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箱根駅伝予選会(2019/10/26)

1 佐藤(4) :2019/10/27(日) 16:58:29
予選会反省

73’13
397位/501
17’06-17’04-17’24-17’53-4’46

21℃,46%(10時) 晴れ

まず初めに、応援・サポート・補助員・そして一緒に走ってくれた仲間に本当に感謝します。ありがとうございました。今年は応援部、如水会の方々を含め、例年以上に多くの方々に応援していただきました。山口も言っていましたが、これだけたくさんの応援を頂きながら走る機会は、この先ないと思います。後半は、きつさなのか暑さなのか視界が狭くなって誰に応援してもらっているのかもわからなくなっていましたが、一橋頑張れという声援や佐藤頑張れという声援は、はっきり耳に届いていましたし、本当に力になりました。気力を振り絞って何とか最後まで走り切ることができました。ありがとうございました。


全体として
71分台では走りたかったが結局73分かかってしまった。昨年の72’56をも下回る走り。順位は昨年の401位/456を考えると、若干前の方を走れたのかな。気象条件を差し引けば去年より少しだけ良かったと思う。

目標設定について
例年より2週間遅くなったことを考慮して、17’00ペースの71’40に設定していた。練習の感覚的にもそれ以上のタイムは望むのは、厳しいと踏んでいた。17分ペースを意識しつつ、後半しのいで72分を切る走りができれば80点かなと。
天気予報で暑くなりそうだと分かってからは、上限は72分で、割れても72分30秒で収まれば80点くらいの気持ちでいた。アップ中も日差しが出て暑く感じたり雲に隠れて涼しく感じたりと、コンディションの判断が難しかった。結局17’00を目安にそれより多少遅くなってもあせらずという方針でスタート。
想定通りの流れを作ったにもかかわらず、割れてしまったのは目標設定の甘さに尽きる。72’30でも御の字だと思っていれば72分台で走れた可能性はある。今日のコンディションでは72’45が自分の上限だったか。

予選会に向けての準備
9/24の27大戦以降はポイント練の質は非常に安定していた。週末の距離練と学芸大ナイター、水曜日の84-86PRの消化率はほぼ100%。月金は良かったり悪かったりで、82の動きを作るのに少し苦労した印象だが、それでも水土のポイントの質を考えれば、それほど追い込まなくても良いと思っていたので、特に問題なかった。この時期にこなした、14000(84),16000(84),学芸大ナイター(33’53),20000(86)の4本がレースに直結する練習。22kmを超える距離走をトラックと多摩湖で1度ずつ。こちらは、暑さもありペースは控えめで。
今回それでもある程度まとまったのは、直近1か月の練習の安定が一番大きいと思う。天候が良ければ72分台前半では走れていた可能性がある。
一方でコンディションが良くても72分を切れたかどうかは怪しい。昨年はポイント練をこなすごとに力がついていく印象があり非常に勢いが良かったのだが、今年は、練習していても現状維持の印象が強かった。では、どうしたら勢いがつくのかは正直分からないが、こういう感覚というか雰囲気というのも結構正直にタイムに影響してくるのは、今回走って興味深く思った。日体長とか国士館の10000に出るのは一つの選択肢だったとは思う。リスクも高いので実際にできたかどうかは分からないが。来年あるなら、出てみようかという程度の反省。
72分は少し厳しかったとするならば、もう一段高いレベルの練習が必要だったと思う。それができたとするならば、9/4-9/24のTTから27大戦の間だったが、ここで体調を崩して納得いく練習が一度もできなかったことが一番痛かった。TTでも75分フラットの水準で走れていたので、スピードの切れを上げて27大戦に臨めればよかった。ここで予選会に向けての準備期間が2週間短くなり、8000-12000(82)や20000(84)などに取り組む余裕がなかった。
 結局トラックの記録が16分フラットでは、昨年と比べて大幅に上積みするのは難しく、それをカバーする練習もできなかったということ。力不足に尽きる。

2 佐藤(4) :2019/10/27(日) 17:01:44
レース中の反省
  72分を狙いながら、後半粘って少なくとも72’30でという(無理があった)プランを考えれば、やるべきことはやったかなと。2キロを6’50で通過した後、抜け出した帝京平成の集団を追う選択をして3’25の流れは作れた。結果的に見れば、そこに反応せず後ろから行くべきだったわけだが、それを2キロの時点で判断するのは難しかったようにも思う。
  そして何より福井に負担をかけてしまった。後ろで萱原たちが余裕をもっていっていたから、そっちで行けばいいと声をかければよかった。大倉は後ろのグループでは地力が一つ抜けていて、僕と遼太郎はハーフの経験があってそれぞれなんとかまとめられたが、無心でついていく立場の福井にとっては、あの展開は苦しかったと思う。そのなかよく10番手で粘って帰ってきてくれた。
  僕個人はといえば、10㎞手前で集団から離されてしまい、それから先はずっと単独走だった。後半割れて後ろから抜かされる場面も多かったが、そこで頑張るとそのあとさらにガクッと落ちてしまいそうで、今の自分のリズムを維持することを意識するしかなかった。公園内まで集団でというのは予選会の場合なかなか難しいので、その分のタイムのマイナスも考慮して目標を立てないといけないと感じた。
 
その他、予選会を走って感じたことは昨年の掲示板に詳しく書いたため、今回改めて書くことはしない。

今後について
陸上第一の生活は予選会で終わり。勉強メイン陸上はサブの生活にこれから切り替えていく。ただこの1か月は非常によく練習ができていて、スピードの切れを出せば、トラックの記録ももう少し狙えそうでもあり、2月の別府大分毎日マラソンにも出るので、部活にも顔を出すことになると思う。これまでの貯金を生かしつつ、1日1回の練習でやりくりしながら、新たな陸上競技への向き合い方を模索していく。
レースも納会翌週の記録会から松戸まで何試合か走りたい。10000の32分台と5000で一瞬でも50傑に名前が載ることを目標に。
 これまでと違って陸上にうつつを抜かさないように気を付けながら、もう少しだけ陸上を続けたい。
 
