感想とかありがとうございます。

また随分間が空きましたが、>>573で言った通り事例14を飛ばして事例15になります。
登場人物が多く、情報量も多く、話が長く(事例5に次いで長い?)
ヒロインの本格的な我慢が中盤くらいからとなりますが……許して。
次回は文化祭初日(予定)、今回の話に出てくる過去は我慢だけですので書かない予定となります。

609事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。1:2018/09/29(土) 23:24:50
「うちのクラスはメイドアンド男装執事喫茶かー」

まゆが腕を伸ばし背伸びをしながら言葉を漏らす。
酷い喫茶店……一年からするレベルのものじゃないと思う。

此処の文化祭は一年だけがある程度出し物を制限される仕組みになっていて
教室系の出し物、舞台出し物、出店系ではない教室で行う飲食系の3種類から選ばなければならない。
当然、出し物には人気不人気があるので平和的解決の為に優先的に選べる権利というものがあって
クラス代表、つまりクラス委員長がその権利を掛けてじゃんけんをすることになっている。
正直に言えば舞台とかは勘弁願いたかったので、勝ちたいという気持ちでじゃんけんに挑んだ結果、意図せず『聞こえた』わけで。

――……『聞こえた』んだから、まぁそりゃ勝ちに行くけど。……だけど――

「……ただの喫茶店のはずが…主にまゆと檜山さんのせいでメイド喫茶に……」

ちなみに男装執事を付け加えたのは文城先生で、一部の声の大きい数名がそれに賛同して決定してしまった。

「やっぱ、あやりんはメイド? あーでも、銀髪長髪の執事も似合いそうな気がするねぇ」

「両方着ましょう! 両方見たいです!」

正直どっちも嫌だ。そういう趣味はない。
出来れば裏でコーヒーとか軽食用意とかしていたい。
……でもそれじゃ良い『声』で入店してくる人が無理してコーヒー飲んで友達と会話……みたいな尊い姿は拝めないないわけだけど。

「まぁ、とりあえず始めない? 飲み比べてって言われただけあって、結構種類あるみたいだし、ゆっくりしてたら終わんないよ」

そう口にしたのは調理室の椅子に真っ先に座った瑞希。
まゆはその言葉に「そだねー」と同調した様子で椅子に座り、弥生ちゃんも続くように座る。

610事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。2:2018/09/29(土) 23:25:47
今日は文化祭前準備。5時限目と6時限目の両方と放課後を使って、軽食班、衣装班、コーヒー班に分かれて準備をしているのだけど
調理室を確保できたのは良いが、肝心の軽食班は材料費の下調べとかで今日は間に合いそうにない。
教室には衣装班がいるし、コーヒーの匂いが他のクラスに迷惑になる可能性もある。
そういう経緯で、コーヒー班だけで調理室を使うことになった。

そのコーヒー班が私、まゆ、瑞希、弥生ちゃん、檜山さんというわけ。
ただ、檜山さんはいくつかのブレンドパターンを用意しただけで、兼任してる軽食班の方へ行ってしまったわけだけど。
少し驚いたのは檜山さんのブレンドに関する知識で、話を聞く限り親戚が喫茶店をしているらしく、その関係で色々覚えたそうだ。
コーヒー豆もその親戚から貰ったらしい。

……。

――はぁ……それにしても――

「……みんな席に着いてるけど……何、私が淹れるの?」

「そだよー」「はい、お願いしまーす」「綾以外みんな座ってるしね」

満場一致らしい……。
私は嘆息しながらコーヒーを淹れる準備をする。

「えっと、根元さんって雛さんと仲良かったんですね?」

「え? うーん、中学一緒だったけど、最近までは微妙な関係だったかな?
あ、それと瑞希でいいよ、私も弥生ちゃんって呼ぶけどいいかな?」

思えば、今日はいつものメンバーに瑞希が加わっている状態で
今まで接点のなかった瑞希の事を弥生ちゃんが気になるのは至極当然な事。
それにしても、私を抜きに私の話を……。

「昔は元気いっぱいの綾だったんだけど――」
「っ! ちょっと瑞希、勝手にそんな…別に言っちゃだめなわけじゃないけど……」

隠す必要もないが、過去の自分の事を友達とは言え他人に話されるのは
恥ずかしいというか、なんというか――とにかく、居たたまれない。
……こういう空気の読めなささが瑞希らしくはあるのだけど。

「なんですかそれ! 初耳です!」

早速食いつく弥生ちゃん。
まゆも少し興味ありげにこっちを見てるし……。

――……瑞希に任せるのもやだし……仕方ないか……。

私は嘆息して、瑞希に不平の目を向けてから昔の自身の性格を渋々話始めた。

611事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。3:2018/09/29(土) 23:26:40
――
 ――

「……はい、とりあえず最初のコーヒー二つと、口直しにお湯も」

気怠い過去話――――瑞希は不満に思っているかもだが紗の事は伏せて――――を終えて、その間に作っていたコーヒーを皆に渡す。
檜山さんの指示に従ってカッピングではなく普通に飲み比べ。とりあえず美味しいのを選べとの事。
ただ普通に淹れるだけでも分量を正確にしたりしないと飲み比べにならないので、割と面倒な作業ではある。

――……まぁ、コーヒーだしそれなりに期待してるわけだけど……。

飲み比べる数が14種類あるので、一杯の量は一人60ml程度と少な目。
それでもコーヒーだけでも840ml、お湯での口直しを含めれば1リットルを超えるかもしれない量。
飲む量も多く、飲む物もコーヒーで――期待出来る……もちろん観察者的な意味で。コーヒー班になって良かった。

「はー、雛さんって昔はそんな活発だったんですねー」

弥生ちゃんはコーヒーに砂糖とミルクを入れてかき混ぜてはいるが、まだ私の過去に意識が向いているらしい。
過去の私についてどう思っているのかよくわからないが、とりあえず今の私を見れば“意外”という印象は当然持っているとは思う。

「……もういいから、飲んで飲んで」

ちなみに、私とまゆはブラックで、瑞希と弥生ちゃんは砂糖ミルクありでの飲み比べ。
口に含み香りや味を確認して――

「ねぇ、これ……評価とか難しくない?」

2種類のコーヒーを飲み比べた瑞希の感想。
私も両方を飲み終えて嘆息してから口を開く。

「……うん、難しいかも」

香りや味の違いは分かるには分かるが……評価と言われるとよくわからないというのが本音。

「まぁ、つくしちゃんもそこまで正確な評価を求めてないっしょ?
美味しいのって言ってたし、飲みやすそう――みたいな直感で選ぶくらいでいいんじゃない?」

まゆの言う通りかもしれない。
檜山さん――――まゆは下の名前のつくしにちゃん付け、弥生ちゃん同様りん付けは合わないとのこと――――が私たちに求めているのは
きっと一般的な目線での評価。お客となる人のほとんどが同世代の人なのだから、私たちの直感的な評価を欲しているのだと思う。

飲み始めてから評価方法を改めて話し合い、相談して美味しさを決めるのは難しいとの結論になり
個々で5点満点で評価して、最後に集計して決める形になった。

612事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。4:2018/09/29(土) 23:27:32
――
 ――

「うーむ、美味しい…のかな?」『うー、トイレ行きたいなぁ、どうしよう……』

「えっと……――点っと、こっちは……」『はぁ……ちょっとしたくなっちゃった』

――うん、予想通り来た……。

瑞希と弥生ちゃんの『声』が聞こえて来たのは2回目の試飲の時。
私が尿意を感じたタイミングでの『声』。決して大きい『声』ではないが確かに聞こえる。
私は無表情でコーヒーの味を確かめながらも、期待に胸を躍らせる。

――……弥生ちゃんは私と同時くらいで、瑞希は少し前から催してる感じかな?

今は調理室に来て、最初の飲み始めから30分弱と言ったところで、普段ならもうすぐ5時限目が終わるくらいの時間。
コーヒーの効果は多少あるかも知れないが、時間的に見てもまだ早い。今の『声』は昼休みに取った水分がもたらした結果――と言っていいと思う。
弥生ちゃんは昼休みが始まってすぐと終わる少し前に、瑞希は確か昼休みの中頃に、私とまゆは弥生ちゃんと一緒に昼休みが始まってすぐに済ませた。
昼休みに取った水分量は私とまゆが300mlのお茶を、弥生ちゃんは180mlの紙パック。瑞希については把握できていないが恐らく多くはないと思う。
それでも私も含め此処にいる全員が150〜300mlくらいの熱水を下腹部に抱えてるはず。

私はコーヒーを飲みながらまゆに視線を向ける。
まゆの『声』とは相性が悪く、聞こえ難いのは確かだと思うけど、今は尿意なんて感じていないと思う。
私と一緒に済ませ同じ量を飲んだ以上、この先も同じように飲み進めれば殆ど同じ量が溜まることになるのだけど……
まゆの『声』が聞き取れる頃には私が結構辛くなってくるはずで……それほどまでにまゆは我慢できてしまう。

私はメモ用紙にコーヒーの評価を付ける。
さり気無く周りを見渡すと皆ももうすぐ評価し終わりそうに見える。
誰かがトイレに抜け出す前に次の準備を始めようと腰を浮かせ――

613事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。5:2018/09/29(土) 23:28:28
「あ、雛さん…私、えっとお手洗いに……」『行っておいた方が……いいよね?』

……。

「……うん、淹れる準備だけしておくから――」
「だ、だったら、私も行こうかな?」『はぁ、よかったー、この前の事もあったしちょっと言い出すのやだったけど、便乗って形なら……』

二人が席を立ち、調理室を出てトイレに向かってしまう。
弥生ちゃんが余り話したことのない瑞希がいるにも関わらず、割と安全圏の内にトイレを申告してしまうとは……。
トイレに立ち難いような行動をしようとは思っていたが、少し想定外。
瑞希が便乗する形で抜けてしまうのは想定してたけど。

そもそも瑞希は“この前の事”がなくてもきっと自分からは言い出せない。
何も言わずトイレに行くことは出来ても、こういう申告が必要な場では躊躇してしまう、そういう性格だと私は認識してる。
思えば、中学の時も含め授業中に申し出たことは一度も無かったように思う。

……。

――……それにしても今日は……。

私は少し思うところがあり、まゆに視線を向ける。

「何、あやりん?」

「……え、いや……今日はちょっと静かだなーって」

だからどうというわけではないけど……。
まゆは私の言葉に少し驚いたように瞬きして、そのあと少し目を逸らす。

「んー、自覚してなかったけど……多分、みずりんが羨ましいのかな?」

みずりん……瑞希の事。
どの辺りに羨む要素があったのだろう?
聞いていいものか、まゆからの言葉を待つべきか……。

「どの辺りが羨ましいの? ――とか言わないでよ?」

……釘を刺されたので追及はやめた。

614事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。6:2018/09/29(土) 23:29:19
――
 ――

「すいませんっ、ちょっとお手洗い……」『うー、沢山飲んでるからすぐしたくなるよっ』

「あ、だったら一応私もっ」『まだ余裕だけど……いや、でも何度も行くのも……でももう言っちゃったしな』

4回目の試飲を終えた頃、また瑞希と弥生ちゃんが一緒になってトイレに向かう。
瑞希の方は『声』でも言っていた通りまだ余裕はありそうだったが、タイミングを考えての行動。

――うーん、上手くいかないな……。

こうしてる間にも私自身の尿意が膨らんでいく。
尿意が高まれば我慢している『声』を敏感に聞き取れるが私が我慢できなくなったら元の子もない。
トイレはかなり遠いほうだと自負しているが、次、瑞希や弥生ちゃんが尿意を感じてから限界までとなると……私のほうが先に我慢できなくなるかもしれない。
そして私がそういう状態であるにも関わらず、テーブルを挟んで目の前に座るまゆの『声』は、未だ聞こえてこない……。

「ようやく半分過ぎってくらいかー、結構多いねー」

そのまゆの余裕さに嘆息したくなる。

……。

だけど、コーヒーがようやく半分過ぎ……というのは割と気にかかること。
私はそこそこ飲み慣れているので、それほど苦に感じてはいないが
4回目の試飲の時、瑞希は飽きて来たと言葉を零し、少し飲み難そうにしていたし
弥生ちゃんも飲むことを頑張ってる様な印象を受け、無理をして飲んでいると思う。
まゆは大丈夫そうに見えたけど、実際のところはわからない。

  「歌恋、良い香り、ここから……」
  「ちょっと白縫っ! あ、ほんとだ」

<ガラガラ>

廊下から二人の声が聞こえて来たと思ったら、調理室の扉が開く。
その音に、私とまゆは座った状態で扉の方に視線を向ける。

「お、真弓じゃーん、コーヒー?」

そう声に出してこちらに大きな歩幅で歩いてくるのは――星野 歌恋(ほしの かれん)さん……。
クラスが違うためあまり接点のない人だけど、体育祭の“あの時の言葉”が強く印象に残っている人。
それに――……真弓?

