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日体大長距離記録会(2019/11/30,12/1)

1 田中(3) :2019/12/01(日) 14:08:03
日体長10000m
32′49″27
(6′38-38-37-31-23)
・調整
日 平国3000(9′05)
月 2000bup
火 レスト
水 6000(84)
木 40′jog
金 4000bup+2000(6′47)
水曜の84PRで外す。ペースも速く感じ身体も全く動かなかった。調子がかなり悪い中で挑まざるを得ないと思っていたが、金曜のプラス2000は全く力を使わず終われた。
こんな調子悪い中でオールアウトしても意味ないと思ったので、どんな展開であれ余裕を持って終わることを目標に走った。
・展開
スタートしてすぐにふくらはぎのサポーターがくるぶしまでずり下がる。死を悟る。
80を少し切るくらいの集団で回る。3000過ぎくらい(?)で集団の先頭を引っ張っていた佐藤さんが何故か下がってきて、自分が先頭に。そこからゴールまで集団を引っ張り続けた。5000が16′35の時点でもう標準は切れるなと思いながら気持ち良く走った。そしたら上手くビルドアップできて32分台でフィニッシュ。
・反省
標準切りしないと、、、みたいな気持ちも多少はあった(色んな人からけしかけられていたから)けど、どんなに調子が悪かろうと34分は切れるだろという謎の自信があった。
収穫だったのは、レースの半分以上集団を引っ張った上で、辛い局面ゼロで10000mを走り切れたこと。去年の学芸ナイターと同じ感覚。しかも16′35-16′14というネガティヴスプリット。ラスト2周も佐藤さんと龍二に声をかけるくらいの余裕もあったし、動画を見ても上半身が力んでいる(肩が上がる)様子も見られず。
要因としては、そこまで調子が上がらず練習量も少なくなったから疲労が抜けた?11月頭に80付近の練習がうまく積めていて(4000(80)+3000(80)+2000(78)+1000とか)、32分台で走れる地力が付いていたのか。イマイチ分からない。
・今後
次は国士舘10000mと川崎国際駅伝10km。
申請は32′10。今回のラップを見ると前半の5000はもうちょい早めに行ける感覚を得たので、申請タイムくらいをA目標にする。32分半切りは確実に達成したいところ。31分台は練習の質的にまだ無理。駅伝は国士舘を経て残ったカスみたいな体力を絞り切って全力で堀内クンにタスキを繋ぐ。
練習面では、ポイントの質を確保する時期(設定を攻める、量をこなす)と調整期のメリハリをしっかり付けていくことが重要だと感じる。最近の部員のPBラッシュはこれが出来ている人が多い印象を受ける。練習量に関してはジョグの量を確保すること(怪我や疲労との兼ね合いもあり永遠の課題)。

マネさん、朝早くからサポートありがとうございました。

2 福井(2) :2019/12/02(月) 09:02:15
10000m

記録:33'14”59

【展開】
7000m付近まで遼太郎さんが引っ張る集団に着いて行く。しかし、7000を過ぎた辺りから身体(特に脚)が重くなり始めて、集団から離れ始める。そこから81で刻んで無事標準切り&PB 更新。

【レースを振り返って】
今回のレースが8時15分からという非常に早い時間帯から始まるので、溝の口に前泊した。前泊した次の日のレースはラン、競歩問わずいい結果が出る傾向にあるので自信をもって日体大に向かった。
結構寒かったので、普段のアップの速度よりゆっくりのペースで長くジョグを行った。その後、ドリルをして、一周そこそこのペースで刺激を入れてレースへ。
まず、二週間前の日体長と比べると余裕度が全然違った。79〜80で遼太郎さんが上手く刻んでくださったので、特に何も考えずひたすら無心で着いて行くことだけに集中した。5000mの通過は16分36秒くらいで前回の日体長とほぼ変わらなかったが、呼吸などの余裕度がまるで違った。今回の目標はあくまで標準切りだったのでつらくなったらすぐにペース落とそうと思っていた。そのため7000で集団から離れたが、焦りなどはなかった。淡々と81を刻むことを考え、脚が上がっていないの実感し、腕振りに意識を向けるなど冷静にレースを進めることができた。唯一の後悔は腹巻を装着したことだ。汗で腹巻が濡れ、風によって冷やされたことで腹痛が生じ、ラスト1000mをあげることができなかった。そのためかゴール後もやり切った感じはなく若干釈然としない気持ちであった。