 最後になりましたが、ここまで多くの人に恵まれて陸上を続けてこられたこと、本当に感謝しています。ありがとうございました。

3 萱原 :2019/10/28(月) 21:45:10
箱根駅伝予選(ハーフマラソン)
目標 71'30 結果 73'46(17'15-17'25-17'34-17'45-3'47)

【調整】
月:6000(82)
火:jog
水:10000くらい(86)
木:jog
金:B-up

【展開】
今年は転倒せず無事スタート。
最初の2㎞までは予定通り3'25で進むが、体感はもう少しきつく感じた。3㎞の通過からジリジリとペースが落ち始め大倉さん、佐藤さん、遼太郎、福井のいる集団からも距離が開いてしまったのと動きが悪いのがわかっていたので、諦めて東工の3’30くらいの集団につく。
そこから10kmあたりまでは集団についたまま走るが、集団のペースが落ちたように感じたので前に出る。それからは引いたり引かれたりだったが、13㎞の給水で一気に東工がペースアップし引き離される。
公園内に入ってからは落ちてくる選手を拾いながらほぼ単独走。最初は坂でメリハリをつけていたが、すぐに登りがきついだけになる。1度遼太郎に10秒差まで詰めたが力尽き、また差が少し開く。この時点では完全に無理やり脚を動かしていたのが自分でもわかった。
ラスト1㎞は下りを利用して勢いをつけようとしたが結局3'25ペースまでしか上がらないままフィニッシュ。

【反省】
・調整について
名大戦の5000mPRでは80でいい動きができていたので本番も82で楽に行けると思ったが月曜から調子が落ち始める。名古屋からのバスが渋滞でかなり遅れ生活リズムが乱れたのが原因か。生活リズムなら1週間あれば立て直せると思ったが結局金曜までイマイチなままだった。個人的にはこの直前での調子下降が1番の反省点。これがなければ400m当たり1〜2秒、トータルで1分は縮められた気がする。
・レース展開について
ペースを3’30に落としたのは、消極的な理由とは言え結果的に正解だった。去年こけた後に無理した結果完全に死んだ経験がなければ、ペースに固執してもっとひどい崩れ方をしていたかもしれない。
1度東工の集団の前に出たのは正しかったのか微妙なところ。遅いラップが先に来るか後に来るかの違いになるだけだったと思う。
公園内の走りはどうしようもない。あの時点ではジョグになるか無理やり動かすかのどちらかしかなかった。

全体的にみて、レースが始まってからの選択には大きな間違いはなかったように思う。やはり問題はレースまでの準備段階。
調整週がよくなかったのは上に書いたとおりだが、東大戦後の怪我が思った以上に長く影響した感じがする。まず27大戦にほぼ1週間だけの練習で突っ込んだ結果ダメージで1週間弱まともに練習できなかった。学芸ナイターでもそうだったが、体が仕上がってない状態で全力かそれに近いレースをすると、反動でその後の練習の質が落ち、継続的に練習が積めなくなることを痛感した。ポイント練でも10000を超えると痛みが出て、本番に近い動きで距離を踏むことができなかった。
調整週の失敗がレースを通してのペースを落とし、それまでの練習不足が後半伸びずにペースが落ちたことにつながったと思う。

【今後の予定】
今週は回復と息抜きを兼ねて練習は軽めにする。身体の面では彩湖のセレクでやる前の左足に似た感じが今度は右にある気がするので気のせいかどうか慎重に見極める。精神面では(大した走りをしてないくせに)何となく気が抜けた感じがするので走りながらモチベーションを戻していく。
来週からは日体長に向けての練習。来年は春先から5000に集中したいので11月16日と30日の日体長で1度納得のいく結果を出しておきたい。目標ペースは予選会と1㎞当たり10秒変わるが、月曜の速めの練習をより楽に長く、水曜のPRは距離はやや落として(と言っても今まで途中離脱ばかりだったので実際に走る距離はそこまで変わらないが)ペースを速めて10000の動きに近づけていく。
ハーフは正直好きではないのでたくさん出るつもりはないが立川ハーフは走る。約2年ぶりに昭和記念公園を完全には死んでない状態で走ったが、やはりあのアップダウンには慣れておかないとと思った。

最後になりましたが、朝早くから応援、サポートに来てくれた皆さん、改めてありがとうございました。そして2年連続ふがいない走りをしてすみません。来年は本当に後がないので頑張ります。

4 バベル(3) :2019/10/29(火) 09:25:33
箱根予選会 ハーフマラソン
結果 77'10(17'16-17'33-19'04-19'16-4'01)

【調整】
日:16000(88)
月:2000b-up
火:レスト
水:9000(86)
木:レスト
金:2000b-up+1200(82)

【展開】
スタート後のもみくちゃの中で帝京平成と東工がたくさんいるあたりに狙いをつけて移動。適当に後ろにつかせてもらう。
5kmくらいで佐藤さん・福井あたりが右側から加速していくのを確認、自分が11番手であると知る。
9kmくらいまで萱原の近くで粘ってはいたが、なんかよくわからないうちに後方に撤退することを余儀なくされる。
10kmくらいからは意識がはっきりしているのに全く加速できないので、ただただ前に進むことだけを意識して走った。
公園内は加減速を繰り返しながらジョギングしてゴール。

【反省】
まず最初に書いておきたいのが、今回のレースでなぜこうなったのかは自分自身まだ理解していないので反省のしようがないということ。
言い訳がましいし、これを読んで怒る人がいるかもしれないが、なぜ大失速したのか、なぜ84ですら走れなかったのかがまだ理解できていない。
そのうえで、反省できるところを反省していきたいと思う。

第一にシューズ。
性能とかの話ではなく、グラウンドコンディションに適していなかった。
毛利も同じだったと思うが、地面が異常なまでに滑った。特に駐屯地内。
滑りに滑って加速できないし、同じ速度帯の選手と比べて力まざるを得なかった。
序盤で疲れた感覚に陥ったのは間違いなくシューズの影響があっただろう。