615事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。7:2018/09/29(土) 23:30:18
「おー、かれりーん、クラス違うから最近話してなかったねー」

「そーいやそうか、てか、めっちゃいい匂いなんだけどっ!」

どうも知り合いらしい?
クラスが違う、最近話してなかった……そこから読み取れるのは、昔からの知り合い――いや、もう少し深い……幼馴染?

「歌恋、コーヒー貰おう」

星野さんから遅れて教室に入ってきたのは少し小柄な少女――確か名前は五条 白縫(ごじょう しらぬい)さん。
弥生ちゃんよりも背は少し高いが華奢という言葉が相応しい容姿。
それと急にコーヒーを要求し始めたり、感情の籠っていない喋り方が独特で……とりあえず変わった人であるのは確かだと思う。

「真弓ー、コーヒーくれる?」

「あー、どうしよっか?」

コーヒーを星野さんに要求されたまゆは言葉を濁しながら困った顔で私に視線を向ける。
私に判断を委ねるのか……評価を付ける必要があるのだから普通は断るところだけど――

「んー?」

まゆの視線を追うように私に視線を向ける星野さん。
真っすぐ見据える目に、私はどうして良いか分からず、黙って身構える。

「え、凄い! 銀髪じゃーん!」

――っ!!

突然目を輝かせ私に駆け寄り髪を触りだす。
私が彼女の勢いに気圧され、少し身を引くと髪は彼女の手から流れ落ちる。

「マジ凄い! 誰なのこの子!?」

「歌恋、無知、その人一匹狼の雛さん」

なんか急に話の中心が私に……しかも一匹狼の雛さんとか。
他のクラスではそっちの方が名前より浸透してるだろうけど……本人を目の前に臆面もなく呼んでくるとは……。

「一匹狼の雛さん? 変な名前、聞いたことないし」

「ぃやー、かれりん? ちゃんとした名前は雛倉綾菜だからね」

まゆのフォローに星野さんは「へー」とだけ言って、座っている私に再度視線を落とす。
おもしろおかしく広がった私の不名誉な呼び名を知らないのは割と珍しい人だと思う。
それと銀髪を見た時の反応も含めて考えると、今まで姿だけは無駄に目立つ私を見たことなかった――……いや、認識していなかったと言った方が良いかもしれない。

616事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。8:2018/09/29(土) 23:31:35
「それで、綾菜はコーヒーくれないわけ?」

急な呼び捨てに一瞬面を食らう。
そして、コーヒー……どうすべきか一瞬悩むが――

「……えっと、それじゃ試飲と評価を付けるのを手伝うって形で――」
「おぉ、良いね、話しわかるじゃん!」

少しかぶせ気味に上機嫌な声を出す。
一部の評価が別の人になるのは正確なデータを取る上では好ましくないとは思うが
瑞希や弥生ちゃんの事を考えると少しでも試飲の回数を減らしておいてあげたい。
……沢山飲んで我慢して欲しいという想いもあるけど。
それに……それ以外にも理由がある。

「……それと、もうひとつ条件いいかな?」

「ん、なになにー?」

上機嫌に笑顔で私の言葉を待つ星野さん。
私は鞄の中から紙を取り出す。

「……これ、買ってほしい」

それは私たち喫茶店のコーヒー前売り券。
まゆは私の行動に笑いながら言葉を挟む。

「あやりん、それまだ持ってたんだー」

私は裏切り者に目を細めて向ける。
まゆは早々に別のクラスへ売りに行ってしまったし、弥生ちゃんも先生に売るために職員室へ。
コーヒー班のノルマ10枚は出遅れた私にはかなり重く、結局まだ5枚売れずに持っていた。

「ふーん、1枚で良いの?」

「……えっと、出来れば5枚で……」

まゆが笑いを堪えてる……。
図々しいとは思ってる。それでも、これを売るのは本当に面倒くさい、出来るならまとめて買ってもらいたい。
だけど、星野さんは難しい顔で……流石に5枚全部は厳しいのかもしれない。だったら1枚分私からのサービスって形なら――

617事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。9:2018/09/29(土) 23:32:15
「ん、メイドアンド男装執事喫茶? ……これ、メイド服、綾菜も着るの?」

コーヒー券に書かれた喫茶店の名前を見たらしく尋ねてくる。
なぜ、私が着るかどうかなのかはよくわからないが。

「……え、多分……」

……。

なぜか観察するように椅子に座った私を上から下まで順番に視線を動かす……。

「歌恋、想像してる、気持ち悪い」
「ばっ! 〜〜〜っ わ、分かった買う、5枚とも買ってやろーじゃん!」

よくわらないが売れた。

「歌恋、メイド好きだか――」
「黙って白縫!」

――……私の――銀髪メイドが見たい……そういう事?

……。

「……そ、それじゃコーヒー準備するから」

何だか恥ずかしく、いたたまれないのでコーヒーを淹れるため席を立つ。
星野さん……話してみると少し印象とずれがあった。
傍若無人ではあるが割と接しやすい性格……私の事を知らないなど良くも悪くも噂には疎い。
周りに流されず、興味のあるものには真っすぐ……。

――……まぁ、傍若無人だからこその“あの言葉”だったんだろうけど……。

……星野さんにコーヒー券を買って貰えたのは良かった。
コーヒー券を売るのが面倒……もちろんそれが最大の理由ではあったが
買ったということは飲みに来てくれるわけで……流石に5杯を一人で一気に――ってことにはならないだろうけど
それでも、『声』を聞ける可能性が出来たのだから、チャンスがあれば……“あの言葉”を言った星野さんを――

考え事してコーヒーを淹れているとまゆと星野さんの会話が聞こえる。
星野さんは私の知らないまゆも知ってるみたいで……なんというか少し羨ま――……あれ?

……。

――……あー、うん…そっか、そういう事なのか……。

少し前のまゆの言葉の意味が分かり、今更ながら何だか嬉しくもあり恥ずかしい。
私は少し熱くなった顔を見られないように少し俯きながらコーヒーを皆に渡す。

「あやりんご苦労様ー」

そして、5回目の試飲を始めた。

618事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。10:2018/09/29(土) 23:33:04
――
 ――

「おいしかったよー、またねー」「……」

コーヒーを飲み終わると二人は調理室を出ていく。
星野さんは元気よく、五条さんは会釈だけ……なんとも歪なコンビだった。
五条さんの感じからまゆたちと同じ中学出身というわけでもなさそうだし
星野さんとは高校に入ってから出来た関係みたいだし……。
だけど、そんなこと言いだしたら私とまゆも周りから見たら似たようなものかもしれない。

閉まった扉を眺めたまま考え事をしていると、すぐにその扉は再び開く。

「あのーただいま戻りました」

弥生ちゃんが扉を開けて入ってきて後ろには瑞希が廊下の方を見てから扉を閉める。

「今のって、隣のクラスの人だよね?」

当然の疑問。
私はまゆに視線を向けると、瑞希の問いかけにまゆが答える。

「なんか匂いを嗅ぎつけて来たみたいだから試飲を手伝ってもらってたんだよ」

瑞希は「へー」とだけ答えて椅子に座る。
気にはなるけど特に答えを聞いても感想があるようなものでもないらしい。
それより――

「……随分遅かったけど、どこか寄ってた?」

「あ、そうなんですよ! そこの一番近いお手洗いなんですけど――」

弥生ちゃんが少し膨れた顔で説明を始める。
話を整理すると、どうやらここから一番近いトイレに人が集まり写真を撮ったりメモを取ったり……
とてもトイレを利用できる雰囲気ではなかったらしい。
なのでそこのトイレを通り抜け、回り道をして別のトイレまで行くことにしたとのこと。
そのため、時間を要したというわけらしい。

「ふーん、お化け屋敷を作るための取材かなー?」

概ね私と同じ結論。
あまり人の来ないトイレで邪魔にならないように取材……そういう事だと思うがうちの学校のトイレに似せる必要がどこにあるのか。
それとも私が知らないだけでそこのトイレには何か噂でもあるのだろうか?

619事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。11:2018/09/29(土) 23:33:55
――……まぁ、とりあえず、あのトイレが使えないわけか……。

自身の下腹部に意識を向ける。
6割……いや、もしかしたら7割……少し張ってきた様に感じる。
当然尿意も強くなり、じっとしているのは危なくなりつつある。
だから、あの場所のトイレが使えないと事前に聞けて良かった。
油断するつもりはないけど、誰かとトイレに行く際に焦って仕草なんて出してしまえば
我慢してることを悟られるわけで……それは恥ずかしい。
瑞希ほどではないけど、何食わぬ顔で普通にトイレで済ませたい。

「……それじゃ、次淹れるよ」

これ以上間を開けると、先が不安になるし、コーヒーを淹れる時に辛くなる……そう感じて準備を始めた。
私はもとより水などに反応してしまう体質なので、7割で準備というのもしたくないのが本音。
お湯の量を正しく測るために別の容器に移す作業なんて――

――っん……ほら、結構やばい……あぁ、というか思ってたよりずっと辛い……。
うぅ…トイレ……これ作って飲み終わったら流石にギブアップ……。

身体が水音に反応して尿意の波を引き起こす。
足踏みをしたくなるのを必死に抑えて、片方のつま先を床にぐりぐりと押し付ける。
位置的にテーブルで下半身は隠れているはずだし、その程度の動きなら不審に思われないはずだけど。
……見っとも無い。

得意のポーカーフェイスで全員分のコーヒーを準備して皆に渡して椅子に座る。
立っているときと比べて、座っているときのほうが落ち着く……。
それでも、コーヒーの効果や無理して仕草を抑えての我慢が効いたためか、かなり切迫したものになりつつある。

――……あぁ、本当トイレ……っ、我慢しすぎたかも……。

気が付かれないようにお尻をもぞもぞと動かし、椅子を使い押さえつける。
当然確り押さえられているわけではないわけで……少しじれったく感じてしまう。
……それはつまり、押さえたいくらいの我慢に近づきつつある……ということ。
ほんの少し前まで、尿意はあるが仕草に出るようなものじゃなかったし、他に気を取られることがあれば忘れられる程度のものだった。
今はもう、仕草を抑えるのが辛くなってきていて、改めて水分の過剰摂取とコーヒーの利尿作用の効果を身をもって体感する。

最後にトイレに行ってから2時間弱、飲み始めてからは1時間と20分くらい……。
数年前だけど確か雪姉は2時間くらいが飲み始めてから我慢の限界までの時間って『言ってた』。
私は雪姉より我慢強くないだろうし、容量に自信がそれなりにあると言っても我慢好きな雪姉ほどじゃない。
飲んでるペースは雪姉の最中と比べ早いペースではないのは確か。
だけど、これを飲み終わればお湯も含めて1リットル近い量を……昼休みに飲んだお茶を含めれば確実に超える計算になる。
それは私の貯めれる限界を多分超えてるわけで、限界まではやはり時間の問題。
そしてその限界まではそう長くはない。

620事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。12:2018/09/29(土) 23:34:51
『ん……あー流石にトイレ行きたくなってきちゃったか……』

――っ! まゆの『声』!