【今後について】
とりあえず標準を切ったので、ランはお休み。5000mWで19分台を出すために残り二週間全力を尽くす。もちろん川崎国際駅伝もあるので時間のある日はジョグをするように心がけたい。また現在5000m、10000mともに記録としては一番遅いという立場であるため、危機感を持っている。しかし、焦ってもしょうがないので、冬の間に着実にレベルを上げて15分台、32分台に乗ることができるようにしていきたいと思う。

最後になりましたが、寒い中朝早くから応援・サポートをしてくださったマネージャーのお二人には感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

3 山口雄大(4) :2019/12/03(火) 08:49:34
5000m 14’50”40
5'58-6'01-2'51

【調整】
月 完レス
火 jog
水 2000*2(6’15)
木 jog
金 4000upbuild
土 1000(2'57)

【展開】
引っ張りの東大阿部にひたすらついていく。ラスト1000からペースが上がり、400で前に出てゴール。

【反省】
この1年間は特に、このレースのためにやってきた。その集大成が出せた。

備忘録として、短期的な反省から長期的な計画まで順に振り返る形で綴っていこうと思う。非常に長くなります。



レース。

1ヶ月ほど前に、阿部飛雄馬が引っ張りでbreaking15を開催してくれるというので乗っかった。14'38で申請して、メイン集団を先に行かせてキロ3で押し、落ちてきた人を拾いながらリズムを作っていく作戦だった。

正直、完璧すぎるくらいハマった。飛雄馬の引っ張りも含め、こんなに上手くいく作戦があるのかというくらい完璧だった。序盤は多少リズム作りに苦戦したものの、メイン集団は2'50ちょいのペースで先行したため位置取り争いは皆無。最後尾からじっくり動きを作り、2000過ぎで前から落ち人が出始めてきてからはリズムが完成していた。追い抜くたびに自分の動きを確認してリラックスでき、後は無心で押していくだけだった。
ラスト1000からは計画してなかったが、じわじわペースを上げていってほしいと思っていたらその通りに飛雄馬がペースアップしてくれて、68の動きを貰ってラスト1周ゴリ押し。考えられ得る最高の展開を作ってくれた。

当日は他選手の様子を見れば明らかだがコンディションは最高。低温低湿で晴れ、特に自分の大得意な気候だった。
レース作りという運が絡む面では完璧で、後は実力を試すだけという状態だった。



調整。

調整期間は1週間で他のレースと変わらず。調整方針はこの1年はこれまでとガラッと変えたつもり。
レースまで1週間を切ったら絶対に疲労を溜めず、①7日間という期間全体を通して徐々に疲労を抜く②実戦的な動きを作る を同時に調整していくことを心がけた。
具体的には20キロジョグとかはしない、オーバーディスタンスもしない。実戦につながるペース(74-76)のインターバルで動きを作る。前日に72のレースペースそのものを一瞬走る。
距離耐性には自信がある体質なので、距離に対する不安は無視して大胆に落とし自分に足りていないスピードを最も意識した。
また、前日は誰かに引いてもらう実戦形式、水曜は一人でペースメイクする練習と、その目的にメリハリをつけた。

オーバーディスタンスは大体1週間前までの練習の締めとして距離練を入れることで代用している。今回は日曜に24キロジョグした。

この調整法は普段の練習のスタンスから繋がるものである。後述するが、「疲労」は3日以上のスパンで考えないとコントロールできないという考え。
とにかく身体と心(これ重要)が完全にフレッシュな状態でスタートラインに立てるようにしていた。少しサボりバネあるんじゃね?って不安があるくらいの感覚。

4 山口雄大(4) :2019/12/03(火) 08:51:16
練習。

72をどこまで楽に押せるかという点にこのレースは収束した。
これを達成するために(特に自分に足りておらず)必要なのは練習で74で4000引いてもらう力、76で4000引っ張る力。去年の予選会後からの1年はこの二つを養うための練習に最も重きを置いた。

当然これそのものが練習で出来れば良いのだが最初はそうも行かないので、3000+2000+1000を3000引っ張ってやめたり、(ゆっくり)3000+(74)2000だったり、工夫してその練習に近付けていった。今年の春頃までは割れてバベルに負けることも多々あり不安定だったが、徐々に安定して近い水準がこなせるようになってきた。
結局4000(74)はまだこなしたことがないが15分切りはできた。今度挑戦する。