第二にハーフへの慣れ。
ハーフって何?ってくらい距離のイメージが薄れていた。
練習の20㎞とレースの20㎞は体感が違う。
見事に割れたわけだが、ゴールまでの距離を明確にイメージできず、漠然とした不安に負けた感はある。

第三にデブ。
もうこれは言わずもがなである。

第四に暑さ。
いや、無理。太陽さん頑張りすぎ。
暑さ、特に日光に対する弱さを克服しないと僕はいつまでたっても予選会で活躍できない。

第五にメンタル。
僕は仕事ができる人間ではないので、OB様からお仕事をいただくとそれだけでプレッシャーに押される。
日々仕事を処理できていればよかったが、それでも直前期に降ってわいた仕事に滅入って気持ちが落ちていたのは間違いない。
就職できる気がしない。


こうしてみると結構要素はあったが、決定打がない気がする。
なんせ19分台を2回だ。ワースト記録の中のワースト記録だ。
泣きたい。

今後はまだ考えていない。
最後の1年間をどう過ごしてどう記録を残したいのか。
ゆっくり考える余裕はないので、さっさと考えてさっさと実行したい。

最後になりましたが、あんなに割れてチームタイムに全く関係のない僕をゴールするまで応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
福井、10番手を任せる形になって本当にごめん。1年間盛大に煽ってくれてかまいません。

5 大倉 :2019/10/29(火) 19:33:12
(17’06-17’01-17’13-17’45-3’47) (389位; 学内5番手)

[調整][戦略]
目標は3'20~25で回し切ることで、目標は71分切りだったが、
暑かったこと、ハーフマラソンでの成功体験が皆無であることを考慮して、
タイム設定にはこだわり過ぎず、「楽に走る」ことを念頭に置いて走った。

[結果]
1:12’52
土 名大戦5000
日 8kmジョグ
月 4000bup
火 完全休養
水 10000(88/86/84)+2000(80)
木 60分ジョグ
金 2000(82)

[展開]
最初の2km程度は東工大の集団走に、駐屯地までは帝京平成の集団走に紛れて楽させてもらった。
5km通過が17’06。
市街地に出てからは沿道からの応援にテンションが上がってペースアップして5kmから10kmが17’01。
日渡さんがおっしゃっていたように、一橋大学陸上競技部を応援してくれる人は、思いの外多かった。
前の集団に追いつき、追い越した。
途中落ちそうなところも多々あったが、応援の声に押されて離れかけても追いつくことができた。
公園に入る頃には後ろが割れていて育英大学の人と二人で走っていた。
しかし徐々に離れてしまい、下りで追いつこうとペースアップを試みた途端にハムと脹脛がつり、一気にペースダウン。
その後も一橋と津田の人の応援の声が聞こえるたびにピッチを早めようとしていたが、推進力は戻らず。
20km地点から残り1kmまでの間で、登り切ったところで、更に足がつってまともに走れなくなった。
そこに追いついてきた東大の古賀が頑張れと声を掛けてくれて、痛みを堪えながら走り、応援部のいるあたりからペースアップし、感情を無にして淡々と走った。抜きつ抜かれつして、最後は古賀と同タイムでゴール。

[感想]
最後キツかったけど、今までで一番楽しかったレースだと思う。
長距離パートのみんなが予選会にこだわる理由が身をもって分かった。
特に、山中やつっきー、中距離パートのみんなをはじめとする陣地サポートが手厚かったおかげで、晴れ晴れとした気持ちでスタートラインに立つことができました。本当にありがとうございました。
各地での応援もありがとうございました。
皆さんお疲れ様でした。

6 高島(4) :2019/10/29(火) 23:24:41
箱根予選会反省

【結果】
70‘18(16’15-16‘30-16’50-17‘14-3’29)322位

【展開】
海や東大の遠藤、松本あたりをにらみながら突っ込みすぎないように入る。最初の1kが3分7秒。さすがに速いと思い少し落としたら海たちの集団と離れて単独走になりかける。マズいと思ったら後ろから明治学院の集団走が来たので上手く利用してペースを作る。6〜7kの給水で前の集団に追いつき、更に大きな集団になる。以降は抜きつ抜かれつを繰り返しながら、集団から離れないようにひたすら食らいつき続ける。13k辺りの給水で集団が瓦解しはじめ、公園に入るころには完全にばらける。15k手前の下り坂で海を抜かし、その後の上り坂でまだ余裕があったので行けると思ったが、16k辺りで急激に一気に脚が重くなりペースダウン。山口に抜かれる。公園内は物凄くキツい時とキツくない時の波が交互に押し寄せながらひたすら抜きつ抜かれつを繰り返す。ラスト1kで最後の気力を振り絞りスパートしてフィニッシュ。

【調整】
月 2000B-up.jog43min.
火 jog45min.
水 11000(3’25〜3‘30)
木 rest
金 B-up8min.

とにかく名大戦の疲労を取ることを意識し、練習量を落とした。水曜は当日に疲労が残らないように午前中暑い中やった。前日は大雨&激寒のなか午前中に1人でやる羽目になったので、細かいペースなどは気にせずに、体を動かして流しで少しスピードをならす程度にとどめた。