学校で『声』を聞かせてくれるなんて滅多なことではありえない。
同じ条件の私がここまで我慢してようやく感じる尿意……普段聞けなくて当然。
普段聞けないからこそ聞けるだけでこんなにも高揚できる……能力を研ぎ澄まして確り『声』に意識を向ける。

『飲み終わったらトイレ……でも、あやりんもそろそろ行くよね? ちょっともじもじしてる気がするし……』

――〜〜〜っ!!? ふぇ! バ、バレてるっ! 嘘……周りから気が付かれるほど…いやいや、してないよね? ……え、してたの??

予想していなかったまゆの『声』での指摘に動揺しまくる。――待て待て……お、落ち着け私……。
とりあえず、仕草はもっと気を付ける。それと動揺を表に出さな――

「っ熱!」

「なにやってるのさ、あやりん」

「あ、いや……熱いのに口に、含み過ぎた……」

めっちゃ動揺隠せなかった。
瑞希も弥生ちゃんも笑って――……うぅ、恥ずかしい。

『やっぱ我慢してるのかな? 早く飲んで早く済ませに行きたい?
やーどうしよ、あやりんに長い音とか聞かれたくないし、だからって他の人と行っても私の長さがより目立っちゃうわけだし
後回しにするほど、誰かと一緒にって言うのは避けたくなるなぁ』

さっきの私の行動は我慢してるからって理由で納得――――それはそれで恥ずかしいけどっ! ――――してくれた。
そしてどうやら、いつも尿意を感じる前に済ませてるまゆにとって、今の段階で誰かとトイレというのはなるべく避けたい恥ずかしいことらしい。
見学会の時もそうだったが、排尿の長さや勢い、音……そう言ったところに何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。

――……それより、私が限界近いんだから……『声』は聞けなくなるけど、ちゃんと行かないと……。

正直物凄く名残惜しいが一度済ませないと仕方がない。まゆに我慢がバレている以上、これ以上の我慢は不自然に思われるし、普通に我慢できないし。
途中で止めるって言うのは……正直かなり苦手で出来れば避けたいし、これだけコーヒーを飲み続けているなら完全に済ませた方が良い気がする。

私はコーヒーを飲み終えてその評価を付ける。
そして小さく嘆息して手に持ったペンを置いて腰を上げる。

「……ごめん、今度は私がトイレ行ってくる」

「あ、私もいいですか?」『ちょっと早いけど……したくなって来ちゃった』

私の声に便乗してきたのはまゆでは無く弥生ちゃんだった。
さっき済ませたばかり……と言っても帰ってきてからもうすぐ10分、済ませてきてからの時間は12,3分前後と言ったところ。
コーヒーの利尿効果を考えれば分間10ml以上利尿されていてもおかしくない。
容量が小さく尿意を比較的早く感じ、さらに尿意を人一番心配している弥生ちゃんなら不思議なことじゃない。

621事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。13:2018/09/29(土) 23:35:48
「いいよ、準備は私がしとくね」

「あいあい、いってらー」
『むー、二人に聞かれるのは……みずりんを一人にするのも悪いし、次の機会に……いや、一人になるまで我慢できないかな?』

調理室を出る際にまゆは少し興味深い事を『言って』くれる。

――……一人になるまでって、帰るまで我慢? 帰るまでって…今日いつ帰ることになる?

文化祭の準備は5時限目と6時限目だけじゃなく放課後もある。
確かに本来の下校時刻を過ぎれば放課後の準備は強制じゃないし
このままコーヒーの飲み比べだけなら6時限目終了と同時くらいに終わりそうなものだけど……。

……。

まゆの容量なら確かにあと1時間程度は余裕があるのかもしれない。
……帰るまで我慢……まゆがその選択をしてくれるなら最低でも良い『声』を聞けるのはほぼ間違いない。

「はー、あれだけ飲んじゃうと……かなり近くなっちゃいます」『はぁ、何度もお手洗い……ちょっと恥ずかしいけど、したいんだもん…仕方ないよね?』

弥生ちゃんは歩きながら私にそう言う。
何度もトイレに行くことを恥ずかしく思って、沢山飲んでるからって言い訳して
もちろんそれは正当な言い訳なのだけど――……可愛い。

そういう私もかなりの尿意を隠していて、それでも、歩くのには支障がない程度。
むしろこれくらいなら歩いている間は気が多少でも紛れて楽に感じる。

ようやくトイレが見えてくる。
一番近いトイレが使用出来なかったため随分歩いた気がする。
普段なら僅かな距離なのに、そう感じてしまうのは言い訳出来ないほど我慢しているから……。

トイレに入り、その独特の空気感に膀胱が主張を強める。
弥生ちゃんが先に個室に入り、私も二つ離れた個室に入る。

「っ……」

尿意の波に息を詰める。
片手で押さえて、鍵を閉めて、下着を下ろし、髪を抱え、スカートを掴んで――

<じゅううぅー――>

屈んだと同時に始まる――……大丈夫、下着に失敗はない。
そして忘れていた音消しに気が付き慌てて流し、少し遅い音消しをする。

「はぁ……っ」

安堵から溜め息が漏れ、もうひと息吐こうとして思いとどまる。
音消しの音が響く中とは言え、二つ隣りには弥生ちゃんがいる……。
出掛かった息を唾と一緒に飲み込み、静かに鼻から吐き出す。
ただでさえ、一回の音消しでは間に合わないのに、そんな息遣いまで聞かれたくはない。

622事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。14:2018/09/29(土) 23:36:49
用を済ませ、小さく深呼吸してから個室から出ると弥生ちゃんが既に手をハンカチで拭いていて……・

「……お、お待たせ……」

弥生ちゃんが早いのは確かだけど、私が長かったのも事実。
微妙な表情で出迎える弥生ちゃん……私は視線を逸らして、少し顔が熱くなるのを感じる。
……まゆの気持ちが少しわかる気がする。

「雛さんもだけど……真弓さんって……お手洗い凄く遠いよね?」

トイレを後にして、しばらく歩いてから弥生ちゃんが尋ねる。
触れて来なくて胸を撫でおろしたところだったため不意打ち……だけど、話の中心になるのは私ではなくまゆの事。

弥生ちゃんがそう思うのも無理はない。
自身が何度もトイレに向かった中、ようやく私がトイレに向かい……そして、まゆはまだ一度も済ませていないわけで。

……。

「……そうだね、普段学校じゃ昼休みに一度だけ…みたいだし……」

私はそこで口を止めた。
まゆが気にしている事まで弥生ちゃんに話すべきではない。
トイレが近い悩みを持ってる弥生ちゃんには、まゆのそれは贅沢な悩みなのだと思う。

「言われてみれば…ですね」

それから「少し羨ましいです」と言葉を零す。
落ち込んでいると思って弥生ちゃんの表情を確認すると、確かに多少自嘲気味には感じるが、笑みが見えて……
トイレが遠いという事へ、純粋に憧れも感じているのかもしれない。

純真無垢な弥生ちゃんを眩しく感じている間に、調理室まで戻ってきた。

<ガラガラ>

「……ただいま」

「おかえりー」「そろそろだと思って、もう準備できるよ」

扉を開けるともう嗅ぎ慣れたコーヒーの香りがしていて、既に試飲の準備が出来ているらしい。
そして、これが最後の試飲。

「ようやく最後だね」

まゆが言う。もし今『声』が聞けたらと思うと……考えても仕方ないけど。

623事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。15:2018/09/29(土) 23:37:39
私と弥生ちゃんも席に付き、瑞希によって差し出されたコーヒーを受け取る。
そういえば瑞希は今日初めて弥生ちゃんと一緒にトイレに行かなかった。
これを飲み終わればコーヒーの飲み比べが終わるけど、自分から言わない瑞希は誰かに便乗しなければいけないはず。
当然私は『声』の為にトイレには行かない。まゆか弥生ちゃんだけど……。

なるようになればいいが、最低でも私が『声』を聞き取れるようになってからでお願いしたい。
私はコーヒーに口を付け評価を始め――

<ガラガラッ>「待たせたなっ!」

急に扉を開けて発せられた大きな声にコーヒーを零しそうになる。
扉の前で仁王立ちのツインテール……檜山さん。

「どう? 評価終わった?」

そういいながら私たちの近くまで来て評価を書いた皆のメモを手に取る。

「おかえりつくしちゃん、今最後の飲み比べ中ー」

メモに目を通している檜山さんにまゆが伝える。
「ん」と聞いているのか考えているのか曖昧な返事をしてメモを見続ける。

しばらくして檜山さんはメモを机に乱雑に起き――

「おっけーわかった、今から最高のコーヒー作るからちょっと待ってよ」

最後の評価を聞く前に檜山さんはいくつかのコーヒー豆を入れた袋をカバンから取り出す。
今から評価をもとにして新たにブレンドを始めるらしい。
普段控えめに言って元気な馬鹿な子……だけど、今は妙に輝いて見え印象が随分変わる。

……。

私はさり気無く皆に視線を向ける。
『声』は聞こえない……でも、仕草を見せても良いくらいの二人がいるのだから。

まゆは檜山さんを興味深そうに観察しているが我慢の仕草は全く見えない。
瑞希は……まゆと同じように檜山さんを見ているが――……少し身体を揺らしてる?
我慢しているにしても、瑞希は仕草を出さないように意識してるはず……。
それなのによく見ればわかるということは、それ程の抱えている尿意が大きいということ。
隠してるのに隠しきれてない――……とっても可愛い。
……さっきまゆにバレていた私が人の事言える立場じゃないけど。

624事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。16:2018/09/29(土) 23:38:51
「はいっ! お待たせー」

私の意識が檜山さんから外れている間にコーヒーが完成したらしい。
今まで飲んできた試飲の時より、量の多いコーヒーが皆の前に置かれる。
流石にあれだけ試飲を済ませた後だけに、私は少し目を細める。