更に、この練習をこなしていくために必要な要素を洗い出し、潰していった。
スピード面では冬季は中距離練に積極的に参加した。1000〜2000中心の練習が多く、2'45-50の動きに慣れることでキロ3ペースへの動きのメリハリを求めた。
距離練はスピードを求めず、ゆっくりしっかり走り切ることを意識。速遅の挟み撃ちの収束として前述の実戦練習がこなせることを目標に位置付けていた。
また、レース後半で脚が上がらなくことへの対策として腸腰筋を中心とした筋トレ・体幹トレを行った。メディシンを使った腹筋はかなり効果があった(気がする)。


これらの練習をする中で特に大事にしていたのがスケジューリング。


1つ目の意識は疲労の調整。これは「体」の疲労へのアプローチ。

目標とするレースのためにやるべきポイント練習を事前に数個選び、それが過密にならないよう最大週2回のスパンで配置した。多かったのは水(金)土のパターン。過密スケジュールにならないことが大事。
4000などの実戦的な距離・ペースの練習はそれなりのダメージが身体に残るし、こなすためにもフレッシュである必要がある。そもそも試合は調整して臨むのだから練習にも同じ意識が必要と考えた。
これは前日翌日にレストを取るなどの1日スパンで調整できる疲労「感覚」とはまた違い、1ヶ月以上のスパンで慢性的・長期的な「調子」として表れてくる疲労である。

この長期疲労を抜くためには短期のレストではなく、1週間以上の長い期間を通して疲労を抜くことを意識しなければならない。そのためにポイント練習の数を絞った。

3月からの就活で練習量を長期的に落とさざるを得なくなったこと、同時に就活終了後に練習も試合も外さなくなり始めたことで、この仮説は正しいと感じた。何より浜田さんが6月以降の自分を見て同じことを思っていたらしく感動した。浜田さんの中にもその考えはあまり無かったらしく、パラダイムシフトを起こせたかもしれない。


2つ目は練習に対する目的意識。これは「心」の疲労へのアプローチ。
(非常に長くなったので要約すると「自分に甘くなった」ということです)

ポイント練の数を絞った分、繋ぎの練習が増えた。
一方で3年次までの反省点として、同じような練習やレースをやりすぎたことが挙げられた。いわゆるマンネリ感・精神疲労が、自分の走りに対する心のキレを鈍らせていた感覚が何となくあった。

これらを解決するために、繋ぎの日の工夫をし様々な動きを取り入れた。

普通の4000ビルドに加えて、2000(4000)ビルドを5周一人でプラスしての4000(6000)ビルドを始めとして、
距離が短く疲労の来る場所が全く違うため影響が出にくい中距離のスピード練、疲労が溜まっててもゆっくり走れば良い距離練など。
慢性疲労を抜くついでにメリハリを意識して、色々なリズムを体験していった。

「全く同じ目的・内容の練習は二度しない」ことをモットーに、その日のメニューを立てていった。
練習内容は元より、同じ内容でも引っ張るか・引っ張ってもらうか・一人で走るかの3パターンで全く違う感覚の練習になる。自分が今作りたい動きに適した練習内容・方法は何なのか、常に考えて選択した。
結果的に「引っ張ってもらう」を選択した頻度が最も高いです(甘え)本当にありがとうございます。

5 山口雄大(4) :2019/12/03(火) 08:51:57
メリハリの考えは普段のジョグやレストなどでも意識した。
疲労抜きで何となく10キロジョグしようとしたなら、「何故7キロじゃダメなのか」→「疲労抜きが目的なら10キロ走る理由は特にない」→「6以下だと暖まり切らなくて疲労抜きにならない」といった自問自答の末7キロジョグにする、など。ゴミクズみたいな事かもしれないが、とにかく自分の走りに毎日理由を付けた。

自分は生活の全てを陸上に紐付けるようなストイックさは持ち合わせていない。その代わりに、走っている時だけはその走りのどこかを競技に結び付けて考えるようにしたかった。その結果がこの目的意識であった。

削る時は削り、翌日にポイントがない時は完レスにしたり、逆に走るべき時はロングジョグという目的の下で24キロくらいジョグしたり、ここでもメリハリを付けていた。
メニューでもジョグでもレストでも、「何となく理由なく走り続ける」という状態を排除したかった。