【反省】
2年前よりタイムは悪いものの、順位は60位以上ジャンプアップした。2年前(20k 66‘36)より前半1分速く入り、後半1分落ちた。
まず良かった点。16k付近で一気にペースダウンしたものの、同じ集団で走っていた人(10k通過32’45、殆ど全員5000m15’00〜15‘15位の実力)の中では学習院のエースに次いで2位。高温多湿の超悪条件の中でその他大勢の失速が悲惨だったことを考えると、自分ももっと落ちていてもおかしくなかった。なぜ耐えられたのか。前半から余裕が無いなりに①リラクゼーションを保つこと②とにかくピッチを落とさないこと③自分で引かずに後ろにつくこと をとにかく意識したからというのが自己分析。ピッチはレースを通して最後まで190回/分をキープできた。また今回は終盤に足を攣って大失速という人が部内外問わず異常な程多い。そういった人たちは、オーバーストライドだったり過度にフォアフットを意識し過ぎていたのかもしれない。脚が止まってからは本当にキツかったが、ピッチを落とさないこと、肩の力を抜いて肘を速く振ることだけは必死に意識し続けた。「どんなにキツくても死んでもピッチは落とさない」とスタート前に決めていてよかった。
次に反省点。今回も若干の腹痛があった。走りにモロに影響するほどではなかったが、やはり少し気持ちが悪い。翌日は腹筋の筋肉痛が結構来た。27大の10000も同じように少しお腹が痛かった。原因はわからない。5000のレースやロングの練習では腹痛にはならない。考えられるのは①水分摂取②朝食③その他 の3つ。
暑くなることはわかっていたので、前日から水分はこまめに多めに取り、当日は直前に取りすぎないようにした。給水も全部体にかけただけで一切飲んでない。脱水や脚が攣った人の多さを考えると、あれより水分摂取量は減らせない。食事は、4時間半前に朝食(アンパン・カロリーメイト)、2時間前にゼリー飲料をとった。これは今後ハーフや10000を走る時に色々と試行錯誤するしかない。その他の原因として、今日距離を走ることによる内蔵への負担からくるものなどが考えられるが、これは長い距離への耐性を練習で徐々につけていくしかない。

7 高島(4) :2019/10/29(火) 23:30:45
以降は感じたことを徒然なるままに書き連ねていきます。読まなくていいです。

レース内容に完璧に満足しているわけではないし、山口にも勝ちたかった。それでも「速すぎ」というのが正直な感想だし、周りからの評価もそうだと思う。ケガから本格的に復帰した5月から9月までただの1度も長い距離の練習をしていない。東大戦後にようやくロングの練習を始めて、そこからやった練習は11キロ2回、12キロ3回、14キロ1回、18キロ1回、21キロ1回、10000mのレース2回のみ。当然ロングジョグやLSDなど一度もやっていない。夏合宿も参加していない。2年前箱根予選で快走した時は7月から2時間jogなどをやっていたし、8月も合宿でほぼ完璧に走れて440kも走っていた。「夏は東大戦5000mと院試に全てを捧げると決めたのは自分だし、1試合1試合の対校戦を全力で戦ってきた結果なので、この練習量で勝負するしかない、これでチーム1番を取ってやる」と自分を奮い立たせていたが、大失速する恐怖は常にあったし、ここまでの悪条件だと山口にフルボッコされるのも覚悟していた。自分よりトラックのタイムが速く、かつ走行距離も自分の倍以上ある人が目も当てられない程失速しているのを見ると、最大限工夫して練習してきた自分が誇らしい反面、もはや申し訳なくも感じる。「自分にロングの才能がある?」という以外の要因を書いてみる。

・他の人と比べて圧倒的に怪我しやすいから練習を積めない分、全ての練習でとにかく動きにこだわった。この点は毎度毎度反省でしつこい程書いているので詳細は省略。要はピッチとリラクゼーションです。
・5月から、怪我や脚の痛みによる中断がほぼ全くない。最長で、5月末から6月初めにかけての4日間。これは自分にとって奇跡だが、4年目になってようやく自分の限界を見極めてやや物足りない位に練習量をセーブしてきた成果で、必然だという自負もある。「8月に600k走ったが、怪我で9月に1〜2週間走れず」よりも、「8、9月共に250kしか走ってないが、中断がなく継続してできた」の方が圧倒的によい。これは他の部員にも大いに参考にしてもらいたい。「高島はあんまり練習しなくてもある程度走れるからそんなことが言えるんだ」と思われるかもしれない。でも仮に沢山練習しないと結果が出せないとしても、それで練習しすぎて怪我したらそれがその人にとってダントツで最悪じゃないか?
・そしてメンタル面。去年どん底まで堕ちて完全に陸上への熱意を失った。そのため、そこからもう一度情熱を取り戻して、心身ともに充実した状態でレースに臨めるという事実を毎回の対校戦で奇跡のように感じていた。アップやスタート前に嬉しすぎて感極まって泣いたレースも何度もあった。だから、緊張や不安などをレース前に感じることは完全になくなった。練習やレースでどんなにキツくても「もう走りたくない」と思うことは絶対になく、むしろ走れる喜びを究極に噛みしめていた(ドM)。箱根予選も朝からワクワクや楽しみといった感情が止まらなかったし、出走者506人の中で1番レースを楽しめていたと自信を持って言える。
色々なプレッシャーや義務感、責任感と必死に闘ってくれた後輩たちへ(特に幹部)。「チームのため。対校選手として(幹部として)の責任を持って。」という気持ちはカッコいいし、本気でそう思っている君たちを本当に尊敬しています。でも、最後の最後に勝負を分けるのはそういった「高尚な想い、信念」ではなく、「走るのが楽しくてしょうがない。もっと速くなりたい。あいつに勝ちたい。」といった、もっともっと単純な、自分の心の底からの本当の気持ちだと思います。主将・駅伝主将というしょうもないしがらみから完全に抜け出して、「自分のため」に、ただただ「走ること」と向き合って楽しんでいる僕と山口が今年誰よりも結果を出していることからも間違いないです。幹部が終わったら肩の荷おろして、思いきり陸上を楽しんでくれ。
メンタル面は浜田さんの存在も非常に大きい。「君の場合、走り込みは9月からで間に合う(から8月は東大戦と院試に懸けなさい)」「20k超えは一回やれば十分」といった指導が無かったら、もっともっと距離への不安に駆られて沢山走ろうとして潰れていたか、練習が中途半端になり対校戦5000で大した結果が出せていなかっただろう。「箱根予選のみで最高の結果をだすためのベストな選択」でなくても、「俺の体質や目標などを考慮して、限られた時間・練習量で最大限のパフォーマンスを発揮するための選択」をしてくださった浜田さんのおかげで、シーズンを通じて安定したパフォーマンスを発揮できた。