「まぁ、そーなるよねー」

檜山さんは私たちの反応を見て言葉を零す。
私以外の反応も似たような感じだったらしい。

「だ、け、どっ! ふふ、抜かりはないんだよねー」

檜山さんそう言ってカバンから何やら取り出しテーブルの真ん中にそれを置く。

「っ! ローリングちゃんです!」

弥生ちゃんが小さく声を上げる。
置かれたのは小さいけど長いロールケーキ、つまりはお茶請けということ。

ロールケーキを五等分にして、今度こそ本当の最後の試飲。
甘いお茶請けの効果も当然あるとは思うが、美味しく飲むことが出来た。

私は最後の一口を喉に流し込み、一息吐く。
同時に自身の尿意に気が付く。そして、尿意を感じたのだから当然――

『んっ……早く、トイレ…おしっこ……あぁ、誰か行かないの??』

『流石に結構溜まって……うーん、どうしよう、流石に家までは無理かもだけど……』

『はぁ……またしたくなっちゃった……』

檜山さんを除く三人の『声』。
尿意の大きさは瑞希が一番大きく、かなり焦っているのが『聞き』取れる。
瑞希が最後にトイレに言ったのは4回目の試飲の後。時間にして40分ほど前。
5回目の試飲をしていないとは言え、飲んだ量の条件は弥生ちゃんと殆ど変わらない。
弥生ちゃんは6回目の試飲の時に済ませてから15分足らずで次の尿意を催し、トイレに行ったことを考えれば
最初に感じる尿意――初期尿意の2倍以上の量が瑞希の下腹部に溜まっていることになる。
限界量とは違い、初期尿意を感じる量は比較的個人差が少なく150〜250mlと聞く。
弥生ちゃんは容量が小さく、6回目の時に瑞希より早く尿意を感じていたことを踏まえると弥生ちゃんの感じる初期尿意は150ml前後と考えればいい。
厭くまで計算と想像でしかないが、今、瑞希の下腹部には400mlほど貯め込まれているんじゃないかと想像できる。

――……まぁ、まゆは…初期尿意からしておかしいけど……。

625事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。17:2018/09/29(土) 23:39:56
『声』の大きさでは次点でまゆ。
まだ『声』は冷静だし、仕草にも出ていない――……流石はまゆ。
それでも、いつまでも冷静な思考で居られるはずはない。

弥生ちゃんは、ついさっき催したところの様で、『声』は小さく、焦ってもいない。
ただ、少し困惑と呆れを感じ取れる――……これだけ短時間で何度もしたくなれば、そう感じるのも無理はないけど。

「さーてとっ! 私は軽食班に戻るよ――って言ってもあっちも今日はもうお開きだと思うけどねー
こっちも片付け終わったら帰っていいんじゃないかな?」

そう言って檜山さんは手を振って調理室を出て行く。
片付け……尿意を抱えた皆の行動が気になり、視線をさり気無く巡らす。

「? さっさと片付けちゃおっか?」

まゆは私の視線に気が付いたみたいだけど、特に気にせず片付けを始めようとする。
トイレの事はは片付けを終えてからどうするか考えるのだと思う。

「あ、先に……お手洗いに……」『そこのお手洗いはまだ使えないかもだし……早めに行かないと……』
「っ! わ、私もいいかな?」『助かったー! っ……や、油断しちゃダメ……まだ、ちゃんと…我慢だから……』

弥生ちゃんがトイレへ行くために声を上げ、瑞希がそれに慌てて便乗する。
瑞希はかなり限界が近づいている……ついて行けば最高の『声』と多分仕草も見ることが出来るし
弥生ちゃんがそれに気が付いて、瑞希が赤面なんて可愛い姿も想像出来る。

……。

だけど、今はまゆの事も気になる。

「そっか、片付けは私らでしとくから」
『私も行きたいけど……あやりん一人で片付けさせるのもなぁ……なによりまた二人同時だし……』

こっちに残ってまゆを最後まで見届けたい。
滅多な事では聞くことのできない『声』……もう少し『聞いて』おきたい。

二人が調理室を出ていくのを見届け、私も片付けを始める。
……当然、さり気無くではあるが視線は時折まゆに向けて。

『あー、したいなぁ……でも、駅? ……みずりんも電車…反対方向だけど、結局弥生ちゃんは同じ方向……駅のトイレは一か所だからあまり関係ないけど』

それなりの『声』のはずではあるが、まだ仕草は見せてはくれない。
駅を候補に上げる所を見るに、やっぱり誰かに音を聞かれたりすることに強い抵抗を持っている。
だけど、その駅のトイレもあまりいい選択ではなさそうだけど。

626事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。18:2018/09/29(土) 23:40:46
『だったら、昇降口のトイレしかないかな? 少なくとも、今トイレに行ってる二人は…トイレに寄らないだろうし……ふぅ……』

『声』の中に憂いを帯びた感覚を僅かに感じる。
再度視線をまゆに向けると――……っ! 足を擦り合わせてる?

まゆの手は何事もなくテーブルの上を片付けているように見えて……その実、片方の足を上げてもう片方の膝の内側に脹脛を擦りつけるような仕草を……。
それは僅かな時間だけ見せた姿だけど、確かな我慢の仕草で――……まゆ、凄く可愛い。

『あぁ、やだな……トイレ……早く行きたいけど、昇降口の使う時…あやりんも多分一緒だよね?』
『う〜ん……トイレっ……もうすぐ片付け終わるけど……はぁ、…弥生ちゃん達まだ戻ってこないのかな?』
『ほんっ…と、おしっこしたい……うー…あぅー…』

片付けを始めてから短時間の間に随分『声』が大きくなった。
座っていた時と違い支えを失って、水洗いしなければいけないものもあるのだから当然我慢している身には辛い。
まゆの『声』……夏休みの見学会以来で、しかもこんなにも大きな『声』で――……最高に可愛い。

だけど、そんな至福の時間も長くは続かない。
まゆの持つ未使用の紙コップを片付ければ、あとは瑞希と弥生ちゃんを待つだけ。
そうしたら、帰ろうって話になるわけで。
カバンも皆調理室へ持ってきているし……そのまま昇降口に向かってそこのトイレに入ってしまえば、まゆの『声』とはお別れ。

「よーし、片付け終わりっと!」『あぁーもう、二人ともまだっ!? んっ…トイレ…ほんとにさっきから辛いしーっ』

まゆは片付けを終えると椅子に座り大きく嘆息した。
片付けをして疲れたから出た嘆息じゃない。
座ることで尿意が少しでも落ち着けることが出来るし、仕草も隠しやすくなる。
要するに安堵から……と言った方がしっくりくる嘆息。

<ガラガラ>

「ただいま…です」「……か、片付け…ごめんね」

扉を開けて二人が戻ってくる。
何度もトイレに行って、片付けも押し付ける形になったためか二人とも少し歯切れが悪い。

「……気にしなくていいよ、片付ける物もそれほど多くなかったし」

私は二人が気にしないようにフォローを入れる。

「う、うん、…ありがと……」

まだ少し歯切れの悪い瑞希……。隣でそれをなぜか気にするように見る弥生ちゃん。
その態度に違和感……瑞希はもう少し遠慮のない答えを期待していたのだけど……?

627事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。19:2018/09/29(土) 23:41:33
「そんじゃまぁ、帰ろっか!」『んっ……、学校で我慢することなんて無いかと思ってたけど……ようやくトイレ、おしっこ〜……』

まゆの切羽詰まった『声』が少し明るくなる。
いつものまゆなら二人の微妙な態度の変化に気が付きそうなものだけど……余裕を失いつつあるのかもしれない。
だけど、その余裕を失ったまゆの『声』もそろそろ聞き納めで――……まぁ、それなりの可愛いまゆが『聞けた』わけだし。
大満足とは言わないが、満足できたと言ってもいいと思う。

そして、心なしかいつもより早足に感じるまゆを先頭に昇降口へ向かう。
斜め後ろについて歩く私はまゆに視線を向けるが……上手く仕草は隠してる。
余裕がないと言っても、さっきの私と同じで、歩いている方がまだ気が紛れる程度の尿意なのだろう。

「おぉ?」

昇降口に近づいてきたとき、先頭のまゆが驚きと疑問が混ざった声を出す。
私はまゆから視線を切って、身体を横に傾けまゆの後ろから覗き込むようにして前を見る。

――っと、これはトイレの行列? ――じゃないか……えっと?

「あ、コレさっき調理室の方にいた人たちと同じような事してないですか?」

弥生ちゃんがそう声に出す。
つまりあっちにいたトイレの取材陣……?

「そう…なんだー」『うぅー、流石にここじゃ……でも……もうかなりっ……駅まで持つ?』

今までとは違い、まゆの『声』からは焦りと困惑、それと不安が強く感じられる。
ここで済ますことを想定してからの我慢の延長……沢山我慢できるまゆではあるけど、駅までは歩いて10分程度は掛かる。
さっきまで試飲の為に大量に飲んでいた利尿作用の高いコーヒーがまだ下腹部を膨らませ続けているはず。
そんな状態で――……でも私は…そんなまゆを、見ていたいって思ってる……。

「うーん、一体何なんでしょうね?」

「それは、七不思議のひとつの取材」

弥生ちゃんの声の後、突然私たちの後ろから声が聞こえた。
私たちはその声に振り向く。

「さっきは、コーヒー、ご馳走様……」

そこにいたのはさっき試飲の時に星野さんと共にコーヒーを飲みに来ていた五条さんだった。
彼女は足を止めることなく私たちの間を通り抜け、その時に視線をトイレに一瞬だけ向け、呟くように声を出す。

「この学校の七不思議は、全部、ただの噂」

……。
端的な言い方で……でも、少し含みのある言い方のようにも感じる。
そして五条さんは下駄箱から靴を取り出し昇降口から校外へ出ていく。
わざわざ声に出して教えてくれたのは、コーヒーのお礼のつもりだったのかもしれない。

628事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。20:2018/09/29(土) 23:42:43
「えっと、私たちも帰ろうか?」

瑞希がそう言って下駄箱に向かって歩き出す。

「うん、さっさと帰ろう帰ろう」『早く駅で…んっ――おしっこ…したい、したいよ……』

二人の言葉に私と弥生ちゃんも従い、みんな揃って昇降口から外に出る。
瑞希の意見に同調して、駅までの道のりを我慢することを選んだまゆだけど……『声』からしてかなり限界が近いことが窺える。
私は駐輪場へ小走りで向かい自転車を取りに行く。それから自転車を押して駅で別れるまで一緒に下校。
普段ならばまゆと弥生ちゃんは私と下校するときは踏切を渡りわざわざ駅の表まで来てくれる。
瑞希とは今まで一緒に帰る機会がなかったが、多分、一緒に来てくれると思う。

まゆの歩く姿に未だ仕草を感じ取れない。
だけど――

「っ……」『んっ、ほんとやばい…これ、間に合う? あぁ……こんなに我慢っ…することになる、なんて……』

他愛もない話の間に零れる息遣いは少し荒く、『声』にも余裕がなくなって行くのが感じ取れる。
間に合うかどうか……それを心配し始めたまゆの心の片隅には、もしかしたら既に“おもらし”の言葉が浮かび始めているのかもしれない。

『はぁ、はぁ……だめっ…ほんとっこのままじゃ……』

駅まで我慢できない……間に合わない、おもらししちゃう……。
いずれの言葉も『声』に出すことはなかったが、それは直視するのが怖くて目を逸らしているだけ……。
今まで沢山の人たちの『声』を聞いて来た私だからわかる。これほどまでに大きな『声』……我慢の限界が間近に迫ってきた証拠に他ならない。