この意識をすることで、心にもメリハリが生まれてスッキリした状態でメニューや試合に臨めるようになったと思う。練習前は毎回絶望しているが、どこかワクワク感みたいなものも少しだけあった。
上野さんとジムに行ってパワーマックスしたりしていたが、結果的にはこれもトレーニングそのものよりも精神的なキレを生むための目的が大きかったと思う。


これら2つの意識の下で毎日の練習を組み立てた。ここから繋がるのが前述の調整法。
自分で言うのも何だが、普段の練習も含めて本当にピーキングが上手くなったと思う。この後の試合で大失敗しそうなのでこれ以上の自画自賛はやめておく。

6 山口雄大(4) :2019/12/03(火) 08:52:48
シーズンを通した振り返り。


昨年の予選会が終わってチーフを引き継いだ頃から、一橋大学の陸上部員として卒業までに自分自身の目指すべき目標を定めた。

何となく達成して見栄えが良いからという理由で5000・10000・20km・フルの中から3つ十傑に入ることを目標にした。特にハーフはこの中では最も適性は高いと思っていたので20kmの十傑には名前を載せてみたかった。
そしてそのために、(上尾の反省に書いたが)5000十傑クラスのスピード(おまけで10000)が必要になってきて、生まれ変わる必要があると感じていた。
そしてこの目標はヴェイパーありきであり、5000に関しては春までにtakumi senで15'25が出せる程度になっておき、そこからが本番だと考えていた。

10月下旬のフルで歴代6位。これはおまけみたいなもん、3年間で培ったスタミナが本物であることが確認できた。

12月までは5000に転々と出場。74ペースにボコボコにされて15'50くらいを連発してた。練習も同じ感じ。
年末の松戸10000で歴代9位。これ本当に自分の陸上人生でも一番の謎走りだった。これが転機の一つ。

1月もDTTや27大でボコられていて特に進展なし。

2月の神奈川ハーフ、ここで70分切り。この辺りからレースの走り方の感覚を掴み出した。
一週間前に左脚に激痛が来て、それを庇う接地をしたら動きが格段に良くなった。今もその意識の接地を続けている。あれは天啓だったのかもしれない。
接地に関して知りたい人がいれば教えます。

3月の春季オープンでも74はダメだったが、76でバベル を引っ張るのはできた。この辺りから5000の動きが変わる予兆があった。3000で9分切りも達成。
結局就活までに15'25は出ず。

4-5月就活。練習頻度が落ちる。ジョグの頻度が増える。めっちゃやむ。

6月日体長で15'14。ヴェイパーを解禁して一気に調子が上がった。チート。国公立8位。

7月三商勝利。このあたりまでの結果はヴェイパーチートの面が大きかった。
そこから8月中は距離最重視。疲労抜きとのメリハリも意識しながら、合宿ではかなり走り込めた。予選会、上尾、別大フルを意識した練習がこの期間に詰め込まれた。

8月東大がショボすぎて勝利。正直試合そのものより、そのために高島とやったポイント練の方に価値があった。この辺りから練習でも4000(74)に近いものがこなせるようになり始めた。

9月TT爆死。やはり疲労抜きは大事。ヴェイパーでハーフ行けるのか分からない不安を1ヶ月抱えることとなる。
そのまま悪いイメージで27大に臨んだが15'17のセカンドベスト。ギリギリの調整が運良く上手く行ったのと、1500を入れてメリハリ付けたのが良かったと思う。
これ以降は秋シーズンに向けて練習量を落とし、総決算に向かっていくことになる。

10月名大負け。突っ込んで割れて一人で走ったのにサードベスト。自分の成長を感じた。15分切りも、序盤70で押していったこのレースを体験していたからかよく分からない自信と落ち着きがあった気がする。このレースも転機だった。4000(12'25)など、調整練習の質も上がっていった。
予選会は風邪と悪コンディションの中で楽しんだ。

11月上尾歴代4位。80ペーランができるようになった。
月末の調整では2000+2000+1000(14'59)がこなせるようになり、その流れで今回の日体長。


結果的には10000→ハーフ→5000と、ハーフのために必要な要素をあべこべ順に回収してしまったが、計画していた成長は達成できた。自分は運が良かった。


最後に。

このような最高の形で5000を締めくくれたのは、己にしか視野を向けていない自分を受け入れてくれて共に練習した部員の方々のおかげです。一橋の陸上部で良かったです。本当にありがとう。
毎回の練習だけでなく、最後に飛雄馬に引っ張ってもらうという事実に行き着いたのも10年以上陸上やってきた繋がりの帰結なのかと思うと、続けてきて良かったと思います。