8 高島(4) :2019/10/29(火) 23:32:11
次にレースの展開について。正直最初からペースに余裕がなかったし、暑さも感じていたのでほぼ間違いなく後半持たないという感覚はあった。レース中冷静に自分の状態を判断できていなかった訳ではない。それでも、ペースを落とすという選択はできなかった。それは、同じ集団にこれまで何度も対校戦で勝負したり一緒に練習したライバルたちがあまりにも沢山いた(10人位)から。非強化校のエース級のライバルたちと大舞台で勝負しているという事実に、魂が震えたから。「ここで下がったらエースじゃない」と思ったから。海に負けられないという気持ちもあったかもしれない。いつもの自分なら「最後で勝てばよい」と思って落ち着いて後ろで力を溜めて最後で抜かし、掲示板でドヤ顔で自分語りしていたことだろう。こんな経験は初めて。テレビで駅伝やマラソンを見ている時に、「後ろについて力を溜めたらいいのに無駄に競り合っていて、頭悪いなぁ」と良く思っていたが、その人たちの気持ちが少しわかった気がする。これは競技者としては良くないことなのかもしれない。浜田さんに聞いてみる。


最後に、予選会で引退した長距離同期にメッセージ。

山口。このクソみたいな条件の中でネガティブスプリットかましている変態は500人中10人位だ。しかもお前意外全員強豪校のエース級の選手。さらに言うとお前ほどラップが綺麗なのは1%位しかいない。強豪校の選手と比べたら素質は劣るけど、「自分の実力を大舞台で完全に出し切る」という観点から見たらお前は日本トップクラスの学生と遜色ない。本当にすごいし、心から尊敬する。きっと4年間の努力の賜物だろう。16kで抜かされて、付いていこうとして5秒で無理だと悟った時、素直に負けを認めたよ。この1年間、お互いあまりにできすぎだな。いや、去年あまりにできなさすぎだっただけか?まぁいいや、一切遠慮せずにこのまま全力で陸上を楽しもう。

仰ちゃん。クソメンヘラな俺の気持ちをいつも最大限にくみ取ろうと努力してくれて、俺が俺なりに精一杯頑張ろうとしているのもちゃんと評価してくれて、かつ俺のダメなところは厳しく指摘してくれたのは部内で仰ちゃんただ一人だけだ。仰ちゃんがいなかったら絶対今部活にいなかった。本当にありがとう。「予選会終わったらもう一切走らない」と何度も言っていたから、寂しい・勿体無いと思う反面、将来に向かってちゃんと歩き出そうとしている仰ちゃんを尊敬してたけど、やっぱりそんな訳ないよな。陸上続けると聞いて安心したよ。こんなに今まで大切にしてきたことを、こんなに楽しいことを、きっぱりやめれる訳ないよな。法曹は死ぬほど忙しいだろうけど、これからもずっとランナーでいような。

山中。17k地点でのお前の魂の応援、マジで力が出た。去年俺がそこで必死に涙をこらえてみんなを応援してたのを思い出した。本当にありがとう。山中はこれからも競技者を続けるだろうから、俺なりの精一杯のアドバイスを。今までのやり方では絶対にダメだ。何かを根本的に変えないと、これからも怪我に泣き続ける競技人生になってしまうと思う。「この悔しさを絶対に忘れずに、全力で努力する。」では去年と2年前と全く同じだ。それでは何も成長できない。その「何か」は左足の顕著な踵接地かもしれないし、陸上観といったメンタル的なものかもしれない。俺にはわからない。泣けるブログも泣ける引退宣言も正直俺は全く興味ないし、山中にもそんなものに価値を見出してほしくない。そんなものよりも、正しい努力をして15分台を出したり、箱根予選に代わる新たな目標を達成して全力で喜んでいる山中を、陸上を全力で楽しんでいる山中を。俺は見たい。俺で変われたんだから、必ず山中も変われるはず。


以上が箱根予選の反省及びその他諸々です。死ぬほど長くなりました。きっと誰もちゃんとは読んでいないでしょう。まとめると、史上最高に楽しくて、史上最高に幸せな70分でした。17〜18k地点のコースの幅が狭くなっている場所で信じられない程多くの人から応援を受けたとき、永遠に走っていたい、もう一回このコースを走れるなら人生どうなってもいいと心から思いました。一度は破れた夢ですが、諦めずにもう一度挑戦します。

当日は応援・サポート本当にありがとうございました。今後14分台を出す計画をここで書くと名大戦の反省で言いましたが、さすがに長すぎるのでやめます。すいません。これで本当におしまいです。

9 長友(2) :2019/10/31(木) 09:51:34
第96回箱根駅伝予選会 反省

<記録>
1:13’15(16’36-33’15-50’30-69’13-73’15)PB

<調整>
練習日誌を参照。
予選会までの1ヶ月くらい(彩湖TT以降)は春先や夏と比べて1ヶ月あたりの走行距離を気持ち短めにし、ポイント練習でのパフォーマンス向上を狙った。向上とは練習水準を高めることというよりは練習でのペースに出来るだけ余裕を持たせるという意味での向上。距離を抑えたのはそのほかにも怪我のリスクを出来るだけ軽減するためという狙いもあった。なので、ポイント練習がない火曜、木曜、日曜はつなぎというイメージ。
ポイント練習の方はレース本番で3’20/kmで走れるようにするために距離を長めに設定してある水曜のPRのペースを88→86→84と段階的に上げていって、その余裕度を高めていきながらレースにもその余裕度を対応させるつもりだった。浜田さんがおっしゃるようにレースペースから1kmあたり5〜10秒遅いペースで16000以上を余裕を持ってこなすことができれば、レースでも想定ペースで走れそうだという感覚は、ハーフより短いが5000m、10000mのレースの中で何となくつかめていた気がしたので、それを目指してメニューを組んだ。
学芸ナイターの週末に家庭の事情で走ることができなかったが、その次の週の名大戦(予選会の1週間前)でスピードの刺激を入れるつもりで5000mを走りPBを更新。力を出し切ったという感覚はなく、もともとPRのつもりで臨んだうえ、筋肉痛などの疲労もほぼなかった。
最後の1週間はできるだけ落とすことを心がけたが、その前の週までほど調子は良くなかったのが正直なところ。ただ、レース前に調子がそこまで良くなくてもレースでいい走りができたことは今まで何度もあったので、あまり気にせずにできることだけをするイメージを持って過ごした。