……。

私は再度さり気無くまゆに目を向ける。
よく見るとわずかだけど前屈みにも見えなくなくて……限界は本当にすぐそこまで来ていて。
もしかしたら……本当に――

「っ…あ、あれ?」 

会話の切れ目に突然弥生ちゃんが言った。

「あぁ、うそ……ケータイ…忘れたみたいです」

それから立ち止まりカバンを再度なんども確かめるが、何とも言えない気まずい表情を見せ……。

「ご、ごめんなさい、やっぱり学校みたいで……ちょっと取ってきますから…えっと、先に帰っちゃって下さい」

そう言って私たちに手を振りながら学校へ小走りに引き返す弥生ちゃん。
私としては待ってあげてもいいが、弥生ちゃん本人が悪く思うだろうし、なによりまゆが――

「わ、私もちょっと用事あるの忘れてて、きょ、今日は駅に…裏から行くねっ」『もう我慢出来なっ――、はぁ…ぅ……ごめんね!』

弥生ちゃんが携帯を探すのに立ち止まっていたためなのか、限界が目前に迫ってきたためなのか……
踏切の手前でまゆは必死に仕草を抑え、私と瑞希に別れの言葉を言って駅の方へ駆けて行く。
普通に走る姿に見えなくもないが……我慢してるのを知ってる私から見たらお腹を庇うような不自然な走り方。
後を追いたいが駅に用事はないし瑞希もいる中、尾行みたいなことは出来ない。
色々と思考を巡らすが、その間にも走るまゆとの距離が離れて……流石にもう諦めるほかない。
結末がどうであれ、ここまで来て最後まで一緒に居られないというのは割とショックが大きい。

629事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。21:2018/09/29(土) 23:43:29
「いっちゃったね、……まぁ、私はコンビニにちょっと…寄りたいし、そこまでは一緒…だね」

私は名残惜しくまゆを見送り、隣に残ったのは瑞希に視線だけを向ける。今現在『声』は聞こえない。
そういう意味だけで言えば詰まらないと言ってしまえる。
だけど、あの雨の日を除けば瑞希と二人で下校というのは高校に入ってから初めての事であり
長く話していなかった時間を取り戻すには悪くないのかもしれない。

……。

――……それに、気になることもあるし……。

片付けの後、調理室に戻ってきたときほどではないがさっきの言葉も少し歯切れを悪く感じた。
言葉数も少なくなった気もするし……そして、その態度に思い当たることがないわけじゃない。

「……コンビニに行って何か買うの?」

「っ! えぇ!? や……まぁ、ね、あはは……」

予想通り、かなり動揺してる。
まゆの結末を最後まで見ることが出来なかったためか……この行き場のない欲望を瑞希に向けたくなる……。
……割と本気で自分自身の事を最低なんじゃないかと思う。

踏切を超え、コンビニが見えてくる。

「そ、それじゃー、私コンビニに寄ってくから、また明日…かな?」

コンビニの前で別れの言葉を切り出す。
当然コンビニを出た後は瑞希は駅へ、私は自宅へ向かうわけだからここで別れるのはなんら不自然な事じゃない。
だけど……多分瑞希は早く別れたがっているからこその別れの言葉。
そんな態度の瑞希を見ていると――

「……私も何か買おうかな?」
「え! や、その……ちょっと待って、わ、私の買いたいものなんだけど、そ、その…見られたくないって言うか――」

だから買い物終わるまで外で待ってて欲しい、と言う瑞希。
というか、“見られたくないもの”って……もう少しマシな誤魔化し方した方が良いと思う。
食い下がろうとも思ったが、やっぱりこれは半ば八つ当たりな気もするので大人しく外で待つことにする。
私自身は買いたいものもないのだから帰っても良かったが、自身の尿意もそれなりに高まりつつある。
もう今の季節にもなると夕方は肌寒く、尿意を加速させる。
それにさっき我慢しすぎたのも我慢が辛い原因かもしれない。
ここで済ませず自宅までとなると……正直、我慢できる絶対の自信はないし
マンションのトイレの前まで来て失敗、挙句の果てに住人に見られるようなことにでもなったら立ち直れない。

630事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。22:2018/09/29(土) 23:44:48
『ちょっとしたいし、おしっこも済ませておこうかな……どうせ下着替えるためにトイレ入るんだし……』

コンビニ内から微かに聞こえる瑞希の『声』。ついさっき学校で済ませたとはいえ、あれだけ飲んだ後だし仕方がない事。
それと……想像していた通り、瑞希は下着を汚していた……ただ、下着は履いていないのか、濡れたままでいるかまでは判断できていなかったけど
下着を替えると言う『声』の内容から濡れたまま履き続けていたらしい。
わざわざ履き替えるのは、電車に乗って濡れた下着のまま座るわけにはいかないし、においも気になるのかもしれない。
それとただ単純に気持ちが悪いとか見られたら……というのもあると思う。

……。

スカートは無事だった様に見えたので失敗がどの程度だったのかわからないが
調理室に帰ってきたときの弥生ちゃんも少し動揺していた様に見えた。
弥生ちゃんに気が付かれるほどの失敗はしていたのかもしれない。

――……むぅ、そう考えると片付けの時、弥生ちゃんがトイレを言う前に私が言ってれば一緒に――

結局“たられば”な話だけど。

『下着買った後にトイレとか……んー勘ぐられちゃうのかな?
でも、おしっこも済ませないと…駅でもいいけど清掃中とかだとかなり困ったことになるし……』

瑞希も失敗するほど限界まで我慢した後で、且つトイレが近いほうだし……。
瑞希の言うように清掃中だったとしたら次の駅か、コンビニにとんぼ返りになるわけで。
割と悩む選択かも知れない。

『っ! だめ、出ちゃう! あぁ……あとちょっと、お願い…っ!』

――っ!! これって、まゆ?? なんで……。

突然聞こえて来た『声』に驚き駅の方を見る。
まだ遠いが、スカートの前を確りと押さえ込んだ親友の姿が目に映る。

『し、修理中で…使えないとかっ……なんでこんな時に、…あぁ、コンビニ…トイレ…っ、お、おしっこ……』

どうやらこのコンビニを目指して歩いてきているらしいが
必死に我慢しているためかこちらにはまだ気が付いてない。

まゆは私たちが駅の表側に来ていることを知っている。
確かに駅の裏側にはコンビニも飲食店も近くにないけど
用事があると言って先に駅へ向かった以上、私たちと顔を合わすのは極力避けたいはず……。
それなのに、このコンビニを目指すためにこちら側に来たということは――

――……そんなことを考える余裕が既にない、もしくは間に合うトイレ候補がここ以外にない――ってことだよね?

どちらにせよまゆの我慢が限界まで来ていることは明らかで。
いや、そもそも踏切手前で別れた時点ですでに限界寸前だったはず……。
その事実が私の心臓を大きく響かせる。
口の中は渇き、目はまゆから離せない……。

そして遠くで見えるまゆが視線を上げて……目が合う。

631事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。23:2018/09/29(土) 23:45:42
『っ! あやりん!? や…分かってたけど、けどっ……や、だ……こんなの……っ、見ないでよぉ――見せたく、ないのにっ……』

スカートの前から手を離す、だけど、その手は落ち着きがなく彷徨わせたり強く握りしめたり……。
だけど、10秒も経たないうちに再び片方の手がスカートの前に添えられる。

『あ、あぁ…っ、ば、バカバカっ、こんな、格好っ……んっ』

――……まゆ、本当にもう…限界……なんだ……。

俯きながらこちらに向かってくる……。
きっとこんな醜態――――最高に可愛い醜態だと思う――――を晒しておいて、逃げたいはずなのに。
恥ずかしくても此処のコンビニのトイレを目指して……それしか間に合う選択肢がないから……。

『やだ、あと…ちょっと……あ、あぁっ! くぅ…んっ! あっ……』

道路の向こう、スカートの前を力強く押さえ、足踏みしながら車が途切れるのを待つ。
まゆの顔は凄く必死で、時折私と視線が合いすぐに目を背ける。……それを見て、私は後ろめたさを感じながらも目を離すことが出来ない……。

『えぇ、トイレ使用中なの? あ、でも流す音聞こえて来たしもうすぐっぽいかな?』

――っ! み、瑞希の…『声』だ……。

ふと聞こえたのはまゆのものじゃなく瑞希の『声』。
まゆに気を取られていた間に瑞希がトイレを使う決断をしていて……。

『んっ……はぁ、急にしたくなるなぁ……あ、出て来た』

――えっ……ま、待って……そこは――

まゆが使う、まゆが恋焦がれてるトイレ……私は視線をコンビニに向け、瑞希を止めに入るか一瞬考える。
だけど、今私がコンビニに足を踏み入れたところで、瑞希は既に個室の中……間に合わない、まゆはその後……。

視線をまゆに戻すと車が途切れたのを見計らってこちらに駆けてくる。
覚束無い足取りで……私の前まで来て一度歩みを止めて……。
だけど、私の目の前に来ても、視線は宙を彷徨わせそわそわと落ち着くことが出来ない。
そんなまゆに、私は何か言わなくちゃいけない気がしたが……掛けるべき言葉が見つからない。

「……っ、あ、あやりん、その…っ、あぁっ…だめ、ごめん後でっ!」『と、止まってっ! あとちょっと、ちょっと……だからっ!』

先に気まずい空気を破ったのはまゆで……というより、待てなくなったと言った方がより正確だった。
私の横を通り過ぎコンビニの中へ向かうまゆ……一瞬見えたスカートの押さえ込まれた部分、そこが濃く変色していた。
『声』の内容からもそれが恥ずかしい失敗の跡であることは明らかで……。

632事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。24:2018/09/29(土) 23:46:29
――……っ! それより、トイレには瑞希がっ!

まゆにコンビニに入る前に伝えるべきだった? 隣の喫茶店のトイレに目指す先を変えさせるべきだった?
……過ぎたことを考えても仕方がない。
私はコンビニの中へまゆを追うようにして入る。
当然、瑞希はまだ個室の中。

「(っ! うそ……あぁ、なんでっ……!)」『し、使用中!? あっ、あぁ……やっ――』

私はその声と『声』を聞きながらまゆの隣へ付く。

『あ、あやりん……んっ、だめ、だめなのに……あ、あぁ……またっ…あやりん…っ私…もう――』

トイレの扉の前で震えた足を閉じ合わせ、スカートの前を押さえて……目には涙を溜めていて……。
……可愛い、凄く……だけど、胸が苦しくて助けたくて……。私にできる事は――

<ドンドン>
「み、瑞希! お願いっ早く出てきて!」
  「えぇ! あ、あ、綾!? 外で待っ――」
「良いから早く出てきて! し、下着のことは知ってるけど、履き替えるのとか後にして!」
  「っ!!? や、えぇ?!」

瑞希には後でちゃんと謝らなければいけない……けど、今はそれどころじゃない。
まゆはもう我慢できない……スカートの染みがさっきより広がってるのがわかる……。
こんなところで、おもらしなんて絶対にさせられない……。
まゆのそんな姿……見たくないと言えば嘘になるかもしれない、だけど、やっぱり見たくない私もいて……何より他の誰にも見せたくない。

「(んっ! あぁ……あ、あ…ふぁ、んっ……やぁ…――)」『み、みずりん? あ、あぁ……嘘…出てきてよ、早くっ、〜〜〜っ』

尿意の波――というよりも外へ漏れ出す力を気力だけで抑えて……でもそれはもう時間稼ぎでしかなくて。
我慢を続けたところで尿意が引くなんて事はもう起きえない。ギリギリまで張り詰めた下腹部は、もう吐き出すことしか考えていない。
すぐに入れると思っていたトイレを目の前に、あと少しの状況……あと少しの時間を全力で堪えるしかない。