1年の中長合宿の時に言った気がしますが、競技者として何の取り柄もない自分がここまで来れたのが誰かの希望になればいいなと思ってます。
皆それぞれ自分の陸上論があると思うので、それを大事にして下さい。

まだ川崎国際と松戸と別大が残っているので、頑張ります。よろしくお願いします。

7 高島(4) :2019/12/03(火) 22:52:31
日体長
【結果】
5000m 15‘42“28(73-71-72-72-72-74-76-80-80-80-79-77-37)

【展開】
最初から全く身体が動かず。3000でやめようと何度も思ったが、応援してくれる方が沢山いたのでかろうじて完走した。ラストは少し動きに余裕が戻り、気持ちペースが上がった。今後のことを考えてオールアウトはせず。
【調整】
箱根予選から5週間。箱根予選のダメージがあまりにも大きく、最初の1週間はjogのみ。残りの4週間で徐々に上げていく算段だったが、想像以上に調子が上がらなかった。最初の2週間で状態が上がってこないことに気付き、修正を図る。タイムや距離の設定にこだわらず、ビルドアップ主体にして脚の「キレ」や「軽さ」といった動きを重視した。「軽さ」を出すために下半身の筋トレはやめた。レース1週間前の土曜はあまりの寒さで満足に練習できなかったが、各段悪い感じはせず。最終週は火曜に8000(3‘20/k)をやった後は3’00/kの動きに少しでも余裕を持てるように動きを重視して練習を行った。

【反省】
心拍は165までしか上がっておらず、完全に不完全燃焼のレース。キロ3の動きに全く余裕が無く、早々に脚を使い果たしただけのレースだった。大外しした1500のレースみたいな感じ。大してキツくないが、身体は全く動かない感覚。
悔しい。体がよじれる程悔しい。死ぬほど悔しい。しかし、こういう時こそ冷静に自分がやるべき事をもう一度見つめ直す。感情の虜になり、焦りや不安・悔しさや不甲斐なさに任せて動くと全てを失うことはよくわかっている。今までやってきて、更に継続するべきこと、今回の結果を受けて新たにやってみることを自分に言い聞かせるように、箇条書きで書いていく。反省というよりは気持ちの整理と今後の予定といった感じ。

8 高島(4) :2019/12/03(火) 22:53:50
・「トップダウン」ではなく「ボトムアップ」で積み上げていくべきことをもう一度自分に言い聞かせる。今の自分では明らかに3‘00/kで行く実力はないことはよくわかっていた。周りの結果があまりに良いこと、完璧なコンディション・展開だったことから自分も「レース補正」なるもので行けちゃうのではないかという淡い希望にすがり付いていただけだった。練習内容から判断して、最初から全く3’00/kの動きに余裕がなかったのは妥当である。ハーフに向けてのベース作りも兼ねて走行距離を少しずつ増やし、その中で流しやビルドアップ主体で徐々に「速く楽に」走れる動きを追い求めていく。「14分台のためにキロ3に身体を慣らす」といった目標ありきの練習は絶対に絶対にしない。設定タイムはその時の状態に合わせて容赦なく落とす。「結果を出すための正しい努力」をすることをもう一度自分に言い聞かせる。


・今回の結果を悲観しすぎない。完全に前向きにとらえること、すぐに切り替えることは自分の性格から不可能。それでも、不必要に自分を卑下しない、勝手に落ち込んで悲劇の主人公を演じない。去年の悔しさはこんなもんじゃなかった。この100倍、いや1万倍は悔しかった。それと比べたらこんなの全く挫折に入らない。いや、寧ろこの半年間大きな心身の怪我もなく15分切りチャレンジに向けて妥協なく練習を積み、ちゃんとスタートラインに立てた。それだけで100点満点以外つけようがない。レース内容は確かにひどかったが、評価するべき点が全く無かったわけではない。30点くらい。0点じゃない。走る気力を完全に失った時、走れなかった時のことを思い出し、「どんな時も走れる喜びを噛みしめて」という初心に戻る。これが一番大事な反省。それでも受け止めきれない時は冷静な判断ができなくなって手遅れになる前に浜田さんと話す。仲良い奴とビールを飲む。