<レース前まで>
早朝は寒かったが、駐屯地横についた時にはだいぶ気温が上がっていて、身体は動かしやすかった。緊張もあったが、周りのことというよりは自分のことに集中できていたので、精神面での安定性は評価できると思う。
TTのときと同じく、アップの段階では距離もペースもかなり抑えめを意識して、それでもペースが上がっていたが、呼吸は安定していたので調子はいいのかもしれないと思っていた。最終招集が終わってから1時間くらい空くので、刺激(1kmをだいたい3’30)は招集後、トイレを済ませてから行った。
レース前の準備はいい流れでスタートまで持っていけたと思う。


<レース展開>
前日までは16’40で走りそうな人もちらほらいたが、結局直前でそのペースにすると言ったのは自分と寺田のみだった。寺田の方は東大の瀬川くんを目安に走るとのことだったので、一橋の人とペースを作るというよりは他校の3’20/kmで走る選手と集団を形成するという構想で臨んだ。
スタート直後、1kmくらいまでは想定より少し早めのペースで入りガーミンでペースを見ながら2、3キロ地点くらいでようやく3’20/kmで走る集団に落ち着く。しかし、4キロに差し掛かるくらいのところで後ろから追い上げて自分たちよりも1つ前の集団(山口さんと寺田がいた)に追いつこうとする選手がその集団を引っ張る形となり、前の集団に追いついた。5キロ地点で16’36。余裕はあったが、ハーフまで持つかは未知数だった。その後の5キロから10キロは3’20/kmで安定し、10km通過が33’15。10000mのPBレベルの速度だったが、ここまではまだ余裕があった。問題はその後の10キロから15キロ区間。10キロを越える前あたりで集団はどんどん小さくなっていき、前でたれる人を拾いながら走ることとなった。つまりほぼ単独走だった。上り下りがないのにかなり体力を消耗し、ペースも落ちた。公園内に入ってからはより急激にペースダウンし、17キロ付近で熱中症だと自覚した。が、痺れは軽く、腕までしか異常はなかったので走り続ける。その後ふくらはぎが攣ってしまい、ペースは4’00/kmまでダウン。結局残り1キロになってもペースは上がらずにゴール。PBではあったが、後半の落ち込みが激しく、実力を出しきれずに終わる結果となった。

10 長友(2) :2019/10/31(木) 09:53:42
<反省>
レースそのものの反省と予選会までの練習とで分けて書く。
まずは、レースから。
ここまでの調子と練習の余裕度からして入りの5kmを16’40前後で入り、10kmまでそのペースで押したのは間違いではないと思う。
問題はそこから。集団がなくなってしまい、駐屯地やIKEAまでのように誰かが刻むテンポに乗りながら走ることができなかった。いや、正確には集団に合わせて我慢するということができずに、ペースばかりを意識して単独走を選んでしまった。10km過ぎから暑さをかなり感じており、終盤は熱中症気味になっていたことにも触れていいかもしれないが、走っている時の状況に加えて、自分の実力とハーフという種目の距離での3’20/kmというペースのレベルの乖離を甘く見ていた。確かに、5000mや10000mであれば、多少の悪天候でも全ておおよそのイーブンで走りきるだけのレースを組み立てる力はついてきたと思う。ただ、ハーフという距離ではそれが一筋縄ではいかないようだということがわかった。大幅ペースダウンを避けるためにどこかで意識的にペースを落とすという「レースでの技術」みたいなものがまだ僕には全く足りてない。それが、東大の栗山さんがブログで書いていた「余裕度のコントロール」の1つだと思う。レース全体としてペースを下げることも大事だが、ハーフで、しかも目まぐるしく展開が変わるレースではそういう力が本当に大事になってくる。周りに左右されないというよりは、レースが大きく崩れるのを避けるために周りを利用するのも1つの手であろう。
では、こうした技術はどこで得られるかというと、今思いつくのは実際のレースで得た経験をもってしか替えられないのだと思う。10kmまでは余裕度をコントロールできるなら、それ以降をどうするか。めぼしい集団がいないならペースを落とす、あるならその集団に入って温存するなど、適切な判断ができるようにしなければならないと思う。
もちろん、後半に入ってから上下動が激しい公園内に入ることも今回の大幅なペースダウンの要因だが、それは公園に入る前の約5キロまででいかに温存できるかにかかっているのだと思う。暑さが辛いときのレース展開を臨機応変に変えるクレバーさも必要だろう。

次に、予選会までの練習について。
前述したが、TTが終わってから自分はオフ日のジョグの負荷を少し落とすなどして、月間の走行距離を抑えた。夏合宿に怪我をしてしまい、長い距離への耐性が周りと比べて明らかに欠けていると感じた。では、自分が秋学期が始まって以降の練習で周りとどうやって差を埋めようか考えた時、ポイント練習で充実した練習をして、いい感覚をつかみ、かつ怪我を防ぐためにはポイント練習以外の日の負荷を落とす以外考えられなかった。それが影響してかはわからないが、ポイント練習自体の調子は上がっていたし、トラックレースでも昨年の自分とは思えない走りもできた。
ただ、月間距離を抑えたことは後半の失速に大きく影響を与えてるのは間違いないと思う。ただ水曜日のPRに関して余裕が持てたかは正直自信がなくて、土曜日に入っていた距離走も特に多摩湖で走った時は熱中症になりかけるほど余裕がなかった。フォームが改善され、そのフォームのままで少しずつ長い距離に対応できるようになってはきたものの、ハーフあたりの距離まで持つほど動きを擦りこめていなかった。
怪我と練習量を天秤にかけることはきっと大事なことだが、怪我のリスクというのは練習を慎重に積んでいって身体を少しずつ丈夫(練習に耐えられる身体)にして軽減することがこれまでの短い経験則上、割と正しい考え方だと思った。今回は「少しずつ」の期間が短すぎたのだと思う。
悪いところもたくさんあったが、全体的には練習に関してはその時の状況、身体の状態に対してわりかし適した判断はできたのではないだろうか。