<カラカラ>

個室の中で紙を巻き取る音がする……。

「っ……み、みずりん、あっ…は、早くぅ……あぁ……ぅ…」『あ、溢れ……っ、あ、あっ……ああぁっ……』

前を押さえる手が何度も押さえ直され、スカートの生地が閉じ合わされた足の間に入り込んでいく。
染みが見えなくなるくらいに生地を集め……だけど、まゆが全身を跳ねさせたと同時に、一瞬にして大きく染み浮かび上がる。

  「え、真弓ちゃん? ……あ、もう、もう出るからねっ!」<ジャバ――><カチ>

水の流す音、鍵を開ける音……そして――

633事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。25:2018/09/29(土) 23:47:15
「おまた――」「ご、ごめん!!」

扉が開くと同時に、押しのけるようにまゆが個室へ滑り込む。
私は押しのけられて呆気に取られる瑞希を受け止め、でも視線はまだ、まゆへ……。

「あ、んっ……やぁ……」『まだ、あ、あっ……あぁっ!』
<じゅぃ――><びちゃびちゃ……>

確かに聞こえるくぐもった音、床に打ち付ける水音。

<バタンッ>

ようやく閉められる扉……。
だけど、中ではまだ、高いところから落ちる水音が響いていて……。
その音は中で慌てているであろうまゆの動きに合わせて不規則に音をリズムを変える。

  <じゅうぅぅぅぅ―――>

そして……水の中に放たれる音に変わる……。

「っ……真弓…ちゃん……おもら――むぐぅ!」

声に出してデリカシーの無いことを口にしようとする瑞希の口を押える。
私はそのまま視線を下に落とす。

――……あんなになるまで我慢して、それなのに、個室の外には水たまり一つ残さないとは……。

スカートの染み具合、個室に入ってからの誤魔化せないほどの失敗……瑞希の言うようにおちびりとはとても言えない……言い訳のできないおもらし。
それでも、個室に入るまでは決して諦めず、その失敗を床に残さなかったまゆは――……頑張った……物凄く頑張ったと思う。

  「はぁ……はぁっ、…はぁ……」<じゅうぅぅっ…じゅぅぅ―――>

長い……途中一瞬途切れたりして入るけど…もう30秒……いや40秒くらいにはなる。
瑞希が手の中で暴れだしたので仕方なく放す。

「ぷは……はぁ……(ね、ねぇ? 真弓ちゃんの……めっちゃ長くない?)」

今度はちゃんと空気を読んで私にしか聞こえないくらいの声で話しかけてくる。
同意ではあるけど――

「(……それ、まゆに絶対言っちゃだめな奴だからね?)」

茶化して空気を和ませるにしても、まゆには音とか量とかそう言うのは避けた方が良い。
それにしても――……はぁー、滅茶苦茶可愛かった。

634事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。26:2018/09/29(土) 23:48:36
  <じゅぅ―――>

勢いはかなり落ちた気はするけど……もう1分以上経ってる気がする……。
スカートに多大な被害をだして、それなりの量を個室の床へ零していながら……1分って……。

「(ね、ねぇ? ……なにこれ? 終わんないの?)」

困惑の表情で私に尋ねる瑞希……それについてはもう何も言わない……。

――っ……それより、こんな音聞いてたら……んっ……はぁ……。

元より私もそれなりに我慢していたわけで……。
済ませてからもう50分くらい……かなり我慢が辛くなってきた。
だけどまゆは……私のそこそこ限界に近い我慢の2回分をずっと貯め込んでいのであって……。
本当に凄い――……っ…あぁ、凄いのは良いけど……これ…結構……っ。

さっき、我慢しすぎた為か、尿意の波が非常に大きい……。
今まで意識がまゆに向いていたから強く意識することがなかったが
自身が催していることを強く自覚し、トイレ前だと言うことを意識した途端に……。
どうしても仕草を抑えることが出来ずに身体を捩って尿意の大波に抗う。

「(あ、綾? もしかして……我慢してる?)」

当然その明け透けな仕草に瑞希は気が付く。
私は瑞希の言葉に顔が熱くなるのを感じて……視線を逸らす。

「えっと……真弓? 大丈夫?」

瑞希は私に左手で待つように静止を掛けつつ、いつの間にか音の止んだ個室へ言葉を投げかける。
だけど、個室から返事は返って来ない。

「真弓、聞いて……綾もその……我慢してるみたいで――」
  「っ! あ、……っ…う、うん……ごめん、ちょ、ちょっとだけ、待って…っ……」<カラカラ>

個室の中から慌てて紙を巻き取る音と……まゆの涙交じりの声……。

「っ……まゆ、ごめん……」

本当情けないし、申し訳ない……。
ワザと我慢してまゆの『声』を聞いておきながら……恥ずかしい失敗をしてしまったまゆに心を整理させる暇さえ奪うなんて……。

635事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。27:2018/09/29(土) 23:49:25
――……そうだ…せめて着替え…。

私は足をクロスさせ壁に凭れ掛かり、肩に下げたカバンの奥からいつも用意してる予備のスカートを取り出す。
それを瑞希に押し付けるようにして渡す。

「こ、これは?」

「……まゆに渡してっ……んっ!」

したい……おしっこ……。
膀胱が断続的に収縮を繰り返し、下腹部が時折硬く緊張する……。
ギリギリ限界まで張り詰めてるわけじゃない……まだ我慢できるはず、しなきゃいけない。
まゆをあの格好のまま出てきて貰うわけにはいかない……ちゃんと後始末と着替えくらいさせてあげたい。

「綾……ちゃんと我慢してよ?」

「……わ、わかってるっ…」

瑞希は着替えを受け取ると個室のまゆに渡すために声を掛ける。
私は視線を外してスカートの前に手を添えたり、太腿を抓ってみたり……。
試飲中の我慢は確かに辛かったけど……別に限界寸前までの我慢じゃなかった。
多少尿意に過敏になってはいるけど、押さえ込めないわけじゃない……まだ我慢できる。

トイレの前だという意識を無くしたくて目を瞑る……。
自分の短く深い呼吸音だけが大きく聞こえる……。

――……我慢っ……我慢…我慢……っ! ぁ、っ!!

<じゅ…>

僅かに下着の内側から噴き出す熱い失敗……。
クロスに合わせた足を震わして、添えられた手に力が入る。

――……うぅ…と、止まった……っ…はぁ…はぁ……。

「あ、あやりん、ごめん! 空いたよ!」

まゆの声に顔を上げる。
申し訳なさそうに涙で腫らした目で私を見るまゆ……。
私は直ぐに目を逸らして、カバンをその場に落として個室に駆け込む。

<じゅ…じゅう……>

――ちょっ! …ま、待って!

個室の中で見っとも無く足を踏み鳴らし、鍵を閉める。
トイレは洋式……髪は前で抱えて……。
あとはスカートと下着を――

<じゅうぅぅ>

「っ……はぁ…はぁ…っ、はぁ……」

下着にはかなりの被害は出てしまった。
けど……間に合ったと――……言ってもいいよね?

一息ついて……終わった頃に音消しを忘れていたことに気が付く……。
酷い我慢姿を見せて、音消しもせず……まゆほどではないのだろうけど、個室を出るには勇気がいる……。
だけど、いつまでもこうしているわけにはいかない……。
まゆは、私よりもずっと恥ずかしい姿を晒してしまったのだから。

636事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 1:2018/09/29(土) 23:52:28
**********

――はぁ……。

やってしまった……またあやりんの前で。
また迷惑かけて、その上スカートまで貸してもらって……。

あと少しを我慢できなかった……。
駅のトイレ……清掃中でも使っていただろうし、確かに運が悪かったのはある。
だけど、恐らく4人の中で最も我慢できる私が失敗を犯したのは、それ相応の落ち度があるから。
余裕のあるうちに済ませれば解決できた簡単な問題なのに……そのタイミングは確かにあったはずなのに。

……。

コンビニの外でみずりんと並んであやりんを待つ。
あやりんがトイレの前に落としていったカバンはみずりんが持ってくれている。
彼女はあまり気を使える方ではないが、口を開かず黙っていて……。
それが私にとって有難いのか、気まずくて辛いのかよくわからない。
だけど、だた言えるのは、私から何か話すのは今はかなりきついという事。

……。

沈黙の中、足元を見る。
そこは乾いたコンクリートとあやりんがくれた濡れていないスカート……だけど、靴下は付けていない、下着も履いていない。
足には靴の湿った感覚が気持ち悪く残り……現実を突き付けてくる。

「あ、あのさ……」

私はみずりんの声に身を固める。
今は彼女の気の使えない性格が少し怖い……。

「わ、私が、個室に入ってた時に、綾が言ってた事……なんだけど」

――あやりんが言っていたこと?

すぐには何を言っているのかわからなかった。
あの時は本当に我慢に集中していて……。

「ほ、ほら……し、下着とか…履き替えるのとかは後に…とか」

「あ、うん……言ってたかも?」

正直よく覚えてない。
だけど、言った内容が下着の履き替え……それを後にしてって言うのは――
みずりんが話し難そうにもじもじしてる様子からも察しがついた。

637事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 2:2018/09/29(土) 23:53:42
「わ、私もさ……片付けの前に行ったトイレで……ちょっとだけ…ま、間に合わなくて……」

……。
そっか、みずりんも……。
そして自身の失敗をわざわざ告白する事で私を励ましてくれてるんだ……。
こんなに真っ赤になって、隠しておきたい恥ずかしいことを……私は彼女にそこまでさせるくらい落ち込んでるように見えてる……。

――……いや、確かに落ち込んでる、それに……怖い……。

私のトイレは人よりもずっと長くて……音も長くて……それがたまらなく恥ずかしく、怖い。
拒絶されるかもしれない、引かれるかもしれない……。誰かの前で我慢した状態で済ませる事が私には堪らなく怖い。
そして今日……おもらしも…こんなにいっぱいしちゃう私も、全部知られてしまった……。

友達を信用してないわけじゃない。
だけど――

  ――「ねぇ、ほら聞いてよっ、うちの妹なんだけどさ、凄いでしょ?」――
  ――「ちょっと!? っ……す、すごいけど……」――
  ――「あはは、でしょでしょ! 傑作でしょ! ドン引きでしょ!」――

中学時代に家でトイレの最中に聞いた、お姉ちゃんと先輩とのやり取り。それは我慢しているだけで鮮明に蘇り胸を突き刺す。
わざわざ私に我慢させるように仕向け、先輩に聞かせるために謀ったお姉ちゃん……。
たまに家に来る先輩に私が勝手憧れて、きっとお姉ちゃんはそれが許せなかった。
わかってる、理解できる……それでも……私にとってそれはトラウマで……。
時間も音も量も……常に意識から外せない物になった。
学校でもそれは同じで……なるべくトイレに行くのは避けるようになった。
だけど避けることで我慢することが増え、クラスの人に聞かれたときに長さを指摘されて……。我慢にはまだ余裕はあったはずなのに……。
それから、学校で一度も済ませない……そうしようとも考えたが済ませないというのはそれはそれで心配で。
結局今の昼に1回だけ済ませる事を日課にして、なるべく意識しないようにした。