・周りと絶対に比べず、何よりも自分自身としっかり向き合う。応援・サポートしてくれる人、自分の才能を高く評価してくれる人への感謝の気持ちは常に持ちつつも、100%自分のためだけに、「自分が走るのが楽しいと思うから、走るのが好きだから、強くなりたいから、勝ちたいから」走る。周りに何を言われようと、どう評価されようと何も関係ない。自分の脚と身体とヴェイパー以外のものには何も期待しない、信じない、投資しない。強い人・結果を出している人へリスペクトの気持ちを持ち、参考・手本にはしつつも、「才能無いアピール・努力アピール」といった成功者あるあるは生存者バイアスがかかっているので全て聞き流す。絶対に自分と比べない。精神論なんかは論外。
与えられた環境に感謝しながら、自分のために最大限利用する。自分を信じ、自分を励まし、自分を守り、自分を大切にできるのは結局最後は自分しかいない。自分の人生の主人公は自分でしかない。自分の才能を誰よりも信じ、自分を大切にして自分自身ととにかく向き合う。


・目先の結果に一喜一憂しない。焦って短期間で結果を求めない。何度も書いているが焦りは全てを失う。これからもずっと走り続ける。14分台は死んでも出したいが、出せるまで続ければいいだけ。
最後に成功すればそれまでの挫折・失敗は全て過程に変わる。だから成功するまで諦めないだけ。by ケイスケホンダ。
「これからもずっと走り続けるのに高々大学4年間で限界まで叩いて全て出し切るなんて勿体無い」と飛雄馬が前に言っていた。本当にその通りだと思う。ただでさえこれまでの間違った努力のせいで心と右膝に一生付き合っていかなくてはいけない傷を負ってしまっている。これ以上はマズい。とにかく自分の心と身体を大切に、大事に、丁寧に扱わないと。

9 高島(4) :2019/12/03(火) 22:54:38
以下より具体的な点。

・今回の結果を受けて、練習方針を変えるようなことはしない。今までの反省などをもう一度読み、結果が出ていた時に大切にしていたことを整理して、今までやってきたことの精度を更に上げる。自分の弱点(回復が遅く練習が積めないこと・すぐ怪我すること)は改善の努力はしつつもちゃんと受け止めて、自分の長所(リラクゼーション・動き)を更に伸ばす。一言でいうと「とにかく動きにこだわる」ですね。

・体重計にもう乗らない。体重の増減に一喜一憂し、精神状態を振り回されるのはやめる。極端な減量はもうしない。そしてレース後に狂ったように暴飲暴食するのもやめる。競技者として節制された食生活を心がけながらも、多少の不摂生は目をつむる。バランスよくしっかりと食べて、沢山走った日はちゃんと沢山食べる。その結果としての自分の体型・体重・体脂肪率を全てありのままに受け入れる。

・練習時間・環境を工夫する。あまりにも寒いと手足の感覚がなくなってしまうのはみんな同じとして、自分の場合鼻の奥が詰まって(凍って?)しまい、まともに鼻呼吸ができなくなってしまう。既に何回かこの症状が出てしまっているが、これでは練習にならない。極寒予報だったり雨予報の場合、1人で設定を下げてやることになってしまってもいいからポイント練習を午前にやったり後日に回避した方がよさげ。

・朝型にする(n回目)。夜はマジのマジで精神病む(超深刻)。院試の勉強をいよいよ本気でやらなければいけないので、とにかく朝を有効に使う。朝練もできたらよい(月曜辺りを二部練にして距離を踏むのもアリかも)。川崎国際駅伝と松戸のことを考えても朝型にしておくべき。


以上です。2日間メンタルやばかったんですが、今日走りながら反省に書くことを考えてたら幾分心が落ち着きました。やっぱり走るって本当に良いですね。色んなことで思い悩んでいる時も、走っている時はそれら全てから解放されます。これからもずっとずっと走り続けます。「俺はこんなもんじゃない」と誰よりも自分に言い聞かせて自分を信じ続けます。14分台は必ず出します。

応援・サポートありがとうございました。飛雄馬引っ張りありがとう。山口おめでとう。

10 山中(4) :2019/12/06(金) 13:56:00
日体長5000m
15'50"20=PB

77"4-76"3-75"9-77"7-77"2-76"7-76"0-76"3-76"2-76"5-75"9-73"1-35?