11 長友(2) :2019/10/31(木) 09:54:23
続き

<今後>
今後はチーフとしてのことももちろん考えるべきだが、ここでは省略。

◯目標
予選会の目標は先が長い。トラックの記録も必ず参考になってくるので冬までの目標を立てておく。
5000m:15’30台
10000m:32’30台
ハーフ:71’00切り

5000に関しては、名大戦で調整なしで15’46を出せたので、後半なら出せそうだが記録会が意外と少ないことも見越してこのタイム。あまりこだわりすぎず。
10000は冬に少なくともこのタイムで走ることができないとチームを引っ張っていく立場にはなれないと思う。このタイムがチームの中で非強化校の中でどのくらいのレベルなのか正直言ってはっきりとはわからないが、ここまでは上げたい。
ハーフは神奈川ハーフでこのタイムを狙っていくことになると思う。今回の予選会でイメージは最悪だが、記録は狙いやすいはず。去年出走しておらずどうなるか想像がつかないのでこのタイム。

目標はあくまで指標。ここに持っていくために怪我なく練習し続けるにはどうすればいいかを臨機応変に考える判断力をつけたい。うまくいけば適宜目標を更新する。

◯練習面
(走)
予選会が終わってしばらくはダメージが後を引くと思うので、スピードを求めるというよりは距離を踏んでいけるようにしたい。予選会前はほぼ二部練を行わなかった。徐々に練習のサイクルを取り戻していく中で練習量を増やしていきたい。一回の練習で欲張るのではなく、ポイント練習がある日は練習を7、8割で、もう片方を5割くらい。ない日は5割を2回という風に一回一回の練習に余裕を持たせつつ量を増やしていく。走っている分にはフォームに関しては今のところ変えない。このフォームのまま行けるところまで行く。
それから距離走。クロカンを使ったメニューも大事だが、個人的には彩湖や多摩湖などの坂が何度もあるコースが苦手だし、予選会の再現度もそれなりに高いはず。そこでの練習ははずさないように。
(技)
ここではレースの技と身体の使い方の技。
前者に関しては、ハーフの中で必要とされる技(余裕度のコントロール、レースの勘)を指す。これはレースの中で培うしかない。具体的なレースとしては、(赤羽ハーフ、)神奈川ハーフ、立川ハーフ。これらを一つも外さないことが大前提となってくる。その上でレースに向けての集中力を全力で注ぐ。当たり前のことだが、レースに集中し、調子を持っていくことは苦手ではないと思うのでこれらのレースを大事にしたい。
後者の技に関しては、補強を指す。股関節周りや腹筋、背筋周り、そして臀部などの筋肉の質を高くする。記録向上のために自分に適した月間距離を見出せたとして、そこまで行き着いたときに身体の使い方が大事になってくるなら、もう今のうちいろいろやってしまった方がスムーズに記録も伸びる気がする。これにはあまり時間を注ぐつもりはないが、練習終わりや火曜、木曜などに行うつもり。冬の鍛錬期にはウェイトを行う他パートの部員もいるので、筋肉肥大が起こらない程度のものを教われるといいなと思う。筋トレというよりは身体の使い方のトレーニング。


最後になりますが、当日までのサポート、沿道での声援が本当に大きな助けとなりました。ありがとうございます。来年こそは応援サポートに応えられるような走りをしたいと思います。今後ともよろしくお願いします。

12 山口雄大(4) :2019/11/04(月) 14:30:08
ハーフマラソン 69'59
16'35-16’37-16’32-16’32-3’43

【調整】
月 jog
火 jog
水 9200(88-6-4)
木 jog
金 4000upbuild,1600(76-4)

【展開】
海高島が見える位置で3'13くらいで入る。これは無理だと感じペースダウン。後ろの人達ごと切り離し、集団の最前列をキープしながら引いてもらう。駐屯地を出て8キロくらいで後ろから立教の2人が一気に来て、集団ごと抜いていったため付いていく。
片方に15キロまで引いてもらい、坂で離れていったので単独走モードに。
18キロからは割れてダラダラ走行、ラスト1キロで脚が攣りかけ、腰をくねらせながらゴール。

【反省】
イーブン。目標よりは1分遅かったが、暑さを考えればよくできた方だろう。
名大で突っ込んで離されたこと、名大後に風邪を引いてしまったことがあって序盤からガツガツ行く余裕がなかったことが功を奏した。
無理に16’20ペースにつこうとせず(普通に速すぎて付けなかった)、10km過ぎで東大瀬川が飛び出した時も追わず(15kmで回収した)、落ち着いたレース運びができた。
結果的に4回の予選会は全てネガティブスプリットで走ることができた。「予選会うまく走れる人ランキング」で並べたら学連に入っててもいいと思う。

風邪は辛かった。水木が最も悪化していて、調整もうまく走れず名大の調整に入って以降はほとんど練習してないようなものだった。
前日に何とか調整ができたので大丈夫だと思ったが、当日も鼻が止まらずスタート直前まで鼻かんでいた。
水曜は走っている間の鼻水により差し込みが来て終了したので、当日の最大の懸念がそれだった。
案の定走行中も鼻水止まらず序盤から右脇腹が差し込み気味でやばかったが、給水のスポンジで鼻をかみなさいという天啓が降りてきて解決した。
2週間経つ現在も治ってません。