……それを日課にして本当に良かったと思う。
初めのうちは我慢していなくても音や時間が気掛かりだった。
だけど数を重ね習慣になった行動は自然と出来るようになったし、昼までに溜まった分だけでは、音や長さを指摘する人はいなかった。

……。

それでも、例外や事故はあるってわかってたはずなのに。
昼に済ませられなかったら? 昼までに尿意が来てしまったら? 済ませたのにまたしたくなったら?
……そんなときはバレないように我慢を続ける、もしくは極力誰にも聞かれないように済ませなきゃって……間違った事を考えるようになって。
そうじゃないのに……失敗の方が恥ずかしいのに、ダメなのに……そうなるリスクを上げるべきじゃないのに。
高校に入ってからそういうことは無かったけど……逆に無かったからこそ今日、間違いを…失敗を――おもらしをしてしまった。

理由は違うけど見学会の日もしちゃって、あやりんにはおもらしも、量も、音も…全部見られて……恥ずかしくて怖くて……。
だけど、あやりんは優しく受け入れてくれて……。

638事例15「黒蜜 真弓」とコーヒー班。-EX- 3:2018/09/29(土) 23:54:42
――……だからかな……コンビニであやりんが横に来てくれた時……少し安心しちゃってた……。

隣にいるのがあやりんなら失敗してもいい……そんなことは思ってなかったはず。だけど……。
あの時受け入れて貰えたのが嬉しくて……それで気が緩んだのは間違いなくて。
私は私が思っていた以上に単純で、極限まで我慢していた私にはそれが毒だった。

だからあやりんのせい……そんなことないのに、それは甘えた言葉なのに。
だけど、もしあの場で失敗していたら……私はあやりんに甘えてしまっていたかもしれない。
心底、トイレの中に居たのがみずりんで助かったと思う。
じゃなきゃ、私は扉が開くまでに我慢を諦めていたかもしれない。

「……お、おまたせ……」

コンビニからあやりんが出てきて私たちに声を掛ける。
いつもの無表情を必死に崩さないように、だけど顔を真っ赤にしていて。

「あ、あやりん…あはは、スカート……助かったよ、ありがとね」

私は苦しい笑い方をしてお礼を言う。
あやりんはなぜか謝罪をする。見学会の時もそうだった。
助けられなかったから、なんて理由で……これは私の失敗であやりんに非があるわけじゃないのに。

「あ、綾! 謝るなら私でしょ! し、下着まだ替えれてないし、勝手に個室前で暴露始めるし!」

「……あ、そうだね、ごめん」

「“あ、そうだね”――じゃないよっ! あーもう、トイレ行ってくる!」

みずりんはあやりんのカバンを押し付けるようにして返して、コンビニへ入っていく。
普段気を使わない彼女が、私の為にわざと明るく振舞ってくれてるのがわかる。――はぁー、もっとしっかりしないと…ね。
それと私も後で下着を履きに行くべきか少し悩むが、下着を買ってトイレというのはハードルが高いし……やっぱりやめておく。

「……」

私が考え事をしていると、あやりんが何も言わずに隣へ並ぶ。
私は嘆息して呟く。

「本当……あやりんには助けられてばっかりだわー……」

「……え? そんなことないでしょ? どっちかって言うといつも私のが――」
「いやいや、そんなことあるんだよねー」

「……うーん……じゃ、じゃあ、お互い様ってことで?」

無表情の中に納得のいかない表情を少しだけ見せ、お互い様という落としどころを疑問詞を付けて言う。
それを見て私は自然と笑みが零れる。

……先輩、私はあなたに憧れて、その妹であるあやりんにその面影を感じて話しかけました。
だけど、今は違う……。あやりんを通して先輩を見るなんてことはもうありえない。
だから……あやりんだけはお姉ちゃんには絶対に渡さないし……出来れば生徒会にも――

おわり

639名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 00:29:57
>>638 久々の更新、待ってました!
長さゆえの我慢の連続でとても良かったです。
綾ちゃんがたまに限界ギリギリになるの個人的に好きです。

640名無しさんのおもらし:2018/09/30(日) 08:46:04
久しぶりの更新待ってました。
今回はみんなコーヒーのおかげでトイレ近いですね。最後の真弓の限界我慢も良かったですが、個人的には綾菜も二回トイレに行って最後はギリギリ我慢がドツボでした。
今回の話ははっきり言って神回ですよ。 素晴らしい小説をありがとうございます

641名無しさんのおもらし:2018/10/02(火) 20:42:32
更新ありがとうございます!
「最高に可愛い醜態」はパワーワードですね、やっぱりまゆが声聞きのヒロイン!
彼女のトラウマは梅雨姉 (と雪姉) によるものだったのですね。
夏祭りではあえて知らないフリしてたのかな。
毎回少しずつ明らかになっていく過去のストーリーや人物相関が楽しみです。

642名無しさんのおもらし:2018/10/03(水) 23:54:24
最近いろんな子とフラグ立ててると思ってたら正妻のターンが来た
単に漏らさせるだけじゃなくておしっこがストーリーに関わってきて良いね

643名無しさんのおもらし:2019/03/10(日) 02:04:15
新作希望

644名無しさんのおもらし:2019/04/21(日) 23:51:14
あげ

645事例の人:2019/04/30(火) 00:57:19
>>639-642
感想とかありがとうございます。

更新遅くて申し訳ないです。
そしてどういうわけか前回より長くなってしまった。
文化祭と言うのもあって、登場人物も多めです。

646事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。1:2019/04/30(火) 00:59:38
「おかえりなさいませーお嬢様ー!」

クラスメイトが元気よくお客に声を掛け席へ案内する。
文化祭、私のクラスはメイドアンド男装執事喫茶……。
私は今メイド服を着て接客と言う、私にとってそれなりの苦行の真っ最中。
とはいえ、一般的なメイド喫茶とは違い、私たち接客係の仕事はメイドっぽい挨拶と案内、それと注文取りくらいなもので
お客を喜ばせるための催し物や、“おいしくなーれ”みたいなサービスはない。ないというか許可が出ない。

「……いってらっしゃいませ――……はぁ……」
「おつかれさまー」

私の嘆息に気が付き隣に来て声を掛けてくれる瑞希。

「……瑞希は大正浪漫って感じだね」

「うん、衣装班の皆、好みがバラバラだったからねー」

周囲を見渡すと、同じメイド服でもスカートがショートだったりロングだったり。
和装の衣装は流石に瑞希のだけだけど、どの服も微妙にデザインが違う。

――……コンセプト揃えた方がって――いや、男装の執事がいる以上、そこまで揃わないかもだけど。

教室の入り口の方から人の気配を感じて、クラスメイトのメイド姿から視線を外す。
二人組の女性、見ない顔……それに年上? 一般参加の――っと、えっと挨拶しなきゃ……。

「……お、おかえりなさいませ、お嬢様」

「あ!」

私に向かってあげられた声?
挨拶をして下げていた目線を私は上げる。
二人の顔は少し驚いているように見え、だけど私から見て左の背の少し低い女性はすぐに目を逸らして口に手を当てて……。
どうやら声を出したのは彼女の様で、今のは……声に出して失敗した――みたいな態度に見える。

「……え…っと?」

私はどう反応すべきか分からず、相手の出方を窺う。

「あはは……えっと、ごめんなさい、雛倉綾菜さん……ですよね?」

大人っぽく人当たりが良さそうな右の女性が苦笑いをしてから私の名を呼ぶ。
――……ってあれ? 私の名前?

647事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。2:2019/04/30(火) 01:00:38
「……どうして――」

疑問符を付けるということは私が雛倉綾菜である明確な確証を持っていないのだとは思うけど……。
一応記憶を辿るが、彼女の顔、隣の人の顔に見覚えはない。つまり、誰かから私について聞いているという事。

「私たちは雪――あなたのお姉さんと同じ大学に通っているんです、容姿の似てる妹がいるって聞いていたんだけど、想像以上で――」

そう言いながら右の女性は左の女性へ視線を向ける。
視線を向けられた彼女は少し不満そうな顔をして、私に聞こえないくらいで何か小言を言っているように見える。

「っ! ……ということは姉も――あ、すいません、とりあえずご案内します」

後ろからもう一組来店があったので私は話を中断して空いている席へ案内する。
そして注文を取るべきか、話の続きをすべきか……。

「雪はサプライズ登場したかったみたいだけど……なんかごめん」

背の低いほうの女性が私に謝る。
律儀で真面目な――

「いっそのこと、雪に“驚かないドッキリ”でもしかけてあげればいい」

――訂正、あまりこの人、真面目ではないらしい。
だけど、また勝手にサプライズ帰宅をする雪姉に振り回されたくもないので――

「……わかりました、無視して楽しみます」

「案外ノリいいのね」

大人っぽい女性の方が笑顔で返してくれる。
なぜだか話を続けたくなる雰囲気を持つ人……仕草の機微や表情、喋り方全てが妙に心地良い。

「……えっと、……ご注文のほうは……?」

だけど、一組の接客でしかも注文もなしで時間をかけているわけにも行かないので、私はメイドの業務に戻る。
それに、いくらそんな雰囲気を持つ人だからと言っても、ほぼ初対面な人を相手に雑談できるほどのコミュニケーション能力がそもそも私にないわけで。

「私はオリジナルブレンドのホットをブラックで。美華は砂糖ミルクありだよね? 何杯飲む?」

「えっとね――……って一杯だよ!? 変な冗談やめてよっ」

美華と呼ばれた彼女が今までの大人っぽさを崩してツッコミを入れる。
だけど――ツッコミにしては焦りと顔を赤く染める様子が少し引っかかる。

648事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。3:2019/04/30(火) 01:02:24
「あ、綾菜ー! ちょっとあんたが私の接客してよっ!」

――っ!

私は大きな声で呼ばれ驚く。
視線を声が聞こえて来た教室の入り口へ向けると、手を上げてアピールしている星野さんの姿があった。

「行ってください、注文は砂糖ミルクありで“一杯”です」

美華さん――――苗字不明、もう一人は苗字も名前もわからないまま――――のその言葉を注文票にメモをし軽い会釈をして離れる。
注文票を厨房担当に渡した後、星野さんのもとへ向かうと彼女は機嫌良さそうに私のメイド姿を見つめる。

「……おかえりなさいませ、お嬢様――……ってあんまりじろじろ見ないで。
……それとメイドの指名制度みたいなの本来ないから……」

「まぁまぁー、いいじゃん減るもんじゃないし、どこでもしてる事じゃん? 知り合いに接客なんてさ」

その星野さんの言葉に小さく嘆息する。
迷信が正しければ、私から幸せが減っているのは間違いないと思う。

「クラシカルロングのフリル控えめって感じかー、うんうん、上品で良いじゃん」

「……メイド好き隠す気なくなったんだ……」

この前の時は五条さんに指摘され恥ずかしがっていたように思ったが……開き直っているのかもしれない。

「あ、一緒に撮影しよーか」

星野さんは携帯を取り出し席を立ち私の隣に来ようとする。
私はそんな星野さんから距離を取るためテーブルが二人の間に来るように移動する。

「ちょっと!」

「……待って、あれ読んで」

私は教室内の張り紙を指差す。
そこには「許可なくメイドの撮影は禁止」の文字。
そういうサービスを売りに出来ないのもあるが、SNSが普及している時代だと勝手に撮られるのを警戒するのは当然。