3'12-3'12-3'11-3'10-3'05

[調整]
日:完休
月:完休
火:60'jog
水:2000b-up/6000(86)
木:30'jog
金:2000(80)+1000(78)
土:2000b-up

先週末に右の鵞足を痛め、月曜まで回復にあてた。正直出られるか分からなかったが、水曜日にある程度の練習がつめたことで目処がたった。金曜にだいぶ冷え込んだ中練習した際に幹部の痛みが少し再発していた。ギリギリのラインで過ごした調整週だった。

[展開]
組の人数が多すぎてかなりごちゃついていた。スタートは無理せずに出て位置取りの消耗を防ぎたかったが、集団の後ろでもだいぶぶつかり合いがあり、2レーンに膨らんだりを繰り返しながらポジションを上げていった。3000から4000で意識的にペースを落とさないように努め、15分台を決めにいった。ラストはきつくて切り替わらなかった。

[反省]
*練習面
今回一番結果に結びつく要因になった点だと思う。一週間前に怪我する前までの練習の出来には自分も驚いている。

引退をして以降練習の流れを少し変えたが、最も大きい変更点は金曜と土曜の練習。両日ポイントで追い込むということは避けるようにした。具体的には、金曜にポイントをやった時は土曜に20kmjog、土曜にポイントをやった時は金曜ビルドのみ、といった形。怪我を繰り返す過去の原因の一つが、疲労を溜め込んだ状態での練習のやりすぎにあると踏んでいるので、妥当な練習量というものを見出すための一つの実験でもあった。結果として疲労がたまりにくくなり、一方で走行距離もキープできるようになったので、火木日に無理に距離を踏もうと思うこともなくなった。週末負荷を落としている→月曜をフレッシュな状態でむかえる→水曜日のポイントがうまくいく、のループを作る一つの感覚が得られた。10000(84)とか、全く今まで手が届かなかった練習をこなせたのは、今やっていることの一つの成果なのではないか。

あともう一つ変えたのがペーランや距離走の後のプラス2000。最近は全くやっていない。ここでやる2000のペースは2000×n等他のメニューでも代替できるし、ペーラン後で疲労が溜まっている時にやるのはリスクが大きかったのではないかという仮説を支持する形。

週四でポイントをやらなければいけないとずっと思っていたが、自分には無理があったのかもしれない。ただ週四でポイントをやった上でオフ日にジョグをつみ、結果を出している部員も多く、絶対的な正解って無いとも思う。プラスをやるかやらないかもその人の体の状態や好みによると思う。要は自分が一番しっくりくる練習をするのが大事で、僕は足が弱いからみんなと同じ練習はできない、ということでしょうか。

あとは調整について。今回は水曜日にオーバーディスタンス、金曜日に刺激。オーバーディスタンスは6000にすることでペースを若干速めにする(といっても今回は直前に怪我したので速くないが)、刺激は金曜日にするかわりにいつもの2000に1000をプラスした。いい感じだったので一つのロールモデルに。距離耐性に不安があるから、水曜日にはある程度の距離を走っておく方がいい気がする。経験上、スピードはそこまで意識しなくてもまあまあ出る。


*怪我
大会9日前、極寒の雨の中ビルドをやった際に鵞足を痛め、翌日また雨の中ビルドをしたら悪化してしまい、予定していた平国3000に出られなかった。以前にも雪の中走って後脛骨筋を痛めた経験があり、自分は冬の悪条件の中無理に走っても耐えられる足を持っていないことが改めて確認された。無理してビルドせずに30'jogとかで済ませておくべきだったってのが結果論。次につながる反省でした。ここで3000走れてればもう少しスピード出たと思うのが、残念。

一方で怪我への対処は早かった。今まで怪我を重ねてきてやっと懲りた感。結構楽しみにしていた平国に対してスパッと棄権の決断ができたのは4年間の成長だと思う。接骨院にも行き、早期回復を図ったことで、ブランク二日で走り出すことができた。今まで怪我しすぎて、どこをほぐせば痛みに効くかが大体分かってしまっているのも大きい。怪我の功名。怪我した際の一つのロールモデルになったか。あとはスポールバン。とても効果があった

12月記録会に多数エントリーしてたのも一つ大きかった。仮に日体を逃しても次の大会でまた挑戦すればいいと思っていたので、痛いのに日体までは我慢して頑張ろうと思わなかったのは良かった点だと思う。

11 山中(4) :2019/12/06(金) 13:56:34
*レース前日
寝付けず、夜中五回ほど起きた。そのうち特に一回は30分ほど寝られなかった。でも特に影響なし。行きの電車の中で寝れば問題ない。