昨年の経験で17キロの折り返し以降が上りでバカみたいにきついと分かっていたので、折り返しまでは余興のつもりでこなしてラスト4キロをスパートかける予定だった。
結局公園入ってからはアップダウンがきつく本気を出さざるを得なくなり、折り返した後は単独走で追い込みの上りが永遠に終わらなかった。最速予定のラスト3キロで3'25まで割れてしまった。ラストは脚攣ってペースを戻すこともできず。
ここまで余裕を持って公園に入ってこのザマだったので、やはり予選会のコースは異常なほどタフ。正直2週間前に5000の調整をしてるようでは下位の大学は太刀打ちできないだろう。秋口は涼しくチーム全体としてペースを上げた練習が多くなりがちだが、予選会に向けて個人的には直前までゆっくり距離を踏んで後半に向けた脚を調整していくべきではないかと感じる。
また、あのコンディションに対して給水3箇所は少なすぎる。ラストで脚攣った人が多い一因でもあるだろう。関東学連なんとかして下さい。

チーム全体としては昨年比では指折りの好走した大学のようなので、走力としては上がっているのだろう。エース級を擁さず駅伝も弱い一橋が「予選会に強い」ことはうちのアイデンティティーなので、それを見せつけることができたと感じる。毎年積み上げてきたものが形として見えてきた。トップでも70分ジャストかかっているところもその証左でありうちらしい。
何事も苦しい状況の時にどこまで落ち幅を抑えられるかが「実力」だと自分は思っているので、今回はその通りの結果をチームで出すことができたと感じている。学内記録はそういった実力が伴っている時に偶然出るようなものなので頑張ってほしい。一番大事なのは毎年12人揃えることですね。


今後。
上尾ハーフで68分台、日体長・松戸で14分台、別大でサブ30。
最近は試合間隔が短すぎて練習する時間がない。800をやって動きリセットと回復を兼ねたので、来週1週間、12月の3週目あたりに良い練習ができれば上出来。
しかし上尾までに状態が回復するか不安。まだ迷いがあって良くないのでキッパリ決めたい。

予選会は自分にとっても特別だし、周りの人にとってはただの対校戦のはずだけど特別に扱ってくれている感があるし、他の大会の方がよっぽど大事じゃないかと思う部分もあるが個人的に嬉しい。サッポロビール、日テレ、讀賣新聞ありがとう。楽しかった。
本当に、本当にありがとうございました。

13 福井(2) :2019/11/06(水) 19:36:59
予選会反省

【タイム】75'22(17'06-17'25-18'14-18'35-4'02)

【前日まで】
まず、一週間前の水曜日のペーラン、名大戦での5000mのPB更新など一週間前の状態が良かったため、予選会の週も好調だろうと思っていた。
しかしながら、なかなか足の疲労が取れず、水曜日のペーランも苦しみながらなんとか10000mを超え、金曜日の調整も決して動きが良いとは思えなかった。

【展開】
当初10㎞を34分オーバーで通過して、そこから耐えるレースを展開しようと思っていた。スタート後は仰さんや遼太郎さん、大倉さんがいるグループでレースを始める。だが、駐屯地を出るあたりで足が重くなってきたため、このままいっても走り切れないと思ってペースを下げた。途中萱原さんがいる集団に追いつかれ、付いていこうと試みるも数mで断念。市街地を走っているときは前に足を運ぶことに精いっぱいで記憶がないので割愛させていただく。公園に入ってからはアップダウンに苦しみつつも応援に背中を押され、必死に腕を振って、何とかゴール。ゴール後は手足の震えが止まらず、熱中症気味の症状に陥る。正直今回の予選会は走ることに意識を向けすぎたせいか断片的には覚えているがほとんど記憶がない。

【反省】
①当日のコンディションへの対応力
当日は前日とは異なって気温も高く、日差しも強かった。給水を取ることは必須だったにもかかわらず、リズムの崩れを恐れてスポンジしかとらなかった結果、頭が働かなくなってしまい本当に元も子もない状態になってしまった。体調を慮り、しっかり水分を体内に入れとくべきであった。また、暑いレースが苦手であることはわかっていながらレースペースを予定と同じ3'25/㎞に設定してしまった。結果として10㎞と持たず、だらだらペースを落としていくことになった。しっかり体調なども考慮し、一つ後ろの集団でレースを展開することを判断する勇気も必要だと思った。

②圧倒的な距離耐性の不足
20㎞近くになってから足が動かなくなるのは当たり前だと思うが、自分の場合は10㎞過ぎから足に力が入りにくくなり、前への推進力が格段に下がってしまった。これは競歩にも共通する自分の課題であるとわかっていながら改善できなかった。ペーランなどでも遅いペースであれば距離をこなせるが、少し速くなったりするだけで急に動きが悪くなってしまう。

③責任感の欠如
自分が10番手を走っていることはずっと頭ではわかっていながら全然粘ることができなかった。プレッシャーから解放されたいがために途中にはバベルさんが来ることを願ってしまう瞬間もあった。出走したくてもできない人がいるのに安易な願望を持ってしまった自分が恥ずかしいとともに後悔で胸がいっぱいである。胸を張って全力で走り切ったといえるようなレースをできるようにしたい。

一方で、評価できる点もあった。動きは悪くなりながらも基本的なフォームを維持できたことは今後にもつなげるだろう。腕振りに至っては肩に力を入れずに終始リラックスを保てたと思う。

【今後について】
まずは日体長でさっさと標準記録を切る。
その後は冬の競歩に向けて、スピード、距離を並行して積んでいきたい。
一方で、ランのほうでもしっかり距離を踏み、ハーフに対応できるようにしたい。

最後になりましたが、当日は朝早くからサポート、応援、補助員本当にありがとうございました。
応援がなければ、完走することも無理であったかもしれません。
応援の偉大さに改めて気づかされました。


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