「何、許可してくれないわけ?」

「……しない、それに忙しいし」

目を細め、不機嫌そうな顔をする。

649事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。4:2019/04/30(火) 01:03:33
「……えっと、ご、ご注文は?」

そう恐る恐る尋ねると星野さんは嘆息して席に座り、5枚の券を荒っぽくテーブルの上に置く。
当然か、私が売りつけたんだから。
私はテーブルの上に置かれたコーヒー券の一枚を手にする。
だけど、星野さんは残り4枚も私の前に滑らせるようにして差し出す。

「ホットコーヒー5杯で」

「……え、いや――え?」

私は困惑しながらコーヒー券を5枚受け取るが、何を考えているのか理解できず星野さんに視線を向ける。

「いやいや、全部一人で飲むわけないじゃん? もうすぐツレが来ると思うからさ」

「あ、……はい、かしこまりました、少々お待ちください」

なるほど。だけど、案内したテーブル二人席なんだけどね……。
商品と代金は引き換えだし――――そもそも今回はコーヒー券だし――――食べ歩き、飲み歩きができるように容器は使い捨てなのでテイクアウトも出来るわけだけど
それだとメイド好きの星野さん的に良くないんじゃないか――とは思いつつ、改めて席まで行きそれを聞いてくるほど気を遣うつもりはない。

それにしても星野さんの友達――……五条さんではなさそうかな? あの不思議な人は沢山の人でわいわいという感じではないし。
星野さんは友達多そうだから、別グループの友達と言ったところか。

厨房担当に注文を伝え、もう用意されていた雪姉の友達二人の分を受け取り席へ運ぶ。
美華さんの方が一声「ありがとう」と言って微笑んでくれる。そのあと彼女は私から視線を外しもうひとりの雪姉の友達と楽しそうに会話を始める。
もう少し雪姉について聞いて来たり、教えてくれたりとかあるのかと思っていたがそういうつもりはないらしい。
特に話すことはないのか、それとも忙しそうにしている私への気遣いなのか……私は席を離れる。

厨房に行くと五つのコーヒーも準備が出来ていて、それを星野さんのところへ運ぶ。
星野さんは難しい顔で携帯と向き合っていて――

「あ、ちょっと、聞いて!」

私に気が付くとこちらに手を伸ばしメイド服を引っ張って携帯を見せる。
私はお盆に乗せたコーヒーを零さないようにバランスを取り、星野さんの携帯を見ながらコーヒーをテーブルに置く。

「メイド喫茶でって言ったのに、あいつらバカンスカフェの方が面白そうとか言ってあっち行きやがった!」

携帯の画面にはそう言ったやり取りが書かれていて――バカンスカフェ……確か3年の椛さんのクラス。
プールを利用して南国気分を出しつつ、季節外れのかき氷などを扱ってる、同じカフェとしてのライバル店。
というかプールをカフェに利用できる3年に勝てるわけがないのだけど。

「……でもどうするの? コーヒーもう淹れちゃったけど……」

「うーん、3つは飲むかしないとだめか、2つは持ち出して誰かにあげるかなー……」

――っ! それってつまり……大体600mlくらい星野さんが一人でコーヒーを飲むってこと?

飲むだけじゃチャンスにならないのはわかってるが、この量…しかもそれがコーヒーってだけで無性にテンションが上がる。
星野さんは我慢強いほうなのか、そうでないのかわからないが、1時間程度で尿意を感じるには十分な量のはず。

650事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。5:2019/04/30(火) 01:04:28
「あー、まぁいいや、歌ってたらどうせ喉渇くしなぁ」

「……歌?」

「ん? あれ、言ってなかったっけ? 今日中庭でするライブの一発目私ら……あー、らって言っても今いないけど、私はその中のボーカル担当ってわけ」

「……そう、なんだ」

全然知らなかった。
ライブがあるのは知っていたけど、まさか知り合いの中にバンドを組んでる人がいるとは。

「綾菜、見に来なよ!」

「え! ……あ、抜けて大丈夫そうなら見に…行こうかな?」

妙にフレンドリーに接してくれる事に未だ慣れない。
まゆの時にも今と近い――――もう少しマイルドだった気がするけど――――経験をしたのを思い出す。
あの時はそのうち私の態度に距離を取ると思っていたけど……。
星野さんはどうなんだろう……流石にもっと露骨に避け続ければ対応が変わるのかもしれない。
だけど、私の今の態度程度なら全く気にしている様には見えない……。

……。

「どうしたの?」

「え……ぃや、別に……」

考え事をしていた私の顔を無邪気に覗き込む星野さん……。
悪い人じゃない……わかってる。
だけど、彼女は自然に“あの言葉”を言ってしまう……それもわかってる、悪気があって言ったことじゃないって。

――……“あの言葉”を気にしてるのは周囲にそれなりにいたとは思うけど――

けど……多分一番その言葉を引きずって気にしているのは私だ。

651事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。6:2019/04/30(火) 01:06:01
――
 ――

「はぁ……」

私は教室の窓から中庭の様子を見る。
ここは一階なので俯瞰的に見ることは出来ないが、簡易的なライブステージが準備されているのがわかる。
間もなく星野さんの出番……僅かだが私に尿意はあるが星野さんの『声』は聞こえない。

窓から視線を外して教室内を見る。
一時期と比べ客足が減って余裕が出てきてはいるが、そんな理由で皆で定めた当番を放棄することは出来ない。

「人減ってきたね……宣伝が足りないのかな?」

ぶかぶかのメイド服を着た弥生ちゃんが私に話しかける。
確かにメイド衣装などは視覚的インパクトとしてそれなりに大きいが、興味のない人にとってはただの喫茶店に過ぎない。
プールを使い注目度を上げて、且つ夏に売り出すようなものを扱う独自性……バカンスカフェの方はそういう点でよく考えられていて
文化祭特有のお祭り騒ぎ的なノリで完結していない……流石は椛さんのクラスと言ったところ。
それに調理部などが行っている出店・屋台系のファストフードを扱う店も少なくないのも、軽食を含む喫茶店に客足が伸びない理由になっていると思う。

……。

――……この店の売りはメイド服と執事服……それと、檜山さん監修の本格的なコーヒーは多分どこにも負けてない……はず。
だったら、メイド服で宣伝、それとコーヒーの…試飲を……っ! そ、それなら仕事って名目で外へ行けるんじゃ?

私は弥生ちゃんに視線を向ける。
弥生ちゃんは首を傾げて私の視線に応えるが――……だめだ、もっとクラスの中心人物に近い人でなきゃ意味がない。
私自身クラス委員長ではあるが結局名ばかり……まゆがいてくれればそれで解決なのだが生憎自由時間中。
今いる中でのクラスで影響力が高い人……。

視線を弥生ちゃんから外し――――弥生ちゃんがショックを受けてる気がした……なんかごめん――――周囲を見る。
そして一人のクラスメイトと目が合い私は慌てて横を向いた。

「珍しい、なにか用だった……?」

目ざとく気が付き話しかけてくる彼女に、私は聞こえないように深呼吸してから視線をちゃんと前に向ける。
斎 神無(いわい かんな)……確かに彼女なら。

「……ごめん、お願いがあるんだけど……」

最初に出た言葉が謝罪なのは彼女に対する負い目から……。
彼女もそれに気が付き小さく嘆息を漏らす。

「なに? 言ってみなさい」

目を細めて威圧的に……だけど、ちゃんと向き合ってくれる。

「……客足減ってきてるから宣伝しに行こうと思って――」

メイド服を着て、コーヒーを持って、あとクラスと場所が書かれた小型のプラカードでも作って……そういう話をする。

「ふーん、でもそれ、ちょっと前に来てた人のライブ見に行くための建前――でしょ?」

遠慮のない言葉で的確な図星を突く……。

「はぁ……いいわ、行ってきなさいよ、皆には私も了承したって言っとくから大丈夫なんじゃない?
それとコーヒー用の水筒、私の使っていいから、中身、捨てておいて」

教室の隅のカバンから水筒を取り出して、それを私に押し付けるように渡す。
そして他のクラスメイトに私の言ったことを説明しに行く。
ほんと滅茶苦茶いい人……素っ気ないのにはみ出し者にならない魅力が彼女にはある。

「(相変わらず変わった人ですね、かっこいいですけど……けど雛さんへの態度、他よりちょっと厳しくないですが?
なんかちょっと前の朝見さんみたいです)」

「(……そうだね……でもそれは私のせいだから……)」

私の言葉に弥生ちゃんは疑問符を付けた顔でこちらを見る。
私は誤魔化すように嘆息して呟く。

「……それじゃ、余ってる廃材とかでプラカード作るかな」

652事例16「星野 歌恋」と整理できない想い。7:2019/04/30(火) 01:07:27
――
 ――

「っと! あれ? あやりんその格好は?」

教室を出るとちょうど休憩を終えたまゆとぶつかりそうになる。
そして、私のメイド服、プラカード、水筒、カバン――――中身は紙コップといつもの着替えとか――――装備の姿に驚く。

「……客足減ってきたから宣伝しにいこうって思って」

「ほえー、でも遊びに行く口実でしょ?」

「……同じような台詞さっき斎さんからも言われたよ……まぁ簡単に言えばその通りなんだけど」

「あはは、神無ちゃん鋭いからねぇ」

まゆはその後「そんじゃ頑張ってー」と言って教室へ入っていく。
私は文化祭特有の廊下の喧騒を抜けて中庭に向かう。
すれ違う人が私を見る……だけど、文化祭という環境からか立ち止まる人や見続ける人は少ない。
目立つ格好であることには変わりないが、注目の的のようにはならなくて個人的には助かる。

『あ……――でもまぁ、後でいいか』

中庭に出ると小さいが『声』が聞こえた。
紛れもない星野さんの『声』。ただ尿意を感じてすぐの様だし『声』も大きくない。
時間は9時50分……朝、星野さんは比較的早い段階でうちのクラスに来ていた。つまり飲み始めてから40分ってところ。
ライブの一発目の開始は10時ちょうどのはずなので準備の時間も含めれば、此処を離れるのは極力しないはず。
星野さんが『後でいいか』と言ったのはそういう事だろう。

私はステージの方へ足を向ける。
人混みと言うほどではないが、周りには少しずつ人が増えてきている。
そしてステージの脇にあるパイプ椅子に座る星野さんを見つける。
手には私たちのメイド喫茶の紙コップが一つ握られていて……どうやら結局ひとつは貰い手が見つかっていないらしい。
すぐに貰い手が見つからなければ暖かいコーヒーは冷めてしまうわけで、そんな温いコーヒーを欲しがる人なんていなくて当然。

――……でもどうするんだろう? 演奏始まるまで時間ないけど……。

疑問に思いしばらく眺めていると、紙コップを持つ手が上がり星野さんの口元で傾けられた。

――あ、飲んでるんだ……ってことは4杯目?

もし4杯ならコーヒーだけで800ml……。
よくまぁそんなに……いや、飲みたいわけではなく貰い手がなかったから仕方がなく――なんだろうけど。

これなら例え星野さんが我慢強くても、それなりの尿意になるまで時間の問題。
演奏時間は一組2〜30分くらいだったと思うから……限界までは行かないとは思うがかなり期待できる。

「あ、綾菜!」

「っ! ……」

無表情の下で危ない視線を送っていた私に星野さんが気が付き、手を振ってくる。
軽い挨拶…ではなく手を振り続けてる彼女を見るにどうやらこっちに来いと言っているようだった。
私は仕方がなく歩みを前に進める。


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