*レース
感覚が今までと明らかに違った。後半になってもペースが落ちない。練習の出来が過去最高であり、やりたい練習は大体できていたので当然といえば当然かもしれないが。位置取りでもう少し苦戦せずに済めばもう少し楽だったか。反省としてはラストスパート。昔はラスト200を33秒で帰ってくることができていたが最近はなぜか切り替わらない。WSは毎日やっているのになぜか。浜田さんはよくラストのキレは余力度の差だとおっしゃっているので、つまり余力度を上げていくのが近道?練習あるのみか。


*ヴェイパーフライネクスト%
この靴の良さをかなり享受できた気がする。練習ができるようになったことで、中間走でスピードに乗る、ペースを落とさずに走るという効果が得られた。3000から4000の落ち込みがなかったのは靴の効果も大きかったという感想。相変わらず筋肉痛・マメなし。

【5000m14'00〜16'00の層に関しては、「生理的能力は高いが、走りの効率が悪くて結果がついてこない」という人がかなりいるはずだ。体力レベルは十分に高いが、それを生かすだけの身体の動きができていない人。それらの選手のボトルネックを解消するシューズがヴェイパーフライであったと考えている。
(中略)
「誰でも履けば速くなるシューズ」と言われているが、そもそも十分にポテンシャルがありながら結果を出し切れていなかった選手が、ヴェイパーフライによる技術レベル向上で体力レベルに見合った走りができるようになった。という見方が私の考えのひとつだ。】

近藤修一さんの言葉です。自分がこれに該当していたのだとしたら嬉しい。







以下、つれづれなるままに思ったことを書きます。

僕が今回結果を出せたのは、予選会という目標を失ったことが大きかったと思う。予選会を目指すにあたり冷静でいることが難しく、怪我や貧血を繰り返した。でも予選会にはもう出られないという現実と向き合うことで、焦って走ることをやめられたのが最近の自分。足が痛かったり調子が悪かったりしたら躊躇なく休む、こういう考え方の結果が上述した練習頻度を減らす取り組みだったり、怪我の時スパッと走るのをやめる切り替えの速さだったりする。納会駅伝あたりまでは好調をキープできたことで毎日楽しかったし、こういう生活を続けることがそもそも大切だなって、今は思ってる。新しい陸上人生が始まった予感。


今回50傑入りを逃した。だからまだレースには出たい。最後200を33秒で走れていれば行けたのに弱かった。今の50位が金川の15'49"66。戸高は確実だし、こうちゃん、堀内らが今後高確率で入ってくることを考えると15'45は切らないといけないし、欲を言えばもう少し伸ばしてしばらくは名前を残しておきたいとか思う。とはいうものの現在また足の痛みがぶり返しており結構厳しい。怪我を治すことを優先する。


最後に。ゴール後、本当に多くの人が祝福してくれた。特にわざわざ連絡をくれた人がたくさんいてまじで感動した。いつぞやか、東大の栗山が、「自分の記録をこんなにも見てくれる人がいたんだとか、自分の走りがこんなにも他人の感情に訴えるものだったのかとか知らなかった」的なことをどっかで言ってたと思うんですが、そんな感じの心境。15分台を達成したことに対する満足感というよりも、自分に期待し、ずっと応援してくれていた人たちが喜んでくれたことに対する嬉しさの方が断然大きく、その人達のためにも今日一つの結果を出すことができて本当に良かった。記録を出すっていうのは、一つの恩返しの手段なんだと思った。皆さま本当にありがとうございました。


最後に(パート2)。自分が初めて15分台を出した日に山口が初めて14分台を出したのはなんだか嬉しい。本当におめでとう。山口は今までもずっと頑張っていたけど、今年の活躍ぶりは何かが違う。言葉で表せるものではなく、何となくだけど。レース前、無意識のうちに、こいつは今からものすごいタイムを出すのではないかと、そういう期待を今までよりも一層してしまう。別府大分で出すタイムがどれほどになるか。お互いまだ頑張ろう。


最後に(パート3)。5000mの15分台って、ついこの間まではチームの主力って感じだったけど、全くそんなんじゃなくなった。この週末の種々の結果を見て、改めてこのチームは本当に強くなったなと思った。予選会前のブログにも書いたが、やっぱり史上最強だと思う。みんな自分に自信を持って欲しいし、もっともっとこれから強くなる、そんな期待を持ってしまう、という老害っぽいコメントを残して終わります。長くなりました。


応援・サポート、本当に、本当にありがとうございました。


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